作品タイトル不明
846話 世界の敵
「……っ……」
流れ落ちる涙の感触でモニカは目を覚ました。
体を起こして、周囲を見る。
拠点として使っている屋敷の一室。
だいぶ長いこと使っているため、なんとなく愛着も湧いてきた。
いつもの見慣れた光景に、ほっと吐息をこぼして……
「うぅ……」
頭痛を覚えて、モニカは額に手をやる。
「嫌な夢を見てしまいましたね……」
小さな頃の夢。
全てを失い……
そして、全てを奪うと決意した日。
「モニカ」
コンコンと扉がノックされた。
「リースさま?」
「入りますよ」
「あ、えっと……待ってください。その、起きたばかりなので、とても不格好でして……」
「ふふ、そのようなことは気にしませんよ」
扉が開いて、リースが現れた。
サンドやドリンクが乗せられたトレーを持っている。
「それは……」
「朝食ですよ。作ってみたので、一緒に食べましょう?」
「リースさまがそのようなことをされるなんて……」
「普段の食事なら、誰かに作らせていますけどね。でも、娘と一緒に食べる食事ですもの。それくらい、自分の手で作りたいわ……母親として」
「……ありがとうございます」
モニカは私服に着替えて。
その間に、リースは紅茶などの準備をして。
母娘は一緒に食事をとる。
「朝なので、軽くサンドイッチにしてみたんですけど……それと、スープと果物。足りますか?」
「はい、十分です。私は、食が太い方ではありませんから」
「ふふ、よかった。残されてしまったら、少しショックを受けていたかもしれません」
「そんな。リースさまに作っていただいたものを残すなんて、ありえません」
「この倍の量だったとしても?」
「う……た、食べます」
「冗談ですよ。無理して食べなくていいですからね? 娘が太ってしまうのは、ちょっと複雑な心境なので」
「もう……」
そこにあるのは幸せな光景だった。
母と娘が一緒に食事をして。
楽しい時間を過ごす。
かつて、モニカが失ったもの。
二度と手に入らないと思っていたもの。
しばし、穏やかな時間が過ぎて……
「……ところで、真面目な話になってしまうんですけど」
ふと、リースの表情が変わる。
スイッチを切り替えるように真面目なものになって、モニカも連鎖的に気を引き締める。
「なにやら、ジルオールが不穏な動きを見せているようです」
「水の四天王が……?」
「密偵はことごとく潰されているため、詳細な情報を掴めていませんが……なにかに備えている、と」
「……私達とぶつかるつもりでしょうか?」
「そうですね。その可能性は高いと思います」
現状、強硬派と穏健派の戦力に大きな差はない。
むしろ、穏健派の方が上と言えた。
リースは、ジルオールのことをよく知っている。
野心を抱くことはなく、穏やかな心を持つ。
それでも、大義のために動く時は容赦しない。
魔族を一つにまとめるため。
自分の理想を叶えるために、強硬派に攻撃をしかけてくる可能性は高い。
「舐められたものですよ。アルテラとゼクシードを失ったとはいえ、私達には、まだまだたくさんの切り札が残っているんですから。情報が正しいと仮定してですが……来るのならば、全力で叩き潰してあげましょう。二度と立ち上がれないように……ね」
「……」
余裕を見せるリースに、モニカは難しい顔を作る。
「リースさま。もしかしたら、ジルオールもまた、切り札を持っているのかもしれません」
「それは……」
「ただの推測ですが、無策で突撃するような愚かな者ではないはず。なにかしらの勝機を得たと考える方が自然かと」
「……それもそうですね。ええ。ありがとう、モニカ。私は、少し調子に乗っていたようですね」
「いえ、そんな」
「だとしたら、このタイミングでジルオールが動く理由が気になりますね。いったい、彼女はなにを得たのでしょうか?」
「探らせましょうか?」
「あまり期待はできませんが……まあ、やらないよりはマシですね。手配をお願いします」
「はい」
穏やかな時間は終わり。
目的を叶えるための策謀の時間が始まる。
そこで、扉をノックする音が響いた。
「入りなさい」
「失礼します」
モニカも知る、リースの部下が入ってきた。
二人の時間を邪魔したことを気にしているらしく、やや緊張している様子だ。
「急ぎの報告がありまして……」
「なんですか?」
「その……信じられない話なのですが、ジルオールが会談を申し込んできました」