作品タイトル不明
857話 憎い
「……ただ、私は生き残りました」
モニカは語る。
凄絶な過去を……ゆっくりと、無表情で語る。
「とはいえ、誰も私の生存を知らない。また、当時の私はまだまだ子供でしたからね。一人で生きていくことなんてできませんし……そもそも、生きるつもりもありませんでした。崖から身を投げたのですが……悪運が強いというべきでしょうか? 西大陸に流れ着いて、そこでリースさまに拾われたのです」
「……」
思っていた以上の話に、すぐに言葉が出てこない。
モニカもまた、人間の被害者だった。
誰よりも酷い目に遭っていた。
ほんの少し。
ほんの少しだけだけど……
ラインハルトの気持ちがちょっとだけ理解できてしまった。
「……その後を聞いても?」
「ええ、構いませんよ」
モニカは小さく笑い、続きを口にする。
「リースさまに拾われたおかげで、私は、再び心を取り戻しました。思い返すのは、村のこと」
友達は剣で胸を貫かれていた。
優しい村人は焼き殺されていた。
両親は拷問の末に……
「その記憶が頭を離れてくれません。どうしても忘れることができません。呪いのように私の中にこびりついて、魂を汚して……でも、ある時、思いました。この記憶を受け入れてしまえばいい、と」
「それは……」
「そうすると、不思議と心が落ち着きましたよ。やらなければならないこと、ができたからでしょうか?」
「それが……国を滅ぼすこと?」
「はい」
モニカは、とても嬉しそうに笑う。
「勇者というシステムは、国が作り上げたもの。その恩恵を授かり、いつも利用してきた。その国に、私は全てを奪われた。なればこそ、奪い返しても問題はありませんよね? 醜い人間を潰してもいいですよね?」
「ええ、モニカの言う通り。人間の国はどうしようもない。一度、潰してしまった方がいい。そう思いませんか?」
リースも笑顔を浮かべていた。
最初、彼女がモニカを利用しているのでは? と思っていたが……
こうして接してみると、よくわかる。
利用しているなんて、そんなことはない。
リースは、モニカのやりたいことを一番に考えている。
それがどんなものだとしても、最大限に尊重して、叶えようとしている。
「……こんなことを話しても、信じてもらえないかもしれないけど」
それでも、まだ諦めたくない。
最後まで……信じてみたい。
「俺は、少しだけど……ほんの少しだけど、モニカの気持ちはわかるつもりだ」
「ええ、そうですね。レインさんは、私と同じように村を滅ぼされた。人間か魔族か、その違いだけ。それなのに、どうして魔族を滅ぼすつもりにならないのか、そこはとてもとても不思議ですが……」
「意味ないんだよ、そんなことは」
魔族が憎いと思ったことはある。
村人や家族の仇を討ちたいと考えたことはある。
でも……
みんなと出会い、その気持ちは消えた。
復讐よりも大事なことがある。
それは、今を生きることだ。
復讐に囚われて自分を見失ってはいけない。
未来を放り投げてはいけない。
自分の道を進んで、自分らしく生きる。
「それは綺麗事ですよ」
「……っ……」
モニカの指摘に返す言葉がない。
「私は……忘れられません。みんなが殺されたあの日を、忘れることなんて、絶対にできません。というよりも……妬ましいのですよ。憎らしいのですよ」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味ですよ。私はこんなに酷い目に遭っているのに、そこらで暮らしている人々は笑顔を浮かべている。幸せに家族と暮らしている。不公平だと思いませんか? 妬ましいと思っても、仕方がないと思いませんか?」
「……」
こちらも、返す言葉がない。
モニカが言うようなこと。
それを一度も思わなかったというと嘘になる。
「憎い。妬ましい。どうして私だけ? 私だけこんな目に? どうして? ……もう、それしか考えることができないのですよ。頭の中は、そんな気持ちでいっぱいなんですよ。心は、憎悪の炎がいつも燃え盛っているのですよ。あぁ……憎い、憎い、憎い、憎い、憎い。なにもかも、世界の全てが……滅んでしまえばいいのに」
あぁ……そうか。
モニカは、もう……
「レインさんの言うことを理解できないわけではありません。それを受け入れることができたのならば、とても素晴らしいことでしょう。しかし、私には無理なのですよ。もう……無理なのです」
「わかった」
己の心を打ち明けるモニカの姿は、悲鳴をあげているようでもあった。
憎いと口にしつつ、泣いているように見えた。
彼女は、もう止まらない。
止められない。
なら……
「俺達が止めてみせる」