もう遅い?本当に?
作者: ひよこ1号
本文
王子が婚約を解消して、優秀な公爵令嬢アンジェリカが他国へ逃げた。
大変優秀だったらしく、王子の仕事の大半を熟していたらしい。
それで急にいなくなられたその方の代わりに仕事をする人が必要だというので白羽の矢が立ったのが私だった。
仕事くらいは別にいいけれども。
さすがに王妃や王子の仕事の補佐をするにはそれなりの立場というものが必要。
という事で、婚約を打診されたのだが。
「遠慮いたします」
「そこを何とか」
「えぇ……嫌でございますよ。どうせその盆暗、喉元過ぎれば熱さを忘れて、また婚約解消いたしますでしょう?」
「それはさせません」
させないと言われても。
盆暗を止められなかった人達の約束に何の意味があるだろう。
「ではせめて、第二王子か第三王子にしてくださいませ。第一王子は臣籍降下、その真実の愛と何処かへ飛ばしてさしあげてくださいませ」
「そ、そんな……」
「ではお引き受けいたしかねます」
基本的に王城での機能が止まっても、各領地にさほどの影響は直ちに表れる訳じゃない。
国同士の色々や、王都のあれこれがどうにかなるくらいだ。
領地は領地である程度の自治権があるから問題ない。
多分揉めてるんだろうけれど、二日後に直接国王が話したいという事で王城に呼び出された。
大変に面倒くさい。
うちはまだ父親が健在だから良いものの、私だって領地での仕事をもっとしたいのだ。
登城すると、国王も王妃も王子達も憔悴しきった顔をしていた。
宰相だけが目を吊り上げてお怒りである。
「おお、参ったか、ホランド侯爵令嬢」
「貴女のご意見は聞いたけれど……」
喜ぶ顔の国王に、王妃は言い淀みながら、第一王子を見た。
「何故、私が臣籍降下など……!だいたいあの女が悪いのではないか!」
どうやら反省なさっていないご様子。
私はどうしたものかと溜息を吐く。
「仕事の引継ぎはされなかったのですか?引き継ぎ書もございませんでしたか」
「……こちらで調べた限りは、無い」
ふむ。
余程、頭にきてたのでしょうね、と頷く。
「だいたい、他の方は何をしてたんです?何故一人の令嬢で仕事を回していたのです?物理的にそれってあり得ますか?」
思わず敬語を忘れて問い詰めると、王子は一歩後ずさった。
「い、いや、私も仕事は少しだがしていた」
「いえ、貴方は戦力外でございます。その他の文官や宰相閣下は何をなさっていたのですか?普通、たった一人の人間が抜ける事で何もかも滞るような事態にはならないでしょう。優秀だからと仕事を振るのはようございます。だからといって他の人が楽をして良いという訳じゃないのですよ。足りないところがあれば、それを補充しないといけませんでしょう」
戦力外は黙りこくった。
宰相は苦い顔だ。
「我々は王子殿下が仕事を回していると思っていた」
「だとしても、一緒に働いていた文官がいる筈でしょう。仕事のできる人間が居たとしても、上には得てして伝わらない事が多いかもしれませんが、共に働いていれば分かりましょう。その方の仕事量、どんな仕事をどれだけなさっているか、共に働くか連携している人々は分かっている筈ですわ。もちろん戦力外の方が戦力外という事も現場ではご存知だったと思われます。共に働いていれば有能な人材も無能な人材もよく見えますよ」
ここまでは大した意見ではない。
一般論でしかない。
だが、ここからは改革だ。
「わたくしの改革論に口を挟まないというのでしたら、お引き受けいたします。王族の皆様では風当たりが強くて改革できない部分もございましょうから。領地改革をしたわたくしの手腕を見込んで頂いたのでしたら今ご決断を」
「それは……」
言い淀んで顔を見合わせる国王と王妃。
苛々した顔の第一王子。
そんな状況を冷めた目で見ている第二王子。
表情の読めない第三王子。
「時は金なりと申します。わたくしはこれにて御前を失礼致します。もう二度とこの件での登城は永久にご遠慮いたします」
さっさと淑女の礼を執って、踵を返そうとすると国王が呼び止めた。
「ホランド嬢、そなたに権限を渡そう」
普通そんなに簡単に権限を渡したりしないと思うけど。
それだけ切羽詰まっているのでしょう。
