軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

カニスタ国の研究室4

薬草課はお城の裏側にある。中庭のような場所を通りそこへ向かっていると、何やら視線を感じる。

チラリと隣を見るとアシュレン様は涼しい顔をしているので気にすることはないと思うのだけれど。

お城の裏口から入り一つ目の扉をノックすると中から返事が。両手が塞がっているアシュレン様の代わりに私が扉を開けた。

「レイザン殿、頼まれたものを持ってきたぞ」

「アシュレン、ありがとう。助かった」

初老の背の高い男性が出てきたので、名前を名乗り頭を下げると、男性は私をつま先から頭までじろじろ観察してくる。

「ほう、彼女がお前が見初めた女性か。可愛らしい人だな」

「そうだろう」

にこりと微笑むアシュレン様。

そのすました横顔に私はギョッとしてしまう。

いま、肯定したように聞こえましたが?

「薬は奥の棚でいいか」

「ああ、助かるよ」

私の視線に気づいているはずなのに、アシュレン様はスタスタと奥まった場所にある棚に向かう。薬草課には他に数人いたけれど、皆が私を見るので居た堪れず、アシュレン様の後を追うことに。

「アシュレン様、今のはいったいどういうことですか?」

棚の影に隠れながら小声で聞けば、アシュレン様は眉を下げうんざりだという顔を作る。

「行く先々で俺が花嫁を連れて帰ったと噂されている。おそらく噂の出所は母だろう」

「そうですか。それで否定してくれたのですよね?」

「初めはきちんとしていたぞ。しかし、誤解を解こうとしても照れ隠しにしか思われず、何人かの令嬢には涙目で『諦めます』と振られてしまった。お陰でいつもなら五月蝿く纏わり付く令嬢が、ピタリと誰も来なくなった。実に快適だ」

えーと、これはもしや。

胡乱な目で見ると、アシュレン様は軽薄そうな笑いを口元に浮かべる。

「私をだしに使いましたね」

「ライラだって侯爵邸にただで居候じゃ肩身が狭いだろう? 俺は寝る場所と食事を提供、ライラは俺のために虫除けになる。持ちつ持たれつだ」

やっぱりこいつ、腹黒だ。

それも、真っ黒。漆黒の闇のように。

「侯爵邸を出て行くタイミングで、俺が振られたと噂を流すから心配するな」

「では、明日にでも住む場所を見つけます」

「はは、そんなに急がなくてもいい。ゆっくりしていけ」

怒りでブルブルと拳を握る私を、アシュレン様は明らかに楽しんでいる。

堪えきれない笑いが唇の端から漏れているもの。

「そう怒るな。意外と表情豊かなんだな」

「お陰様で」

「すましているよりずっと可愛いじゃないか」

「えっ!?」

私の頬があっという間に熱くなる。

可愛い、なんて言われたの生まれて初めてでどうしていいか分からない。

「……あ、あの。お二人さん、お邪魔しても良いかの?」

はっとして周りを見ると、レイザンさんが申し訳なさそうに、棚に置いている瓶と瓶の間から顔を覗かせていた。どうしてわざわざそんなとこから……

「はい! なんでしょう。こちらのことは気になさらず何でも仰ってください」

「そうかい、すまないなぁ。ライラ嬢が持ってきた書類を早く見たくて」

「あっ、申し訳ありません。私ったら渡すのを忘れていました」

慌てて棚から離れ手渡すと、よほど待ち遠しかったのかその場で紙を捲り始めた。

「ライラ、ここは俺が片付けるから向こうで説明してやってくれないか」

「私がですか?」

「当たり前だろう。ライラの研究結果なんだから」

私の研究だから私が説明するのが当たり前。

それがどれほど私にとって大きなことか。

部屋の隅にある長机の前にレイザン様は椅子を二つ並べると、そのうちの一つを私に勧めてくれた。

「では、まずこちらが今日作った薬のレシピです。これはそれほど説明がいらないと思いますので、薬草の乾燥時間についてのご説明に移ってもいいですか?」

「そうじゃな、レシピは後でゆっくり解読させてもらうよ」

では、と私は薬草について説明を始める。途中から瓶を並べ終わったアシュレン様も加わってきた。お二人とも頭が良く、次々としてくる質問が全て的を射ている。

「……というわけで私の説明は以上です」

三十分ほどの濃密な話を終えたころには、薬草課の人が幾重にも私を取り囲んでいた。

「凄い! もうこれは薬草課の宝じゃないか?」

「伝家の宝刀として代々受け継ごう」

「えっ、あの。そんな大袈裟な……」

「何を言うんだライラ、これは素晴らしいものだ」

キッパリとアシュレン様が断言すると、皆が大きく頷く。

「ここまでの資料を作るのは大変だっただろう。何度も何度も同じことを繰り返して、集中力と根気がいる仕事だ。これだけじゃない、今までに作ってきた薬は、誰が何と言おうとライラの才能と努力の結果。ライラは立派な研究者だ」

その言葉に、来る日も来る日も、朝から晩まで研究を繰り返していたことを思い出した。

ひとり、黙々と寝る時間を削りフラフラになって。いつ終わるとも知れない実験に、カーター様は要領が悪いと怒り、書き留めることさえ許されなかった研究結果もある。

知らず、ぽろりと一粒涙がこぼれていた。

そのことに誰より自分が驚いた。

ぽとり、ぽとり。ただ静かに頬を涙が滑り落ちる。

狼狽するアシュレン様の顔が滲んだ視界の向こうに見えた。

「ふぇっ……」

情けない声が喉から出てくる。

涙が勢いを増し溢れ出す。

「あり、がとうございます。私、今まで誰にもそんなこと言われたことなかったから」

手の甲で涙を拭っても、全然止まらない。

泣き止まなきゃ、ここは職場なんだから。

そう思うのだけれど。

ずっと、ずっと、誰かに認めて貰いたかった。

孤独と不安に押し潰されそうになりながら、褒めて欲しくて頑張った。

アシュレン様の言葉に、私が今までやってきた全ての努力が報われたように思う。

あの頃の自分に聞かせてあげたい。

心の奥底、冷え切り麻痺していた部分が仄かに温かくなる。あぁ、私はこんなにも優しさに飢えていたのだと、初めて気づいた。

ふわり、と肩が抱き寄せられた。

優しく、でも力強い腕。

耳をつけた、見た目より逞しい胸から温もりが伝わる。

アシュレン様は大きな手で私の頭を優しく撫でてくれた。

「今までよく頑張った」

「うっ、うっ、……」

何でこんな時にそんな優しい言葉を口にするの。

誰かに言って貰いたいと私がずっと願っていた言葉。

長年胸につかえていたものが決壊したかのように

いつの間にか私はアシュレン様にしがみつきながら声を上げて泣いていた。