軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幕間十五 ヘルムート兄さんの婿入り。

「家を出てから苦節五年、ようやく結婚できるな」

「パウル兄さん、俺も含めて笑えない」

とある日の夜、今日はエーリッヒ兄さんの案内でブラント邸において夕食会が開かれていた。

メンバーは、俺達いつもの五人に、エーリッヒ兄さんを含めたブラント家の面々。

そして、今度結婚する事になった三男のパウル兄さんが婚約者と共に。

あと、四男のヘルムート兄さんも参加していた。

なお、ヘルムート兄さんも近々婚約をする予定だそうだ。

お相手は、パウル兄さんと同じくエドガー軍務卿が紹介をする予定らしい。

近々、お見合いを行うようだ。

このお見合いの特徴としては、『今回は、縁が無かったという事で……』という結論にならない点にある。

ヘルムート兄さんが、貴族としての未来を投げ打つ覚悟があるのなら別であろうが。

「寄り子で、娘さんしかいない騎士爵家があるんだと」

「とんでもない好条件だな」

「その分、ヴェルが悲惨な目に遭っているからな」

屋敷を買うだけの予定が、ホーエンハイム枢機卿と懇意のインチキ不動産屋のせいで、何軒もの悪霊付き瑕疵物件の浄化をさせられたり。

手に入れた屋敷も、怖い八つ裂きメイドの幽霊が標準装備されていたり。

一瞬、可愛いメイド付きかと思って心の中で喜んだ、俺の純情を返して欲しいくらいだ。

念のために言っておくが、俺は別にメイドに手を出そうとかそういう事を考えているわけでなあい。

働いているメイドが可愛ければ、それは心を潤す一服の清涼剤となると考えただけだ。

「教会でも手に負えない物件ばかり、なぜに俺に……」

「魔力が多いのも大変だね」

俺は、エーリッヒ兄さんから慰められていた。

例の『血塗れ王弟屋敷』の浄化に、それ以降舞い込むようになった王都各地にある悪霊付き物件の浄霊にと。

魔法の修練にはなるが、苦労はしている自覚はあった。

そのせいで、俺がいきなり上級貴族街に屋敷を構えても批判はされず、逆に浄化の腕前で評価は上がっているそうだが。

上級貴族からすると、今まで悪霊のせいで住めなかったり購入できなかった屋敷が使えるようになるのだ。

それを行った、俺を役に立つ奴だと思っているのであろう。

ある意味、ホーエンハイム枢機卿の思惑通りでもあったのだ。

「挙句に、あのヘルター公爵か……」

「あの、エーリッヒ兄さんもやっぱり?」

「知っている。あの人は、悪い意味で有名だったから」

あの、かなり考えが足りなさそうな公爵様の件は、どうやら陛下がその取り扱いに疲れて、暴走する機会を待っていたらしい。

以前から、主にお金と女性の問題が多かった人だけに、すぐに俺をターゲットにして、壮絶に自爆したというのが真相であったようだ。

あの妙に多い謝礼金は、ヘルター公爵家が潰れて国家財政的に助かったお礼もあるようだ。

俺への謝礼は一度で済むし、ヘルター公爵家を潰しても新しい公爵家は立ち上げられず、長期的に見ると国家財政的には助かっている。

公爵への年金は、年に二千万セントである。

あのヘルター公爵に、もう二度と毎年二千万セントを支払わないで済むと考えると、俺に五千万セントを渡すくらい安く思えたのかもしれない。

加えて、十数家のヘルター公爵家の寄り子達が、取り潰しを間逃れるために多額の罰金も支払っていたのだし。

あとは、一応は迷惑料と、あまり真相を言いふらさないで欲しいという口止め料的な理由もあるのであろう。

「そういえば、バルシュミーデ男爵家も潰されたんだよね」

追加で、ヘルター公爵の腰巾着であった、バルシュミーデ男爵以下三家も取り潰されている。

最初はオマケの類かと思われたのだが、実はバルシュミーデ男爵は碌でもない事を考えていたようだ。

次第に増える公爵家への借金を減らすために、俺から大金をふんだくる計画であったらしい。