「口約束では困りますので、委任状をいますぐに作成くださいませ、閣下」
宰相に向かって言えば、重々しく頷いた。
本当の本当に中央に人材がいないのか。
だとしたら大問題だ。
何でその優秀なアンジェリカ様はその問題を先送りにしていたのか。
歯車としては優秀だとしても、交渉能力と決断力に難がありそう。
引継ぎもしていないという事はもしかしたら復讐の意図もあったのかもしれない。
「まずは人材の確保から始めます」
過分な敬語を廃して、私は委任状を見つめた。
「平民登用試験と、現職の実務試験を直ちに行います。能力の無い者は更迭の上、左遷か罷免をします。金で役職を買う事の無いように見張りをきちんとしてください。もしその様な不正が発覚した場合は極刑に処します」
死刑ですと言っておけば、普通の神経ならしない。
しない事を祈っておきましょう。
国王はぱくぱくと何か言いたげだが、言葉は何も発していないので無視。
王妃はおろおろしているが、こちらも何も言わない。
「全体の改革はその後に致しますが、まずは中央の実務の部分から始めます。第一王子は真実の愛の家に婿入りしてください。仕事が出来ない人は必要ありませんので」
「出来る!!!やる!!」
王子は腰砕けになって這い蹲っている。
衣装(ドレス) の裾を引っ張らないで欲しい。
「左様ですか。真実の愛はどうされますか?爵位的に王族の相手としては不足がありますが、優秀な方なのでしょうか?」
「いや……美しくて、愛らしい……だけだ」
「左様ですか。では、嗜好品と同じ扱いですわね。まずは仕事をきちんと出来ない事にはお話になりません。王子殿下三人で手分けをして予算案の見直し業務をしてください。その後、外交についての勉強もして頂きますので、執務室へお戻りを」
王子達が執務室に向かうのを見届けて、国王と王妃に向き直る。
「王家にはお抱えの密偵がおりますよね?彼らにも仕事を与えたいので、指揮官をお呼びください」
口答えを許さない迫力に、国王は侍従に目配せをして呼びに行かせる。
「また、わたくしが在学中でした時の優秀な人材を城へ呼びます。それとこの10年、成績優秀者として名を連ねた者も全員お呼び寄せください、閣下」
「分かった」
「彼らは各省庁の実務と監査をさせます。閣下は外交の 指南書(マニュアル) を作成し、アンジェリカ様に任せていた外交を取り仕切る事の出来る人材の育成を。ただし、一人ではなく数人体制でお願いします。一人いなくなっただけで分からない、では困りますので」
実務試験は、すぐに執り行ってもらい、全ての人材を 目録(リスト) 化する。
平民登用試験は一週間の募集期間の中で、まだ貴族籍のある爵位を継げない人々にも許可を与えた。
ちなみに年齢制限は設けていない。
左遷や罷免される者達にも、引継ぎをさぼってアンジェリカのような復讐をさせない為にも、引継ぎちゃんとやらないと反逆罪ですという告知も一緒にする。
「国王陛下。陛下にも一応お覚悟をして頂きます。短期で改革をいたしますので、不満があちこちに出るやもしれません。内乱が起こらぬよう配慮致しますが、今徹底的に改革しないとどのみち滅びるのみですので」
サァッと国王の顔が青くなる。
王妃はそれ以上に真っ白だ。
「お二人とも、ご自分のお仕事をきっちりなさいませ」
にっこりと微笑んだのに恐怖に引き攣った顔で返された。
だってしょうがないじゃない。
「オティーリエ嬢、相変わらずのようだな」
ゴットフリートが笑顔を見せた。
「わたくしよりも怖い鬼は王子達に付けましたわよ。彼女仕事を聞かせたら喜んで飛んできたもの」
「ゲルヒルトか。まさかあの鬼教官に鞭を与えていないだろうな?」
「必要範囲内で許可致しておりますわ」
フォルカーの問いかけに、即座に私は微笑んで答える。
王子達は甘やかされ過ぎているので、鞭打たれるくらいが丁度いいのだ。
「で?俺達は何をすればいい?」
ブルンノが冷たい目を煌めかせて問う。
仕事人間の血が騒ぐのかもしれない。
「フォルカー様は軍部の掌握を任せます。監査と騎士団の再編に手を付けて頂戴。貴方もお強いけれど、護衛には騎士団長と剣神殿を配置しておりますわ」
