作品タイトル不明
869話 目覚めの時
遠くに見える魔王城が赤い光に包まれていた。
よく見てみると、巨大な魔法陣に城が覆われている。
そこから赤黒い光が立ち上がり、空に伸びている。
それは、周囲をゆっくりと侵食していた。
青い空を赤に変えた。
血に染めるかのように、静かに、それでいて深い侵食を開始する。
「あれは、いったい……」
「主様! 大変な事態になりました!」
コハネが慌ててこちらに駆けてきた。
リースとの戦闘は決着がついたらしい。
さすがコハネ……と、今は褒めている余裕もない。
「コハネは、あれがなんなのか、知っているのか?」
「……はい」
コハネは、とても重い口調で言う。
「魔王が……覚醒しました」
――――――――――
「ぐっ……!?」
「うあああああっ!」
「あ、頭が……」
二つの派閥が激突する平原。
そこに集まる魔族達は、突如、異変を迎えていた。
誰もが苦しそうにして。
誰もが悲しそうにして。
そして、理由もなく湧き上がる憎しみに心を削る。
「これは……!」
ジルオールもまた、例外ではない。
蓋をされて窒息したかのように、とても息苦しい。
同時に、ひどく心がざわついた。
急いで彼方の方向……魔王城を見る。
赤黒い光が立ち上がり、空を貫いていた。
青い空は赤へ。
周囲を侵食するかのように、ゆっくりと色を変えていく。
「魔王様が……? でも、どうして……」
この現象に心当たりはあった。
魔王の覚醒だ。
その光景を、ジルオールは何度か見たことがある。
ただ。
なぜ、魔王の覚醒に至ったのか、そこが理解できない。
リース達が、勇者の血を引く者の魂を手に入れたという情報は得ていた。
狡猾な彼女達のことだ。
魂を捧げて、時間を稼ごうとしたのだろう。
そこまでジルオールは読んでいた。
読んだ上で、まだ時間はあると考えていた。
勇者の魂は、とても大きな贄となる。
しかし、それだけで魔王を覚醒させることはできない。
本来なら、覚醒は十数年先だ。
それを一気に短縮するとなると、勇者の魂だけでは足りない。
それこそ、追加でたくさんの魂を……
「……まさか」
ジルオールは慌てて戦場に視線を戻した。
目を凝らして見ると、倒してきた強硬派の魔族達の様子がおかしい。
その死体からは血が枯れている。
死後数日経ったかのように生気というものがまるで感じられない。
……魂が抜けていた。
「やられましたね……!」
モニカとリースの狙いは、時間稼ぎだけではない。
大規模な戦闘を誘発することも、策の内だった。
戦闘に勝利しても敗北しても、どちらでもいい。
ただ、全力で激突することで大量の死者が出ればいい。
そうすれば、さらに多くの魂を魔王に捧げることができるから。
「この戦いそのものがリースに仕組まれていたこと……利用されていた、ということですか」
魔王の覚醒。
それは、多くの魔族が望むことだ。
しかし、そのために同胞を犠牲にするなんて許されることではない。
「リース……あなたという人は……!」
ジルオールは拳を強く握る。
唇を強く噛む。
しかし、起きてしまったことは覆せない。
怒りに支配されるのではなくて、今やるべきことは、次の手を考えることだ。
「カシオン!」
「はい」
「すぐに撤退を。今ならまだ、魔王様の領域から逃れることができます。レインさん達にも伝令を」
「了解です!」
……空が燃えていた。