決闘に俺が負け。

陛下が認めた婚約者を手放すのは不忠ですよねと言って、その代わりに身代金ではないが大金をふんだくる。

肝心のヘルター公爵であったが、あの人は女好きでもあまり一定の個人に執着はしないらしい。

説得は容易なはずだと、後の取調べで話していたそうだ。

『エリーゼ嬢との交換で。纏まった金額と、残り二人の婚約者でも差し出させれば良いかなと……』

賭けの胴元くらいで、あの公爵家の膨大な借金が消えるとは思わなかったのだが、そういう意図があったようだ。

勝手に交換材料候補にされたイーナとルイーゼはとても怒っていたし、そもそも二人はまだ未成年なのでブライヒレーダー辺境伯の陪臣の娘のままだ。

地方の有力貴族の係累に手を出すなんて、そこが自称知性派であるバルシュミーデ男爵の限界だったのであろう。

「そのヴェルの多大な苦労のおかげで、俺達は結婚できるか」

「その代わりに、エドガー軍務卿なんてお偉いさんに目を付けられたわけだ」

俺のせいで、順調にエドガー軍務卿に囲われているようであった。

「警備隊勤務だからな。一応は、軍人の下っ端ではあるわけだけど」

「普通に考えると、俺とパウル兄貴なんて死ぬまで名前すら覚えて貰えないと思うけど」

王国全土に、騎士爵家だけで二千家以上も存在しているので、大物貴族が全員を覚えているはずもなかった。

「三男以下になると、よほどコネと才能が無いとな」

何とか娘しかいない貴族家に婿入りするか、子が居ない貴族家に上手く養子に入るか。

この時点で、かなり奇跡に近くその確率は低い。

続けて、大物貴族の陪臣家に婿入りするか。

これも普通なら、主人の次男以下を貰うか、陪臣同士で融通し合うので難しい。

最後に、同じ境遇の次女以下と結婚し、人生をかけて出世を目指すか。

大抵は駄目で、子供の代で平民に落ちてしまうそうだ。

もう最初から諦めて、平民の娘と結婚してしまう人もいる。

利点は、無駄に見栄を張る必要が無いので、あまりお金を使わないで済むという点にある。

結婚後には、豪農や商人などを目指す人向けらしい。

あとは、意地でも貴族に拘って結婚しないで人生を終えてしまう人。

実は、少なからず存在しているようだ。

パウル兄さんは、こうならないで済んで胸を撫で下ろしていた。

「俺なんて、名前が駄目だから余計に……」

「この国で一番沢山いる、ヘルムートさんだからな」

四男のヘルムート兄さんであったが、彼の名はこの国の名前を冠している。

不敬な気もしたが、実は子供にヘルムートと付ける親は多い。

平民でも、貴族でも。

その数は、圧倒的だ。

実際、パウル兄さんとヘルムート兄さんの部下にも、数名存在しているそうだ。

最近では口の悪い人が、多過ぎて『平凡の証』とまで言っている名前であった。

勿論、各分野で業績を残している人も多かったのだが、歴史の本を見るとややこしい事この上なかった。

皆ヘルムートさんなので、結局ミドルネームや姓で区別する羽目になっていたのだから。

「名前負けだよな。親父の事だから、名前のストックが切れたから付けたとか言いそうだけど」

「あの、俺のヴェンデリンは?」

「わからん。あの親父の命名基準ってのが、そもそも不明だし」

最近では良く話をするようになった上二人の兄達に、エーリッヒ兄さんも含めて四人で一斉に溜息をつく。

あんな僻地を継ぐのは嫌だが、それでもバウマイスター本家の当主になれるクルト兄さんが羨ましくもあり。

上の兄さん達の感情は、色々と複雑であるらしい。

「でも、もう戻りたくないのでは?」

「そうだな」

「あんな田舎暮らしとか、もう無理」

エーリッヒ兄さんの言う通りで、確かに上の兄達は王都で安月給の警備隊勤務とはいえ、あの薄い塩スープとボソボソの黒パンだけの生活は嫌なのだそうだ。

今はさすがに違うと思うが、それでもあの何の娯楽も無い不便な田舎は嫌なのであろう。

