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『お姉様が私より幸せになるなんて許せない』が口癖の妹に、婚約者を奪わせてみた結果

作者: こじまき

本文

私は、公爵令嬢ケナとして生きてきました。

けれど今日、思い出しました。私は日本人で、トラックに轢かれて死んで、この世界で二回目の人生を生きているのだと。いわゆる異世界転生というやつです。

嬉しくはありません。

だってこのケナという公爵令嬢は、クソみたいな第二王子の婚約者で、毎日のスケジュールが殺人的だからです。

早朝から乗馬とダンスで体力作り、貴族学園に登校して生徒会活動もこなします。そして放課後は王宮に移動し「妃教育」と称して外国語や意味不明な儀礼を叩き込まれます。

しかも私…ケナが倒れるほど頑張っているのに、第二王子は男爵令嬢の尻を追いかけ、さらに妃教育で疲弊した私を「その程度で音を上げるのか」「肌荒れがひどすぎて見ていられない」などと笑うのです。

さらに悪いことがもうひとつあります。

それは妹イーファの存在です。

この妹は異世界モノでよく見る「お姉さまが私より幸せになるなんて許せない!」が口癖の悪役妹ちゃん。

思い返してみると、小さい頃から、ドレスも侍女も、お気に入りや仲良しはすべてイーファに奪われてきました。

拒めば癇癪を起こし、髪を引っ張り、気絶するまで泣き喚く異常っぷり。

母はすでに亡く、父は娘を顧みず、使用人たちもイーファを恐れて逆らえません。

前世を思い出し、「他の選択肢がある」と思ってしまった私には、もうこれ以上耐えられそうにありませんでした。

クズ王子のための妃教育と悪役の妹から本気で逃げたくなってしまった私は、ふとひらめきました。

この悪役妹ちゃんを利用すればいいのでは、と。

罪悪感はあれど、彼女のこれまでの所業を思えば、バチは当たらないと判断しました。

…イーファは昔から、「私が笑っている理由」を奪いに来ます。

そこで、彼女と食事やお茶をするときには、王子への恋心をのぞかせながら微笑むことにしました。

「王子殿下の青い瞳が夢に出てきたから、一日幸せだった」とか「手が少し触れただけでどきどきして幸せだった」とか、思ってもいないことを言って笑うのです。

すると妹は今までとくに関心をもっていなかった第二王子に、強い興味をもち始めました。だって「お姉様を幸せにするもの」には目がないのですから。

そして王子が我が家を訪問するときには、気合いを入れてドレスや化粧を用意するようになったのです。

もともとこの妹イーファは、ピンク髪に水色の目をもつ、見た目だけはすこぶる可憐な美少女。

その美少女が気合いの入った格好で「王子殿下ぁ♡イーファ、とおってもお会いしたかったですぅ♡♡」と迎えてくれるのですから、王子の鼻の下も伸びます。

二人を見ていると「しめしめ」と顔がにやついてしまいますが、いけません。ここは悲しそうな顔をつくって、イーファのテンションを上げておかないと。

「イーファ、その…私の王子殿下と何も…ないわよね?もし二人の間に何かあったら、私…私…っ」

「やだっ♡泣かないでよお姉様ったらぁ♡」

イーファの優越感を刺激して、王子に…というよりも「姉の婚約者を横取りすることのスリル」にのめり込ませて。

学園の裏庭で二人が口づけしているのを見たときには、ガッツポーズをして。

待ちわびていた婚約破棄を告げられた日、私は悲しむふりをしながら、心の中で万歳しました。

「勉強ばかりしているお前より、可愛らしいイーファのほうが癒やされる」

まさにテンプレ回答です、殿下。百点満点。

そして見事に横取りを成功させてくれたイーファには、ご褒美をあげないと。だから私は、「イーファ、どうしてなの…?」と涙目で聞いてあげるのです。

「だって、お姉さまが私より幸せになるなんてだめなんだもの」

はいいただきました、ありがとうございます。

私と王子の婚約が破棄されても、乗り換え先がイーファであれば「公爵家との婚姻」という大枠は変わりません。そのため婚約破棄は大きな問題にはなりませんでした。

そうして私は父が面倒くさそうに見せてくれた「イーファの婚約者候補だった男性たち」の中から、迷わず「父の価値観では最下位」にランク付けされている婚約者を選びました。

ルディアス様。

貴族学園のひとつ上の先輩で、辺境伯の三男。今の爵位は男爵。大柄で無口で愛想もなく「野暮ったい田舎者」「二足歩行の熊」と陰口を叩かれていた人。

けれど学園の舞踏会やなんかで、具合の悪そうな給仕に休むよう言ったり、闇夜に紛れて女子生徒にちょっかいをかけようとする男子生徒に声をかけて犯罪を防止したりしていたことを、私は知っています。

