軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

~幕間~ ローリとタビーともう一人 ~スローライフ~【11/25書籍発売記念】

これは、公爵家を逃げ出した一人と一頭と、それからもう一人と一頭が、湖の畔で暮らしていた頃のお話です。

「今日もいいお天気ねー」

私はウキウキと小屋中の扉や窓を開け、お掃除に勤しんでいた。

この小さな小屋では彼の個室を設けることもできなかったから、いわゆるダイニング的な場所にベッドを置いて寝てもらっている。私だって鬼ではないので、いくら面倒ごとを背負っていそうな人だとしても、体調が悪い時に寝ている部屋を掃除したりはできない。

寝たり起きたりだったあの彼が、最近ようやく床を離れて体慣らしを始めたからだ。

「ようやく、やっと掃除ができる!」

風を通しながら、ザッザッと豪快にホウキで床を掃くことができる喜びを噛みしめる。

といっても、私が特別にお掃除好きというわけでもない。

だけど、日本人の魂を持っているから土足で室内を歩く生活にはストレスを感じてしまっていたのだ。木の床の上にどうしても落ちてしまう砂利や小石の上を歩く時に生じる“ジャリ”っとした感触や、その後に追いかけてくる微かな埃っぽさ。彼のベッドの隣には食事用のテーブルがある。その部屋を使わないという選択肢はなく、ひたすら我慢の日々だった。

前世で子供の頃に読んだ童話で、女の子の素性を確かめるために重ねた敷布団の下に一粒の豆を潜ませたという話があった。翌朝、その女の子は体が痛くて眠れなかったといい、豆の形の小さなアザができていたことから、「これは正真正銘のお姫様である!」と証明されるのだ。

当時の私は、童話というのはなんでも大げさに書かれている、くらいの感想だった。お布団の下に豆が一粒あったって、絶対に気づかず熟睡する自信があったから。でも、今になって思う。文化の違いなのだ、と。

靴の下の小さな砂利の感触が気になる私は、「正真正銘の日本人の魂を持っている」と証明できるだろう。する相手は特にいないんですけれども。

公爵邸ではどうしていたかといえば、当然靴で生活をしていた。けれど私や家族が生活する辺りは玄関からも遠いし、そもそも玄関の周囲や城に続く表通り、城内だってみんな石畳になっていて土がむき出しの場所のほうが少ない。だから靴も土で汚れたりしないのだ。少しばかり砂利がついていたとしても、広い屋敷の隅々まで大勢の使用人が掃除に勤しんでいつでもピカピカだった。だから気になることもなかった。

だけど、この小屋は違う。扉を開ければすぐにうっすらと地面の見える草地。それから湖の畔に近づけば草もなくなり砂や小石になる。もう靴なんか汚れ放題。

彼が来る前はね、玄関で靴を履き替える、外履きと内履きを分ける暮らしをしていたんだけど。さすがにこの世界のお貴族様の前でそんな行動様式をしたら怪しまれることは確実なので、最近はずっと外履きのままなのだ。ちなみに、自分の個室には入ったらすぐ靴を脱ぐ。もしも人が見たら『山小屋にこれ?』と驚くこと間違いなし、公爵家から拝借してきたふかふかの高級縦断を敷いてリラックスライフをしている。

彼は料理をして皿を洗ってくれる。湖から水汲みもしてくれてとてもありがたいのだけど、掃除という概念は持ち合わせていない様子だった。見るからに高位貴族だし、料理をしたり皿を洗ったりするほうがおかしいんだけども。

