軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第30話 誓いの腕輪?

パーティーが終わり、馬車に揺られながら屋敷に戻った。

窓の外には、王都の夜景が流れていく。

セドリックと二人で参加した社交会は久しぶりだったけど、結果としては楽しかった。

いろいろとあったけど。

(特に最後の宣言は……)

思い出すだけで顔が熱くなる。

屋敷に着いて、夕食を軽く済ませた。

パーティーで少し食べたから、それほどお腹も空いていなかった。

「では、おやすみなさい、セドリック」

「おやすみなさい、アメリア」

いつものように挨拶を交わして、私は自室に戻った。

部屋に入って、ドレスを着替えながら今日のことを振り返る。

今日のパーティーは、最後のセドリックの宣言に全てを持っていかれた気もするけど、他にも気になる点がある。

主に、原作主人公のエミリアの言動だ。

(どのルートを選んでいるのかと思って確認したら、まさかのハーレムルート……)

今日、彼女の隣にいたのはノア。

でも、身に着けているアクセサリーは、他の攻略対象からの贈り物。

ハーレムルートは原作でも難しいルートではあるけど、大変人気のあるルートだった。

全員と恋人のような関係になれるのだから、人気になるのは間違いない。

でも、私は少し違和感があった。

あのゲームは、魔法学園での生活を卒業まで描く物語だった。

だから基本的には、どのルートも「卒業式」が一つの区切りになる。

レオナール王子ルートなら、卒業の少し後に結婚して、やがて王妃になって――。

「二人は国の発展のために手を取り合い、愛される国王と王妃として暮らしました」と、最後にその後のダイジェストが流れる。

エンシオ殿下ルートなら、「頼もしい兄と可愛い弟に挟まれた、ちょっとにぎやかな日々」。

ノアルートなら、「隣国との橋渡し役となって、二人で外交に奔走しました」。

セドリックルートなら――。

(……思い出すのはやめておこう)

さすがに今、原作のセドリックルートを思い出すのは精神に悪い。

とにかく。

他のルートは、ちゃんと「その後」がある。

でも、ハーレムルートにはそれが一切ない。

卒業式の日、皆から花束を渡されて、エミリアが涙を流しながら笑う。

『私は幸せです』

そう言って、そこでエンディング。

その後のことは、一切描かれない。

(だって、現実的に考えたら無理よね……)

王子が二人、侯爵家の跡取り、公爵家の後継者、騎士団長候補――そんな面々と全員恋愛関係で、卒業後も仲良くやっていけるわけがない。

誰かを選ばなければいけないし、選ばなかった人たちはどうなるのか。

他国の王子も恋愛対象にいるから、悪くすると国際問題に発展する可能性だってある。

(ゲームだからこそ成立するルート、って感じだったのよね……)

だから、ハーレムルートを選んだ時は、嬉しさと同時に、妙な不安も抱いた。

――この後、この子は本当に幸せになれるのだろうか、って。

まさか、そのルートを、現実で選ぶ子がいるなんて。

今はまだ学園在学中だから問題はそこまで表面化していないのだろうが、卒業した後はどうするのか。

それをエミリアは考えているのか、不安だ。

そして一番気になるのは――。

(エミリアが、原作知識を持った転生者なのかどうか)

『――脇役の毒妻のくせに』

あの時、彼女が小さく呟いた言葉。

私に向けられた、敵意の混じった視線。

あの一言だけ切り取ると、限りなく転生者っぽい。

「脇役」「毒妻」なんて単語は、原作ゲームを知っているプレイヤー側の言葉だ。

(でも、断定はできないのよね……)

たまたま似たような言葉を使っただけ、という可能性だってゼロではない。

なにより、本人に「あなたも転生者ですか?」なんて聞けるわけがない。

そんな質問、正気を疑われる。

(うーん、どうしたものか……)

