作品タイトル不明
第16話
次の日の朝。
朝食の時間よりも早く目が覚めてしまった俺は屋敷内を歩いていた。
改めて歩いてみて思ったが、本当に大きい屋敷だ。
バーナスト家とは違った造りをしているため、冒険でもしているような気分だ。
バーナスト家にいたときは朝から鍛冶工房が使えたが、ここは屋敷内にはないからなぁ。
まあ、今は次の鍛冶のために英気を養っていると思えばいいだろう。
しばらく歩いていると、木々が立ち並ぶ場所を見つけた。
しっかりと管理されているようで、木々は素人目に見ても手入れが行き届いているのが分かる。
イキイキとしていて、見ているだけでも気持ちいい。
物や道具も生きている、という人とその考えを否定する人もいるが、俺は生きているのだと思う。
エスレア魔鉄と対話しながら魔鉄を叩いたことがあるため、その考えはより強くなっている。
ここに並ぶ木々もきっと生きているに違いない。
手入れをしている庭師たちに負けないように、俺も鍛冶を精一杯やらないとな。
そんなことを考えながら、木々の香りなどを楽しみながら歩いていくと、声のようなものが聞こえた。
誰だろう? 女性のものだろうか?
声に混ざるように、何かを振るような風を切る音も聞こえる。
気になった俺は音のほうへと向かってみる。
木々が豊かなそこには開けた空間があり、ベンチなどもある。
もしかしたら、休憩スペースのようなものなのかもしれない。
そこでは、ちょうど剣を振っている女性がいた。
……アリシアだ。
空気の入れ替えだろうか。あるいは、朝時の涼しい風を取り込むためか。
ちょうど開かれていた窓から、俺は外の様子を眺めていた。
美しい舞のような動きだ。
アリシアが体を動かしている場面はそういえばほとんど見たことがなかった。
彼女も貴族として、剣技を習っていたことはその動きだけで十分に分かった。
動きには無駄がない。
……確かに、これなら心配は必要ないだろう。
そこらの相手ならいともたやすく倒せそうなほどに、力強い。
しばらく体を動かしていたアリシアはレイピアのように細いその剣を鞘へとしまい、一息をついた。
近くで控えていたレフィが木々の奥からすっと現れて、アリシアへとタオルを手渡している。
汗を拭っていたアリシアが、不意に顔を上げる。
視線がこちらへと向くと、あっ、と驚いたような短い声が聞こえた。
「ふぇ、フェイク? み、見てたの?」
少し声を張って語り掛けてきてくれたが、それでも恥ずかしそうな様子のアリシア。
そんな恥ずかしくしている理由は特にはないと思うのだが、裏庭で比較的見えづらい場所で剣を振っていたことからも、誰かに見られたくなかったのかもしれない。
「ああ、ちょっと散歩してたらな」
「いつから見てたの?」
「つい、さっきかな」
俺がそういうと、俺の言葉を肯定するようにレフィが口を挟む。
「はい。フェイク様の仰る通り、先ほどからでしたね」
そういうと、アリシアがほっとしたように息を吐いた。
「何かあったのか?」
「ううん……そのあんまり見られるのははずかしいっていうか」
「そうなのか……? でも、なんていうか滅茶苦茶綺麗だったというか……」
褒める言葉がとても子どもっぽいというかなんというか。
ただ、アリシアは嬉しそうに微笑んでくれた。
「そう、かな? 最近はあんまり動かしてなかったから、迷宮に向けてちょっとずつならしておかないとね」
「そうなんだな。でも、最近は動いてないって言っていたけど、素人目だとかなり動けているように見えたぞ?」
「そう、かな。小さい頃からレフィに仕込まれてたから、かな?」
そう微笑みながら言ったアリシアに、俺は少し驚く。
「……小さい頃から?」
「うん」
「ええ。アリシア様が小さい頃から、私は彼女の使用人をしていましたからね」
レフィって今何歳なのだろうか?
少し疑問に思ったが、それを指摘するのはさすがに失礼か?
そもそも、使用人というのは幼い頃から教育されることもあるし、レフィとアリシアに十歳程度の差があれば、十分可能性がある話だよな。
「フェイク、レフィの年齢が気になってるの?」
アリシアが苦笑交じりに問いかけてきた。
しまった! 顔に出てしまっていたか!?
「そ、それはその――」
「そう気にしないでください。私の先祖にエルフがいまして、私これでも寿命が人よりも長いんです。まあ、身体的特徴はほとんどありませんが」
レフィが胸に手を当て、どこか誇らしげに言った。
エルフ、か。
エルフというのは長寿として有名だ。
例えば、先祖に一度でもエルフの血が入っていると、寿命が人間よりも延びることはよくある。
また、エルフはエルフ同士だと子どもを授かりにくいということもあり、人間とも積極的だ。
だから、俺たちの先祖のどこかでエルフが混ざっている可能性は非常に高いため、人々の平均寿命は昔に比べてずいぶんと延びている。
「なるほどなぁ……つまり、アリシアが幼い頃にはすでに今くらいの見た目だったの?」
「いえ。アリシア様が小さい頃から私も同じように成長してきた感じですね。アリシア様は、私にとって主人であり妹のような存在でもございますね」
……なるほどな。
だから、アリシアに対してわりと突っ込んだ発言をすることも多いのかもしれない。
「エルフの血が入ってても、本当に見た目で分かる人って少ないよな。言われるまで分からないよ」
「うん、そうだね。あっ、でも、私の友達に耳が少し尖ってる子がいるんだ」
「へぇ、珍しいな」
「一応、兄さんの婚約者だから、いつか会う機会もあるかもね」
「……リガードさんの?」
「うん。でも、兄さんがあんな感じだから、兄さんとの仲は……あんまり」
苦笑しながらそう言ったアリシアに、俺も苦笑を返すしかない。
「そ、そっか」
「兄さんの情けない姿を良く見てる。それに、兄さんはデリカシーとかもないし」
……リガードさん。
リガードさんと見たことのない婚約者のやり取りが目の前に見えてくるようだ。
きっと、アリシアがリガードさんに対して行っているような感じなんだろう……。