軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5 やり直しの結果

一瞬、クラッとしたが、ヴァイオレットはその場に踏み留まる。

目を開くと、ちょうど店員がショーケースを開けようとしているタイミングだった。

──間に合った!

店員はさっきと寸分違わぬ動きでショーケースを開けている。中には、ちゃんと割れていない魔石が納まっていた。

その間にもヴァイオレットはショーケースの近くに少しずつにじり寄る。そしてタイミングを見計らう。下手に声をかけたら驚いて落としてしまうかもしれないからだ。

さっきとまったく同じように、店員が手を滑らせ、魔石を落とした瞬間──ヴァイオレットは頭から滑り込むように飛び込み、落ちてくる魔石にさっと手を差し出した。

手のひらにずっしりとした魔石の重さを感じる。紫色の魔石が照明の光を弾いてキラッと輝いた。

「ひ……」

店員が微かな声を上げた。

「わ、割れてないわ!」

ヴァイオレットは受け止めた魔石を掲げた。一欠片も割れていない。無事に受け止められたのだ。ヴァイオレットは魔石を持ったままホッと息を吐いた。

「あ、あ……よかった……よかったよぉ……」

取り落とした店員は膝から崩れ落ち、子供のようにポロポロ涙を零している。さっきと違うのは、絶望ではなく安堵の涙のはずだ。

慌てたように他の店員がやってきてヴァイオレットの手から魔石を回収した。

「お客様! 本当にありがとうございます! 地面に叩きつけられていたら粉々に砕けていたところでした」

「あ、あ……ありがとう……ございますぅ……ほんとうに……!!」

魔石を落とした店員が深々と頭を下げてくる。

「いえ、間に合ってよかったです」

今のたった数秒のやり直しで、少しずつ回復しつつあった魔力はまた空になっている。少し疲れたが、成功して本当によかった。それにいい予行練習になった。

魔力量など制約はあるが、本当に自分の意思でやり直すことが可能なのだ。

「ヴァイオレット! 今のすごかった! まるで落ちるのがわかっていたみたいに受け止めて!」

「た、たまたまよ」

起き上がろうとしたヴァイオレットは、よたついて、再びその場に膝をついた。

「──まだ起き上がらない方がいい。靴のヒールが折れてしまっている」

すぐそばから低い声がした。

化け物──いや、パロウ筆頭魔術師だ。

「ふむ、これくらいなら……ちょっと失礼」

パロウ筆頭魔術師は白もじゃの髪が地面に付くのも気にせず、ヴァイオレットの足元に屈んだ。そのまま指をポッキリ折れたヒールに向け、聞き取れない言葉を呟いた。

すると折れたヒールがふわっと浮き、元の位置に戻る。ほんの一瞬でヒールは元通りにくっ付いていた。魔術を使って直したのだ。

「すごい……ありがとうございます!」

簡単そうに見えてそうではないのは、魔術の使えないヴァイオレットにすらよくわかっていた。

「……いや、接着しただけだ。こちらこそ、希少な魔石が割れずに済んで助かった。怪我はないだろうか。受け止めた時にどこか痛めてはいないか?」

「いえ、どこも痛くありません」

「それならばよかった」

パロウ筆頭魔術師は何事もなかったかのように立ち上がる。その瞬間、モジャモジャの白い髪の隙間から、チラッと横顔が見えた。

ほんの一瞬のことだ。顔立ちまではわからないが、思っていたよりずっと若そうだ。スッとした鼻梁は真っ直ぐで綺麗な形をしており、わずかに見えた瞳は月のような淡い黄色。滅多にない色彩だ。だが、その瞳の奥は思慮深く、優しい雰囲気に感じた。

隠されているものを覗き見る罪悪感と、思いがけない綺麗な瞳に、ヴァイオレットの心臓がドクンと音を立てる。見てしまってよかったのだろうか。

再び立ちあがろうとするヴァイオレットを、コーネリアが支えてくれた。ヒールはもう完全にくっついている。踵をトントンと踏み鳴らしても大丈夫だ。

「服も汚れてしまったな。──洗浄魔術もかけた。勝手をしてすまない」

詠唱すらしたかどうかすら、素人にはわからないスピードで、ヴァイオレットのスカートに着いていた汚れが完全に消えていた。

「そんな、勝手だなんて。助かりました。ありがとうございます」

「礼を言うのはこちらだ」

──なんてすごいの。これが筆頭魔術師の実力なのね!