だから、ここでは掃除をする人間は私一人。綺麗にした床に、土のついた靴で彼が入ってくるとわかっていても、私としては少しでも綺麗に快適にしておきたいのだ。

と、彼が開け放してある扉から入ってきた。

「おい、ブチ馬のあれは一体なんだ?」

彼が眉間にしわを寄せて、なんだか幽霊でもみたような顔をしている。

「タビーのあれって、何ですか?」

ああ、綺麗にした床に、また砂が落ちて……。私は彼のお高そうな靴から目が離せなかった。

「あの面妖な……」

言葉にならない様子の彼を見上げる。

「もしかして、タビーがケガでも?」

急に恐ろしいことに思い当って、私は小屋を飛び出した。

「タビー?」

大好きな白い影を探して視線を巡らせると。

「フヒン」

小さく鼻を鳴らしたタビーがフルンと尻尾を振ってくれた。

「よかった、タビーに何かあったのかと……」

何事もない様子に、私は胸をなでおろした。

「お前、あれを見て何も思わないのか?」

いつの間にか隣にきていた彼が、驚愕の表情を見せる。

「何か? タビーはかわいい、とか?」

「そうではない、そうではないだろう?」

いつも口数少なく落ち着いて物静かな彼には珍しく、今日はよく喋る。声もいつもより大き目だし、口調も早い。

「一体何だっていうんですか?」

「なぜ、馬が湖の畔でクッションの上に寝転んでいるのだ?」

彼がリラックスモードのタビーを手で示した。

「あ、すみません気づかなくて。ナハトの分も用意しますね」

そういうことね。高位貴族の彼だもの。大事な自分の愛馬にはクッションの用意がなかったと気分を害しても仕方ないことだ。

アイテムボックスにはまだクッションはいくつも入っている。一度自分の部屋に戻って、そこから取ってきたということにすればいいだろう。私はスタスタと小屋に戻って──。

「待て待て待て、そうではない。お前は馬がクッションを使うことをおかしいとは思わぬのか?」

イケメンが、真顔で私の顔を覗き込んでくる。

「何をいっているんですか、馬はクッションを使うものでしょう?」

私の馬との付き合いは、今生での乗馬訓練くらいだ。前世では馬主といえば大金持ちと相場が決まっている超高級な趣味だったし、周囲に特に牧場や競馬場もなかった。そんな馬と縁の薄かった私でも、リラックスするときには馬もクッションを使うということは知っていた。

職場で話題になっていた、一度横になると快適過ぎて起き上がれなくなるクッション。試してみたいと思っていたけれど、結構なお値段であきらめていた。そのCMでは、草原で、青い空の下、馬がクッションに寝転んでいたのだ。動画サイトでは猫が寝転んでいるところも見た。

馬房は掃除の関係で藁を敷いているけれど、馬の友として、草原で寝転ぶ馬にはやはりクッションを用意するべきなのだ。

「待て、ナハトにもクッションを用意するのか?」

「はい」

そういってるというのに、彼は疑い深いのだろうか。

「馬だけか?」

「はい?」

訊き返すと、彼がそっと視線を逸らした。

「オレの分はないのか」

「ああ、はい。あなた様の分もすぐにご用意いたします」

私はこみ上げてくる笑いをかみ殺した。なんだ、自分もクッションが欲しかっただけか。

そういえば、公爵家でもベッドには枕がたくさん置いてあったし、長椅子にはクッションが何個も置かれていた。前世で見た洋画でも、やたらとクッションが並べてあったもんね。靴を履いて椅子やベッドの生活をする文化では、クッションはたくさん使うものなのだろう。文化の違いというやつだ。

「待て、お前、何か勘違いをしているのではないか?」

「いえ、いいんですよ。すみません、ご不便をさせてしまって」

「どういう意味だ」

後ろからごにゃごにゃと言いながら追いかけてくる彼を、まあまあと宥める。

私は自分が一つしか使わないから、彼のベッドにも枕は一つしか置いていなかった。きっと不満だったのだろう。でも小さな小屋にはそんなにクッションがあるはずがないと我慢をさせてしまったのかもしれない。そんな時にタビーがクッションを使っているのを見て、なんで自分の枕は一つなのに、馬が大きなクッションを使っているのかと腹を立てたのではないだろうか。

高位貴族なのに、彼なりに気を遣ってのことだろうと思うとなんだか微笑ましく感じた。

──頭もお尻も一つしかないのに、そんなにどこに使うんだろう。

疑問は絶えないけれど、私が靴の下でジャリジャリする砂利が気になるように、彼もクッションがたくさんない生活はストレスなのだと思うと親近感がわいてくる。

──そうだ、クッションにお豆を一つ忍ばせてみようか。

お尻が痛いと文句をいって、アザができたならきっと彼は王子様ということだ。

数日後に彼から出てきた文句は、“タビーのクッションだけ名前が刺繍してある”だった。

名前程度刺繍するのは大した手間ではないけれど、その名前が問題なのだ。アーノルドはね、私にとっては“中の人”の固有名詞だからね!通りすがりのお貴族様のために刺繍なんて絶対しない