軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17 新たな作戦②

数日後、ヴァイオレットは使っていない所有屋敷のリストから、やり直し前に幽閉されていた屋敷を見つけ出した。

「馬車で片道二時間か……思っていたほど遠くないわね」

ヴァイオレットは、自分の目で確かめたいとその屋敷まで赴くことにした。当時は辺鄙な地の果てのように感じていたが、それは心境的なものだったのだろう。

王都から二時間。王家の直轄地を通り、隣接するシアーズ公爵家の領地に入ってすぐの場所にあった。街道からも近く、周囲は畑ばかりとはいえ、少し歩けば小さな町や村がいくつもある。そこそこ便利で風光明媚な田園地帯という感じだ。

それから、その屋敷にいた管理人の老夫婦も、当時は恐ろしい牢屋番のように感じていたが、ヴァイオレットが向かうと温かく出迎えてくれた。

──まあ、待遇が違うのは当たり前よね。

今のヴァイオレットは厄介払いされたわけではないのだから。ヴァイオレットは彼らに思うところはない。

挨拶もそこそこに、老夫婦から建物についての話を聞くと、建物自体が古くなっており厨房施設が老朽化しているらしい。火事になったのはそれが原因かもしれないとヴァイオレットは考えた。

「ではまず、厨房を修繕してもらいましょう。火事になったら貴方たちが危ないものね」

「お嬢様……本当に感謝いたします」

老夫婦はヴァイオレットの手を握り、感謝をしてくれた。

さらに、お茶と素朴ながら美味しい手作りクッキーでもてなしてくれた。

「まあ、このクッキー、とても美味しい!」

「厨房が直ったら、もっと美味しいクッキーをたくさん焼きます。そうしたらまた食べに来てくださいませ」

「ええ、その際は是非」

次に老夫婦に会う時は、幽閉されてではないことを祈りたいものだ。

そしてまた馬車に揺られて帰ることになった。出発してそれほど経っていないが、クッキーと共に出されたお茶をたくさん飲んだせいか、お手洗いに行きたい気がしてきた。お供の侍女も同じくソワソワしながら馭者に声をかけた。

