軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第19話 辺境領にて、そして…

セドリックと結婚してから、三年後。

とうとう、原作のゲームが始まる年になってしまった。

でも、まだ魔法学園に主人公は編入してないようだ。

原作が始まっている感は、ない。

ただ、もうセドリックは姿形が原作ゲームと全く同じになっていた。

淡い金髪は肩まで伸び、青い瞳は澄んでいる。

顔立ちは整い、背は高く、肩幅は広い。

声は低く、仕草は優雅。

まるで、ゲームの立ち絵がそのまま現実になったような姿。

それが、原作で彼を推しにしていた私にとっては、とても尊いことだった。

毎日見ていても、慣れない。

ドキドキが止まらない。

(はぁ、推しが、目の前にいる……)

私は揺れる馬車の中で、向かいに座る彼を横目で見た。

整った横顔で窓の外を見ている。

貴族の青年としての落ち着き、学園首席としての自信、公爵家の子息としての気品。

どれもこれもが、原作で私が推していた、あのセドリックと一致している。

違うのは、私がそれに手を伸ばせば本当に掴めてしまう距離にいることだけだ。

……まあ私から触ることはないけどね!

今は、またセドリックと一緒に王都から離れて、辺境の方へ行っている。

ファビール辺境領。

私の実家――ファビール辺境伯家が治める土地だ。

そこではまた、水が瘴気で犯されていて、水の浄化魔法の力が必要とのことで、私が向かっていた。

ここ一、二年は、私の水魔法がとても優秀だと王都や他の領地でも話題になっており、その力が求められることも多くなった。

各地に行くことが多くなったが――当然のようにセドリックは一緒に来ている。

「本当に、無理に来なくてもよかったんですよ?」

私は前に一度そう言った。

水の浄化なら、私一人でもできる。

やり方はもう身体にしみついている。

でもセドリックは、穏やかな笑みで首を振った。

「アメリアが行くところには、僕も行きます。学園の成績は問題ありませんから」

そう言って、きっちり首席をキープしてしまうのだから、ずるい。

学園側も「では実地の調査として扱いましょう」と言ってくれるから、余計に彼の足は軽くなる。

さすが、推し。いや、夫だった。

しばらく馬車を走らせていると、遠くに見覚えのある山並みが見えた。

子どもの頃に見ていた景色だ。

「もうすぐですね」

セドリックが窓から顔を戻して言う。

「ええ。あの山を回り込んだら、ファビールの街が見えます」

私は答えた。

言ってから、ふっと胸の奥がくすぐったくなる。

久しぶりに、アメリアとしての実家に帰るからだ。

私は今でこそ公爵家の夫人だけれど、生まれは辺境伯家。

父も母も穏やかで、声を荒らげることなんてほとんどなかった。

なのに、原作ゲームのアメリアは「夜遊びの厄介娘」になっていたのだ。

……本当に、親不孝だと思う。

屋敷に着くと、懐かしい石造りの大きな門が見えた。

ファビール家の紋章が夕陽で明るく浮かぶ。

馬車が止まると、使用人たちが整列して、私たちを出迎えた。

そして、その後ろから――。

「アメリア!」

母の声だ。

柔らかくて、でもよく通る声。

私はスカートを持ち上げ、馬車から降りた。

次に降りたセドリックが、自然に私の後ろに立つ。

母は私の手をとり、そのまま半歩引き寄せた。

「よく来てくれましたね。遠かったでしょう」

「お母様。お久しぶりです」

母はふんわりと笑って、それからセドリックに視線を移す。

「セドリック様も、ようこそおいでくださいました」

「お招きいただき、ありがとうございます。ファビール辺境伯閣下、そして奥方様」

その後ろで、父もにこやかに頷いた。

ごつい手で杖を持ち、しかし目つきは穏やかで。

こんな優しい人たちから、あの「毒妻アメリア」が生まれたとは、誰も思うまい。

優しくて、温かくて、真面目。

原作のアメリアが、なぜあんなに荒れたのか不思議なくらい。

おそらく、甘やかしすぎたのだろう。

愛情をかけすぎて、わがままに育ててしまった。

とても丁寧に、ファビール辺境伯夫妻は娘の私と夫のセドリックを迎え入れる。

使用人たちが荷物を運び、部屋に案内される。

部屋に通されて、夕方ぐらいだったので一緒に食事を取ることになった。

食堂は、大きくはないが温かい雰囲気。

テーブルには、家庭的な料理が並んでいる。

スープ、パン、肉料理、野菜。

公爵家のような豪華さはないが、心がこもっている。

セドリックも「おいしいですね」と素直に言ってくれるので、両親は嬉しそうだった。

四人で食事を取っていると、やはり両親は心配そうに尋ねてきた。

「アメリア、公爵家に迷惑をかけていないかしら?」

母が、心配そうに言う。

「セドリック様に、ご迷惑をおかけしていませんか?」

父も、同じように尋ねる。

私が原作ゲームの知識を取り戻す前は、とても厄介な娘だった。

夜遊びをして、酒を飲んで、男と遊んで。

両親を困らせた。

だから、心配されているのだろう。

当然の質問だ。

私は、少し申し訳なく思う。

でも、セドリックは即座に首を横に振った。

「いいえ。アメリアはとても素晴らしい女性です。家のこともよく気にしてくれますし、私にはもったいないほどです」

「っ……!」

私は、一気に頬が熱くなるのを感じた。

な、何を平然と言っているの、セドリックは……!