ヴァイオレットは舌を巻いた。

ヴァイオレット以外の家族は魔術を使えるのだが、そのどれもが児戯のように感じてしまう。それほど実力の差があるということだ。

「あの、お客様のおかげで割れずに済みました。是非とも、別室でお礼を──」

ヴァイオレットは店員にそう言われ、ハッと我に返る。首を横に振った。

「いえ、それには及びません。たまたま受け止められただけですから。それよりも、その魔石を購入すると言っているパロウ筆頭魔術師を待たせ過ぎなのではありませんか。それに、さっき彼を化け物魔術師と言った方は謝罪するべきです。この店の店員の方々の態度は、お客様に対してのものとは思えません」

「ヴァ、ヴァイオレット……」

コーネリアは目を丸くしている。

しかしヴァイオレットはやり直す前、この店員が真っ先に落とした店員を責めたのを覚えている。今回は魔石が無事だったとはいえ、ヴァイオレットにお礼をするよりもパロウ筆頭魔術師にお詫びするのが先のはずだ。

店員はヴァイオレットの言葉に顔色を青くして頭を下げた。

「ご、ごもっともでございます。失礼をいたしました」

「コーネリア。今日は帰りましょう」

やり直しの力を使って疲れたのもあるが、買い物の気分ではなくなってしまった。

「そ、それは構わないけれど……」

「パロウ様、お先に失礼致します」

ヴァイオレットはパロウ筆頭魔術師に挨拶をして店を出ようとした。

「気を遣わせてしまったようだ。……感謝する」

白いモジャモジャ頭が上下した。ヴァイオレットに挨拶を返してくれたのだ。

不思議な雰囲気の人だ。ヴァイオレットはこういうタイプは初めてだった。見た目は少々──いや、かなり頓着しないか、またはあれがこだわりなのかもしれない。

しかし中身はとても紳士的だとヴァイオレットには感じられた。やり直し前の魔石が割れた時も、彼だけは店員を咎めず、ことを収めようとしていたのをヴァイオレットだけは知っている。

もしこれがエイドリアンであれば烈火の如く店員を責め立て、怒鳴っていただろうに。化け物だなんて、とんでもない。低く静かな話し方や、思慮深い言葉選びは、エイドリアンと真逆だ。

機会があればもう一度話してみたい。それからあの長いモジャモジャの髪の毛は切り甲斐がありそうだ。

ヴァイオレットはそんなことを考え、クスッと微笑んだ。

「勝手に決めてしまってごめんなさいね」

ヴァイオレットは店を出てからコーネリアに謝罪をした。

コーネリアはニッコリ笑う。

「いいのいいの。私もびっくりの連続で疲れてしまったから。宝石はまた見にくればいいもの。それより、ヴァイオレットも言うようになったじゃない」

「……ちょっと言いすぎたかしら」

「そんなことないわ。貴方は黙ってくよくよ思い詰めてしまうタイプでしょう。冷静に言いたいこと言えるようになったのは悪いことじゃないわよ。……あのね、先週、エイドリアン様が男爵家の令嬢と付き合っているって知ってから、ヴァイオレットったら様子がおかしかったでしょう。いきなりあの男爵令嬢の家に乗り込んで揉め事を起こすんじゃないかって心配していたの。でも杞憂で済んで良かったわ!」

「え、ええ……」

一度目では思いっきり揉め事を起こしたヴァイオレットは耳が痛かった。

「私はヴァイオレットの味方のつもりだし、浮気をされて怒るのはわかるけれど、今はあまり大ごとにしない方がいいわ。ほら、第二王子のエイドリアン様のお母様である今の王妃様は、亡くなった前の王妃様と色々あったんですって。それだけじゃなく第三王子セシル様のお母様である妾妃のアンジェラ様との間にもね。王妃様に目を付けられたら厄介だもの」

王宮事情に詳しいコーネリアはそう言った。

エイドリアンだけでなく、母親の方もかつては色々あったらしい。亡くなった前の王妃、現王妃、妾妃にはそれぞれ王位継承権を持つ息子がいる。そのせいで関係も複雑なのだろう。

エイドリアンは現王妃の息子で、可愛がられて育ったと聞いている。ヴァイオレットも一度目の世界では王妃から気に入られるように行動していたが、それでも息子の肩を持ったのだろう。王妃の我儘を許す国王陛下に頼るのも難しいかもしれない。

