作品タイトル不明
脇役転生くんとばあやのレシピのお話
エドアルドくんは激怒していた。侯爵家のボンボンなので政治もわかるし、美味しいお菓子を食べて子分の幼馴染くんと楽しく遊び暮らしていたし、別に邪悪に敏感でもないけど激怒していた。
十五歳のチート様が親征するというのだ。
幼馴染くんの暮らす王子宮でいつものようにだらだらと茶をしばいていたら、そういえば、と幼馴染くんが教えてくれた。
ぽかんと口を開けて呆然としたのちにエドアルドくんの内に湧いてきたのは怒りであった。
戦場に行くのは百歩譲って認める。分かる、チート様のチート伝説が始まるのだな。出来たらついて行きたいがまだ可愛い天使ちゃんなエドアルドくんに戦場は早い。
成人したら追いかけてやる。チート様がチートしてる姿をこの目に焼き付けるのだ。これぞ転生者の醍醐味ってもんよ。
でもさ、それが3ヶ月後とかなくない? 急すぎない? 準備とかあるでしょ?
普通の貴族の成人は社交シーズンの始まりに王宮で行われる大舞踏会でお披露目するのよ? そこで名前と顔を知ってもらって初めて成人なわけですよ?
それをさ、3ヶ月後の出陣式でお披露目するからそれで成人な? そのまま戦場行ってきてね? って舐めとんのか。
王族の成人なら誕生月に合わせて盛大な宴するくらいやってもおかしくないんやで? いくらチート伝説のためのプロローグとはいえ蔑ろにされすぎでは?
そもそもエドアルドくんは若い子が理不尽な目に遭うの地雷です!!! チート様はもう身長も普通の大人よりでかいし筋肉もガッツリついているし世紀末覇王名乗ってもいいくらいの貫禄だけどまだ十五歳なんですよ! 思春期の少年なんだから! コンプライアンス仕事して!
何より! 何よりも! 3ヶ月後とか成人祝い用意するのに時間がない!!!
「もっと早く言って!!! 一年前とかに言って!!! 王族の成人は慣例では十六歳でしょ!!!!!」
王族が十五歳で成人を迎えるのは特別な事情がある時だけだ。例えば戦時中だとか。
「一応、戦時中なんだよなあ」
ポリポリとクッキーを齧っていた幼馴染くんがソファの上でゴロンゴロンと転がるエドアルドくんを眺めながら呟いた。
「隣国との紛争は! 先王時代から! 何十年と! 続いてまあす!!!」
クッションに顔を埋めてエドアルドくんが叫ぶ。
それはそう、と幼馴染くんは頷いた。
「まあ、嫌がらせだよ」
誰の、とは言わない。分かりきっていたので。
クッションから顔を上げてチラリと幼馴染くんの顔を見る。
なんでもないような顔をしているけれど、どこか疲れた雰囲気を纏う十歳。
「護衛の騎士が少ないのも?」
部屋の中に控える騎士は一人。いつもは部屋の外にもう一人いるはずなのだが、今日はいなかった。
「トルト伯が王宮警護から国軍に移動になったんだよ。直属の部下もほとんど一緒に移動になって、今は再編してるところで人が少ないんだよ」
「左遷じゃん、かわいそ」
「連隊長だから部下は増えてるよ。兄上も見知った顔がいた方がいいだろうからって」
肩をすくめる。
ちなみにチート様は遊撃部隊を率いる。所属はトルト連隊長のとこだけど自由に動いていいよ! 別にトルト連隊長の言うこと聞かなくてもいいけど、もし何かあったらトルト連隊長の責任ね! ということらしい。ひどい人身御供である。