「非番には、郊外の森で部下達と狩りも出来るし」

「狩りくらいだな。あの実家の恩恵は」

実家があの僻地なので、バウマイスターの男子には弓を上手く使える者が多い。

上の兄達も、非番の日にピクニックも兼ねて王都近郊の森で狩りなどをするそうだ。

空気は美味いし、食料を得られて、売ればお金になる素材が手に入る事もある。

生まれのおかげで狩りは苦にならないし、無駄なお金も使わないで済む。

こんなに良い趣味はないそうだ。

「今度、ヴェルも一緒に行くか?」

「良いですね。エーリッヒ兄さんも行きましょうよ」

「そうだね。四人で、狩りにでも勤しもうか」

「なあ、ヴェル」

兄弟四人で狩りの相談をしていると、そこにエルが加わってくる。

「何だ? エル」

「いつの間にか、家を出たバウマイスター家男子の派閥が出来ているぞ」

「人は、三人居ると派閥が出来るから」

「それは良く聞くけどな」

とは言っても、実家がこちらを放置しているので、こちらは出て行った者同士で固まるしかないわけだ。

確信犯的に、エーリッヒ兄さんの祝儀を出さないような手まで使う実家なので、またおかしな事をしないか警戒する必要もあった。

「普通は年長者が纏めるんだけど、うちは逆」

「エーリッヒは頭が良いし、ヴェルは魔法が使えるから」

家を継げない悲哀を共に経験しているせいで、家を出た兄弟同士は集まる傾向が強い。

ただ、運良く他の兄弟が婿入りなどで貴族になれたり、出世したりすると、その関係が呆気なく崩壊してしまう事も多いようであったが。

「俺達は、並の才能しかないからな」

とは言うが、警備隊で部下達を統率しているので、先の諸侯軍でも無難に兵を率いていたと聞いている。

軍で中隊長くらいなら、普通に勤まりそうではあった。

「うちは、クルト兄さんが一番微妙だと思う」

「従士長の家に婿に入ったヘルマン兄さんは、バウマイスター家では、一番剣に優れていたからな」

兄弟の中で一番体が大きくて見た目は少し怖いのだが、実際に話すと気さくで、領内の警備では上手く領民達を率いているそうだ。

自慢ではないが、俺はほとんど話をした事が無いので良く知らなかったのだが。

「クルト兄さんは、どうなのです?」

「最近、父上が衰えたらしくて独自に判断している節はあるな。家を出る前は、父上の言う事を良く聞く真面目な……」

「普通の人だな。うちの兄弟の中では……」

俺からの質問に、パウル兄さんとヘルムート兄さんがそう答えていた。

一番駄目でも、長男なので跡を継げる。

家の秩序の事を考えると、これは仕方が無いのであろう。

それに、領内の統治が駄目になるほど無能というわけでもないのだ。

平凡の平凡。

これが、上の兄さん達に共通したクルト兄さんへの評価であった。

「王都在住バウマイスター一族閥ねぇ……」

「そういえば、王都にもバウマイスター家があると聞いていますけど」

「あるにはあるよ」

「絶縁状態だけどな」

「なぜです?」

上の兄達の話によると、実家であるバウマイスター本家の起こりは、王都バウマイスター家のいらない次男が、山脈を越えて土地を切り開き家祖となったという事であった。

「領民であるスラム住民の選定と送り出しに、当面の資金援助にと」

「大分世話になったらしいけどな」

「ある程度軌道に乗ったら、こっちが連絡を絶ったらしいけど」

酷い話ではあるが、上の兄さん達も王都でその話は知ったそうだ。

パウル兄さんが、警備隊でのパトロール任務中にたまたま屋敷前を通りかかり、ついでなので挨拶に向かうと、えらくおざなりに対応されてその理由を聞かされたらしい。

「援助した分を、返せと言われるのが怖かったんだろうな」

「酷くて、何も言えない……。というか、返せよ」

「普通は、そう思うよな?」

うちの一族には、何かそういう駄目な血でも流れているのであろうか?

