軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6 庭のごちそう

アストン家に越してきたその日から、チェリーは宣言通りに猛烈に掃除をした。

手始めに、自分とノエルの寝る場所を確保。

その翌日は、前夜気になった食堂の天井の蜘蛛の巣を、椅子に乗り、デッキブラシを振り回してなんとか取った。

子爵未亡人ヘンリエットと、キャロライナお嬢様の衣類を外で洗濯していたマリアは、掃き清められて雑巾がけまでされた食堂を見回して、感心したように「あんた綺麗好きね」と言った。

スカートにノエルをまとわりつかせながら、チェリーは「奥様とお嬢様は、どこでお食事をなさっているんですか?」と尋ねる。

「昨日も今朝も、お見かけしていません。お部屋で召し上がっているんでしょうか」

するとマリアは、なんとも気まずそうに目を瞬き、口元にひきつった笑いを浮かべながら答えた。

「奥様はお腹が空いてないと言って、召し上がっていないんだよ。お嬢様はお体が弱くて、お部屋までお料理を運ぶんだ」

「あら、そうなんですか。私、まだお嬢様にお会いしていないんですが、お料理運ぶお役目を代わっていただくことはできますか。ご挨拶だけでもしたくて」

チェリーが申し出ると、マリアは思案するように「そうねえ」と呟いた。

「もしあんたが嫌でなければ、そのついでにお嬢様のお部屋の掃除も頼めないものかね。あんた、若奥様だってのに、こんなこと頼んで良いのかわからないんだけどね」

とんでもない言葉に、チェリーは目をむいて「若奥様ですって!?」と返してしまった。

「ぼっちゃんの想い人で、ひとりで子どもを生んで育てていた」

「あわわわわわ」

その 体(てい) で行動していなければいけなかったのかと、いまさらながらに焦る。

大慌てのチェリーを見ながら、マリアは声をあげて笑った。

「ということにしたと、奥様から聞いているけど? 今後はそのつもりでね、若奥様」

チェリーのスカートの後ろから、ちらちらと顔をのぞかせているノエルに向かって「未来のご当主さま~」と機嫌良さそうに言う。

「はぁ~。世間の若奥様が何をなさっているのか、私には想像もつかないんですけど。掃除はさせてください……」

妙に脱力しながらも、チェリーは譲れないことを主張した。

まだ自分に割り当てられた二階の部屋や、一階の食堂周りしか歩き回っていないが、この屋敷で掃除をするひとがいなくなってからずいぶん経っているであろうことには、気づいていた。「使用人として来てもらうわけではない」とは言われていても、自分の住む場所を整えるのは、チェリーにとって考えるまでもなく自然なことである。

「本当にね、掃除してもらえるのはありがたいよ。ほら、私だけじゃ全然手がまわらなくて」

マリアは「うんうん」と力強く頷く。

そこから、軽く役割分担の打ち合わせを行った。

とはいっても、マリアは二人分の洗濯だけで手一杯とのこと。チェリーの出番は多そうだ。

「では、お屋敷の掃除は私に任せてください。奥様のお部屋も、掃除しますよ。食事を召し上がっていないというのは、具合でも……」

そこまで言いかけて、チェリーはハッと息を呑んだ。

(「お腹が空いていない」なんて、嘘だわ。昨日私とノエルを迎えに来るのに、ずいぶん動かれたはず。もしかして、ご自分の食べる分を私たちに分けてしまったのでは!?)

マリアが気まずそうにしている理由も、それで合点がいく。

乏しい食材から、二人分新たに捻出するために、ヘンリエットは空腹を堪えて部屋に引きこもっているのかもしれない。

「ねえ、マリアさん。お庭を見てきていいかしら? 私、田舎育ちで草花にはちょっとだけ詳しいの。もしかしたら、何かお料理に使えるものがあるかも。ノエル、行きましょう!」

断りを入れてから、チェリーはノエルとともに玄関から飛び出して行く。

昨日通った、草の刈られていない道を走り、荒れ果てた庭へと足を踏み入れた。

「ノエルは、私がいいって言うまで、こっちに来ちゃだめよ。虫とかヘビとか危険なものがいるかもしれないから。ヘビは出てきたら、食べちゃうけど!」

ノエルを待たせ、チェリーは慎重に辺りを見回す。

群生しているギザギザの緑の葉を見つけて、笑みを浮かべた。茎にびっしり細かいトゲが生えているので、スカートの裾をつまんで、直に触れないように布越しにぶちぶちと葉を摘み取る。

「これ知ってるわ。茎が 針(ニードル) みたいなネトルの葉よ。すりつぶしてスープにすると美味しいの。あっ、待って、ルバーブもある! たしかこれは、葉っぱは食べられないはずだけど、茎はお砂糖で煮詰めてジャムに……。お砂糖は贅沢よね。スープの具にはなるかしら?」

広げたスカートに、目についたハーブを次々に収穫して、チェリーは小道へと戻った。

「草がいっぱい! どうするの?」

長屋暮らしで、これまで草花と縁のなかったノエルは興味津々の様子。

チェリーはうきうきとしながら、ノエルに収穫したハーブを見せる。

「これでスープを作るの。葉は乾燥させればお茶になるわ。こんなにたくさん採っても、まだまだあったの、最ッ高よね! 早速キッチンを借りて、作ってみましょう。お嬢様はお体が弱いみたいだけど、これは栄養がたくさんあるから、きっと元気になるわよ!」

すべて、田舎暮らしをしていたときに、両親から聞いたことの受け売りである。草の見分け方も、料理の方法も。

(マリアさんは、貴族のお屋敷のメイドさんだから、知らないのかも。とにかく、庭にこれだけある食べ物を生かさない手はないわ。探せば他にも食べられるものはあるでしょうし、無い分は作ればいいのよ。スコップや鍬はあるのかしら。探してみましょう)

これまでは、知識があっても土地もなく生かすことはできなかった。

ここでなら、チェリーには出来ることがたくさんありそうだ。

逸る気持ちのままに、チェリーは「さあ、急ぐわよ!」とノエルに声をかける。

春の緑の匂いをたっぷりと含んだ風が、さやさやと梢を鳴らし、草木を揺らしていた。