作品タイトル不明
922話 祈りと希望・その3
人間が魔族を虐げて、理不尽に殺してきた。
それは覆すことのできない事実だ。
恨まれても仕方ない。
殺されたとしても、あるいは仕方ないのかもしれない。
ただ……
人間と魔族の間に悲劇だけが繰り返されていたかというと、それは違うはずだ。
悲しみと嘆き、憎悪以外のなにかがあったはずだ。
ライハは魔族だけど、でも、人間のことを恨んでいない。
たまたまかもしれないけど、彼女は人間に虐げられたことがない。
ジルオールは人間にそれなりに敵意を持っている様子ではあったけれど……
しかし、それを抑え込み、平和を求めていた。
そしてなによりも……
「人間と魔族の母娘だっていたんだ!」
モニカとリースのことを思い返した。
彼女達は人間と魔族で、本来なら憎しみ合う関係で……
その生い立ちは人間に歪められたものなのだけど……
でも、二人は確かに互いを想い合っていた。
人間と魔族という関係でありながら、同時に、母と娘という本物の絆を築いていた。
「あの二人は、人間と魔族っていう種族の壁を乗り越えていたんだよ! それを否定することは、魔王であるキミにもできないはずだ!」
「それ、は……」
なんだ?
エーデルワイスはひどく動揺した様子で、攻撃の手を緩めて、よろめいた。
どこか苦しそうな様子で、胸元に手を当てている。
「そう、だ……あの二人の魂は、確かに……しかし、そのようなことが……」
「……もしかして」
モニカとリースはすでに死んでいて……
そして、エーデルワイスは、二人の魂も糧にしていたのだろうか?
だとしたら、言葉は悪いのだけど、エーデルワイスは『毒』を取り込んだことになる。
エーデルワイスは……魔王は、人間と魔族が手を取り合う光景なんて信じていない。
未来に訪れることもまったく考えていない。
でも、モニカとリースは、すでに母娘として成立していた。
互いを思いやり支え合い、一緒に歩いてきた。
その根底にあるものが人間に対する憎しみだとしても、人間と魔族が一緒に過ごしてきたことに変わりはない。
二人の魂を取り込んだのなら、エーデルワイスもまた、モニカとリースの『想い』と『絆』を感じたことだろう。
「もう一度、言うぞ! 辛いことだけじゃなかったはずだ、幸せな時だってあったはずだ! それを、全て否定するな。なかったことにしようとするな。わかるだろう!?」
「くっ……そのような戯言に、私は……」
「キミの中にある魂は、全て、復讐だけを考えているのか!? 他のことは考えることができないのか!?」
「……っ……」
再びエーデルワイスの表情に動揺が走る。
やはり、というか……
思っていた通りだ。
人間に虐げられて、魔族は憎悪と絶望に囚われることになった。
ただ、全ての魔族がそのまま、ということは考えづらい。
だって……
魔族ではないけれど、復讐を止めて、穏やかに生きることを望んだ子がいることを、俺は知っている。
心は変わる。
人は、生き方を変えることができる。
復讐だけにずっとずっと囚われるなんてことはないし……
その必要もない。
もちろん、それを強制することではないし、決めるのは当人だ。
でも、イリスのように変わることも、確かにある。
「他の道を選ぶことはできないのか!?」
「そのようなものはありえぬ! 私は魔王だ。その使命は……」
「それが正しいと? 使命に従うことが全てだと?」
「その通りだ。それが私という存在であり、魔王だ」
「なおさら納得できない。それは、キミが抱いた想いなのか? 誰かに預けられたものじゃないのか?」
「それは……」
「魔王じゃなくて、エーデルワイスっていう、キミ自身の想いを教えてくれ!」
「くっ、そのような戯言を……!!!」
エーデルワイスは無詠唱で超級魔法を連発してみせた。
その細い体からは想像できないほどの膂力で、即死級の拳を放つ。
でも。
俺は沈むことはなくて、喰らいついていた。
みんなもまた、戦い続けていた。
誰も負けていない。
誰も諦めていない。
その事実が、じわじわとエーデルワイスを追い詰めていく。