軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21 そして髪を切る②

「ユリシーズ、上手くいきましたね! ただ、床に髪がたくさん落ちてしまいました。お掃除しましょうか?」

切った瞬間はキラキラと輝いていたが、床に落ちた後は、綺麗な白銀色をしているだけのただの髪だ。

「いや、これくらいなら、魔術で集められる」

ユリシーズはパチンと指を鳴らす。すると、床に落ちた髪がふわっと浮き上がった。空中で自然に集まり、束になってユリシーズの手のひらにポスッと落ちた。

「髪は俺の魔力をふんだんに含んでいる。魔術の実験や魔術具の触媒に使えるかもしれないな。取っておこう」

「やっぱりユリシーズはすごいです!」

鮮やかな手腕に、ヴァイオレットは見惚れていた。いや、ユリシーズ自身にも見惚れてしまっていたかもしれない。今の魔術といい、本当に精霊のようだ。

「すごいのは、この髪を切ることができるヴァイオレットの方だ」

「いえ、私はただ切っただけです」

ヴァイオレットはユリシーズの切り落とした髪に視線を落とす。

「あの……その髪は魔力を多く含んでいるんですよね。例えばなんですけど、その魔力を私の魔力に変えることって出来ますか?」

「ふむ、それは難しい質問だ。ヴァイオレットが魔力吸収の魔術を使えるなら可能かもしれない。しかしそうでないならこのままでは無理だろう。だが魔力吸収の魔術具を間に挟んで君の魔力になるよう変換するのが手っ取り早いだろう。あとは、魔力を魔術具の動力にしたいのなら、いっそこの髪で動くような魔術具を作ってしまえばいい」

ヴァイオレットに魔術の才能はない。魔力吸収も使えない。残念ながらユリシーズの髪を譲り受けても使えないようだ。

「この髪の魔力で動く魔術具というのも面白そうだ。一度作成してみるのもいいかもしれない。……まさか俺のこの呪いの髪が他のことに役立つかもしれないとはな。長く伸ばしていた甲斐があったものだよ」

微笑むユリシーズは、その端正な容貌のせいでヴァイオレットにとって凄まじい破壊力であった。ヴァイオレットは動悸が激しくなり、慌てて話題を変えることにした。

「え、えっと……髪はまだ長さがありますが、急に短くするよりは変化が少ないのですぐに慣れると思いますよ。もしユリシーズがもっと短くしたいのなら、私も練習が必要ですね」

「ヴァイオレットは短い方が好きなのだろうか。……ヒューバードのような、スッキリした髪が好みなのか?」

何故ヒューバードの名前が出てくるのか、ヴァイオレットにはわからず、目を瞬かせた。ヒューバードは襟足を刈り上げ、スッキリとした短髪である。爽やかな風貌の彼にはよく似合っていると思うが、それだけだ。

「ユリシーズに似合う髪型が一番だと思いますよ。例えばユリシーズはこれくらいの長さなら、髪を結ぶとか、三つ編みにするのも似合います。きっと、王宮魔術師の仕事にも動きやすくていいと思うんです」

ヴァイオレットは試しにユリシーズの髪を一つに結んだり、ゆったりとした三つ編みを作ってみる。

「どうです?」

「動きやすくていい。だが、これを自分でやるのは難しそうだ」

「そんなことないですよ。慣れれば毎日簡単に出来るようになりますよ。出来ないなら私が──」

ヴァイオレットは思わず、自分がやってあげると言いそうになり、慌てて口をつぐんだ。ユリシーズとはたまたま会う機会が多かっただけで、友人でもなければ、今後個人的に会う用事もない。たまたま成り行きと、ヴァイオレット自身の押しで髪を切ることになっただけなのだ。

「……なんでもありません。切ったから結ばなくても大丈夫ですものね。ただ、櫛を通すのは毎日やった方がいいと思いますよ」

「そうだな……これからは気をつけよう」

「あ、もしよければ、その櫛を差し上げます。毎日梳かすだけで、しばらくは綺麗に保てると思いますから」

「いいのか? 櫛がなくなればヴァイオレットも困るだろう」

「大丈夫です。家に帰れば他の櫛もありますし。それに、携帯用のこの櫛なら見た目が女性向けに見えないものですから、ユリシーズでも使いやすいと思いますよ」

「では、ありがたく貰うことにする。だが……貰いっぱなしにするわけにはいかないな。ヴァイオレットさえよければ、代わりの櫛をプレゼントしても構わないだろうか」

ヴァイオレットはその言葉に心臓が高鳴る。心は浮き立ち、ふわふわとした気分だ。

「嬉しいです!」

「ああ、では近いうちに用意しておく。ところで髪を切るのに時間を割かせてしまってすまない。そろそろ馬車の方は直ったのではないか?」

「わ、本当」

いつのまにか、窓の外は日差しが傾き始めている。これ以上長居すると、王都に戻ったら真っ暗になってしまう。

「すみません、長々と」

「いや、こちらこそ……今日のことは本当に感謝している」

ユリシーズは玄関先まで見送ってくれた。

「ユリシーズ。では、また──」

言いかけたヴァイオレットの手を恭しく取り、ユリシーズはヴァイオレットの前に騎士のように跪いた。そのまま額にヴァイオレットの指の背を当てる。

「ヴァイオレットに感謝を」

それが最大限の感謝を表す古い仕草だと気付いた時には、もうユリシーズの手は離されていた。

「あのっ、さ、さようならっ!」

もう少しまともな挨拶は出来なかっただろうか。そう悔やんでも悔やみ切れない言葉を捻り出し、ヴァイオレットは屋敷から飛び出した。

帰りの馬車で揺られるヴァイオレットは、ずっと胸がドキドキしていた。

「お嬢様、お顔が赤いですけれど。風邪でしょうか。帰ったら熱を測らなければ」

「ん……」

流れゆく田園風景を見ながら、ヴァイオレットはユリシーズのことを考えていた。

──私、ユリシーズが好きみたい。

彼の穏やかで紳士的な話し方、声のトーン、そしてとても繊細な部分。ヴァイオレットはそれらを考えただけで胸が暖かくなる。そして、あの真珠のような光沢の髪、綺麗な顔、月の色をした瞳は鼓動を早めてくる。

しかし、髪を切った今では、ただユリシーズの綺麗な顔を知ったから好きになったのだと勘違いされてしまうかもしれない。

「……どうせなら、髪を切る前に気が付いていたらよかった」

そう思わず口に出していた。

「なんですか?」

「ううん、なんでもないわ」

ヴァイオレットは顔を突っ伏す。

──すごくドキドキした。

ヴァイオレットの前で騎士のように跪いたユリシーズを思い出す。尊敬を込めて手の甲に口付けるのとも違う、それは純粋に感謝を表す時の行為のはずだ。古典などに出てくるくらいで、ヴァイオレットは実際にやる人を初めて見た。そして、それほどの感謝を受ける立場になったのも初めてだった。

帰宅すると、本当に熱が出ていた。馬車での移動で疲れが出たのかもしれない。ヴァイオレットはそのまま寝込むことになったのだった。