「ゴットフリート様は宰相閣下の書記官として、内容の精査をお願いします」
「ブルンノ様は、財務と徴税に関しての監査をお願いします」
「ヴィルマール様は、わたくしと内政を担当してくださいませ。物流網の再編と、各地の治水事業と街道整備の監査です」
「ローデリヒ様は、王族の密偵達と共に派閥に関する資料と情報収集をお願いしますわ」
「ヒルデガルド嬢、貴女は神殿と連携して貧困層の救済に当たって欲しいのです。女性でも働ける場を作りましょう」
「ヴァルブルガ嬢は、時が来るまでヒルデと一緒に行動してくださる?」
とんでもない肺活量だと言われるが一気に私が言えば、全員が礼を執ってそれぞれの場所へ散っていく。
これで種は蒔いた。
あとは育てるだけ。
まずは、ローデリヒに部屋を調べさせて、アンジェリカの書類を精査させる。
やっぱり彼女はとても優秀だった。
「オティーリエ嬢、アンジェリカは無能だった、取るに足らない女だと情報を流す事も出来るが、どうする?」
「いいえ、嘘は吐きたくないの。優秀だったけど、国への忠誠心が皆無な方と言う事でいいですわ。それは本当の事ですもの」
ローデリヒの言葉に、私は微笑んだ。
別に彼女に対して恨みはない。
いや、ちょっとはある。
こんな場所に呼び出されて改革せざるを得ないのは、馬鹿王子と彼女の所為だから。
「まあいいわ。此処にある彼女の書類は王子達の教材になるし、ブルーノとゴットフリートに 指南書(マニュアル) 化をさせて頂戴。それで大分実務を回すのに短縮になる筈ですもの」
罷免した貴族達からは不満が出ないように、二次試験を行う旨は伝えてある。
改めて登用する旨を匂わせる事で、短期の反乱を防げるのだ。
それとは別に、密偵達による派閥の情報集めに加えて、資産調査や監査も始める。
中央の税務調査との齟齬を見つけては、ローデリヒが法的に抗弁不可能な「調査報告書」を作成させた。
不正によって得た利益、あるいは本来納めるべきだった税の差額に罰金を上乗せして支払わせる代わりに、今回は公表せずにそれ以上の罪を問わないとして恩を売るのだ。
だが、書類は残ったままなので、彼らは首の皮一枚繋がっている状態に変わりはない。
反逆するか、隷属するか。
一か月もして平民登用が終わり、実務も落ち着き始めた頃に、改めてアンジェリカの実家である、フォールン公爵家を反逆罪で一族連座で捕縛した。
アンジェリカによる引継ぎ無しの隣国逃亡は、国家転覆を狙ったものだという理由だ。
『公爵令嬢が実務を行っていた際に作成した帳簿、外交交渉の記録、人脈図などは、個人所有物ではなく、官職に付随する公文書である。
これらを整理・返還せずに立ち去ったことは、国家資産の事実上の不法占有、あるいは遺棄と見做す』と言う文言で、公爵家取り潰しの理由を外国へも通告する。
何しろ王宮、宮廷での情報と言うものは、全て秘匿されるべき情報なのである。
それが些細なものであっても、その職務で得た情報ならば記録に残し、機密以外は共有されるべき事柄。
どんな役職であれ軽んじられて良いものではない。
そして、その役職に就いた者も公の立場をきちんと認識するべきである。
王子による婚約の解消、他の女性への歓心などの私情を、婚約者としての仕事という公の仕事で放棄する行為に向けるというのは公私混同だ。
フォールン公爵家の面々は貴族牢に一時捕縛されたものの、特に身体的な罰は行われない。
粛々と、国境付近に送られた。
彼らは国に一歩でも入れば処刑される事を告げられて、そこへ置き去りとなる。
そのまま、アンジェリカの逃げた隣国へと向かうだろうが、その先を追う様には命じなかった。
ただし、アンジェリカが放棄した仕事によって国の機能が停滞した事実、それによって被った損害賠償はローデリヒとブルーノによって冷徹に計算され尽くす。
今後、彼女が他国で財を築いたら徴収できるように、である。
実際は公爵家を接収して、王領にし、その財産も全て取り上げたので実害はない。
あくまでも、今後何かあった時の保険だ。
「やっと一段落ですわね……」
