作品タイトル不明
819話 できる、できないじゃない
「どうしたんだ? まだ交代の時間には早いけど……」
「ちょっと話をしたいっす」
そう言うライハはとても真面目な顔をしていた。
その顔を見ていたら眠気なんて吹き飛んでしまう。
「いいよ。ほら」
「うい」
隣をぽんぽんと叩くと、ライハはそこに腰を下ろした。
「……」
ライハはすぐに口を開かない。
どこか思い詰めた表情で、ゆらゆらと揺れる火を眺めていた。
無理に促すつもりはない。
俺も焚き火を見つめつつ、彼女の気持ちがまとまるのを待つ。
「……アニキは」
ややあって、ライハはぽつぽつと話し始めた。
「どうして、魔族と和平を結ぶ、って考えたっすか? 倒しちゃった方が簡単じゃないっすか」
「ライハは反対?」
「そんなことないっす。むしろ嬉しくて……でも、アニキは人間だから。どうしてなのかな、って」
ライハの疑問はわかる。
過去の経緯はどうあれ、魔族と魔王は人間の脅威だ。
刃を向けてくる以上、応戦しなければいけない。
今後の安全を確保するためには排除しなければならない。
王の決断は正しい。
和平を結ぶことができるのなら、王もそうしていただろう。
その可能性が高いのなら、外交努力を重ねていただろう。
しかし、和平が成功する確率は限りなく低い。
ゼロとまでは言わないけど、それに近いところにある。
理想を追い求めて準備を怠れば多大な犠牲が出る。
なら、戦争に備えるしかない。
武器を取り、脅威を排除するしかない。
「でもさ……結局、それは問題の先送りにすぎないから」
「魔王のことっすか?」
「ああ。魔王を倒しても次の魔王が生まれる。そしてまた戦争が起きる。今を考えることは確かに大事だけど……でも、こんな争い、未来に残したくないんだよ」
たくさんの場所を冒険して。
色々な人と出会い。
大きな経験を積んできた。
その中で、『未来』を感じたんだ。
「だから未来を潰すようなことはしたくない。そのために、俺は俺にできることをやりたい。俺は、シフォンのような立派な勇者じゃなくて、わがままばかりだけど……悲しいこと、理不尽なことは繰り返したくないんだ。ここで止めたいんだ」
思い浮かぶのは炎に包まれた故郷の光景。
あの時に受けた悲しみと絶望。
それを終わりにしたい。
他の人に味わってほしくない。
だから……
俺は前に進んでいきたい。
「でも……仮の話っすけど、魔王を封印とか完全消滅させる方法があったとしたら? そうしたら、戦った方が簡単じゃないっすか?」
「それは……」
「その場合は、アニキは戦うっすか?」
「戦わないよ」
即答すると、ライハは驚いたように目を大きくした。
「どうして……?」
「これは……うん、俺のわがままだな。魔王の問題がどうにかなったとしても、でも、やっぱり魔族と戦争はしたくないな」
魔族は混沌を撒き散らす存在とか言われていたけど……
俺もそう思っていたけど……
でも、実際は違う。
俺達と同じで、楽しいことがあれば笑い、悲しいことがあれば涙を流す。
「人間も魔族も同じなんだ。ご飯を食べて笑顔になって、美味しいと感じる気持ちは一緒なんだ。仲間のようなものだから、それを手にかけるのは……ちょっと」
「……アニキ……」
「あとは、ライハがいるから」
「自分?」
「戦争になったら、ライハの友達とか家族と戦うかもしれないだろう? それは嫌なんだ。というか、もう戦えないよ」
大事な仲間の大事な存在に刃を向けるなんてできない。
だから、これは俺のわがまま。
「そこが一番大きな理由かな」
結局のところ、俺は、俺のやりたいことをやっているだけ。
多少、周りのことは考えているけど……
でも、最終的には自分のことを押し通すつもりでいる。
「軽蔑するか?」
「まさか!」
今度はライハが即答した。
「自分はアニキに憧れるっす! すごいって思うっす!」
「そんなことないさ。俺はただ、わがままなだけで……」
「でも、そのわがままで救われる人がいるっす……自分とか」
ライハはじっとこちらを見る。
その瞳は心なしか潤んでいた。
「確かに、アニキはわがままかもしれないっす。エゴが強くて……でも、確かに救われている人がいる。涙を止めることができている。なら……アニキは自分の勇者っす」
「……ライハ……」
「そんなアニキのことが、自分は……」
そっと、ライハが顔を寄せてきて……
頬に柔らかい感触が広がった。