そして、両親もセドリックの言葉に驚いている。

目を丸くして、顔を見合わせる。

まさか、自分の娘がそこまで良い妻になっていたとは思わなかったのだろう。

「ちょっと、セドリック。それは言いすぎじゃないですか?」

私は思わず隣に座る彼に言ってしまった。

「なんでですか? 僕からすればもっとアメリアの素敵なところを言いたいくらいですよ」

「そ、そんなにないですから」

「いえ、いっぱいあります。語りつくせないくらいに」

恥ずかしいから注意しようとしたのに、さらに恥ずかしくなった。

もう今のセドリックに何を言っても意味はないかもしれない……。

すると、セドリックと私が穏やかに会話をしているのを見て、両親は安心したように息を漏らした。

「ああ……」

父が、深く息を吐く。

「あのわがまま娘のアメリアが、ここまであなたと良い関係を築けたのは、とても嬉しいことです」

目頭を押さえる。

母も、優しく微笑んだ。

「とても素晴らしい男性に会えたから、アメリアは変わったのね」

その言葉に、私は心の中で少し思う。

(いや、原作知識を思い出したからなんだけどね……)

でも、それは言えない。

言ったら、頭がおかしいと思われる。

父が、セドリックに向き直った。

「アメリアを、これからもどうかよろしくお願いします」

深く頭を下げる。

母も、一緒に頭を下げる。

「どうか、よろしくお願いいたします」

その姿に、私は胸が痛む。

二人とも、心から心配してくれていたのね。

セドリックは、真剣な顔で答えた。

「もちろんです。彼女は、私にとって何物にも代えがたい宝物です。一生、離したくありません」

――ずるいことを言う。

私はテーブルの下で、緩く握った自分の手に力を込めた。

嬉しい。

心から、嬉しい。

でも、同時に胸がきゅっと痛む。

(だってこれから――原作が本格的に動き出すんだもの)

主人公が編入してきて、イベントが起きて、セドリックと出会って。

もしも彼が、原作通りの感情を抱いたら?

もしも、私よりもそちらの方を選んだら?

……私は、邪魔にならないように、離縁するつもりだ。

彼の幸せを壊したくない。

彼の「推し」として、最良のエンディングを見届けたいから――。

夕食は和やかに終わった。

父は満足そうで、母は何度も「本当にありがとうございます」と言っていた。

セドリックは終始落ち着いていて、話題も選び方も完璧だった。

この子にダメなところなんてあるのだろうか、と一瞬本気で考えた。

翌日。

私は騎士たちを連れて、水源まで向かった。

川の上流。

水は濁り、瘴気が漂っている。

でも、もう慣れたものだ。

ここ二年ほど、よくやっていた。

私は川に手を触れ、浄化魔法を発動する。

水が光り、瘴気が消えていく。

しばらくすると、川は透明に戻った。

「これで、大丈夫だと思います。しばらくは様子を見てください」

「助かりました、アメリアお嬢さ……失礼しました、奥方様」

昔から知っている使用人が、ついお嬢様と言いかけて直す。

私は笑って頷いた。

周りの人たちが、感謝の言葉を述べる。

「ありがとうございます!」

「助かりました!」

私は、微笑んで応じる。

王都に戻ってやることもあるので、すぐに辺境領地を出ることにした。

両親に見送られながら、私とセドリックは辺境を出る。

「気をつけて帰ってね、アメリア」

「セドリック様も、どうかお気をつけて」

二人が手を振る。

私たちも、手を振り返す。

そして、馬車が動き出した。

辺境伯領を出て、ゆっくり王都に帰っている途中、宿を取るために寄った街があった。

大きくはないが清潔な宿。

一階が食堂で、二階に客室が並んでいる。

私たちは、そこに泊まることにした。

部屋で休んでいると――いきなり、外が騒がしくなった。

馬の足音。

人の叫び声。

何か、ただならぬ気配。

私とセドリックは、顔を見合わせる。

「何でしょう?」

「わかりません。見に行きましょう」

二人で部屋を出て、一階に降りる。

「ギルベルト様! セドリック様はいらっしゃいますか――!」

一人の男がただならぬ表情でそう叫んでいる。

そして、セドリックと私を見つけて、とても焦った様子で近づいてきた。

「セドリック様、大変です……!」

その様子に、私たちは緊張する。

「落ち着いてください。ここでは周りに人もいるので、部屋に」

「は、はい……!」

男と共に二階の部屋に行き、しっかり戸締りをする。

水を飲んで少し落ち着いた男は、深呼吸をしてから報告をした。

「ギルベルト公爵夫妻、そしてダリウス様が乗っていた馬車が――事故に遭いました」

その言葉に、セドリックの顔が凍りつく。

「何……?」

「現在、生死不明です……」

「まさか、そんなことが……」

セドリックは、とても驚いた様子だった。

周りの騎士達も混乱しているようだ。

私も、もちろん驚いた。

でも、彼ほどではない。

――そろそろだと、わかっていたから。

原作でも、セドリックが十八歳になったタイミングで、彼らが事故で死ぬのはわかっていた。

ギルベルト公爵夫妻と、義兄のダリウス。

三人が馬車事故で亡くなり、セドリックが公爵家を継ぐ。

それが、原作の設定だった。

つまり、そろそろ原作が始まることを意味していた。

私は、深呼吸をする。

心を落ち着ける。

(――原作が、始まってしまった)

これから、どうなるのだろう。

原作通りに進むのか。

それとも、何か変わるのか。

不安が、胸の奥で渦巻く。

でも、今は――。

今は、セドリックを支えなければ。

そう決意して、私は彼の手を握った。