そんなことを考えていたら、コンコンと自室のドアがノックされた。

「アメリア、入ってもいいですか?」

セドリックの声だった。

こんな時間に、彼の方から自室へ来るなんて少し珍しい。

「どうぞ」

扉が開いて、セドリックが入ってきた。

もう寝巻きに着替えているようで、ゆったりとした部屋着姿だった。

「遅くにすみません。少し、お話をしてもいいですか?」

「もちろん。どうぞ、お座りください」

私は立ち上がり、小さなティーテーブルの方へ案内した。

「紅茶、淹れますね」

「ありがとうございます。ですが、疲れていませんか?」

「これくらい平気です。自分で淹れるのも、久しぶりですし」

最近は、忙しさもあって、日常の飲み物はほとんど使用人任せだった。

でも、こういう時くらいは、自分の手で淹れたい。

お湯を注いで、茶葉が開くのを待つ。

セドリックは、私の動きを静かに見守っていた。

「はい、どうぞ」

カップを差し出すと、セドリックは一口飲んで、ふっと表情を緩めた。

「安心する味です。やはりアメリアが淹れてくれると美味しいですね」

「そんなことないですよ。使用人の方が上手だし、美味しいです」

「いいえ、アメリアが淹れてくれた方が、僕にとっては美味しいです」

優しい笑顔で、セドリックは続ける。

「三年前から飲んでいますから」

確かに、彼と結婚してから三年になる。

長かったような、あっという間のような三年間だった。

本来なら、その三年で離婚するつもりだったのだけれど。

(……うん、予定は大幅に狂ってるわよね)

苦笑したくなる。

けれど、笑ってごまかしている場合でもない。

今、目の前にいる彼は、さっきの壇上で「離縁するつもりは一切ありません」と宣言した人だ。

その本人に、もう一度確認しておくべきことがある。

「あの、セドリック」

「はい?」

「本当に、離婚するつもりはないんですか?」

言った瞬間、空気が変わった。

さっきまで優しく笑っていた彼の表情から、ふっと色が抜ける。

温度が一段、下がった気がした。

まるで氷のような、冷たい雰囲気。

「――まだ、そんなことを言っているんですか」

声も、低くなっていた。

セドリックが、対面に座っていたソファから立ち上がる。

そして、私の隣に座り直した。

身を寄せてくる。

近い。

(ちょっと、近すぎない……?)

少し色気のある仕草に、ドキッとする。

でも同時に、なんだか怖くもあった。

「パーティーであんな宣言をしておいて」

セドリックが、こちらを覗き込む。

耳元で囁かれる声。

吐息が、耳にかかる。

「僕がアメリアと離婚するような薄情者だとお思いですか?」

「そ、そうは思わないけれど……」

むしろ、あれはどう見ても薄情者の真逆だ。

執着が強すぎて、周囲が引いていたレベルである。

けれど、私が言いたいのはそこではなくて。

「その、セドリックの将来を考えたら――」

「ああ」

彼は小さく息を吐いた。

「だめですね、これは」

「え?」

「これはやめておこうと思っていたんですが」

そう言って、懐から何かを取り出した。

黒いブレスレットだった。

一見シンプルだけど、よく見ると複雑な紋様が刻まれている。

魔道具であることは、一目でわかった。

でも、何か見覚えがある気がする。

「それは?」

「誓いの腕輪、とでも言っておきましょう」

セドリックは、穏やかに微笑む。

でも、その笑顔はどこか怖かった。

「ただし、その効果は絶大で、誓ったことが破られたら、付けている者は死にます」

「えっ!?」

今度こそ、声が裏返りそうになった。

「し、死ぬって……」

「ええ。心臓を直接締め上げられるような形で。発動すれば、十数秒で息絶えます」

さらっと恐ろしいことを言わないでほしい。

でも、その説明を聞いた瞬間。

脳裏に、嫌な記憶が蘇った。

(これ……知ってる)

思い出した。

原作ゲームにあった、あるルートのバッドエンドの一つ。

監禁エンド。

その監禁エンドで使われる魔道具――正式名称は「命契の腕輪」。

効果は、今セドリックが言った通り。

付ける時に誓ったことを破ったら、死ぬ。

監禁エンドでは、「僕以外と話したら死ぬ」「ここから逃げ出したら死ぬ」という歪んだ誓いを立てられ、それをはめられたエミリアは、一生監禁されることになる。

プレイヤーとしては鳥肌が立つような、でもどこか人気のあったバッドエンド。

そんな危険物が、目の前にある。

(ちょ、ちょっと待って。なんでセドリックが、こんなものを持ってるの?)