そもそも本陣で指揮取るとかじゃなく、戦場に王族を出すとか戦争末期じゃん。バカなの? 作戦本部はその武勇を隣国に見せつけてほしいとかなんとか言うてるらしいけど、脳みそ溶けてんじゃないかな? 作戦本部長はもちろん王妃派バカ貴族。呪っとこうね。
これでトルト伯が俗物なら左遷の原因となったチート様に恨みを持つことになっただろうし、直属の上司に恨まれればチート様でも流石に居心地が悪い。
まあ、トルトのおっさんはどちらかといえば苦労性のお父さんなのでチート様を憐れんで手助けこそすれ恨むようなことはない。部下も気のいい兄ちゃんたちばっかりだったのできっとチート様を助けてくれる。そもそも彼らは王宮警護の中では比較的身分の低い叩き上げばかりで、第三王子宮に配属されてること自体が実は左遷。なんならこれも嫌がらせなんで。誰の、とは言う必要もない。
居心地悪そうに幼馴染くんの後ろに立つ護衛騎士を眺める。
危機管理のできるエドアルドくんなので幼馴染くんの護衛の身上もきちんと把握している。
こいつは子爵家の三男だか四男だかで継ぐ家がないので騎士になったやつ。でも確か美人の姉が王妃派の伯爵家に見初められて嫁いでた。本人は特に王妃派と繋がりはないがお目溢しってやつかな? こいつが残ってるってことは、あとは王妃派の親戚を持つ奴が二人くらい残ってるってことか。でも他の二人も所詮は第三王子宮送りの下っ端。王妃派と深い関わりはないので心配するほどのこともなかろうとエドアルドくんは目を瞑る。それより今、護衛騎士三人だけなの? 三人じゃローテーション組めないじゃん。休みなしとかかわいそ。ブラック勤務撲滅しよ?
「早く新しい騎士が来るといいな」
哀れみを乗せて微笑むと護衛騎士が苦虫を噛み潰したような顔で沈黙した。トルト隊長、助けて、俺たちだけでこいつを抑えるのは無理です、と内心思っていたかもしれないが肝心の隊長は国軍本部で新しく同僚になるムカつく王妃派貴族を殴ろうか蹴り上げようか悩んでいるところだったのでそれどころではない。諸行無常。
「ま、こんなことしてる場合じゃないな! 俺は帰るぜ! じゃあな!」
そう言ってエドアルドくんは幼馴染くんの王子宮を颯爽と去って行った。
「こんなことって、あいつは僕の学友じゃないのか?」
腑に落ちないという顔で幼馴染くんは呟いたが、護衛の騎士は沈黙を選んだ。
出かけたと思ったご令息があっという間に帰還してナダルニア侯爵家の使用人たちはおおわらわだったが、エドアルドくんは高貴なるご令息なのでそんなことは知ったことではない。
玄関からダッシュして目当ての部屋を高速でノックした。
中から声をかけられて扉を開ける。
礼儀作法を形だけは守った。エドアルドくんは高貴なるご令息なので。
そしてばあん! と扉を開けたエドアルドくんは叫んだ。
「助けてばあや!!!」
部屋の中ではピンと背筋を伸ばした高齢の女性が貴族の矜持を保った笑顔でハリセンを握っていた。
エドアルドくんが七歳の時にばあやに感謝の気持ちを込めて贈ったプレゼントである。
あ、これはあかんやつかも、と瞬時にエドアルドくんは思った。
もちろんあかんやつである。
「教育的指導!」
ハリセンでスパンスパン頭を叩かれ、さらには尻叩きまでされた。十歳のエドアルドくんには大変屈辱的なお仕置きであったし、中のおっさんは息絶えた。なお、おっさんは前世お亡くなりになってるのではじめから息してない。
しかしばあやはとても優秀なばあやだったのでエドアルドくんをきちんと助けてくれた。
俺のばあやは最強なんだ!!!
