軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

40 エピローグ 幸せな日

メイナードの封印された魔石は結界内で浄化されながら砕かれた。メイナードの魂は天に還ることさえ許されず、粉々になり朽ちていった。──こうしてメイナードの脅威は完全に消え去ったのだ。

セシルは無事に保護され、ユリシーズの精密検査を受けた。

外傷もなく、メイナードの魂は完全に分離しているため大きな影響もないそうだ。しかし幼い体で加護を発現し、またメイナードに乗っ取られて魔術を使った疲労が後から出てくる可能性があるとのことで、セシルはしばらくの間、母親のアンジェラと共に遠方の療養地で過ごすことになった。

体を乗っ取られて利用されただけのセシルをユリシーズは庇い、将来の傷にならないよう国王陛下に嘆願したのだった。それは受け入れられ、セシルは成人後に領地を与えられて臣籍降下することになったが、この事件に関して一切のお咎めはなかった。

そして、エイドリアンとフリージアは、取り調べを受け、最終的に黒鐘の塔に収監された。

エイドリアンの左手は、メイナードの魔術具を使った炎魔術により焼け焦げてしまい、もう動かない。しかし、やり直し前は両手だったから、片手だけの今の方が多少はマシだろう。フリージアも実家の男爵家は取り潰され本人は収監とはいえ、命があるだけやり直し前よりはいいはずだ。

とはいえ、二人とも最低でも十年は出られない見込みだという。少しでも刑期が短くなるかは二人の心がけ次第のようだ。しかしそれは難しいだろうと収監を手伝ったライオネルは肩をすくめて言っていた。彼らは毎日、檻越しに口汚い罵り合いを続けているとのことだ。彼らの愚かさはメイナードに操られたせいかとヴァイオレットは思っていたのだが、残念ながら生来のものだったのかもしれない。

特にエイドリアンは父である国王陛下からも見放され、母親も妃の座を降ろされたため、もう王宮での発言力は一切ない。心から反省したとみなされない限り、黒鐘の塔から出られる日が来るかもわからないそうだ。

ライオネルはこの事件が片付き、ヒューバードに仕える日々に戻れて幸せそうだ。モニカのお腹の子も順調で、ヒューバードと共に子供の名付けについて頭を悩ませているという。

ヴァイオレットの両親はといえば、レオナルドに裏金の帳簿を確保され、告発されて強制的な引退を余儀なくされた。なんと、一度目の世界でヴァイオレットが幽閉されたあの屋敷で隠居生活を送ることになったのだ。

屋敷の修繕を進めたことで火事の心配だけはなくなったし、老婦人の作るクッキーは美味しいので、今後は田舎でのんびり暮らしてほしい。ヴァイオレットはそう思ったのだった。

そして強欲な父に代わり、レオナルドが後を継ぎ公爵となった。弟、オリヴァーはその補佐をするため、日々の勉強を欠かさない。兄弟仲は相変わらず良好なままである。

そして、時は過ぎ──。

とうとうユリシーズとヴァイオレットの正式な婚約披露パーティーの日になったのだった。

煌びやかに飾られた王宮で、その日はまさにヴァイオレットが主役だった。

短い髪を編み込み、スミレの花の形をした宝石を飾っている。ドレスや髪飾りは最初のやり直し前と違い絢爛豪華なものではなかったが、今のヴァイオレットの雰囲気には前のドレスよりずっと似合っている。

「ヴァイオレット、おめでとう。とても綺麗よ!」

「ヴァイオレット、幸せになるんだよ……って、ちょっと早かったかな?」

「そうだよ兄さんってば。これは婚約のお披露目なんだから、結婚は一、二年先でしょう。でも姉さん、おめでとうございます」

大切な友人のコーネリアや大好きな兄弟に祝福されたヴァイオレットは、幸せいっぱいに微笑む。

それからもたくさんの人々から祝福の言葉を貰い続けた。直接ではなく、祝いのメッセージカードや花なども大量に送られた。中には既に結婚退職した侍女や、あのうっかり者の馭者、さらにはヴァイオレットが魔石を受け止めた時の店員からもあったのだ。

ヴァイオレットの笑顔はその日一日曇ることはない。

「ヴァイオレット、おめでとう。今日は少ししか滞在出来ないが、祝福させてほしい」

「おめでとう、ヴァイオレット。この子もヴァイオレットを祝いたいって」

ヒューバードとモニカ、そして二人の赤ん坊、ユニスがクリクリの目でヴァイオレットを見つめている。

あれからモニカは無事に出産し、親子でお祝いに来てくれたのだ。ユニスはまだふにゃふにゃだが、最近は首も据わり、ヴァイオレットが手を振るとニコッと笑ってくれた。

その可愛さには本日主役のはずのヴァイオレットもメロメロになりそうだった。

ヴァイオレットは破滅からやり直した。そして何一つ失わずに済んだ。今のヴァイオレットを負け組だと笑う人はいない。

それどころか、真に大切な人を得たのだ。

「──ヴァイオレット」

白銀の髪を翻し、ユリシーズがヴァイオレットの前にやってくる。

ユリシーズの髪が身動きするたびにキラキラと輝いている。もうユリシーズを化け物魔術師と呼ぶ者はいない。白銀の魔術師という二つ名で呼ばれるようになり、ユリシーズはその度に照れ臭そうにしている。

「ヴァイオレット、手を」

「はい、ユリシーズ」

ユリシーズの手を取ろうとしたヴァイオレットに、突然白いクリームが降り注いだ。

見れば、盛大に転んで巨大なケーキを薙ぎ倒したドジなお客様がいた様子である。クリームまみれのヴァイオレットはクスクス笑いながら『やり直し』と念じた。

数分前に戻ったヴァイオレットは、ユリシーズに頼み、ケーキの周囲を結界で保護してもらう。

恐ろしい事件は解決したものの、ヴァイオレットは不思議とこんな事故に巻き込まれやすく、数日に一度はやり直しをしている。

おかげで魔力はいつもすっからかんだ。しかし、何かあってもユリシーズがいれば、ヴァイオレットは大丈夫なのだと信じている。

──もしも、どんな冒険に行くことになったとしても、ユリシーズと一緒ならきっと無事に帰れるわ。

ヴァイオレットはユリシーズの手をしっかり握り、微笑んだ。

ヴァイオレットは幸せだった。しかし、今日が人生最高に幸せな日とは限らない。ユリシーズが共にいる限り、これからも、もっともっと幸せになれるのだから。

「ヴァイオレット、結婚までに新しい魔石の腕輪を作ろうと思うのだが、何か希望はあるだろうか」

「出来ればユリシーズの瞳のような色が嬉しいです。それから、前と同じく櫛と……そうそう鋏の機能があるのもいいですね!」

鋏はうんと切れ味のいいものを。

そう言うと、ユリシーズは優しい笑みを浮かべた。

「なるほど、鋏か。考えたこともなかった。ヴァイオレットの発想は面白いな」

「だって、ユリシーズの髪はこれからもずっと私が切るんですから」

ヴァイオレットはユリシーズの白銀の髪に触れた。柔らかな髪が指の間を通り抜けていく。

パーティーの直前にこの髪を切って整えたのはもちろんヴァイオレットだ。

──そしてこれからも、ヴァイオレットは白銀の魔術師の髪を切り続けたい。そう願っているのだった。

おしまい