作品タイトル不明
106話 ルナの料理教室
「にゃ……ふぅ……くぅ……くぅ……」
「すぅ……すぅ……んぅ、んんんぅ……」
リビングの端にあるソファーで、カナデとタニアが、互いにもたれかかるようにして昼寝をしていた。
カナデはにへら、と笑い、ちょっとよだれが垂れていた。
待望の魚を食べる夢を見ているのかもしれない。
タニアは、ちょっと寝心地が悪そうな感じでうなされていた。
時折、カナデの尻尾が顔に当たっているから、それが気になるのかもしれない。
穏やかな時間が流れる。
こういうのも悪くないな。
今は、依頼は豊富にあるし、きちんと達成することができる。
収入は安定しているし、貯蓄もそれなりにあるし……
今日みたいな休日を増やしていこう。
動いてばかりだと疲れるからな。
こういう日は大事だ。
「……レイン、レイン」
「うん? ニーナか。どうしたんだ」
ニーナが、とてとてと歩み寄ってきた。
「ティナ……知らない?」
「掃除をする、って言ってたけど、そこら辺にいないか?」
「そっか……」
「ティナに何か用事が?」
「……料理、教えてもらいたいなぁ……って」
「料理か……それならティナが一番だけど、忙しそうにしてたからなぁ」
「そっか……残念。レインは……忙しい?」
「俺は平気だけど、人に教えられるほど上手じゃないからな……」
「ならば、その役目、我に任せるがよいっ!」
「わっ」
ひょこ、と生えるようにルナが現れて、ニーナがぴょんと跳ねた。
ルナのことだから、近くで話を聞いていて、タイミングを計っていたのだろう。
そういうこと、好きそうだからな。
「ルナ……料理、教えてくれるの……?」
「うむ。我に任せるがよい。こう見えて、料理は得意なのだぞ」
「そういえば、この前の料理、すごいおいしかったよな」
「うむ、うむうむうむ! 我にかかれば、あれくらいちゃちゃいのさいなのだ!」
ちゃちゃいのさい?
ちょちょいのちょい、と言いたいのだろうか?
本人が間違いに気がついていないみたいなので、そっとしておくことにした。
「そろそろ昼だし、ごはんを作るついでに教えるのだ!」
「あり、がとう……」
「うむ、構わないのだ! ニーナは妹みたいでかわいいから、オッケーなのだ!」
二人がキッチンに移動した。
気になるので、俺も二人に続いた。
「ニーナは、何か作りたいものはあるか?」
「ん、っと……レインが、喜びそうなもの……」
「む? レインが? それはつまり、レインのために料理を覚えたいということなのか?」
「……ん。いつも、お世話になってる……その、お礼」
そんなことを考えていたのか。
俺だって、ニーナには色々と助けられている。
別に気にすることはないんだけど……
でも、ニーナの気持ちは純粋にうれしい。
やめろ、とか、そんなこといいよ、と言うのは無粋な気がして……
そのまま二人を見守ることにした。
「ふむふむ。ちなみに、ニーナは料理の経験はどれくらいなのだ? 簡単なものは作れるか?」
「……うぅ……作れない……料理、初めて……」
「落ち込むでないぞ。誰でも、最初は初めてなのだ。我に任せるがいい!」
「わたし、でも……大丈夫?」
「うむっ。我に任せれば、なんでも大丈夫だぞ。ふはははっ!」
悪の首領みたいな笑い声をあげるルナだけど……
どこか、頼りになるような気がした。
「料理初心者となると……ふむ。手堅く、カレーといくか」
「……カレー……」
「スパイスの調合が、ちと面倒だが……まあ、それは家にあるものを使えばいいぞ。ない時は買えばいい。あとは、材料を切って煮込むだけだから、簡単なのだ」
「おぉー……」
「まずは、準備をするのだ。ふむ……ちょっと待つがいい」
一度、ルナがキッチンを離れた。
ややあって、小さな踏み台とエプロンを手に戻ってきた。
「ニーナは、このエプロンをつけるといいぞ」
「ありがと……」
「あと、この踏み台を使うといいのだ。ニーナの背だと、まだ届かないからな」
細かいところまで気をつかっているな。
俺だったら、ニーナの背の高さまでは気がついていないかもしれない。
ルナって、普段はあんなんだけど……
意外と面倒見がいいのだろうか?