彼が覚えているかどうかはわかりませんが、倒れかけた私を保健室まで送り届けてくださったことも。

だから貴族学園を中退して辺境伯領に着いた日には、心からこう言えました。

「在学中から、ルディアス様のことをお慕いしておりました。このようなご縁をいただけて、本当に幸せです」

「…」

ルディアス様は目を丸くしています。

「不束者ではございますが、お力になれるよう努めます。何卒末永くよろしくお願いいたします」

「…ああ」とようやく返事が返ってきました。使用人たちが「旦那様、そんな言い方では…!」とそわそわしてしまうくらい不愛想です。

けれどよく見ると頬も耳もほんのり赤くて、差し出してくれた手は少し震えていて。そっと手を乗せると割れ物をもつように優しく握ってくれて。

私は自分の選択が間違っていないと確信したのです。

「ケナ?」

ルディアス様の声に私ははっと我に返り、杏ジャムの瓶を朝食の並んだ食卓にことりと置きます。

「申し訳ございません。少し考え事を」

ルディアス様の眉間に、少しだけ皺が寄ります。

彼は「都会育ちの私」と「辺境育ちの彼」の差に気後れしているのかもしれない、と感じることがよくあります。

けれど彼がそんなことを気にする必要はありません。

私は小さな声で「君のつくるジャムが好きだ」と言ってくれる彼が大好きで、彼のために昔ながらの厨房に立つことも大好きなのですから。

「幸せなことを考えていたのですよ」

そう微笑むと、ルディアス様は安心したように頷きました。

もっと安心してほしくて、大好きなのだと伝えたくて、そっと彼の手に自分の手を重ねると、ぴくりと彼の身体が硬直します。

「な、にを…」

「こうするともっと幸せになれますの。ですからどうか、しばしお許しを」

「う、ん…」

夫婦の夜も過ごしているというのに、相変わらず明るい場所でのスキンシップにはすぐ照れてしまうルディアス様を、とても可愛いと思ってしまいます。

第二王子相手には、こんな気持ちになったことなどありませんでした。

「なぜ笑う」

「私…あまりにルディアス様が大好きなのだと気づいてしまいまして」

「…っ!?」

「俺のほうが昔から…」とルディアス様がもごもご言い始めたときに、メイドが手紙をもって食堂に入ってきました。

第二王子妃の封蝋が見えて、思わず「イーファ」という声が出ます。

ここまで手を伸ばして、あくまで私の平和な幸せを邪魔するとは。とことん異常です。

思ったより自分の声が震えているのに気づく前に、ルディアス様がさっと立ち上がって私の肩を抱いてくださいます。

「大丈夫だ。何があっても俺がついているから」

私は肩に添えられた彼の手に、自分の手を乗せます。

「…ええ」

イーファからの手紙は、彼女が主催する舞踏会の招待状でした。

辺境で男爵夫人をやっている姉にまで招待状を送ってきたことを一旦冷静に考えてみるに、どうやらイーファは王宮でうまく人脈を築けていないようです。

堅苦しい王宮の生活と浮気性の王子のせいでストレスがたまり、久々に姉をいびってやろうと思った可能性もありますが。

いずれにしろ、彼女が私のことを忘れてくれないのなら…

「行くしかありません」

断れば、イーファはここへ乗り込んでくる可能性もあります。最前線での防衛を任とするこの地に、たかだか姉をいびるためだけに来られては迷惑というもの。

それに何かことが起きるなら、辺境でこっそり起きるよりも、王都で華々しく起こったほうが話も早いでしょう。

「無理しなくても」

私は「大丈夫です」という代わりに、彼に微笑みました。

王都の大広間は、昔と変わらず眩い光に満ちていました。色とりどりのドレスの裾が揺れ、楽団が奏でる上品な音楽を、欲望に満ちた囁き声が歪めていきます。

「寒いのか」

そうルディアス様に聞かれて、私は自分が肩を上げてぎゅっと拳を握っていることに気付きます。

「帰るか」

「…いいえ」

会場に足を一歩入れただけで「帰る」などと真顔で言うルディアス様に、私は思わず笑ってしまい、少し緊張がほぐれました。

緊張…

だって、イーファに王子を横取りさせようとしていたときと今とでは、まったく違うのですから。

「緊張するくらいには、私は、ルディアス様を奪われたくないのだ」と認識します。

「ケナ、大丈夫だ」

私はルディアス様と目を合わせます。

「…ええ」

最初は不幸を装おうかとも思いました。ルディアス様が私を軽視しているように装えば、私より幸せでいたいイーファは満足するでしょうから。

しかしルディアス様に拒否されてしまったのです。

「なぜ君が、妹の機嫌を取るために不幸を装わねばならない。そもそも幸せとは、競うものなのか?」

「まっとうなご意見です」

「それに、妻をないがしろにするような男だとは思われたくないからな」

「…そうでした」

これはルディアス様の評判にも関わること。でしたら正面きってイーファに今の私たちを見せるしかありません。

と、会場のざわめきと視線が、一斉にこちらへ向きました。

「見て、ケナ様よ」

「イーファ様に王子殿下を奪われたうえに辺境の黒熊に嫁がれて…どれだけやつれているかと思ったら…」