エドアルドくんは負け確ネットミームを心の中でだけ叫んだ。だって口に出したらまたハリセンで叩かれる。
時は流れ、ピチピチの天使なエドアルドくんは世の理不尽を知るダンディなエドアルドくん十六歳になった。
ダンディなので秘密の商会とか作ってブイブイ言わせてる。ダンディなので。
「アベルー、お前、商都まで行くんだって?」
下町にこっそり作った秘密倉庫の裏口から顔を出したエドアルドくんは一年ほど前に拾ったロマンス詐欺師が忙しそうにちゃんと商会の会頭業務をしているのを見て満足げに頷いた。真面目にやってるようでよろしい。
「あー、耳が早いな。どうも商都の商人を通して西方商人がうちの商品に興味持ったらしい。どうせなら商都通さずに直に取引できないかと思ってな」
会頭自ら商談に行くと。
手に持った帳簿からチラリと目線を上げただけですぐに戻す。拾ったばかりの頃はエドアルドくんの侯爵子息という肩書とあまりの美貌にビクビクしていたのに随分と扱いが雑になった。まあ、拾って1ヶ月もしないうちに商会立ち上げて無茶振りされてギリギリセウトな脱法塩みたいな商品で荒稼ぎさせられたらそんな態度にもなる。商人ギルドの上役や塩商人たちからどれだけ睨まれたことか。命こそ奪われはしなかったが夜道で襲われたことは一度や二度ではないし、チンピラに店をメチャクチャにされたことだってある。警邏の兵士は他の商人に袖の下を渡されて当てにならない。ロマンス詐欺師時代のツテで商人どもの後ろ暗いネタをかき集めてなんとか落ち着いた。かつて彼を飼っていた娼館のお姉様たちのおかげで彼は生き延びたのだ。ロマンス詐欺していてよかったね、さすが人間のクズ。
「ちゃんとお仕事してて偉いお前にこれを授けよう」
エドアルドくんは会頭の雑な対応を気にすることなく荷物をテーブルの上に広げる。
「何だコレ?」
両手より少し大きいくらいの丈夫な革のポーチから思った以上の量が出てくる。
「いざという時のために持ち歩ける非常用ポーチ基本セット。まず水ね」
一番大きいのは銅の水筒だった。それでも片手から少しはみ出る程度の大きさだった。
「熱湯を銅の水筒に詰めた後に蝋で固めてさらに熱湯で消毒してある。1ヶ月くらいは保つよ。それ以上保つと思うけど試してないからやるなら自分で試して」
油紙に包まれた四角いビスケット、傷薬、包帯にもなる布、小さな笛、火打ち金、蝋燭、折りたたみの燭台、筆記用具、折りたたみナイフ、小銭入れには銀貨と銅貨まで入っていた。
ぽかんと口を開けて並べられた品を見る。よく入ってたな、こんだけ。
「これ、ビスケットも堅焼きで1ヶ月くらい保つから。ナッツとドライフルーツ、燕麦と大麦を蜂蜜で固めて焼いてあるから栄養面の心配もないんだぞ」
ドヤ顔でそれぞれの品を説明するエドアルドくんが試食な、と紙に包まれていないビスケットを差し出す。
一口サイズのそれを受け取って口に放り込む。香ばしい大麦のザクザクした食感とナッツのカリカリした食感。少し柔らかいドライフルーツの酸味、そしてハチミツのまろやかな甘み、噛みごたえがあって美味い。
腹持ちも良さそうだ。
「これ、美味いな」
「そうだろう、そうだろう。これはな、うちのばあやが考えだした栄養補助食品なのだよ」
ばあやの息子が偏食で野菜を食べなかったらしい。困り果てて栄養のありそうなものをぶち込んで焼いたと言っていた。ばあやの息子は今は熊みたいな大男になってナダルニアの領地で医者をしている。いかつい見た目で子供に泣かれて困るとこの菓子を渡すので嘘泣きの子供が多いと笑っていた。
「妊婦さんにもいいらしいから奥さんにどうぞ」
二本ずつ油紙に包んで飴のように両端で捻ったビスケットが大量に入った袋を渡されて会頭は顔をギュッと顰めた。
そうなのである、こやつ元ロマンス詐欺師のくせして結婚しやがったのである。
つい三ヶ月ほど前のことだが、妊娠したので責任を取れと女性が店に押しかけてきた。その女性に身に覚えしかない会頭は内心の動揺を隠しながら高速で脳みそを回転させた。
そして、その甘いマスクを嬉しげに蕩けさせ女性の足元に跪いた。
君に相応しい男にはまだなれていないけれど、結婚してください。
突然のプロポーズに店の中で女性たちの甲高い悲鳴が響いた。
会頭のマジ恋客は絶望の悲鳴を、顔目当てのにわか客は羨望の悲鳴を上げた。ホストクラブかな?
