軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編②:犬に喩えたなら

ユリシーズがヴァイオレットに会うより前のこと。

ユリシーズは自分が、いわゆる普通という範疇から外れており、人から変わっていると言われることを理解していた。

しかし、そんなユリシーズから見ても変わっていると感じる人間がいる。

それが、王太子ヒューバードの部下であるライオネルだった。

ユリシーズに向けられる視線は、嫌悪か同情のどちらかであることが多いが、ライオネルはそのどちらでもない。ユリシーズのことなどどうでもいい、という視線と態度で、かと言って避けるわけでもなかった。

特殊な体質のユリシーズからすると、その無関心さはかえって心地いいと感じることもあった。

そんなライオネルは、突拍子もないことを言うことがある。

それが、まさに今だ。

「──パロウ殿、僕を犬に喩えると、何犬だと思いますか?」

「……犬?」

「はい。犬です」

ライオネルはいつも通り、ユリシーズへの好意も嫌悪もない、極めてニュートラルな無表情でそう言った。

ライオネルが表情を崩すのは、基本的に主であるヒューバード絡みが大半なのである。

「……何故、犬なのか聞いていいだろうか」

ユリシーズは一分ほど考えたが、上手い答えが出なかったのでライオネルに尋ね返した。

「別に大したことではないのですが、ちょっと第二王子派閥の貴族と言い合いになりまして、言い負かしたところ『王太子の犬め!』と罵られました。それで、僕がヒューバード様の犬なのは別にいいのですが、世間からは何犬だと思われているのだろうか、と疑問に思いまして」

(犬なのはいいのか……)

ライオネルは、ユリシーズから見てもヒューバードに深い忠誠を誓っていると感じる。心酔している、と言ってもおかしくないくらいに。

しかし、自分が犬呼ばわりされても怒らないとは。

ユリシーズは口には出さないが、やっぱりライオネルは変わっている。

「で、どうでしょう」

「その前に、犬というのは種類のことか、それとも職業犬の職種のことだろうか」

前者はあまり詳しくない。

ユリシーズは犬に触ったことがないので、自分の体質が犬に通用するかもわからない。なので、生き物には先んじて近付かないようにしていた。小さい犬、大きい犬、毛の長い犬といったように、外見で見分ける程度の知識だ。

後者であれば、猟犬や牧羊犬などの種類があることは知っていた。

「そうですね、職業犬の方で」

「……だとすると、やはり猟犬ではないだろうか。ライオネルは魔術も剣の腕もある。ヒューバードの敵を仕留めることもあるだろう」

「なるほど」

「──あら、なんの話?」

不意に話に加わってきたのは王太子妃モニカだった。

彼女は読んでいた本をパタンと閉じ、緑色の瞳を好奇心で煌めかせている。

ちなみにここは王宮にいくつかある談話室の一つで、暗黙の了解で王太子ヒューバードやその関係者が主に使うことになっている場所だ。

ヒューバードは現在、来月に行われる行事の打ち合わせに出席している。

ユリシーズはヒューバードに確認することがあるので、打ち合わせが終わるのをここで待っているのだ。

モニカやライオネルがここにいるのも、ユリシーズと同様の目的だろう。

ライオネルはモニカにユリシーズにしたのと同じ説明をする。

モニカに対して、ユリシーズに対してより丁寧な口調ではあったが、それはあくまでヒューバードの大切な人であるからなのだろう。モニカへの個人的な興味や関心は一切なさそうな態度だ。

「ふうん、犬ねえ……。まさか愛玩犬とか言わないわよね。一部でヒューバードとライオネルにおかしな噂が流れていたの。ただならぬ関係とかそういう」

モニカは笑いながらそう言った。

正直なところ、笑いごとではないのではないかとユリシーズは思ったが、口には出さなかった。

「へえ、その噂は誰が流したかご存知ですか? ちょっと処分……いえ、『お話』をしてこようと思うのですが」

「あら、言い出しっぺのお嬢さんには、私の方からよぉく『言い聞かせて』あるから安心して。それより、貴方を罵ったのはどこの者かしら。私も『お話』したいわ」

「それが、彼は来週に『病気』で引退される予定なので、モニカ様とお話される時間はなさそうですね」

ちょこちょこ別の意図が込められている物騒な会話だ。

ライオネルとモニカは黒い笑みを浮かべている。

ちょっぴり怖いので、ユリシーズはやっぱり黙ったままでいた。

「まあそれはそれとして、ライオネルは牧羊犬じゃないかしら。よく、指導者を羊飼い、民を羊に喩えるでしょう。羊飼いを助け、羊が迷わないよう誘導し、時に害獣から守ってくれる牧羊犬はライオネルにぴったりだと思うわ」

