軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

257.逆鱗

「ちょっと! はなしなさいよ!」

宮殿の中、リアムの部屋から離れた部屋。

元々は単なる寝室だったのが、ピュトーンのためにリアムがあれこれ手を加えて、眠りの霧を抑えるギミックを取り入れたことで、ピュトーンの部屋になった。

自由奔放なデュポーンとちがって、「寝る」ことが多いピュトーンはこの部屋にいることが多い。

三竜が魔法都市の中で唯一自分の肉体で定住している事から「竜の間」とよばれている。

また効果ごと霧を部屋の中に封じ込めている事から、彼女が眠りについているときは、ドアを開けた瞬間から深い森の中に迷い込んでしまったのかと錯覚するほどなため、「眠りの森」とも呼ばれている。

そんな部屋の中に、ピュトーンはデュポーンを引きずり込んだ。

デュポーンは掴まれた手を振りほどこうとするが、そこは同格であるピュトーンがやっていること。

宮殿を壊さないように日常的に力を抑えているデュポーンはなすがままにされた。

「いま、だめ」

「だめじゃないじゃん、あの人間の女、ダーリンに夜這いを掛けたんだよ。とめなきゃ!」

デュポーンはアメリアがリアムの部屋に入っていくところを目撃している。その前からアメリアを護送してきたパルタ公国の人間が彼女に脅しをかけた内容も、ドラゴンの高い身体能力で聞こえてくる。

神竜とされるデュポーンの身体能力は、魔法をなにもつかわずとも宮殿内のやり取りを全部聞き取れるほどの聴覚を持っているのだ。

「大丈夫、それ、あの娘の本心じゃない」

「知ってるよ! 聞こえたもん。人間に脅されてやらされてるんでしょ」

「そう」

「だから余計にだめじゃん、最後まで行く気じゃん!」

デュポーンは状況を知っていて、「だから本気」だといった。

それは現象的には正しい。

「大丈夫、彼、のらないから」

「なんで分かるのさ。好きな人なんでしょダーリンの」

「違う、あれは、神」

「は? 何言ってんの人間の女だよ」

「そうじゃない」

ピュトーンはゆっくり首を振った。

「神くらいにあがめてる存在。人間によくあること」

「よく分かんないけどやっぱりダメじゃん」

「むかし人間に言われた。別に神のプライベートは知りたくない、関わりたくない、って」

「だからわかんないっての」

「大丈夫、みてればいい」

ピュトーンはそういい、彼女特有の茫漠とした瞳を、リアムの部屋がある方にむけた。

壁を透視するかのような視線を向けながら。

「ぴゅーたちにも、おなじみの現象がみられる、はず」

「……」

俺は頭の中が真っ白になった。

なんだ? なんなんだ? 一体何が起きてるんだ?

アメリアが俺の部屋に? 夜に? 下着姿で?

………………なんで?

『ほう、寝技で来たか』

……寝技?