こうして会頭は男爵家のご令嬢を娶るために商会をつくり、令嬢に相応しい男になって結婚を申し込もうとしていた一途で健気な男という評判を得た。
一途で健気な男は結婚前の娘さんを孕ませたりしない。絶対にだ。
本当に小賢しいロマンス詐欺師である。
まあ、ともかく子供の誕生はめでたいことだ。奥さんはエドアルドくんのことを知らないが、ちょっと差し入れするくらいはよろしかろう。
ギュッと顔を顰めたまま会頭は袋を受け取った。
そのままポリポリとビスケットを食べ始める。お前にじゃない、奥さんにだ。
「これ、うちで扱わないのか?」
随分と気に入ったらしい。
「あー、それヴェルリッド様の部隊にうちが納品してんだわ。商会で扱い始めて余計な詮索されるのは困る」
何を隠そうこの非常用ポーチはチート様の成人祝いに十歳のエドアルドくんがばあやと一緒に一生懸命考えて作ったものである。
「これ、この革鞄の裏にベルト通す穴あるだろ? これ軍服のベルトに通せるように作ってあんの。元々ヴェルリッド様に献上した非常用ポーチの廉価版なのよ」
制作期間は三ヶ月、手の込んだものを用意するには時間が足りない。何しろこの世界、交通網が発達してないのでものを取り寄せるにも時間がかかるのだ。
そこでエドアルドくんに泣きつかれたばあやは助言した。
第一王子殿下に贈りたいものではなく、第一王子殿下が必要とするものをお送りしましょう。
なるほど、軍務に服すチート様に必要なもの。
エドアルドくん十歳は頭を捻りに捻った。頑張って思いついたのが社畜時代にカバンに常備していた非常用ポーチである。
就職が決まった時に従姉妹から貰ったのだ。年上の従姉妹は東日本の震災の際に都内で働いていた。すべての交通機関が麻痺していた中、新宿から実家のある八王子まで歩いて帰って来れたのは深夜だった。家には猫と犬とフェレットとハムスターと亀がいた。どうしても家に帰って無事を確かめねばならぬと並々ならぬ決意を抱いて従姉妹は根性で家にたどり着いた。従姉妹はそれ以来踵の高い靴を履いていない。足は犠牲になったのだ。
そのような経験から災害大国日本で持っていて損はないと贈ってくれたのである。
ありがたいことに生前にそれを使用する機会はなかったが、やはりカバンに入っていると安心感があった。
いざという時に備えるという意味では戦場でも役に立つのではないか。
そう考えてばあやと一緒に中身を選び革鞄を特注した。
王族の成人祝いに贈るには少々お値段が安すぎるのでチート様の率いる部隊の兵士とトルト伯と部下の分も作ってやった。
もちろんチート様に渡す分は装飾も入れた特別仕様だし、十五歳の誕生祝いに用意していたエドアルドくんの考えた超かっこいいサバイバルナイフもつけた。
なんかすっごい妙なもの見る目で見られたけど、気にしてない。サバイバルナイフ持ったチート様かっこよかった。ベルトに鞘つけて背中側に回すやろ? それをな、こう逆手でシュッと抜き出して使うのよ。前にいる相手からは突然刃物が現れるという、もうな、エドアルドくんの考えた最強のチート様である。かっこいい。
非常用ポーチの評判は上々でチート様の初陣後、トルトのおっさんにめちゃくちゃ感謝された。全兵士の標準装備にしたいのに予算が降りないって泣いていた。チート様はしれっと自費で追加注文してトルト連隊全員に配備するというチートっぷりを見せつけた。さすがチート様。トルト連隊長はありがたいけどそうじゃないんだよなあ、と複雑な顔をしていた。社畜わかる、特例じゃなくて根本的なシステムに組み込みたいんだよな。でもチート様もトルト伯も軍本部に嫌われてるから無理なお話。
初陣からすでに何年も過ぎたがチート様からはいまだに非常用ポーチの追加注文が来るし、ビスケットと水は定期納品。
