作品タイトル不明
251話 アリオスの一手
「断る」
多少、考えることはしたものの……
それでも最終的に迷いは振り払い、きっぱりと言った。
「あら。私、振られちゃいましたか」
誘いを断られたというのに、モニカの様子は今までと変わりがない。
単なる世間話をしているという感じで、激高するとか敵意を放つとか、そんな素振りは欠片も見せない。
わからないな……
この女、いったい何をしたいんだ?
「わかりました。では、素直に諦めることにしますね」
「ずいぶんと聞き分けがいいんだな?」
「まあ……元々、難しいだろうな、とは思っていたので。うまくいけば儲けもの、という程度に考えていたから、断られても驚きはありませんね。無意味にすがりつくようなこともしません」
不気味なくらい聞き分けがいい。
「ただ、参考までに聞かせてもらえませんか? どうして、私の誘いを断るんですか? やはり、怪しいから? それとも、復讐をするつもりはないから?」
「色々と理由はあるが……強いて挙げるなら、うさんくさいからだよ」
「うさんくさい?」
「あんたはただの騎士じゃない。それ以上のなにか……危うい存在だ。そんなヤツと手を組むなんて、どうかしてる。俺は今が充実していて、破滅思考なんてものじゃないんでね」
「……ふふっ、なるほどなるほど」
モニカがニヤリと楽しそうに笑う。
その笑みは同じ人のものとは思えない。
悪意を凝縮したような、ひどく歪な笑みで……
思わず、ゾクリと背中が震えてしまう。
「やはり、私達の敵はあなたになりそうですね」
私……達?
アリオスのことを含んだ言葉なのか。
それとも……アリオス以外の協力者がいるのか。
俺は再び身構えた。
この女は危険だ。
間違えようのない敵だ。
敵意を向けられていなくても、怒気を向けられていなくても、はっきりと理解できる。
いずれ、俺はこの女と刃を交わすことになるだろう。
……あるいは、それは今かもしれない。
俺はカムイを手にモニカを睨みつける。
いつでも動き出せるように、足に力を込める。
そして……
「ふふっ」
モニカが再び笑う。
「そんなに怖い顔をしないでください。私の誘いを断ったからといって、ここでどうこうするなんてことは考えていませんよ」
「本当か?」
「ええ、本当ですよ。さっきも言ったでしょう? 元々、断られることを想定してのものだった、と。だから、こうなる展開も想定内なので、どうこうする必要はありません」
「……なら、この魔道具についてはどうするつもりだ?」
アリオスから奪取した魔道具。
これを放置しておくことはできないはずだ。
でも、これは俺の生命線だ。
取り返されるわけにはいかない。
どんなことをしても……などと考えるのだけど、またもや意外な返答が返ってくる。
「ああ、それは好きにしてかまいませんよ」
「なんだと?」
「いえね。私としては、魔道具をレインさんに与えるのは反対なんですよ。レインさんはここで潰しておいた方がいい……そう進言したんですけどね」
潰す、という言葉をモニカは軽く使う。
その適当なところが逆に恐ろしい。
「ですが……まあ、私の方にも色々とありまして。そう、本当に色々とあるんですよ。で……色々とあった結果、私からは特に手を出すことはなく、成り行きに任せることにしました。どちらに転んでも、私達としては目的を達成できるので」
その言い方だと、モニカの目的は二つ以上あることになる。
俺が無実を証明しても、証明できず罪人になったとしても、どちらでも構わない。
いったい、どんな目的が隠されているのだろう?
それを暴いておきたいけれど……
しかし、深入りすることは危険だ。
俺の勘が、この女は危険だと告げている。
できることならば、すぐにでもここから撤退したい。
「その言葉、本当なのか?」
「ええ、本当ですよ。疑うのならば、私の方から立ち去りましょうか? もう用は済んだので」
そう言って、モニカは踵を返してこちらに背を向ける。
無防備な姿だ。
今なら一撃で倒せるような気がした。
しかし、それと同時に危険な気配もした。
無防備な姿を晒しているのは罠で……
獲物が食らいついてくるのを待っているようにも見えた。
「ふふっ……では、ごきげんよう。また会いましょう」
「できることなら、二度と会いたくないな」
「つれないですね」
軽く振り返り、拗ねたような顔を見せて……
それから、モニカはどこかへ歩いて消えた。
モニカの姿が消えてからもしばらく警戒を続けるものの、何も起きる様子はない。
言葉通り、何もしていない、というわけだ。
「モニカ……か。また厄介なヤツが出てきたな」
嵐の予感がした。
――――――――――
モニカは暗闇に包まれた路地を歩いて……
しばらくしたところで足を止めた。
膝をついて頭を下げる。
すると、その先の影が盛り上がる。
大きく膨れ上がり……やがて、人の形を取る。
影から現れた存在は、リースと呼ばれている魔族だった。
モニカが真に仕える相手だ。
「ごくろうさまでした」
リースは優しい声でモニカに労いの言葉をかけた。
「残念ながら、レイン・シュラウドを仲間にすることは叶いませんでした。事前に指示されていた通り、魔道具はそのまま……」
「ああ、報告はいりませんよ。私も見ていましたからね」
「そうでしたか。失礼しました」
「しかし……彼はモニカの誘いを断りましたか。うーん、残念ですね。イリスさんにいい土産ができると思ったのですが」
「最初に話していましたが、あの男は勇者と違い、欲というものがほとんどありません。そのような人間を引き込むことは難しく……」
「ああ、責めているわけではありませんからね。誤解なさらず」
リースは月夜を眺めながら、笑みを浮かべる。
「レイン・シュラウドが再び返り咲いたとしても、そのまま堕ちたとしても……どちらの場合でも、私の目的は叶います。レイン・シュラウドが堕ちた場合は、邪魔になるであろう人間を排除することができる。そうでない場合は……代わりに、誰が堕ちるのか? ふふっ、とても楽しみですね」
深い夜の闇に、リースの笑い声が響いた。
――――――――――
魔道具を奪取して、無事にサーリャさまのところへ戻ることができた。
俺は魔道具に詳しくないが、サーリャさまは、一時専門の勉強をしていたらしく、調査が可能らしい。
ただ、時間がかかると言われた。
それほどまでに魔道具は複雑な機構をしているらしい。
三日。
それが、魔道具の調査にかかる時間だ。
今は一分一秒でも時間が惜しい。
それなのに、三日の時間を割かないといけないなんて……
もどかしい思いになるけれど、でも、どうしようもない。
今はひたすらに耐えるしかない。
俺にできることは、サーリャさまの助手となり、少しでも作業の速度を上げることだけだ。
そうして……二日が過ぎた。
魔道具の解析まであと一日。
それで全てが明らかになる。
そんな時、事態が急転した。
「レインさま、大変ですっ!」
夜食の買い出しと同時に、街の偵察を終えて隠れ家に戻ると、サーリャさまが焦りの表情を浮かべていた。
俺を見るなり、勢い込んで駆けてくる。
「ど、どうしたんですか? そんなに慌てて」
「さきほど、近くを騎士達が通りかかり……このようなものを配っていました」
サーリャさまからチラシを受け取る。
そこには、こう書かれていた。
『国家に仇なす最強種達を処刑する』