「各部署も平民と実務試験に残った者達、公爵令嬢の残した業務から作った 指南書(マニュアル) でうまく回っている。今はその 指南書(マニュアル) を一から精査し直して、新しく作り直しているところだ」
「人によって仕事のやり方が大幅に違うのは、今後面倒な諍いの元になりますからね」
あれを聞いていないだとか、教えられていないだとか、個人の裁量では後に育てられる者が混乱する事が多い。
ならば画一化しておいた方が混乱が少ないというもの。
教える方も、基本があれば時間的にも楽になる。
報告をくれたローデリヒに微笑んで、私は次の仕事を粛々と始めた。
いそがしい、いそがしい。
恐怖で締め付けるのは効果的だが、それだけでは貴族達の叛心を生む。
私は、ローデリヒ達に調べさせた領地の中で不正を行わず、統治に真摯に取り組んでいた貴族家を選び、国王から報奨金と陞爵の栄誉を与えて貰った。
公爵家が一つ空白になったので、伯爵家と子爵家と男爵家から一つずつ選ばれて一段階上の爵位となる。
この論功行賞は、真面目に働いている者達へはきちんと評価が与えられるという例だ。
貴族達も真面目に取り組めば認められることが分かれば、不正がバレた時の恐怖と相俟って領地の統治に精を出し始めた。
税金を上げて税収を増やすのではなく、民が働きやすいように私の改革したホランド侯爵領や、陞爵された家門の行った政策を積極的に取り入れ始めたのだ。
「次は元公爵領の改革ね。わたくしがいない間に、王子達の 試験(テスト) をしておいて頂戴、ゲルト」
「お安い御用ですわ、オティ」
試験(テスト) の結果がどうあれ、第一王子の廃嫡は決まっている。
既に国王と王妃には通達済みだ。
公爵家を罰したのだから、原因を作った王子もまた罰さなければならない。
無能だったのは確かだし。
国王も王妃も、婚約者さえもが甘やかした結果の大きい赤ん坊だ。
ある程度仕事が出来る程度だったら、必要はない。
ものすごく出来たとしたら、補佐官くらいにはしてあげてもいいが、多分無理だと思う。
少なくとも、王族すら罰せられるという建前も必要だ。
「反逆罪からの処刑と、廃嫡からの臣籍降下どちらが良いかと聞かれたら後者を選びますわよね」
「ええ、間違いなく。確認はしておきますわね」
ゲルヒルトはにっこりと嬉しそうに微笑む。
見た目は妖艶…という訳ではない。
割と可愛らしい部類の令嬢なのに、鞭を持って微笑む姿はなんともその 乖離(ギャップ) が物凄いのである。
「では一か月くらいを目途に戻りますわ」
「ええ、お気をつけていっていらっしゃいませ」
本当はこんな事するのは嫌なのに、中々終わらない。
当然だけど、改革って大変なのよね。
一回手を付けてしまうと、あれもこれもってなってしまう。
丁度いいから今、と不正や怠慢を排除していくのだけど。
ヴァルブルガとブルーノ、騎士団を連れて元フォールン公爵領に辿り着く。
まずは、ローデリヒの得た証拠で不正していた者達の捕縛。
そしてブルーノによる徹底的な財務調査が始まる。
代官や不正役人をとっとと捕まえて労役を科す。
まず手を付けたのは、騎士団の再編成である。
領地にいる下士官はそのまま、王都から帯同した騎士団を上官として常駐する任に就かせた。
上級騎士達はその代わりに王都の騎士団へと組み込む。
給料を引き上げ、騎士団には数人単位の人数で組ませて、同じ領地の出の者は別々の部署に配置する事で、連帯感を断絶する。
不審な動きがあれば組んでいる人員から報告があがるので、秘密裏に動く事もできない。
そして、彼らにも 試験(テスト) をさせて、騎士としての礼儀作法や実務も足りなければ叩き込む。
各領地の騎士達は領主から適当に任命されている者もいるので、場所によっては血統主義だったりもしたのだ。
縁故採用ほど当てにならないものは無い。
一定水準を満たしていない者は解任して、人手不足の場所へ回した。
脳筋達の小さな反乱は王都の騎士達にすぐに鎮静化させ、彼らも労役刑に科した。
この反乱はローデリヒの仕込みである。
無駄な筋肉は労役に回した方が効率がいいからだ。
遠く離れた王都からだと色々やりにくいので、さっさと方をつけたかったので私も了承した。
騎士団の大改造で、元公爵が自分への忠誠を盾に騎士団を使って反乱、などという事が事実上難しくなったのである。