革鞄などの備品に関してはナダルニアの領地で作らせているが、チート様の口に入るものに関してはエドアルドくん自らが指示して工場製造させている。元日本人の衛生観念が長期保存食品をこの世界の人間に丸投げして作らせるのはちょっと、と警笛を鳴らすのだ。
というわけで長期保存ビスケットと保存水は完全にエドアルドくんの事業。小さい頃はパッパが一応責任者だったがエドアルドくんがあんまりにも口出すのでいつの間にか代表になっていた。まあ、やってることは抜き打ち検査くらいなので実際の運営はパッパの選んだ部下がやっている。貴族のやる事業なんてこんなもんよとエドアルドくんは嘯く。
「俺がヴェルリッド様のために工場建てたって別に隠してもないし、普通に知ってる人は知ってるからなあ」
商会で扱えば自動的にナダルニア侯爵家と結びついてしまう。
「やることの桁が違い過ぎんだわ、お貴族様」
会頭は本気で引いた顔をしていた。
「食品工場だし、ヴェルリッド様のためのものしか作ってないから利益はほぼないよ」
本当は無償で提供したいのだが、それはダメだと本人に言われて原材料費だけ貰っている。工場の建築費用や人件費はすべてエドアルドくんの持ち出しだがお小遣いの範囲で賄えてしまうのだ。侯爵子息のお小遣いすげー、とエドアルドくんは思っているがお小遣いではない。
実はエドアルドくんが工場の作業員にぶつくさ言った衛生教育を部下が書き留めて侯爵に報告している。初期の報告にあった衛生管理をナダルニアの領地で実際に試すと食中毒患者が大幅に減少するという結果となった。これは使えるな、と思ったパッパはその後も重箱の隅を突くようなエドアルドくんの日本人的衛生観念のお言葉を報告させている。
つまり侯爵家的にはエドアルドくんの工場は食品衛生の実験場で、エドアルドくんがお小遣いだと思っているのは技術指導料である。仕事してた。
会頭はそういえばこの商会も第一王子殿下のための秘密の資金作りとかこいつ言ってたわ、と思い出して宇宙を見る猫の顔になった。
「まあ、この商会がある程度大きくなって他の領地と取引が増えていけばナダルニアの領地で流行ってる菓子を扱ってもおかしくないんじゃないかな?」
「へえ、やっぱり流行ってるんだな」
うまいもんな、と更にビスケットを口に放り込む。奥さんの分残るのかなあ、とエドアルドくんは心配だ。
「五年くらい前にばあやが腰痛めて領地に戻ったんだよね。のんびり引退するって言ってたけど、結局息子の医院の手伝いとか教会の奉仕活動とかやっててさ。そのビスケットも子供達に配ったり、奉仕活動で寄付したりしてたら評判になって、ばあやも秘密にするようなレシピじゃないからって」
材料もはちみつ以外は安価なので家庭で作りやすい。安価ではないがナダルニアの領地は養蜂も盛んなので砂糖よりはちみつの方が安く馴染みのある甘味。砂糖は西からの輸入品なので高価なのだ。
領地ではナッツやドライフルーツの種類を変えた色々なアレンジビスケットが流行っている。
「いいな、そのうちお前のところの領地行ってレシピごと仕入れよう」
会頭が嬉しそうに言った。
そのうち王都民の間でもばあやのビスケットが流行るかもしれない。
やっぱりうちのばあやは最強だな、とエドアルドくんは思った。
さて、その後のお話である。
会頭の奥さんはばあやのビスケットを大層気に入った。
つわりがひどくほとんど食事が取れない時に、なぜかこのビスケットだけは食べられたことに感動し、産後動けるようになるとナダルニアの領地に飛んでいってレシピ考案者のばあやに弟子入りした。何がどうなってそうなったのかは誰も分からないが、さすが行方をくらませたロマンス詐欺師を探し出して責任を取らせた女性である。行動力が人知を超えている。
ばあやと意気投合した彼女は子供や女性に必要な栄養が取れる食品や、病気の予防に効果のある食品を研究し、後の世で栄養学の母と呼ばれるようになる。
ちなみに会頭は身重の妻のために国中の美味、珍味を集めた愛妻家と評判になり、エドアルドくんは解せぬ、と思った。