軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12 それはもう愛

【離婚には応じますので生きて帰ってきてください】

戦争が今日終わるらしい、という噂が前線基地にも流れて変に間延びした空気になっていたある日、その手紙はバーナードの元へ届いた。

「お、愛妻からの手紙か?」

青空の下で広げていたら、コンラッドがバーナードの手元をのぞきこんで冷やかしてくる。

二人ともどうにかこうにか生き延びてはいたが、周りの顔ぶれはずいぶん変わり、目減りしていた。

バーナードは、いつも通り「妻を愛したつもりはないが?」と軽口で返そうとしたが、どうしてもうまくいかない。

深い溜め息をつき、すす汚れで真っ黒の手で顔を覆った。

「どうした?」

コンラッドに重ねて尋ねられ、バーナードは指の間からため息をこぼした。

「感傷的になっているようだ。俺は戦争に来る前にこのひとと結婚し、子どもに恵まれ、その二人の元に帰るために今まで必死に生きてきたような気がする」

「どういう妄想だよ。会ったこともない相手だろ……」

笑いながら茶化したコンラッドだが、からかいきれずに途中で口をつぐむ。

バーナードが、ひどく真剣な表情で話し始めたからだ。

「愛する者を守るために、ここから逃げ出さないって決めたんだ。戦場にいるのは、俺や部隊の連中が馬鹿でお人好しで考えなしだからじゃないって。敵も味方も、街から離れた戦地を選んで、自分たちの背後にいる者を守るために戦い続けてきた。敗北とそれによる蹂躙を受け入れ、愛する者たちを地獄に放り込むわけにはいかないから」

ああ、と口の端を吊り上げて笑い、コンラッドはバーナードの横の草地に腰を下ろした。

「その通りだ。逃げずに踏みとどまった兵がいたから、国土を戦火にさらすことなく、戦後を迎えられそうなところまできてる。もっとも、これからはいち早く戦場から逃げ出して『手を汚さず、生き延びた奴』が猛威を振るう時代がくるだろうな。そいつらは『手を汚さずに生き延びる方法があった。自分はそれを命がけで選択した』と主張できるからだ。そして、すべての帰還兵は『選べたはずのその方法を、選ばなかった』彼らに言わせれば、さしずめ悪魔といったところだろう」

死者に口はなく、安全な場所から結果論を語る生者は雄弁であり、手を血に染めながら生き残った兵は、この先の世界では常に畏怖と懐疑の目で見られるのだろう。

殺しが手柄と言われる時代は、戦争が始まるよりもとうの昔に、終わっている。

戦い続けた先に、守ったはずの相手からも拒否をされて、帰還兵たちの居場所はどこにもないのかもしれない。

それでも、バーナードに対して、死ななくて良いと「妻」が手紙をくれたから、それを頼りに生きてきたのだ。

青すぎる空を見上げていたら、いつしか目からは涙がこぼれていた。

泣きながら、呟いた。

「帰ったら離婚だ……。せっかく生き延びたのに」

「は?」

コンラッドはバーナードの手から手紙を受け取り、「離婚?」と首を傾げながら短い一文に視線をすべらせる。

しばし無言で考え込んでから、ぼそりと言った。

「お前さ、彼女からもらった手紙後生大事に持っていたよな」

「ペラ紙一枚だからな。他に読むものもないし、時間をつぶす物もないし、何度か読んだ。というか、毎日読んでいた。何を考えてこんなそっけない文章書いたんだ、どんな女だよって思いながら」

「それさ、もう愛だよな」

「それなのに、俺は離婚される……。彼女の中ではどうでもいい存在だったんだ」

「会ったこともないからだろ? 会えばうまくいくかもしれないぜ?」

ぱちっと愛想よく片目を瞑って言われて、バーナードはきょとんとしてしまった。

バーナードが考えるに、童顔の自分よりも苦み走った美形のコンラッドの方が、はるかに男前である。

(実際に会う? 「妻」のチェリーさんと?)

顔も知らない夫が帰ってくるなら、絶対にコンラッドの方が嬉しいはずだ。

思い余って言ってしまった。

「チェリーさんを頼んだ」

「頼まれねえよ。俺は故郷に恋人残してきてんだ、お前とは違う」

「俺の場合は妻だが?」

「なんでいまマウントとった? おう、やんのか?」

そんなに言うなら男前にしてやる、とコンラッドが泥を掴んでバーナードの顔に塗った。よせよと言ってじゃれあっているうちに喧嘩になり、腹の底から互いにさんざん喚き合っていたところで部隊の別の兵から「おーい、お前らいつまでやってんだー」と声をかけられた。

戦争が終わっていた。

* * *

「じゃあ、また落ち着いたら連絡するわ。アストンの名前は覚えておくから。元気でな」

別れはあっさりしたものだった。

背を向けて、肩の上まで片手を上げたコンラッドの後ろ姿を見送り、バーナードも「さて、帰るか」と少ない荷物を手にする。

(あれ? コンラッドの故郷は、結局どこなんだ?)

あれほど一緒にいたのに、彼の素性については最後まではっきりとわからずじまいだった。故郷へ向かう鉄道に乗り込んでから、気づいた。「自分が死んだら恋人に 言伝(ことづ) てを頼む」とか、そういった弱音を吐かない男だった。恋人がいるのも、最後に初めて知ったくらいだ。

「まあいいか。あいつの名前は、いずれ学者とか何か、歴史に名前を残す側の人間として、どこにいても聞こえてくるだろう。あいつの文章と一緒に」

再会を疑う気持ちは、一切なかった。