作品タイトル不明
27 今できることを
「騎士たちが広間に負傷者を並べてくれているが、数が多すぎる。なるべく広範囲にひどい火傷を負った人から優先的に治していきたい」
「わかりました。ひどい症状の人を見つけたらユリシーズを呼びます」
「ああ、そうしてくれ」
広間は焼け焦げたテーブルや椅子が端に寄せられ、エイドリアンの炎で焼かれた人々が並べられていた。
ユリシーズの治癒魔術は、距離が離れれば離れるほど効力が弱まってしまう。さっき、ユリシーズが広間を覆い、広範囲の治癒魔術をしていたが、場所によっては重度の火傷を負った人が残っている。
気絶している人、意識があるが泣いている人。様々だったが、皆それぞれ火傷を負っている。それでも死者が出ていないのが不幸中の幸いだった。
──私がやり直し出来る魔力を残しておければ……。
ついそんなことを考えてしまい、かぶりを振る。今は悩んでいる暇はない。
今は自分に出来ることをしなければ。
ヴァイオレットは横たわる人の中から、火傷のひどい人を見つけ、ユリシーズを呼んだ。
「ユリシーズ、この列はこの方、次は三列目、前から五番目に寝ているあの方です」
「わかった」
中にはわんわん泣きじゃくる人もいる。ヴァイオレットより幾つか若い令嬢が、可愛い顔の片面に火傷を負っている。
「私、こんな顔じゃ、もう生きていけない!」
「大丈夫。パロウ筆頭魔術師の治癒魔術は本当にすごいんです。痕も残らないくらい綺麗に治してもらえます!」
ヴァイオレットは令嬢の手を強く握って励ます。
「ほ、ほんとに、治るの……?」
「ええ、治ります! でももっと火傷がひどい人もたくさんいます。その人たちは命に関わるかもしれない。だからもう少しだけ待っていて!」
「わかった。待ってる……」
ヴァイオレットはまた広間を走り回る。
「おいっ、治療はまだなのか! 痛くてたまらん!」
「すみません、火傷が命に関わる方から順番です! どうかご協力を!」
「す、すみません……連れとはぐれてしまって……心配なんです」
「わかりました。探しますね。お連れの方のお名前は?」
ヴァイオレットは、横たわる人々を励まし続け、重い火傷を負った人を探し回った。
ユリシーズの治癒魔術はすさまじい。しかし重度の火傷を治癒するには、治癒魔術を重ねがけする必要がある。全員を回復するには時間がかかるのだ。
「王宮魔術師が到着しました! 自分で動ける火傷の方はこちらに!」
ヴァイオレットも疲労困憊になった時、ようやく助けの王宮魔術師が到着した。ユリシーズほどの実力ではないにしろ、治癒魔術が使える魔術師だ。軽症は彼らに任せられそうだ。ホッとしたところで声をかけられた。
「──ヴァイオレットさん」
「マイエール侯爵夫人。ご無事でしたか」
「ええ。侍従が庇ってくれましたから。ヴァイオレットさんにも救助を手伝っていただきまして、ありがとう存じます」
「いえ、大したことは──」
それに、やり直しさえ出来れば、負傷者すら出さずに出来たかもしれない。
後悔が重くのしかかる。
俯いてしまったヴァイオレットの手を、マイエール侯爵夫人がそっと握った。
「そうでしょうか。ヴァイオレットさんはとても立派でした。貴方にお礼を言って帰られた方もいましたよ。それに、これだけの災いで死者が出なかったのは幸いなことでした」
「で、ですが……こんなことになったのは、私が原因も同然です。エイドリアン様を挑発したつもりはありませんでしたが、結果的にそうなってしまいました。マイエール侯爵夫人並びに参加者の方には多大なご迷惑を……」
「いいえ。貴方のせいではありませんよ。それに、わたくしもさっきは知らずとはいえ、余計なことを言ってしまいましたからね」
「え?」
「ヴァイオレットさんがお綺麗になった理由です」
マイエール侯爵夫人は、まだ治療を続けているユリシーズに向けられていた。
「あ、あの、それは……」
「本当に立派になって……わたくしはあの方が赤ん坊の時から知っています」
「それは、ユリシーズ・パロウ筆頭魔術師のこと……ですか?」
「ええ。わたくしは、王太子ヒューバード様の母であるクリスタの友人でありました。故人ですが前の王妃であることはご存知でしょう。でも、王宮にはもうお一人──仲良しがおりましたのよ」
「そ、それが……」
「彼女の名前はアンヌ=マリー。国王陛下の妹君でした」
アンヌ=マリー王女。それはヴァイオレットにとって知らない名前だった。
「アンヌ=マリーは、あの方を産んですぐに亡くなられました。それくらい昔のことですから、お若いヴァイオレットさんは知らないでしょうね」
「で、では……ユリシーズは、王族で……ヒューバード様やエイドリアン様の従兄弟なのですか!?」