もしも、ソラ達が三姉妹だったら、良い姉になっていたかもしれない。
「まずは野菜を切るのだ」
「……野菜」
「野菜を持つ手は、にゃんこの手だぞ?」
「カナデ?」
「む? いや、カナデではなくて……まあいいか。えっと、とにかく、手を丸くして、刃が当たらないようにするのだ」
「……ん。わかった……こう?」
「うむ、そんな感じで問題ないぞ。それで切ってみるといい」
「……えいっ」
包丁を上段からおもいきり振り下ろす……
なんていうテンプレはしないで、初めてのわりに意外と手際よく、野菜をカットしていく。
手付きはやや怪しいけれど、時間をかけてもしっかりと作業をしていく。
丁寧な作業で、初めてとは思えないくらい、綺麗に野菜がカットされた。
「おーっ、ニーナ、すごいのだ。最初でこれだけ綺麗に切れるなんて、なかなかできることじゃないぞ」
「ホント……?」
「うむっ、さすが、我の弟子なのだ! えらいえらい」
「……えへへ」
いつの間にか、ニーナがルナの弟子にされていた。
まあ、本人はうれしそうにしているから、良しとしておこう。
その後も、ルナの料理教室は続く。
ニーナは熱心に教わり、コツコツとカレーを作っていく。
次第に形になってきて……
完成が楽しみになってきた。
「おや? 何をしているのですか?」
ひょこ、っとソラが顔を出した。
「ルナがニーナに料理を教えているんだ」
「料理ですか」
なぜか、ソラの目がキランと光ったような気がした。
ソラが前に出て、腕まくりをする。
その様子に気がついたルナが、不審そうな……というよりは、どこか怯えた様子で問いかける。
「……我が姉よ。一応、聞くが、何をしているのだ?」
「ルナがニーナのためにがんばっているのですから、ソラも手伝おうと思いまして」
「やめてくださいっ!!!」
普段の喋り方も忘れて、ルナが頭を下げるような勢いで懇願した。
な、なんだ?
ソラに手伝ってほしくないみたいだけど……
どうして、そこまで拒否するんだ?
「なぜダメなのですか? ルナとニーナのために、というソラの心を無下にするのですか」
「そのようなことはないが……その……ソラは、料理が下手だろう? いや、下手というレベルではない……なんていえばいいか、あれは、言葉にしづらいが……とにかく、とんでもないだろう? だから、やめてくれ」
そういえば、以前、そんな話をしていたっけ。
その時は、話半分に聞き流していたけれど……
……そんなに、ソラの料理の腕はひどいのだろうか?
ルナの慌てっぷりを見る限り、相当なものらしいが……
「むっ……そのようなことを言われると、我慢できませんね。ここは一つ、ルナの誤った認識を正す必要がありますね。ルナ、私のスペースも空けてください」
「あああぁ……」
ソラも料理教室に参戦した。
それを見て、ルナが絶望的な表情を浮かべる。
以前、魔族と戦った時でも、あんな顔はしなかったんだけど……
いったい、ソラの料理の腕はどんなものなんだ?
逆に興味が湧いてきた。
「ふふんっ。とてもとてもおいしいカレーを作ることによって、ソラの評価を改めさせてあげますよ」
ソラは得意げに包丁を持ち……
トントントン、とリズミカルにまな板を叩き、野菜を手際よくカットしていく。
おや?
ルナがひどいひどい言うから、とんでもないものを予想していたんだけど……
そうでもない。
というか、ルナよりも手際が良いんじゃないか?
「我が主よ……見かけに騙されてはいけないぞ。ソラのやばいところは、これからなのだ」
「これから?」
「我は、ニーナにカレーの作り方を教えないといけないから、ソラを見張ることはできない。できれば、レインが止めてやってくれ」
よくわからない。
一体、何が起きるというのだろう?
と、その時だった。
ソラは全ての材料をカットして、炒めて、水を入れて煮込み始めたのだけど……
「んー……今日は、ピリ辛でいきましょう。よいしょ、っと」
スパイスを山のようにドバーっと入れた。
一瞬、何が起きたかわからなくて、呆然としてしまう。
「……いやいやいやっ!?」
「どうしたのですか、レイン?」
「今、ありえない量のスパイスを入れたと思うんだけど……」
「今日は、ピリ辛にしようと思うので」
「ピリ辛ってレベルじゃないような……それだと、激辛になるぞ?」
「そうですか? なら、砂糖を入れて甘めにしましょう」
「え?」
止める間もなく、ソラは砂糖を入れてしまう。
ドバー、っという音がするくらい、大量に投入してしまう。
「んー……色味が足りないですね。塩を入れてみましょう」
なんで塩……?
塩を入れても色は変わらないぞ……?
って、また大量に投入しているし……
恐れおののいていると、そっと、ルナが語りかけてくる。
「……我が主よ、理解したか? これが、ソラの料理なのだ。手際は良いのだけど……あれこれと勝手なアレンジを施して、とんでもない料理を作るのだ」
「ソラが作った料理は、どうすればいいんだ……?」
「がんばるのだ♪」
「……がんばって、レイン」
いつの間にか、ニーナもルナと結託していた。
薄情だ。
俺達、仲間なのに……
「んー……今度は、酸味が足りないような気がしてきました。レモン果汁をプラスしましょう」
俺達が恐れおののいている間に、ソラは料理を続けていた。
というか……もはや、料理と呼べるのだろうか?
実験……?
俺、アレを食べないといけないのか……
……死ぬかもしれないな。
ソラには申し訳ないけど、それが素直な感想だった。