更に寄宿学校を設立した。
建物は既に有る公爵家の別宅を使う。
まだまだ王都の実務担当者は少ない。
既にきちんと業務は回っているが、出来れば仕事は余裕を持たせないと貴重な人材が潰れてしまう。
まずは、仕事を熟せる人数を確保しなくてはいけない。
だから、無償で平民や貴族関係なく学校へ入れて、その足掛かりとする。
子供達には服や食事を支給して、働き手を失ったその家に、僅かだが就学手当を出せばいい。
少しでも労働させようと、手元に置きたがる親から子供を守る為だ。
目先の利益を優先する親に、養う負担を減らした上に僅かでも金銭を与えれば彼らの収入は増える。
子供達の為にもなるし、将来的に給金を手に出来れば、親の助けにもなるだろう。
それにこれは、出生率を上げるのにも役立つのだ。
差し出す子供が多ければ、養う金銭的負担がない上に報酬が得られるのだから。
卒業後は商家に勤める事も出来れば、役人としての登用の道も開けている。
最終的に彼らを実務が出来る役人として王宮で雇えば、王宮での仕事は今よりも楽になるだろう。
領内官吏の清浄化と、生産拠点の視察を終えて私はへとへとになっていた。
公爵邸の豪華な 寝台(ベッド) に仰向けに寝転んで天蓋を見上げる。
「なんで……なんでわたくし、他の人の領地のめんどうをみておりますの……?」
おうちにかえりたい。
トム爺さんは元気かしら。
ヨハン爺の牧場の子牛達はもう生まれたかしら。
シエルの勉強は捗っているかしら。
シオト爺さんの怪我は良くなったかしら。
懐かしい領民たちの笑顔が頭を過る。
……何でお爺さんばかりなのかしら。
ああ、はやく、自分の領地の改革の続きをしたい……。
道筋をつけた元公爵領の統治はヴァルブルガに任せて、私は再び王都へ舞い戻った。
へとへとになってはいるが、淑女たるもの疲れている姿を見せてはならない。
第一王子の処罰に対する告知がなされて、外国からも色々と心配するような探るような書簡が舞い込んだらしいが、外務卿と宰相、ゴットフリートに捌いて貰っている。
第一王子はしょんぼりしていたが、真実の愛を追いかける気は失せたらしい。
それならばよし。
私は新しい縁組に走る事にした。
組織もそうだが、人間も鞭だけではなく飴も必要である。
無能というほどでもなく気質もさほど苛烈ではない第一王子を、上手く転がせる令嬢を宛てがう。
領地にも不正はなく、かといって目覚ましい発展はしていないものの、王子に嫁がせるのであれば、数年後に陞爵を約束する事で合意した。
第一王子は今後、第三王子と交互に外国への表敬訪問と国内の巡視を一年交代でやらせる。
これは民に「王族も働いている」と見せる為だ。
また、外国に対しては「婚約解消をした馬鹿王子は更生しました」という 宣伝(アピール) をするため。
外国語も覚えさせるし、礼儀作法もその国に則ったものを叩き込む。
「そろそろ、わたくし、領地に帰ってもいいのではないかしら」
だってあとは、各々頑張るだけですものね。
アンジェリカを含む元フォールン公爵家の面々が知っていた頃の王国はもう無い。
再編に再配置で役職も人員もがらりと変わり、仕事の方法も日々現場で更新していく。
元々の方法を軸に 機能向上(バージョンアップ) したので、古い方法ではもうついていけない筈だ。
何しろ専門家たちによる実務で日々向上しているので。
「わたくし、そろそろ領地に帰らせて頂きとうございます」
「……女王にならぬか?」
「…………!?」
暫く呑み込むのに時間がかかった。
無い。
それは絶対にありえない。
しょぼしょぼと国王がこちらを探るように見て来る。
年老いた犬みたい。
貴族達から突き上げを食らったのでしょうね。
「なりません。今後も社交期間は王都へ参りますし、わたくしも領地で まったり生活(スローライフ) を満喫したいのでございます。王子達にも婚約者を与えましたし、仲睦まじい様子と伺っておりますわ。わたくしもローデリヒと婚姻する予定でございますの」
「何と!それは目出度い」
「ええ。王都で婚礼を挙げましたら、領地へ帰らせて頂きますわ」
「……うむ、分かった」