「これからどうしたらいいのかしら……」

「そうねえ、いきなり浮気相手の男爵令嬢に直接何かするとヴァイオレットが悪者にされてしまうわね。まずは、信頼できる人に相談をして、そちらからそれとなく、エイドリアン様を窘めてもらうのがいいんじゃないかしら。そういった相談もあちらが先に浮気をしたって証拠になっていくでしょう?」

「そ、そうよね……どうして思いつかなかったのかしら」

一度目のヴァイオレットは、そんな当たり前のことをしなかった。激情のまま、愚かにも暴れてしまったのだ。

「でも、相談って誰にしたらいいかしら」

エイドリアンを窘める目的なら、それ以上の立場の方になる。

息子に甘い王妃、その我儘を許す国王陛下以外の方がいいかもしれない。

「やっぱり王太子妃のモニカ様じゃない? 女性同士だし、話しやすいでしょう。ゆくゆくはヴァイオレットも王室に入るのだもの。モニカ様から王太子のヒューバード様に伝えてもらったら解決だわ。ヒューバード様は前王妃様の子だけれど、王太子だけあって国王陛下からの信頼も厚いし、立派な方だわ。きっとエイドリアン様を窘めてくださると思うの」

王太子妃モニカ──ヴァイオレットは彼女を思い出し、眉を寄せた。

「でも……モニカ様は病を患って、臥せっているんじゃ」

一度目の世界でエイドリアン絡みの記憶には靄がかかったようにぼんやりしているが、モニカに見舞いの品をエイドリアンと連名で贈ったことははっきりと覚えている。エイドリアンのためにと、ヴァイオレットは張り切って見舞いの品を選んだのだ。エイドリアンにも気がきくと喜んでもらえると信じて。実際はそんなこともなかったのだが。

しかしコーネリアはヴァイオレットの言葉に首を傾げた。

「えっ、病? うーん、そんな話は聞いたことないけど。誰かと勘違いしているのではなく?」

コーネリアの不思議そうな顔を見て、ヴァイオレットはハッと息を呑む。

おそらく、王太子妃モニカが長く臥せるようになるのは、もう少し先のことなのだ。

一度目では、ヴァイオレットがモタモタしている内に、モニカが病になり、相談することも出来なくなったのではないだろうか。そのせいでヴァイオレットは孤立してしまった可能性がある。

当時のことを思い出そうとすると、頭がズキッと痛んだ。あの頃の自分はどう考えてもおかしかった気がするのだ。元々自分を聡明だとは思わないが、それ以上に愚かな行動ばかりしていた。

「……ヴァイオレット、大丈夫?」

頭を押さえたヴァイオレットを、コーネリアは心配そうに見つめた。

「え、ええ。ごめんなさい。勘違いしていたみたい。コーネリアの言う通りモニカ様に相談してみようと思う。なるべく早い内にお約束を取り付けたいけれど、どうしようかしら……」

モニカの個人的な連絡先はまだ教えてもらっていない。本来、橋渡しをするはずのエイドリアンにその気がないせいだろう。

そうなると、まず面会を申し込むのが正式なマナーであるのだが、王太子妃は忙しい。実際に会えるまで時間がかかるかもしれない。

「あら、それならいい方法があるわ。私の従姉妹がモニカ様のご実家の親戚に嫁いだのを覚えているかしら? そのツテで私も明後日に開催されるモニカ様のお茶会に招待されているの。私の連れとして出席出来るように取り計らいましょうか?」

「ありがとう。コーネリア……貴方が友人でいてくれて心強いわ」

ヴァイオレットがそう言うと、コーネリアは照れたように笑う。

「ちょっと、急にどうしたの」

「ううん、本当の気持ちよ。私はコーネリアのことを大切な友人だと思っているわ。これからもずっと仲良くしていきたい」

「わ、私も……ヴァイオレットのこと好きよ。友達なんだから、私に出来ることなら助けるのは当たり前よ」

ヴァイオレットはコーネリアと手を取り合った。

かつてのヴァイオレットは、このコーネリアの忠告すら頭に入ってこなかった。そして自分から破滅の道に入ったのだ。

せっかくやり直せたのだ。二度と同じ轍は踏まない。今度こそ、コーネリアとの友情を大切にするのだ。ヴァイオレットは改めてそう決心したのだった。