「ヴェルが有名になっても、顔さえ出さないからな。よほど、恨み真髄なのかも」

「また実家のせいで迷惑を受けるんですね」

「親戚だから優遇しろとか。金を返せと言って来ない分、常識的な人なんだと思う。俺も少し話をしただけだけど、そんな風に感じた」

その後は、話題をパウル兄さんの結婚に戻して食事会は楽しいままで幕を閉じる。

それと三日後に、エドガー軍務卿の紹介でヘルムート兄さんの見合いが行われるらしい。

断られる心配はまず無いそうで、見合いというよりは顔合わせだったのだが、その席になぜか俺達も呼ばれる事になってしまう。

「エドガー軍務卿が、見合いの後で会いたいそうだ」

「俺も、まだ二~三回しか会った事が無いですよ」

一回目は、骨竜を倒した謁見の席で。

二回目は、グレードグランド討伐後の謁見の席で。

三回目は、確か誕生パーティーでプレゼントのお礼を言ったような記憶が……。

そのほとんどが、陛下との謁見の席で一緒になっただけだ。

というか、あまり話をした記憶すら無かった。

見た目は五十歳前後で、常に勲章が沢山付いた儀礼用の衣装に身を包んだ。

ブラウン色の角刈り短髪とカイゼル髭が特徴の、いかにも軍人と言った風貌の人であったのだが。

「俺なんて、直接に顔を合わせるのは初めてなんだけど……」

そんなわけで、俺は貴族同士の見合いの席に顔を出す事になってしまう。

ヘルムート兄さんのお見合いなので、保護者扱いなのかは微妙な線ではあったのだが。

「えっ! この家となのか!」

三日後、ヘルムート兄さんのお見合いが予定通りに行われる事となった。

会場は、エドガー軍務卿の家臣が手紙を持参したのでそちらへと向かう事にする。

メンバーは、いつもの俺達五人に。

護衛役のエルはともかく、俺が三人も婚約者を連れて行って良いものか悩んだのだが、エドガー軍務卿の家臣の人は『是非に』と言っていた。

何でも、側室まで紹介する人は、相手に懐を開いていると思われるらしい。

ヘルムート兄さんの見合い相手に、良い印象を与えるそうだ。

そして肝心の見合い相手であったが、何とあの食事会で話が出た王都のバウマイスター家で。

場所も、以前にパウル兄さんが尋ねた屋敷と同じであった。

実際に一回行った事があるパウル兄さんが驚いているので、事実なのであろう。

「絶縁状態の縁戚と婚姻かよ……」

縁戚関係にある家同士の婚約は、別におかしい事ではない。

四代も前に別れているから、血縁的に見ると相当に離れてしまっているし、貴族で従兄妹同士の婚約などは別に珍しい事でもなかったからだ。

むしろ、絶縁関係にある方が問題であったのだ。

「我が主は、寄り子が縁戚と仲違いしている情況を憂慮されています」

王都のバウマイスター家は、エドガー軍務卿の寄り子なのだそうだ。

正確には、法衣侯爵家で代々王国軍の重鎮を輩出しているエドガー軍務卿の実家シュタイベルト家の寄り子に、ダウム男爵家という同じく法衣男爵家があり、その寄り子に王都バウマイスター家があるそうだ。

ダウム男爵家は、軍関連の仕事を世襲する法衣男爵家であったが、その職とは王都周辺にある森や河川などの管理であった。

軍の仕事とはかけ離れているような気もするが、普段は人がいない場所なので流民などが勝手に入り込んだり、人の住む場所で犯罪を犯した人間が逃げ込んだり、密猟者が出没したりと。