『突飛な話でもあるまい。魔物の王、つまりは権力者であるお前が気に掛ける女、それも妙齢の女。体を使って籠絡しろ――それくらいの強要をされてもなんら不思議ではない』

「――ッ!」

瞬間、頭に血が上った――全身の血が一気に頭に向かって 噴き上がって(、、、、、、) いくような、それほどの怒りを覚えた。

ラードーンの言いたいことを少し遅れて理解した。

パルタ公国はアメリアの両親を人質にして、その上で彼女に俺への色仕掛けを強要した。

それが、彼女の泣きそうな顔につながっている。

「アメ――」

『何かしらの監視もつけられているような』

「――っ」

俺は言いかけた言葉を飲み込んだ。

少し考えて、アメリアに近づいた。

俺が近づくことで彼女は一瞬「ビクッ」と体が強ばったが、すぐに勇気を出して――振り絞るような感じで俺を見つめ返してきた。

挑むような視線を、俺は真っ向から見つめ返しながら、頬にそっと触れて。

「【タイムストップ】」

と、魔法をつかった。

「えっ……」

いきなり魔法を? と驚くアメリア。

俺は更に【アイテムボックス】もつかって、隕石魔力を使ってタイムストップを維持した。

「話を聞いて下さいアメリアさん、全て分かっています」

「全て……だめっ! 私の行動は――」

「監視されてるんですよね。でも大丈夫」

俺は彼女にそういい、頬に手を触れたままポケットから硬貨を一枚取り出した。

何の気なしに持っていた硬貨を、二人の間の空間で手放す。

普通ならそのまま床に吸い込まれていくはずなのが、手を放しても空中にとまったままだ。

「……え?」

驚くアメリアに、俺は更に続ける。

「説明はむずかしいけど、いまはどんな魔法でもどんな道具でも作動しない『時間』になってます」

「――っっ!」

「アメリアさんの置かれてる状況は分かります、任せて下さい。ご両親は必ず助けます」

「ど、どうして……」

「俺がアメリアさんに憧れるのはその通りです、でも人間です」

「……」

「憧れの人が、両親を人質にとられていいなりにされてるのは見過ごせません」

「……本当、に?」

「はい――っ」

「ど、どうしたの?」

「いえ」

俺は歯を食いしばって、何もなかったとアピールするため笑顔をつくった。

一瞬、クラッときた。

隕石魔力がつづいているけど、たぶん、「大きな魔力を素通しさせ続ける」ことで体に負担がかかっているんだろう。

体に大分負担がかかってるけど、そんなの今は大した事じゃない。

俺は更にアメリアに言った。

「ですので、任せて下さい」

「……本当に?」

「はい、命に代えても、必ず」

「……おねがい、します」

アメリアが搾り出すような声で言った。

俺は頷き、そこで【タイムストップ】を解いた。

空中に置いたコインが床に吸い込まれていく、チャリン、と音を立ててころがっていった。

それをみたアメリアがはっとした顔で、口をつぐんだ。

ここから先は密会ではない、と理解した顔だ。

『ふふっ、よほどの魔力をつかって長く話したのだな』

ラードーンはたのしそうにいった。

まわりに漂っている、【タイムストップ】を使った後の魔力の残滓を感じ取れば簡単にわかることだった。

それは簡単な事だが、難しい事がある。

アメリアにこっちの意図を伝えたのはいいけど、「この場」の切り抜け方だ。

『安心しろ、いつものように我の言葉を復唱すればよい』

「ありがとう」

「え?」

「いえ――人間の娘よ、その心意気や良し」

「え? あ、はい」

アメリアは一瞬戸惑ったが、すぐに俺が「演技」している事に気づいた。

俺はラードーンの言葉を更につづけた。

「その肉体堪能させてもらおう――が、その前に下界の汚れを落としてもらう。――おるか、レイナ」

俺が呼びかけると、しばらくして、ドアが開いてエルフメイドのレイナがやってきた。

「お呼びでございますか、ご主人様」

「うむ。その娘を連れて行け。沐浴で隅から隅まで汚れを落とせ。明晩またここに連れてこい」

「……かしこまりました」

レイナは一瞬だけ間を開けたが、何事もなく静かに一礼して、俺の言葉を受け入れた。

その一瞬だけの間が、裏まで理解している、という反応に見えた。

そうして、アメリアはレイナに連れられて、部屋から出て行った。

再び一人っきりになった部屋の中で。

「ありがとう、ラードーン」

俺はまず、ラードーンにお礼をいった。

『うむ。これで不自然なく丸一日は時間を稼げた。さあどうする?』

「十分だ」

『うむ?』

「一晩あれば十分だ」

俺は、全身の血が冷たくなっていくのを感じた。

頭がかつてないほどさえているのも感じた。

今なら――なんでも出来る、そんな気が、いや、確信をもった。

『……我がいうのもなんだが』

『人間にも、逆鱗があったのだな』