作品タイトル不明
953話 決戦前夜・その4
「ふぅ……ようやく終わりました」
冒険者ギルドの奥……執務机に向かうナタリーは、ペンを置いて、吐息をこぼした。
明日、世界の命運を賭けた戦いが始まる。
詳細は聞かされていないが、北大陸で、これまでにないほどの大規模な戦闘が発生するだろう、とのこと。
それは、1日で終わることはないだろう。
1週間。
あるいは、数週間、数ヶ月に及ぶ、『戦争』になるかもしれない。
その多くに冒険者が駆り出されていた。
また、自ら志願していた。
とはいえ、全ての冒険者が街を空けるわけにはいかない。
北大陸からの脅威は迫っているが、それをなしにしても、日頃、街は獣や魔物の脅威に晒されている。
それを排除するための『力』が必要だ。
街に残る冒険者の調整を行い。
また、他の街とのやり取りも密にして、連携を取ることにした。
そのシステムの構築に時間がかかり……
たった今、ようやく終わったところだ。
「はぁあああ……こんなに残業をしたの、初めてかもしれませんね」
「おつかれさま」
「あら、ステラ騎士団長」
いつの間にかステラが隣にいた。
差し出された飲み物を受け取りつつ、ナタリーは小首を傾げる。
「いつからそこに?」
「少し前からだ。騎士団の調整も、さっき終わったところだ。その報告書を持ってきたのだけど……」
「あ、ならちょうどいいですね。私も、今、終わったところです」
「そうか。なら、少し付き合わないか?」
ステラは小さく笑い、酒を取り出した。
「あら。いいんですか、騎士団長とあろう方が」
「勤務時間はとっくに終わっているから、問題ない。いける方か?」
「そこそこ。騎士団長は?」
「私も、そこそこというところだな。それと、騎士団長はやめてくれ。ステラ、でいい」
「わかりました、ステラさん」
ナタリーは、にっこりと笑い、グラスを受け取る。
酒が注がれて……
ステラも自分のグラスに酒を注いで、飲み交わす。
「美味しいな」
「はい、美味しいですね。つまみが欲しくなってしまいます」
「それは……さすがに、止めておこう。明日に差し支えるかもしれない」
「あはは、ですね。明日から、冒険者ギルドも騎士団も忙しくなりますからね」
主要な冒険者、騎士は北大陸へ渡る。
ただ、それぞれの街に残る者もいる。
皆の帰る場所を守るため……だ。
こちらも欠かすことはできない、絶対に必要な戦いだ。
ラインハルトの脅威を退けたとしても、帰る場所を失っては意味がないのだから。
故に、ステラは戦う。
ナタリーも、ナタリーの方法で戦う。
英雄の帰る場所を守るために。
「皆の英雄に」
「そして、私達に」
「「乾杯」」
――――――――――
ホライズンの宿。
その一室に、アクスとセルの姿があった。
「悪いな、セル。無理を言って入れてもらって」
「構わないわ。後で、ちゃんと騎士団に被害届を提出しておくから」
「同意してくれたんじゃないのかよ!?」
「冗談よ」
「心臓に悪すぎるからやめてくれ……」
アクスは疲れの吐息をこぼしつつ……
しかし、気を取り直して、真面目な表情を作る。
「明日の戦いが始まる前に、どうしても言っておきたいことがあって」
「なにかしら?」
「その……俺等、北大陸に向かうだろ? 話を聞いた限り、生きて帰れるかわからないような激戦になる。だから、悔いのないようにしておきたいんだよ」
「悔い? 日頃、欲望のままに生きているアクスに、悔いなんて残るようなことがあるのかしら?」
「俺を犯罪者みたいに言わないでくれ……」
「似たようなものでしょう?」
「そんな目で見られていたのかよ!? ちくしょうーっ!」
アクスは頭を抱えて叫んだ。
それから、ヤケになった様子で懐に手を入れて……
「セル! これを受け取ってくれ!!!」
指輪を差し出した。
「……」
あまりに予想外の展開。
そして、情緒もへったくれもない、唐突な流れ。
さすがのセルも、これは予想していなかったらしく、目を大きくして驚いていた。
「好きだ! 愛してる! 一生大事にする! だから、俺と結婚してくれっ!!!」
「……」
「絶対に浮気なんてしねえ! 俺は、セル一筋だ! 幸せにしてみせるっ!!!」
「……」
「なんなら、専業主婦になってくれてもいい! 俺が、その分、倍以上稼いでみせるっ!!!」
「……」
沈黙。
「えっと……セルさん?」
「え? なに?」
「いや、あの……お返事をいただけないでありましょうせんか?」
「言葉遣いがおかしくなっているわよ。緊張しているの?」
「そりゃするだろ!? 一世一代のプロポーズだぞ!?」
「そう」
「そう、って……そんな一言で片付けられてるなんて、そりゃないだろ……」
アクスはがくりとうなだれた。
そんなパートナーを見て、セルは苦笑する。
それから……
自然な動作で手を伸ばして、指輪を受け取る。
そのままセルは、指輪を指先で軽く回して……
そっと、薬指にハメた。
「似合う?」
「……」
「なんで、あなたが放心しているの?」
「いや、だって……本当に受け取ってもらえるなんて」
「まったく。いざという時、ここ一番は、とことん気が弱いんだから」
「おぉ、おおおおお……!!! セルぅ、俺は、俺はぁあああああ!!!」
「はい、抱きつかない」
「ぐはぁっ!?」
セルの……わりと本気の一撃を受けて、アクスが床に沈む。
「な、なぜ……?」
「そういうことは、明日の戦いを乗り越えてからにしましょう? そういう約束があれば、がんばれるでしょう?」
「おう!!! ものすごくやる気が出るぜ!!!」
「まったく、単純なんだから」
「うおおおおおっ、やってやるぜえええええぇ!!!」
「……ちょっと餌を与えすぎたかしら?」
セルはため息をこぼして。
しかし、なんだかんだ、最後は笑みを浮かべるのだった。