「ど、どこで手に入れたんですか?」

震える声で尋ねる。

「作りました」

「……はい?」

「作りました。魔道具の理論は、以前から興味がありましたから。試しに、どこまでできるか研究してみたんです」

「……」

ごめんなさい、ちょっと待って。

今、何気なく言ったけど、それ、とんでもなく物騒な事実よ?

(まさか作れるとは思わなかった、っていうか作ったの? 本当に?)

原作だと、確かこの腕輪は「古代の禁忌の魔道具」とか説明されていた。

それを再現してしまうとか、優秀とかいうレベルを超えている。

「これにはもちろん、『離婚したら死ぬ』という誓いをします」

「は、はい?」

聞き間違いじゃないことを、理解したくなかった。

まさかとは思うけど――。

「まさか、それを私に付けて、離婚させないようにするつもりなんですか?」

ぞくり、と背筋が冷える。

監禁エンドの映像が、頭の中にちらついた。

セドリックが、私をどこかに閉じ込めて、「逃げたら死ぬ」と誓いを強要して――。

すると、セドリックは目を丸くした。

そして、クスッと笑う。

「僕が、アメリアを傷つけるようなものを付けさせるわけないじゃないですか」

笑いながら、優しく言う。

それに少しホッとした。

でも――。

「じゃあ、なんでそれを?」

「もちろん――こうするためです」

セドリックは、そう言って――自分の腕に、その腕輪を付けた。

セドリックは、自分の左手首にその腕輪を嵌めた。

「ちょ、ちょっと待っ――」

私が止めるより早く、カチリ、と音がして。

次の瞬間、腕輪の刻印が淡く光を放った。

黒地に、薄い青白い光の線が走る。

一瞬だけ、部屋の空気が張り詰めた気がした。

「……これで、契約成立です」

光はすぐに収まり、見た目はただの黒いブレスレットに戻る。

けれど、中身はもう別物だ。

つまり、今の瞬間。

セドリックは、「離婚したら死ぬ」という誓いを自分自身に刻み込んだ、ということだ。

「な、なにやってるんですか、あなたは!」

私は慌てて彼の手を取り、その魔道具を外そうとした。

腕輪に指をかけて、力いっぱい引っ張る。

でも、びくともしない。

皮膚と一体化しているんじゃないかと思うくらいに、ぴったりと張り付いている。

「無理ですよ。これは解呪できません」

セドリックが、穏やかに言う。

「これは、解呪できません。誓いを立てた者ですら」

「なんでそんな仕様にしたんですか!?」

「だって、解呪できたら意味がないでしょう?」

「意味がないとかそういう問題じゃないですから!」

本気で怒鳴りたくなった。

けれど、声が震えて、思うように言葉が出てこない。

「な、なんでそこまで……そこまでして、離婚を防ごうとするんですか……!」

問いかけると、セドリックは一瞬だけ目を伏せた。

そして、静かに言う。

「なんで、って――」

次の瞬間、ぐい、と腕を引かれた。

「きゃ――」

バランスを崩し、そのままソファに押し倒される形になる。

背中がクッションに沈み、視界の上にセドリックの顔が落ちてきた。

近い。

本当に近い。

青い瞳が、真っ直ぐに私だけを映している。

「あなたが、僕と離れたいと言うからじゃないですか」

低く落とされた声が、耳のすぐそばで響く。

「僕は、こんなにも――あなたのことを愛しているのに」

「……えっ」