その発見と、排除や捕縛なども仕事に入っている。

たまに荒事もあるので、仕事が軍の管轄に入っているそうだ。

滅多には無いが、山賊団などの討伐なども請け負うらしい。

「皆様方のご実家と仲違いをした次の代に、王都のバウマイスター家はこの職を世襲するようになりました」

仕事は、王都近郊にある水源地も兼ねた森林地帯の管理であった。

スラムの住民が住み着こうとしたり、密猟を試みるので、それなりに仕事は忙しいようだ。

「当代の当主様は仕事ぶりも堅実で、ダウム男爵様の評価も宜しいのですが……」

この家も、子供が娘しか居ないのだそうだ。

そこで、ダウム男爵に婿養子の斡旋を依頼していたらしい。

「手頃な御相手を探している所に、ちょうどヘルムート様のお話が出まして……」

エドガー軍務卿が、常にいち騎士爵家の家庭事情などを把握している暇など無いはず。

たまたま俺の兄達が警備隊に居る事を知り、何とか縁を結ぼうと模索した結果、王都バウマイスター家への婿入り話を持ち込んだのであろう。

「(なら、先にパウル兄さんに話を持って行けよ……)」

俺は、エドガー軍務卿の間の悪さなのか、わざとやっているのか気になる部分を感じていた。

こういう時に、エーリッヒ兄さんの助言が欲しいと思う。

今日は普通に仕事なので、今日は付いて来て欲しいとは言えなかったのだ。

「パウル殿には、我が主が折を見て騎士爵家を任せるものかと」

王国の財政状況から考えても、そう簡単に貴族の枠は増やせない。

だが、貴族の子弟達に、貴族家の数が飽和状態だと知られるのは困る。

希望が無くなったと、現存当主の暗殺にでも出られると困るからだ。

なので、大物貴族達や陛下との協議は必要であったが、ある程度は余剰枠が存在していた。

その余剰枠を増やすため、時折りあまりに酷い貴族は改易されるわけだが。

あとは、未開地の開発成功などで貴族家が増える事もあった。

うちの実家も、その一例である。

「我が主は、パウル様とヘルムート様の才能に期待しておりますれば」

エドガー軍務卿の家臣の言葉に、上の兄達は苦笑していた。

彼らとて、自分の才能くらいは理解している。

貴族一家の維持なら出来るが、他に極端な才能など無い事を。

俺だって、魔法には自信があるが貴族としての才能など未知数なのだから。

「では、入りましょうか? 当主様もお待ちです」

エドガー軍務卿の家臣に促されてバウマイスター邸に入ると、玄関では三十代半ばの少し父に似た男性と、同年代のその奥さんらしき人に。

十八歳くらいの可愛い娘さんが出迎えてくれた。

「ヴィレム・ハンス・フォン・バウマイスターです。こちらが、妻のコリンナと娘のフリーデです」

「(似ているのか?)」

四代前に別れた家なので、容姿などはあまり似ていないとは思う。

共通しているのは、ダークブラウン色の髪くらいであろうか?