マイエール侯爵夫人は頷いた。
ヴァイオレットはハッと口元を押さえる。
ユリシーズの髪を切った時、どことなく見覚えがあったのだが、その理由がようやくわかった。国王陛下に似ているのだ。背が高く、体格のいいところや、月のような黄色の瞳は共通している。
国王陛下やヒューバードは黒髪で、その印象が強かったのだが、言われてみればヒューバードともどことなく血縁を感じさせる雰囲気があった。
「未婚でしたので公表はされていませんが、間違いなくアンヌ=マリーの遺した子です」
「あの、ユリシーズの父親は……」
「アンヌ=マリーが身籠っている間に亡くなりました。そのショックで、妊娠中に何度も体調を崩したのです。医師や当時の筆頭魔術師になんとか命を繋いでもらい、なんとか出産したものの、アンヌ=マリーの体は耐えられず……」
マイエール侯爵夫人の瞳はぼんやりと、遠い過去を思い出すように彷徨っていた。
「クリスタも亡くなって、もう何年にもなります。仲良し三人組で生きているのはわたくしだけ。悲しいことです……」
「そ、それは……お寂しいですね」
「ええ……ヴァイオレットさんも、今いる友人を大切になさってくださいね」
「はい。絶対に大切にします」
コーネリアにモニカ。失わずに済んだ縁。これからも大切にしていくと誓いを新たにした。
ヴァイオレットはずっと治癒魔法をかけ続けるユリシーズを眺めた。白銀の髪がキラキラ煌めいて、月のような優しい色の瞳で真剣に魔術をかけ続けている。ずっと魔術を使い続けてさぞかし疲れているだろうに、そう見えないよう振る舞っていた。
「ふふふ、ヴァイオレットさん。ユリシーズ様のことが好きなのですね。今の貴方はとてもお綺麗よ。輝いているわ」
「そ、そんな……私なんかがあんな素敵な人を……」
罪を犯したエイドリアンとの婚約はおそらく白紙になるのだろう。だからといって、王族の血を引き、筆頭魔術師という地位まであるユリシーズとの未来を思い描けるほど、ヴァイオレットは子供ではなかった。
「ユリシーズは生まれつき、呪いのような髪を持っていました。あの髪を切ったのは、ヴァイオレットさんですね」
「は、はい。髪に触っても平気だったので、私からお願いしました」
「そう……やはり。クリスタは、いつかあの子の髪を切ることが出来る女性が現れると言っていました。クリスタには予言──触れた人や物の運命をごく稀に感じ取れる加護がありました。あまり精度は高くないようでしたけれどね。でも赤子のユリシーズを抱けたのは、クリスタだけでしたし、乳をあげて育てたのもクリスタでした」
「前の王妃様が……ユリシーズを育てたのですか……」
「ええ。ですがそんなクリスタでさえ、ユリシーズの髪を切ることは出来ませんでした。ユリシーズの強すぎる能力は呪いのようなもの。いいえ、能力だけではなく、心まで呪われて頑なになっていました。人を寄せ付けず、人に畏れられる。……そんなあの子が、貴方という人と出会えたのですね」
「──ヴァイオレット」
ユリシーズに呼ばれ、マイエール侯爵夫人はヴァイオレットの肩をそっと押す。
「ほら、呼んでいますよ。行ってさしあげて」
「は、はい。お話をありがとうございました」
「いいえ、こちらこそ」
ヴァイオレットはマイエール侯爵夫人にお辞儀をしてユリシーズの元へ向かった。
「ユリシーズ、どうかしましたか?」
「この女性が、どうしてもヴァイオレットにお礼を言いたいと」
「あの……さっきはありがとうございました」
そう言ったのは、さっき顔を火傷して泣きじゃくっていた令嬢だった。
今は火傷の痕もどこだかわからないくらい、綺麗に治癒している。
「良かった。パロウ筆頭魔術師はすごいでしょう」
「はい! でもさっき、励ましてもらえて、すごく安心したんです。痛くて怖くて不安で……顔の火傷が残ったら好きな人に嫌われちゃうとか、両親がすごく怒るとか思っていて。だけど、ヴァイオレット様に声をかけてもらえて、安心出来ました。ありがとうございます!」
泣きじゃくっていた令嬢は、笑顔を取り戻して帰っていった。
「ああ、先程は痛みに我を失って、つい声を荒らげてしまって申し訳なかったね……」
「おかげで連れと再会できました! ありがとうございます!」
さっきヴァイオレットが声をかけた人々から、優しい言葉が戻ってくる。
それはヴァイオレットの胸の奥にじんわりと染みていく気がした。
やり直しの能力だけではなく、ヴァイオレット自身にも、ささやかではあるが出来ることがあったのだ。
肩にそっとユリシーズの手が乗せられて、ユリシーズの月の瞳を見上げる。
ヴァイオレットは微笑む。
──この人が好きだ。
心の底から湧き上がるのを感じていた。