作品タイトル不明
475話 心の治療
「心に入る……ですか?」
どういう意味なのか?
言葉が漠然としすぎていて、色々な想像ができてしまい、意味を特定することができない。
見ると、他のみんなも理解できていない様子で、小首を傾げていた。
ソラとルナも心当たりがないらしく、不思議そうな顔だ。
「レイン達は仕方ないとしても……なぜ、ソラとルナがわからぬのじゃ? 少し前になるが、教えたことがあるじゃろうに」
「えっと……そうだったでしょうか? ソラとしては、記憶にありませんが……」
「うむ、我も記憶にないぞ?」
「幼い頃ではあるが、きちんと教えたじゃろう」
「それは、いつぐらいのことなのだ?」
「二人が立ち上がることができたくらいの時じゃな」
「「覚えていられるか!!」」
ソラとルナが同時にツッコミを入れた。
「むう? 幼い頃からの英才教育をしていたのじゃが、おかしいのう」
「おかしいのは、母上の教育方針なのだ……」
「いくら精霊族でも、自我がまともに形成されていない頃に教えられたことを、覚えていられるわけがありません……」
「うっ……」
娘二人に呆れられた顔をされてしまい、アルさんがたじろいだ。
「ま、まあ、覚えていないのなら、改めて説明しようではないか」
「ごまかしたのだ」
「ごまかしましたね」
「ええいっ、うるさいぞ、娘達よ! 妾とて、たまに失敗くらいするわ! だから、気にするでない。気にしたら負けじゃ」
たらりと汗を流しつつ、アルさんが強引に話を断ち切る。
ソラとルナは不満そうではあったものの……
ひとまず、今はノキアさんの治療についての話を優先させたい。
「アルさん、心に入るということは、どういうことなんですか?」
「うむ。そのままの話じゃ。ちょっとした魔法を使い、ノキアの心の中へ入り、黒の祝福を排除する」
「心に入る魔法なんて、初めて聞きました」
「そのような魔法、本当にあるのか? 母上は、適当なこと言ってないか?」
さきほどのやりとりのせいで、娘達からの信頼低下が著しい。
ジト目を向けられて、アルさんは慌てて言う。
「あ、あるに決まっておるじゃろう! さすがに、この状況でこんなウソは吐かぬ。難しく、使用者が限られる魔法故に、ソラとルナが知らなかっただけじゃ」
「まあ、そういうことなら……」
「納得してあげてもよいぞ?」
「くっ……なぜ、娘達から上から目線で言われなくてはならぬのじゃ」
自業自得だと思います。
……と思ったものの、さすがに口にはしないでおいた。
「とにかく、じゃ。もう少し詳しいことを説明すると……」
黒の祝福のせいで、ノキアさんは記憶を失っているが、消えたわけではないだろうとのこと。
例えるなら、記憶の引き出しに鍵をかけられてしまい、取り出すことができない状態。
そこで、ノキアさんの心の中へ入り、鍵を壊す。
そうすれば、ノキアさんの記憶は元に戻るだろう。
……そんな話をされた。
「もちろん、鍵というのは例えじゃ。ノキアの記憶を縛る、なにかが存在していて……それを打ち壊すことで、記憶障害は回復するはずじゃ」
「なるほど……そのために、心の中へ入って治療をするんですね」
「にゃー……それって、危ないことなの? ノキアさんに問題はないの?」
「ぶっちゃけ、かなり危ない。心に入る方も、ノキアも、どちらも危険がある」
カナデの質問に、アルさんは真面目な顔で答えた。
「まず、ノキアについてじゃが……他人を己の心に招くわけじゃからな。相当な負担がかかる。精神的なショックで、別の問題を引き起こしてしまう可能性もある」
それじゃあ意味がない。
記憶障害を治療したいのに、他の心的外傷を与えることになってしまったら、目も当てられない。
「それと、心に入る方も危険が大きい。心の世界なんて人それぞれじゃから、入るまではどのような形になっておるか、まったくわからぬ。それと、黒の祝福の残滓は凶暴な魔物のように変異してるじゃろうから、それを排除するのはかなりの困難じゃ」
「なあなあ、もしも心の中でえらいひどい傷を負ったら、どうなるん?」
「死ぬな」
「あっさりと!?」
「精神世界故に、現実の肉体が傷つくことはないが……しかし、心は傷つき、死んでしまう。そうなれば、心のない空っぽの人形のできあがりじゃ。死んだも同然になるな」
「……」
なかなかに恐ろしい話だった。
今のところ、リスクしか聞いていないような気がする。
「他に治療方法はないんですか?」
「あるかもしれぬが……妾の知る限り、他の方法は知らぬな。これが最善手じゃ」
アルさんが苦い顔で言う。
きっと、彼女も安全な方法を提示することができないことを、悔しく思っているのだろう。
「あと……もう一つ、悪い報告がある」
「むう、悪い報告なんて、もういらないのだ」
「ですが、聞かないわけにはいきません。母さん、それは?」
「今すぐに、というわけではないが……ノキアの記憶障害は、放っておけばさらに悪化するじゃろう。下手をすれば、常識も言葉も忘れてしまい、廃人のようになってしまう可能性もある」
「そんな……」
最悪の事態を告げられて、ノキアさんが震えた。
そんな彼女を励ますように、フォンさんが彼女の手を握る。
「黒の祝福というのは、それくらいに厄介で、とても質が悪いものなのじゃ。一度、呪いを受けたものは全てを奪われる……そのことを考えると、今はまだ、呪いの進行途中と考えた方がいいじゃろう」
「……」
みんなが暗い顔になり、それぞれにうつむいてしまう。
でも、絶望することはない。
悪い情報ばかり出てきたけれど……
だけど、全てがそういうわけじゃない。
朗報もしっかりとあった。
「でも、今なら治療することができるんですね?」
俺がそう言うと、みんなは、ハッとした様子でこちらを見た。
「危険はあるかもしれない。でも、治療する方法はある。そうですよね、アルさん?」
「うむ。しかし……どちらかというと、心に入る者の方が危険は大きい。未知の世界に飛び込み、黒の祝福の残滓を排除しなければいけないわけじゃからな。一筋縄ではいかぬじゃろうし、成功する確率は五パーセントもあれば良い方じゃろうな」
「それでも」
ニーナを見る。
彼女は涙目になっていて、ノキアさんをじっと見つめていた。
自分のことを思い出してほしい、名前を呼んでほしい、昔のように優しくしてほしい……そんなことを望んでいるかのように見えた。
その姿を見せられて、なにもしないなんて選択肢はない。
危険があったとしても、やるべきことをやるだけだ。
「俺は、その五パーセントに賭けたい」
「……レイン……」
「どれだけ低い確率だろうと、絶対に、ノキアさんを助けてみせます」
「うむっ、よくぞ言った! それでこそ、妾が見込んだ人間じゃ!」
俺の答えを予想していたらしく、アルさんがどこかうれしそうに言う。
「とても困難な話ではあるが……レインならば、うまくやり遂げることができるじゃろう。期待しておるぞ? あぁ、もちろん、妾も最大限のバックアップはするので、安心するがよい」
「はい!」
「やっぱり、そういうところがレインらしいよね。にゃー、私もがんばるよ!」
「せやな、ウチもやったるでー!」
みんなもやる気を出して……
「あ、言っておくが、全員はノキアの心の中に入ることはできぬぞ? 中に入ることができるのは、そうじゃな……せいぜい、四人といったところじゃな」
「えぇ!?」
突然の後出し情報に、俺達は驚きの声を発するのだった。
そういうことは早く言ってくださいよ……