「なるほど」

ライオネルは頷き、ユリシーズも、さすがモニカだとその答えに納得した。

「パロウ殿は猟犬、モニカ様は牧羊犬という意見でしたが、罵り言葉のわりに犬ってあまり悪いイメージじゃないですよね」

「そうね。忠誠心がある上に賢くて可愛いものね。フリスビーっていう円盤のおもちゃを投げると、犬がキャッチするのを見たことがあるわ。すごいわよね」

「へえ、ヒューバード様がフリスビーを投げてくださるのなら、僕もいくらでもキャッチしますけど」

「あら、面白いわね。ぜひやってもらいたいわ」

犬と張り合わないで欲しい。そしてモニカも焚き付けないでほしい。ユリシーズは無言のままそう思った。

「そ、そういえば、ライオネルはヒューバードに忠誠を誓っているが、きっかけなどはあったのだろうか」

なんとなく話の流れを変えたくなったユリシーズはライオネルにそう尋ねた。

「きっかけですか。……まあ、ないこともないですけど」

──ライオネルがヒューバードに初めて会ったのは、もう十数年前のことだ。

王太子であるヒューバードの友人候補として、歳の近い貴族の少年たちは、たびたび王宮に集められていた。

それがただの友人ではなく、側近候補でもあるというのは幼いライオネルにもわかっていた。

ライオネルが見た限り、ヒューバードに取り入るように親から言われている様子の子供も多かった。

だが、ライオネルは逆だった。理由は、分家の子だったから。

本家の子であるザカリーもライオネルと同い年で、しかもヒューバードの側近になりたがっていた。だからライオネルの両親は気を遣って、あまり目立たないようにとライオネルに言い含めたのだ。

ライオネルとしても、特に側近になりたいわけではなかった。

なので学力や剣術・魔術の試験のようなことをさせられた時は手を抜き、真ん中程度をキープした。

ヒューバードのことも気にせずに過ごしたし、なんなら悪い印象になるよう、ゲームをする際には本気を出して負かしたこともあった。

さすがにここまでやればライオネルが選ばれるはずがない。そう思っていた。

──しかし、選ばれたのは、どういうわけかライオネルだった。

「あの、もしかしてザカリーとお間違えではないでしょうか」

ライオネルはヒューバードにそう尋ねた。

しかしヒューバードはきょとんとした顔で首を傾げた。

「いや、君がいいって思ったんだ」

「……どうして僕を?」

「だって、君とゲームをした時が一番楽しかったから。他の子は遠慮して手を抜くんだ。それで勝っても、つまらないじゃないか」

「でも、僕は勉強も剣術も魔術も平凡ですよ」

そう言うと、ヒューバードはクスクス笑った。

「手を抜いていたくせに。しかも、どの教科もピッタリ真ん中くらいの成績にできて、隠し方も上手だった。平凡のフリが上手いところもいいなって思ったんだ」

ライオネルがやったことは全て裏目に出ていたのだ。

失敗した、と思わず苦虫を噛み潰した顔になってしまったライオネルに、ヒューバードは手を差し出した。

「──それに君と遊んだら、これからもずっと楽しいと思ったからさ!」

それまでライオネルは、ヒューバードのことを王子としてそこそこ優秀だけれど、傑物と言えるほどではないと思っていた。

けれど、ヒューバードのまっすぐな眼差しと差し出された手に、グッと胸を掴まれたような心地がした。

舞台の袖から眺めていたライオネルを、眩しいスポットライトの下に引っ張り出すような感覚。

ヒューバードにはそういう求心力のようなものを持っている。

王の器であると、ライオネルは感じたのだ。

ライオネルはヒューバードの手を取った。

その代わり、本家から文句の一つや二つはあるだろうと覚悟していたのだが──不思議なことに何もなかった。

それどころか、本家の人たちは側近候補になったライオネルをよくやったと褒めたくらいだ。

よくよく話を聞いてみると、それまで側近になりたいと言っていたザカリーは、今は騎士になりたいと言って、鍛錬を始めたそうだ。

なんでも、ヒューバードから直々に、骨格がしっかりしているし、手足も大きいから体格がよくなりそうだと言われたらしい。

しかも剣の構えも一番格好よかったと褒められ、ザカリーは騎士に向いていると勧められて、すっかりその気になってしまったのだとか。

ヒューバードがライオネルに声をかけた時点で、一族の事情も顧みた上で、すでに外堀を埋められていたのだろう。

ライオネルはそれを察し、ますますヒューバードに仕えたいと思ったのだった。

「──ということがあったくらいで、きっかけと言っていいものかわかりませんが」

ライオネルはそう言った。

うんうん、と頷いたのはモニカだ。

「わかるわ。ヒューバードってそういうところあるわよね! 人畜無害なお坊ちゃんタイプって思わせて、人心掌握が得意な人たらしなのよ」

「そうなんです。それに、人の才能を見抜くのも上手いじゃないですか。ザカリーは現在、ムッキムキの筋骨隆々に育ちましたからね。剣術も今じゃ僕よりずっと強くなって、騎士団のエースですし、もちろん、ヒューバード様への忠誠心も高いままです。ま、脳筋ですけど。まったく、僕とザカリーの進路が逆にならなくてよかったですよ」

