作品タイトル不明
527話 甘いが……
「本当に、ソレを持っていくつもりか?」
そんな風に、グレイは厳しい顔で問いかけてきた。
ソレとか、持っていくとか……すごく厳しい言葉だ。
ただ、ユニアとアニに聞こえないように小声を使っている辺り、最低限の配慮はしているのだろう。
「ここは敵地だぜ? 一刻も早く脱出しなくちゃならねえ。それなのに、余計な荷物を増やすつもりか?」
「余計なんかじゃないさ」
ルイエは、もう目を覚ますことはない。
彼女の命は失われていて、二度と動かない。
それでも、こんなところに置いていくことはできない。
きちんと故郷へ連れて帰り、そこでゆっくりと休んでほしい。
「はぁ……」
グレイはため息をこぼす。
呆れているのだろう。
そのため息からは、確かな苛立ちを感じることができた。
「いいか? 勘違いするな」
詰め寄られ、強い声で言われる。
「ここは戦場だ」
「それは……」
「平時だっていうのなら、俺も反対はしねえよ。死んでしまったとしても、せめて遺体は故郷へ戻してやりたい……ああ、そうだな。その通りだ。よくわかるつもりさ」
「……」
「でも、ここは戦場なんだぞ? 敵はたくさんいる。その全員が魔族で、おまけに、どこかに四天王がいるっていう、わりと最悪の状況だ。それなのに、余計な荷物を抱えるなんてこと、歓迎できるわけねえだろうが。そのせいで仲間が怪我をしたらどうする? さらに一人、死体が増えたらどうする? 責任取れるのか?」
「……っ……」
痛いところを突かれてしまい、反論できない。
確かにグレイの言う通りだ。
戦場で感傷に囚われてしまったら、まともに動けなくなるかもしれない。
そのせいで仲間が傷ついてしまうかもしれない。
俺のしていることは、ただの自己満足なのだろう。
あるいは偽善。
そのことは理解していた。
……それでも。
「やっぱり、この子は連れて帰るよ」
「お前なあ……!」
「グレイの言いたいことはわかっているつもりだ。俺が甘いことも、ダメなことも、割り切れていない優柔不断であることも」
「わかってないだろうが。わかってるヤツは、こんなことはしねえよ」
「でもさ」
ルイエを見る。
「こんな小さな女の子を、こんなところに置いていく……そんなことを納得してしまうようになったら、それはそれでダメだと思う」
「……」
「理屈じゃないんだ。俺達は人間だから、感情があるんだ。それを無視してしまうなんてできないし……できたとしても、それはもう、人間って言えるのか?」
納得してほしいとは言わない。
ただ、見逃してほしい。
俺の甘さを見逃してほしい。
「なにかあれば、俺が全力でフォローする。責任は取る」
「……ったく」
グレイは、がしがしと己の頭をかいて……
そして、再びため息をこぼした。
今度は、苛立ちの感情は混じっていない。
ただただ呆れているような、それでいて楽しんでいるような、そんなため息。
「俺は、坊っちゃんの護衛だからな。坊っちゃんを最優先に考える。もちろん、そこの子達のことも考える。ただ、ソレについては面倒見ねえからな? レインがなんとかしてみせろ」
「もちろん」
「甘いヤツだな、お前は」
「幻滅したか……?」
「したよ、おもいきり幻滅だ、マイナスだ」
「うぐ……」
「ただ……」
グレイは小さく笑う。
「嫌いじゃねえ」
マイナスというのは、嘘偽りのない評価なのだろう。
それでも、グレイは嫌いじゃないと言ってくれた。
一定の評価をしてくれた。
なら、それに応えてみせないとな。
絶対にこの子達を無事に連れて帰る。
改めて、そう決意をした。
――――――――――
来た道を戻り、遺跡からの脱出を図る。
敵が慌てている様子はない。
幸いというべきか、敵は、まだ俺達の侵入に気づいていないみたいだ。
「レイン」
「うん?」
慎重に道を進んでいると、隣を歩くユウキが静かに声をかけてきた。
「さっきのレイン、かっこよかったね」
「そうか?」
「うん、すごくかっこいいと思ったよ。僕も真似したいくらいだ」
「なら、そうすればいいんじゃないか?」
「……できたらいいんだけどね」
ユウキは難しい顔に。
「僕は王族だ。時に、一を犠牲にして百を助ける選択をしないといけない」
「……」
「だから、さっきは賛成することができなかったんだ。そして僕は……そのことを後悔していない。グレイの言葉が正しいと、今もそう思っている」
「そっか」
「でも同時に、レインがかっこいいとも思うんだ。一を犠牲にするんじゃなくて、犠牲そのものをゼロにして、その上で百も救ってみせるという姿勢……グレイからしたら甘い、っていうことになるんだろうけど、でも、僕はそんなレインがとてもまぶしく見えるよ」
「俺は……そんな大した人間じゃないさ。ユウキの方が何倍も立派だ」
結局のところ、俺はわがままなのだ。
全体を考えることができず、目の前のことしか見えない。
本当に失敗したら。
仲間が傷ついたら。
その時、俺はどうするのだろう?
なにを思うのだろう?
……少し迷う。
「レイン?」
「……いや、なんでもない。急ごう。敵は、まだ俺達に気づいていないみたいだけど、それも時間の問題だろうから」
「そうだね」
「ざーんねん。実は、気づいているんだよね♪」
「っ!?」
ふと、第三者の声が割り込んできた。