軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第26話 話し合いと、不穏な視線

私は屋敷で、公爵夫人としての仕事をしながらも、三日前のことを考えていた。

セドリックに、離縁を断られたこと。

この三日間、少し気まずくて、ちゃんとまだ話し合ってはいない。

(いきなり言うのは、よくなかったわよね)

彼を混乱させてしまった。

いきなり三年も共にしていた人が「別れましょう」と言ってきたら、誰でも混乱するに決まっている。

ちゃんと、その理由などもしっかり話さないといけなかった。

順序を間違えた。

私は、帳簿に目を落としながら、ペンを走らせる。

領地からの報告書を整理して、必要な箇所に印をつける。

でも、頭の中はセドリックのことでいっぱいだった。

あのとき、セドリックは――近づいてきた。

抱き寄せて、耳元で「だめです」と言った。

太ももへ伸びかけた手。あれは……。

(気の迷い。うん、気の迷い。間違えただけ。私の言い方が悪かったから)

そう決めないと、心がもたない。

推しが自分のことを離したくないと言ってくれたのは、ありがたい。

でもこれが推しの、セドリックのためなのだ。

彼は本来、このゲームのヒロイン、エミリアと結ばれるはず。

なら私は、舞台の袖で手を振る役に戻るべきだ。

(そういえば……今、主人公のエミリアとは、どれくらい仲良くなってるんだろう)

エミリアが編入してきて、約一ヶ月半が経ったはず。

そうなると、ゲームのストーリー上、攻略対象のほとんどとは会っているはずだ。

その中で、誰と一番仲良くなっているのかは気になるところだ。

一番仲良くなりやすいのは、ゲームではセドリックだった。

ゲームでは、治癒魔法を持っている主人公のエミリアが、たまたま彼に廊下の角でぶつかって身体を支えてもらう。

その拍子に、セドリックが過去のトラウマを思い出して、すぐに離れる。

それがあってから、エミリアはセドリックのことが少し気になる。

また同じようなことがあって、身体が触れ合うとすぐに離れるセドリック。

それで理由を聞いて、主人公のエミリアが「私なら治癒があるので大丈夫ですよ」と言って、少しずつ心を開いていくセドリック――というゲームのストーリーだった。

(でも今のセドリックは、もうトラウマは克服している)

主に、私のせいで。

お陰で、と言ってもいいかもしれないが。

だが、そのせいで、エミリアとセドリックが仲良くなるきっかけがなくなっていると言っても過言ではない。

三年前は、セドリックのトラウマをどうするかと少し悩んだ。

でも、彼が本当に悩んでいるから、癒せるように動いてしまった。

それは、全く後悔はしていない。

推しのセドリックが、三年間もそのトラウマを抱えて生きることがなくてよかったと思う。

ただ――原作の歯車を、ひとつ外してしまったのは確かだ。

エミリアとセドリックが近づくきっかけを、消してしまった。

物語に、私の指紋がついた。

不安が、胸の奥でざわめく。

あとは、ヒロインのエミリアがどのルートを――誰を選ぶかどうか。

簡単なのは、セドリックルートだった。

でも、まあ今は簡単ではなくなっているかもしれない。

あとは、いろんなルートがあった。

レオナール王子のルート、エンシオ王子のルート、ノアのルート……。

一番難しいのは、やはりハーレムルートだったはず。

全員を攻略して、全員と良い関係を築くルート。

どのルートを選んでいるのかは気になるが、確認する方法は特にない。

(ゲームなら、画面の端のほうにゲージが出るのにね)

でも、現実ではそのようなものがあるはずもない。

今それがあれば、セドリックが自分に対してどのくらいの好感度を持っているのか調べたのに、とも思う。

(……でももし調べて、セドリックからの好感度が低かったら立ち直れないから、やっぱりいらないかも)

知らない方が幸せなこともあるわよね、うん。

必要なのは、ちゃんと話すこと。

ちゃんと、私の言葉で。

(今日こそ、話そう)

そろそろ、セドリックが帰ってくる。

帳簿を閉じ、書類を整理する。

そして、時計を見る。

もうすぐ、彼が帰ってくる時間だ。

チラッと窓から外を見ると、外に馬車が止まったのが見えた。

おそらく、セドリックだろう。

私は立ち上がり、玄関に向かった。

階段を降りて、扉の前に立つ。使用人たちが、準備をしている。

私は、外に出た。

夕暮れの光が、優しく降り注いでいる。

馬車の扉が開き、セドリックが降りてきた。

淡い金髪が、夕陽に照らされて輝いている。

青い瞳が、私を見つけて少し目を丸くした。

私が、出迎えてくれるのを見て、驚いたようだ。

「お帰りなさい、セドリック」

私は、微笑んで言った。

彼は少し驚いた表情から、すぐに嬉しそうな笑顔になった。

「ただいま帰りました、アメリア」

優しい声。温かい声。

たぶん、三日ぶりに正面から交わした挨拶。

ぎこちなさは、まだ少しだけ残っている。

でも、お互いに取り繕った笑顔ではない。

「今日は、学園はどうでしたか?」

「特に変わったことはありませんでした。論文の進捗も順調です」

「そうですか。良かったですね」

「ええ。アメリアは、今日はどうでしたか?」

「私も、特に問題はありませんでした。領地からの報告書を整理していました」

「お疲れ様です」

いつもの会話だ。

でも、どこか緊張している自分がいる。

今夜、ちゃんと話さなければ。

そう思いながら、扉に手をかけようとした瞬間――。

私は、何か視線を感じた。

誰かから、見られている感覚。

背筋が、ぞくりとする。

振り返って、周りを見る。

でも、誰もいない。

使用人たちは、屋敷の中にいる。

庭も、静かだ。

……気のせいだろうか。

「どうしました?」

セドリックが、心配そうに尋ねる。

「いえ、何でもありません」

私は、首を横に振った。

きっと気のせいね。

別に私は気配察知なんかに長けているわけじゃないし。

そう思って、私はセドリックと屋敷に入った。

「――なんであの毒妻女がまだいるのよ。ゲーム開始の時にはいないはずでしょ」

「――あいつ以外はゲームと全く同じなのに、何なのよ……!」