ローデリヒとは元々仲も良かったが、情報を得る能力はやはり重宝したのである。
お互いに一緒に居て楽で、考えも共有しやすく安心出来る相手というのが大きい。
あと、他の面子は与えた仕事が大好きなようで、生き生きと働きすぎている。
彼らにもその内、縁組予定だ。
既に職場で良い相手を見つけた者もいるらしい。
相手が平民だと今まで結婚出来なかった。
だが、今回それを撤廃というか、一時的に優秀な平民の血を入れる事を推奨している。
やはり上に立つ貴族は優秀であるべきだ。
建国した時は誰もが平民である。
王ですら。
本来なら優秀な筈の血脈を掛け合わせて優秀であるはずなのだが、どこかで歯車が狂ったり薄まったりする事もあるだろう。
ならば、また新しい血を取り入れるのも良い。
身分社会を今すぐになくす事は出来ないが、垣根を低くする事は出来た。
誰もが貴族になれるわけではない。
優秀でなくてはなれないのなら、それを目指す人々も切磋琢磨する。
結果的には、国を豊かにするのだ。
現在の実力主義の状態に文句を垂れるのは、そこから弾かれた無能達なので排除は容易い。
密告制度も取り入れたので、不正の横行もなくなった。
「わたくし、領地に戻ったら一週間くらい眠りますわ」
「ふふ。幾らでも寝ると良いよ。君は頑張った」
私の宣言に、ローデリヒが優しく頭を撫でる。
明日は結婚式だ。
最後の大仕事を終えたら、私は愛しい夫と領地に引きこもる事を改めて決意した。
ローデリヒは隣国に逃げたフォールン家の足取りを追った報告書に目を通していた。
優秀なだけでなく美しいアンジェリカは、隣国の第一王子に嫁ぐ予定でいただろう。
第一王子もそのつもりでいたはずだ。
しかし、着々とその準備が進んでいた一カ月後の『反逆罪による公爵家取り潰し』の声明発表にて、事態は急変した。
隣国の王妃が、アンジェリカとの婚姻を反対したのだ。
王子は食い下がり、せめて愛妾にと求めるも、王妃は断固として許さなかった。
「王子の閨から情報が漏れだすような事があってはならない」
そう王妃が断じたのは、残念ながらアンジェリカが優秀だったからである。
これが美しいだけの無害な令嬢なら認めたかもしれないが、既に一度王家を裏切った身だ。
婚約の解消の理由は確かに相手の王子の浅はかな決断である。
だがその後、国に損害が出る事を分かっていて何の伝達もせずに一切の仕事を放りだしたのは、反逆罪を問われても仕方のないことだった。
二人が愛を貫くというのであれば、それを止める事はしない。
ただ、王室に入れる訳にはいかないというのが、国の判断である。
そしてこれは、公爵と後継だったアンジェリカの兄にとっては、手痛い失敗となった。
アンジェリカの優秀さならば、再び隣国の宮廷でものしあがれると断じたからこそ、頼ったというのに。
だが、アンジェリカは見切るのが早かった。
頼ってきた一族を見捨てて、また別の国に逃げたのだ。
衣装(ドレス) を脱ぎ、名前を変えて、商会に雇われた。
今度は商人としてかつての辣腕を振るい始め、逞しく生きている。
オティーリエの命令で、財産を奪う為に作った証書で追い詰める事も出来るが、オティーリエはそれをしないと言っていた。
同情する訳ではないが、王子達の授業でも散々「アンジェリカがどれだけ大変な仕事をしていたか」をゲルヒルトに命じて分からせたらしい。
そして現場放棄をしたアンジェリカの罰は「反逆罪」を与えた事でもう終了しているから、と。
敵を徹底的に追い詰めたいローデリヒとは違い、オティーリエは使えるものは再利用する主義なのだ。
立っている者は親でも使うし、国王でも使う。
そういう飄々とした強さが、ローデリヒの心を掴んでいた。
結婚式に招待した近隣の王族からは、熱烈な求婚をされているらしいが、彼女の心が揺れる心配はない。
だいたい人の結婚式だというのに、花嫁に求婚するやつがあるか、とは言いたいが。
ここまで改革で大鉈を振るえる剛毅な女性はいないから、理解は出来る。
明日を迎えれば、漸く大事にしてきた愛する人が手に入るのだ。
彼女が健やかに過ごせるように、暫く反乱の芽は早目に摘む事にしようとローデリヒは改めて心に誓った。