「ねえ、近くに休憩出来る場所はないの?」

「ええと……すみません。この辺には詳しくないもので。もう少し先まで行けばわかるんですが」

「じゃあ、そこまで行ったら休憩をさせてちょうだい」

「は、はい。そこまで急ぎますので!」

急かしたつもりはなかったが、馭者は慌てたように馬を急かし始めた。

馬車のスピードがグングン増していく。揺れもひどい。

侍女も困惑して眉を寄せた。

「だ、大丈夫でしょうか」

「ちょっと怖いわね……スピードを落としてもらいましょうか」

侍女とそう話をしていると、馭者の悲鳴と共に、ドンッと激しい音と衝撃がした。

「な、何があったの?」

侍女が問うと、馭者は真っ青な顔で報告した。

「ひ……轢いて……しまいました」

「えっ!?」

外を覗いた侍女もキャーッと悲鳴を上げた。

「お嬢様、見てはいけません!」

「こ、子供が……道の真ん中で遊んでいて……なんで、こんな……」

馭者の言葉にヴァイオレットは顔を覆う。

なんでと言いたいのはヴァイオレットの方だ。

「やり直させて! いくらなんでも無理!」

加護の文字が脳裏に浮かぶより先にヴァイオレットはそう叫んだ。

『やり直し』

何度目かの白い光に視界を塗りつぶされた。

──ヴァイオレットはハッと我に返る。

馬車の走行音と振動を感じた。まだ事故が起きる前なのは確実だ。

「──そこまで急ぎますので!」

馭者の声がして、馬車のスピードを早めている。

数日分溜めた魔力があったので、今回は少し前まで戻れたようだ。

ほんの数秒前に戻されていたら、やり直しても馬車が止まるのに間に合わないところだったから助かった。

ヴァイオレットは馭者に声をかける。

「待って! スピードを落として、安全運転をして! 特に道で子供が遊んでいたりするかもしれないから、しっかり前を見張っていてちょうだい!」

「へ? は、はい。かしこまりました」

馭者は馬車のスピードを緩めて、元通りの速度で走る。

しばらく走った頃、ガタンという衝撃と共に馬車が止まった。馬が激しく嘶いている。

「ま、まさかまた轢いたんじゃ──」

もうやり直す魔力はない。ヴァイオレットは血の気が引いた時、馭者の声がした。

「すみません、脱輪です! 子供が道の真ん中にいたんで、停止させた拍子に……」

「こ、子供は無事なの!?」

「はい。無事です」

「……よかったぁ……」

ヴァイオレットはホッと息を吐く。今度は幼い命を奪わずに済んだのだ。思わず脱力して突っ伏した。

「ヴァイオレット様、申し訳ありませんでした!」

馬車から降りると馭者が真っ青な顔で跪いた。

ヴァイオレットは微笑む。

「子供が無事だったならいいのよ。脱輪程度で済んでよかったわ。貴方が落ち着いて、ちゃんと前を見ていてくれたおかげね。これからもその調子でお願いね」

馭者は慌て者の様子だ。今後も事故を起こさないよう、しっかり確認してほしいものだ。そう思って優しく声をかける。

ヴァイオレットの言葉に馭者は感極まったように涙ぐんだ。

「ヴァイオレット様ぁ、お優しい言葉をありがとうございますうぅ」

「いいのよ。それで脱輪はどれくらいで直せそう?」

「そ、それが、車軸が折れてしまっているようで……交換するのに数時間はかかるかもしれません」

「そう、仕方ないわね」

ヴァイオレットは辺りを見回す。

長閑な田園風景が続いている。畑の合間にポツポツと家はあるが、店はないかもしれない。

「……お嬢様……その、私お手洗いに……」

侍女はソワソワしながらそう言う。ヴァイオレットも同じ気分だった。近くの民家で借りるしかないだろう。

「あの……」

そんなヴァイオレットたちに平民の女性が声をかけてきた。

「娘を助けていただき、ありがとうございます」

ぽっちゃりした女性が幼い女の子を抱えて深々と頭を下げた。

「あっ、この子供です。道の真ん中でしゃがんでいて」

馭者はそう言う。

この女の子を危うく轢いてしまいそうだったらしい。

いや、やり直す前は実際に──ヴァイオレットは想像しただけで気分が悪くなった。

「脱輪までさせてしまって……お詫びのしようもございません」

女性は下げた頭を上げようとしない。

「いいえ、娘さんが無事でよかった。命に勝るものはありません。──でも、危ないから、道で遊んでいてはダメよ」

ヴァイオレットが女の子にそう言うと、母親にぎゅっとくっついてから、ペコッと小さくお辞儀をした。とても可愛らしい。

「ごめんなさい。道の真ん中にね、お花がいっぱいあって、取るのに夢中になっちゃった」

どうやら、道の真ん中のちょうど馬車の車輪で踏まれない場所に、花が群生して咲いていたらしい。摘んだ白い花を握りしめているのも、なんとも可愛くて、ヴァイオレットは頬が緩む。

「あの、脱輪を直すのに時間がかかるのですが、お嬢様が休憩出来るような場所はありませんか?」

侍女がそう言うと母親はホッとしながら言った。

「でしたら、どうぞ我が家へお越しくださいませ。修理も夫に手伝わせますから!」

女性の好意に甘え、ヴァイオレットは休ませてもらうことにした。

お手洗いを借りて、侍女共々安堵する。

あとは馬車が直るまで待たせてもらおうと思ったところで、女の子が家から飛び出していった。

「ママー、お化けさんの家に行ってくるー」

「お化けさん?」

ヴァイオレットは首を傾げる。

お茶を淹れにいっていた母親が戻り、部屋を見回した。

「あら……?」

「娘さんなら、お化けさんの家に行くと行って飛び出して行っちゃいました」

「まあ、なんてこと! 近づいちゃいけないってあれほど言ったのに!」

どうやらかなりお転婆な子供らしい。しかし母親の言うことをちゃんと聞かないのは危ない。さっきのように馬車に轢かれたら大変だ。

「す、すみません。娘を連れ戻しに行きます。お嬢様方は気にせず、ごゆっくり寛ぎくださいませ」

「私も同行させてください」

ヴァイオレットはお化けさんの家というのが気になり、侍女を留守番に残して母親について行くことにした。

「あの、お化けさんというのは」

「こ、この辺りの領主様のことです。ここは昔から王家の直轄地ではあるのですが、少し前に今の領主様の土地となったのです。お屋敷に使用人も置かない、とても変わったお方のようで……」

「へえ、そうなの」

変わった人と聞くと、ユリシーズを思い出してしまう。

「若者や子供が度胸試しでお屋敷に近づくと、具合が悪くなったり、肌に火傷のような痣が浮かんだりするのです。だから、あの子にも近づかないように言い含めていたのですが……」

ますます聞き覚えがある話だ。

「あの、領主のお名前はなんというのですか?」

「パロウ様です。ちょっと変わった見た目から、口さがない者はお化けと呼んでいるそうです。それを聞いて、娘はお化けさんとお友達になりたいと言い出しまして」

「パロウって、ユリシーズ・パロウ筆頭魔術師?」

「は、はい。ご存知でしたか」

「ええ、知り合いです」

「まあ、それは……あ、あの屋敷です。娘は──」

女性は遠くに見える屋敷を指差した。

「いたわ!」

近くに寄ると、女の子がトコトコと屋敷に向かって歩いていくのが見えた。