そうなのか、とユリシーズは相槌を打った。

確かに、ヒューバードが適当に言ったであろうことが、後々ユリシーズにとって正解だったと思ったことが何度かあった。

「まあ、そんなわけで、僕はヒューバード様の犬で構わないんですよね」

だが、その理屈はよくわからない。

ユリシーズはそう思ったのだった。

そんな話をしていると、ヒューバードはようやく打ち合わせが終わったらしく、くたびれた顔で肩を回しながら談話室に入ってきた。

「はあ……肩凝った。ん、みんな揃って、何の話をしていたんだい?」

「大したことではないんですけど──」

ライオネルは犬と罵られた部分は省き、自分が犬に喩えたら何犬かという話をしていたと説明した。

「──というわけです。ヒューバード様は何犬が僕に相応しいと思いますか?」

そんな話を聞かされたヒューバードは戸惑ったように眉を寄せている。

「そうだなあ……番犬かな。ちなみに見張られているのは私の方だけど。だって、もしサボったら地の果てまで追いかけてくるだろうし、おそらく噛み付いてくるだろうからね」

「いや、さすがに噛みはしませんけど。でも、もし今日提出期限のあれを忘れていると言うのであれば、噛むことも吝かではありませんが」

「……ワスレテナイヨ」

ヒューバードは片言になり、目を泳がせた。

忘れていたらしい。

「忘れていたんですね」

ライオネルはスッと目を細める。

ライオネルはあまり表情豊かなわけではなく、体格も普通なのだが、そんな顔をすると不思議と大男が凄むより怖い気がするとユリシーズは思っている。

それはヒューバードも同様のようだ。

「い、今からやろうと思っていたんだ! 大丈夫。すぐ終わるさ!」

「待って。私の方もちょっとやって欲しいことがあるの」

「……すまない、ヒューバード。俺も確認したいことが」

モニカとユリシーズもそう言うと、ヒューバードの顔色がだんだん悪くなっていく。

「……ライオネル、助けてくれ」

「仕方ないですね、手伝います。その代わり、明日の休憩時間にフリスビーをやりましょう。投げてください、僕に」

「うーん、キャッチボールじゃダメだろうか……」

「わかりました。キャッチボールで手を打ちましょう」

二人はのんびりとそんな会話をしている。

そんなにフリスビーしたいのか。

ヒューバードもキャッチボールならしてもいいのか。

ユリシーズは心の中で色々思ったけれど、やはり言葉にはしないのだった。

そんなことがあってからしばらく経った頃、ユリシーズはヴァイオレットと会っていた。

ユリシーズの屋敷の周囲をのんびりと歩く。

すると、いつぞやユリシーズの屋敷に入ろうとした、近所に住む少女が子犬を連れているのが見えた。

「わあ、可愛い子犬……!」

ヴァイオレットは頬を染め、子犬と少女が戯れる様子に釘付けになっている。

子犬も可愛いが、そういう風に目を輝かせたヴァイオレットはとても可愛い。

「ヴァイオレットは犬が好きなのか?」

「うーん、そうですね。結構好きかもしれないです。飼ったことはないんですけど、伯父が猟犬を飼っていて、子供の頃に触らせてもらったことがあるんですよ。ええと……なんとかハウンドって種類だと教えてもらったんですが、忘れてしまいました」

確か、以前話を聞いたことがある、元々シアーズ家を継ぐ予定だったが、病気で遠方に引っ込んだという、シアーズ公爵の兄のことだろう。

「大きくて、毛が長くてふさふさで可愛くて、賢い子でした。しかも勇敢で、見た目は優美なのに、大型の獣にも怯まず立ち向かうことがあったそうです。あ、そういえばユリシーズに似ているかもしれません!」

「……俺に似た犬?」

「はい!」

ユリシーズには想像もつかない。

ふと、以前ライオネルたちとした話を思い出した。

「ヴァイオレットは、俺とフリスビーかキャッチボールをしたいのだろうか……」

そう尋ねたユリシーズに、ヴァイオレットは首を傾げる。

「いえ、特には……」

「いや、すまない。以前、ライオネルたちと犬の話をしたことがあって」

「へえ、どんな話ですか?」

「そうだな……長くなるから、屋敷に戻ってお茶を飲みながら話そうか」

「はい、ぜひ!」

ニコッと笑うヴァイオレットは可愛い。

頷くと、サイドの髪がふわふわ揺れる。

ヴァイオレットを犬に喩えたなら、金毛で目がくりくりした愛玩犬だろうか。

そんなことを考えて、つい唇が緩んでしまうユリシーズなのだった。