「むしろ以前よりずっと…お元気そうでお綺麗じゃない?」

囁き声があちこちから漏れています。

辺境で穏やかに暮らし始めてから、驚くほど顔色と髪の艶が良くなった自覚はありました。

「ルディアス、来てたのか。結婚おめでとう。美しい奥方を紹介してくれよ」という声がかかります。

ルディアス様はほぼ反射的といってもいい速さで、私の腰を引き寄せ、そのまま自分の胸元へ閉じ込めました。

「大切な妻を、遊び人のお前になど紹介できない」

「ええ!?長年の友人に対して、それはいくらなんでもひどくない?」

ルディアス様は「ねえ、奥方様?」と私をのぞき込むご友人から私を隠すように、くるりと向きを変えます。

「ルディアス様ったら、せっかくご友人がお声をかけてくださったのに。私もルディアス様のご友人にはご挨拶したいですわ」

「友人じゃないから、ケナが挨拶する必要などない」

「あら、まあ」

ルディアス様はナチュラルに、「私がどれだけ夫に愛され、大事にされているか」を会場中に知らしめてくださいます。

次の瞬間、太い腕越しに、人一倍豪奢なドレスを纏って、けれど歪んだ顔をした女と目が合います。

イーファ。

他人の幸せに吸い寄せられる虫がやって来ました。

「お姉様ぁ♡」

甘くねじれた声で呼びかけられるのは、久しぶりです。

「第二王子妃殿下にご挨拶申し上げます」

「お姉様は男爵夫人でイーファは王子妃だからって、そんなにかしこまらないでぇ♡」

「そうはまいりません、妃殿下」

今さら打ち解けたくもありませんし。

「ね~え、イーファはお義兄様とちゃんとお会いするの初めてなの♡無骨な田舎者と聞いていたけど、意外に素敵な旦那様なのね?」と、イーファはルディアス様に甘い視線を向けます。

「お義兄様、本当はイーファと結婚するはずだったんでしょ?イーファと結婚できなくて残念ね」

ルディアス様は嫌悪を隠そうともしません。相手は王子妃なので、もう少し隠したほうがいいと思うのですが。

「あなたではなく、私を心から愛してくれる思慮深いケナと結婚できて幸せです」

「なっ…!?お姉様なんて、私に負けて第二王子に捨てられた女よ!?私以下なの!」

「そうは思いません。ケナがあなたに負けるはずはありませんから、何か考えがあったのかと」

イーファが私を見ます。

「お姉様の、考え…?」

目が見開かれました。

「まさか、イーファに王子を押し付けたのっ!?」

意外に勘が鋭い。

けれど言葉で肯定はできません。代わりに私は少しだけ口角を上げました。

「クソみたいな浮気者の馬鹿王子が嫌になって、イーファに押し付けたのねっ!どうりで、王子妃になったのに全然幸せじゃないんだもんっ!」

あまりに大きな声。第二王子が血相を変えて近づいてきて、会場中がざわざわしながらも、この見世物に釘付けになっています。

「お姉様ったら最っ低!自分は王子妃教育から逃げて、私に勉強も仕事も押し付けてっ…!お姉様のせいで、私は王妃殿下にいっつも怒られてて…っ!」

姉から婚約者を奪って王子妃になるのであれば、勉強も仕事も当たり前のこと。奪う前に考えないと。

イーファの呼吸が荒くなってきます。

「お姉様がイーファより幸せなんて許さないぃいいいいっ!!全部奪ってやったのに、なんでまだ幸せなの!?だったらこの男も私にちょうだいよっ!!」

イーファが私に掴みかかって、いつものように髪を引きむしろうとします。

しかし今は隣にルディアス様がいてくださる。だから私は彼の腕の中で守られるのです。

「イーファ、いい加減にしろ!」

イーファは夫である第二王子に頬をはたかれ、床に崩れ落ち、ひいひいと過呼吸を起こします。「なんとみじめな王子妃だ」と、ここにいる全員が思っていることでしょう。

「連れていけ」

イーファが護衛にかつがれて会場から姿を消すと、かつての婚約者である第二王子がぎりっと私を睨みました。

「ケナさえ俺の傍にいてくれたら…」

どの口がおっしゃるのか。

「殿下が自らイーファをお選びになったと、記憶しております」

お膳立てをしたのは私だけど、選んだのはあなた。だからその責任は自分でとってくださいませね。

そう目で伝えると、彼はふいっと背中を向けました。

「大丈夫か」

温かくて低くて短い声に、私はこくりと頷きます。

そして少しだけ背伸びをして、そっと夫の頬に口づけました。

「な…んだっ」

「お礼です。私を守ってくださったので」

「礼など不要。愛する人を守るのは当然のことだ」

怖い顔のまま耳まで真っ赤にしながらも、まっすぐな愛の言葉を口にするルディアス様。思わず微笑んでしまいます。

「…あら、ではもうこういうキスはなしでよろしいの?」

「そ、れは…」

「誰も見ていないところでなら…したい、ような…」と、口の中でもごもご言っているのが、どうしようもなく可愛いのです。差し出された大きな手に自分の手を重ねながら、馬車の中でキスをあげようと思いつきます。

「用は済んだな。帰ろう」

「ええ」

夜の王都を離れる馬車の窓の向こうには、遠ざかっていく王宮の灯り。

私が自分で選んだ幸せは、誰にも奪わせません。