作品タイトル不明
806話 第二王女
「妹を幸せにすることができなかった。だから、妹には幸せになってほしいのだ」
「それは、どういう……?」
言葉遊びのような台詞に少し混乱してしまう。
いや、まてよ?
この場合、最初に口にした妹というのは……
「幸せにできなかった、というのは……もしかして、第二王女のことですか?」
「ああ、その通りだ」
ココロさまは苦い表情になる。
その顔を見ていると、こちらも切なく悲しい気持ちになってしまう。
「ユナ・ヴァン・ロールリーズ……私の妹で、そして、サーリャとユウキの姉だった」
過去形……か。
「とても賢い子でな。わずか六歳の頃に大人でも頭を悩ませるような論文をすらすらと読み解いて、理解していたよ」
「それはすごいですね」
「ああ、そうだろう? ユナはすごい子なんだ」
ココロさまが得意そうになる。
この人、サーリャさまだけじゃなくて、弟妹、全員好きなのだろう。
「将来は賢者、あるいは聖女になるだろうと言われていたよ。北大陸に十番目の最強種がいるという考察はユナによるものだ。色々な情報を統合して、そんな結論に至ったらしい」
「すごいですね、そんなことを考えられるなんて」
「ああ、本当にすごい子だったんだ……」
ココロさまはとても寂しそうな顔をして遠くを見る。
「……ただ、体が弱くてな。ちょくちょく風邪を引いていた」
第二王女のユナさまは体が弱かったという。
一月の半分くらいは寝込んでいて。
元気な時も走ることができるほどの体力はない。
大半をベッドの上で過ごしていたという。
他にすることがなくて、ひたすらに本を読んでいた。
だからこそ知識を蓄えることができたらしい。
「ある日、いつものように……というのは言葉がよくないか。まあ、ユナは風邪を引いた。私達は家族ではあるが、王族だ。うつってはいけないと看病をすることは許されていない。そして……ちゃんとしたお別れをすることができず、ユナは旅立ってしまった」
「そんな……ただの風邪だったのでは?」
「ただの風邪でも、体の弱いユナにとっては重い病なのだ。たまたま体が弱っていて、たまたま重い風邪を引いて、たまたま……そんな悪い偶然が重なり、ユナは耐えることができなかった」
当時のことを思い返しているらしく、ココロさまはわずかに涙を浮かべていた。
ユナさまが亡くなったのは最近ではないだろう。
それなりに昔のことなのだろう。
それでも、今でも鮮明に思い出せるほど妹のことを愛していたのだろう。
「って……あれ? でも、ユナさまが亡くなったなんて話は聞いたことないですが……」
公式に発表されていることではない。
また、サーリャさまやユウキは存命のように語っていた。
「それもまた、王族の悪いところだ」
ココロさまは自嘲気味に語る。
「ユナが亡くなったことを知れば、反体制派が動く。誰のせいでこんなことにと責任を追求して、このようなことを起こさないために、という口実で愚かな策を押し通そうとして……だから、当面は伏せることにした。国が乱れないために、ユナは遠くで療養中ということになっている……サーリャもユウキも知らない」
「そんな……家族にも伝えないなんて」
「国のため、という父の判断だ。悪いだろう?」
「……」
なにも言えない。
国の判断ではあるが、これは、家族の判断でもあるから……やっぱり、なにも言えない。
「私はユナの最期を看取ることもできなかった。幸せにできなかった。だから、サーリャやユウキには……」
「それは違います」
「え」
ユナさまに会ったことはない。
今、初めて知った。
それでも断言できることがある。
「ユナさまが幸せじゃなかったなんてことはないと思います。絶対に」
「しかし……」
「早くに亡くなってしまったとしても、でも、幸せだったと思いますよ。だって、ココロさまにこんなにも愛されているのだから」
「……レイン……」
ココロさまはユナさまを愛していた。
たぶん、ものすごくかわいがっていたと思う。
サーリャさまとユウキも、同じように優しく接していたと思う。
大事な姉と慕っていたはず。
アルガス王も大事にしていたはずだ。
王としての責務を優先していただろうけど……
それでも、サーリャさまやユウキにしているように、愛を注いでいたと思う。
「たくさんの人が愛していたから、そのことをきっと理解していたはずだから……幸せじゃなかった、なんてことはないと思います」
「……ありがとう」
ココロさまは片手で顔を覆い、小さな声でそう呟いた。