「ヘルムート・フォン・ベンノ・バウマイスターです」

ヘルムート兄さんを皮切りに順番に自己紹介を行い、それが終ると屋敷の中に案内されてリビングに通される。

メイドが全員分のお茶を淹れてくれてから、王都バウマイスター家の当主ヴィレムさんが話を始める。

「パウル殿と初めて会った時に少しつれない対応をしてしまったが、別にこちらとしては含む物は無いのだよ。あれは、先祖からの申し送り事項でね」

「申し送り事項ですか?」

散々に援助して自立を助けたのに、向こうから勝手に縁を切られてしまった。

そこで、『いつか子孫とでも顔を合わせたら、文句を言っておけ!』という、四代前からの申し送り事項があったらしい。

「運良く、三代前の曽祖父が森林警備の世襲職を得ましてね。多分、二度と顔を合わせる事も無いのだし、恨み続けても仕方がないと」

「(金持ち喧嘩せずか……)」

確かに、同じ騎士爵家でも出て来るお茶とお茶菓子にえらく差があるような気がする。

というか、うちの実家では茶菓子など出ない。

薄いマテ茶のみであった。

「このお茶、森林マテ茶ですよね? 甘みが違いますし」

「さすがは、ホーエンハイム家のお嬢様。良くおわかりですね」

エリーゼは、出されたお茶が高級品である事にすぐに気が付いていた。

さすがは、お茶を淹れる事に関しては名人級の実力を持つエリーゼである。

「森林警護の役得ですから、無料ですけどね」

決められたエリアの森林を、不法侵入者や密猟者の手から守る。

最下級である騎士爵の者が多数任じられていたが、当たりを引くと大変に美味しい役職であるらしい。

「我が家が守る森林の奥に、森林マテ茶の木の自生地があるのです」

森林警護の役職をつつがなく行えば、ある程度その森林から産出する物を自由に得られる権利があったのだ。

あとは、人数を決めて入森料を狩人達に課したりも可能で。

爵位と役職以上に豊かな者が多かった。

「自生地を減らさない程度に収穫を行うと、副収入にも自分で飲んで楽しむ事も可能です」

「羨ましいですね。森林マテ茶の葉は」

この世界において、一番普及しているお茶は間違いなくこのマテ茶であった。

見た目は、前世のお茶の木と葉に良く似ている。

葉の色が、少し黄色がかっているくらいだ。

値段は本当にピンキリで、同じ重さの銀やそれ以上で取り引きされる王侯貴族専用の購入品に、庶民が飲む茎なども利用した安い茶葉と。

両方が存在していた。

そして高級品の方であったが、実はこのマテ茶の木。

元は自生している植物で、自然環境が困難な場所に生えている葉ほど甘くなるという性質を持っている。

その甘さも、砂糖のようなハッキリとした甘さではなく。

ほんのりと上品な甘さで、後味が残らない物ほど高級品とされていた。

最高級品は、北方アーカート神聖帝国の、標高八千メートル級の山脈頂上付近に自生している物。

これは、同じ重さの銀よりも値段が高かった。

環境が苛酷で三年に一度しか葉が採れないので、どうしても高くなってしまうし、採りに行くのに命がけなのもある。

そして次に貴重なのは、この原生林などに生えているマテ茶の木であろう。

葉の質が良いのだが、良いので野生動物に食べられてしまう事が多く手に入り難かったのだ。

「お茶の木の自生地警戒で、別に人を雇っているくらいですから」

売れば儲かるし、偉い人への贈り物にも最適なのであろう。

なるほど、役得というやつであった。

放置しておくと野生動物に食べられてしまう自然の高級茶葉を、森林警備のついでに保護管理の名目で採集する。

そんなに沢山採れるわけでもないし、王都に近いので警備は忙しい方の森に入る。

実際ヴィレムさんも、今日は見合いなので戻っていたが、普段は休息日以外は森の中にある管理小屋で生活をしているそうだ。

「一族の男手が欲しいのですよ。この屋敷と警備小屋と、交代で男が居た方が良いですし」

王都の治安は良い方ではあったが、スラムも次第に広がっているし、警備関連の仕事なので恨んでいる人がいるかもしれない。

なので、出来るだけ早く一人娘に婿を入れたいのだと、ヴィレムさんは説明していた。

「そういうお話でしたら。私は、弟達ほど有能ではないですけど」

「ヘルムート殿は警備隊で部下を指揮しているし、うちの連中を上手く使って、真面目に根気良くやってくれれば良いのさ」

それなりに教育を受けているとはいえ、いくら貴族でもそう有能な人ばかりと言うわけでもない。

普通でも、真面目にノウハウに従って気長に勤める。

職務は森林警護なので、そのくらいで丁度良いのだそうだ。

何しろ、基本が何も起こらなければ御の字の、事件を待つのがお仕事なのだから。

「初代バウマイスター家から十二代。そこに居る、ヴェンデリン殿のような魔法使いなんて初めてですからな。うちは、本当に平凡な騎士爵家ですから」

どうせ最初から決まっていたのだが、お見合いは無事に終了する。

ヘルムート兄さんとお嫁さんのフリーデさんは、『あとは、若い人達だけで……』という言葉と共にデートに出かけていたが、思うに俺達の方が圧倒的に若かったりする。

『(お前、本当にどうでも良い事を気にするよな)』と、エルに指摘されてしまったが。

「ヴェンデリン殿は一番若いのですが、一番爵位も上なわけで」

式の日取りなどを相談していると、フリーデさん曰く。

俺が、王都在住バウマイスター家一門のトップなのだそうだ。

「我が王都バウマイスター家は、ヘルムート殿が婿入りして、事実上男爵殿の派閥に吸収されますから。要するに、貴族社会ではそう見られるという事です」

思いっきり、本家がハブられているような気がするが。

そうなる原因は向こうにあったし、どうせ王都の貴族社会は本家など微塵も気にしていないはず。

あんな僻地にあるので、知り合う機会すら無いのだから当然とも言えたのだが。

「ええと……、本家はほぼ孤立していて。分家のはずのヴェルをトップに、エーリッヒさんのブラント家とヘルムートさんの王都バウマイスター家が一門を形成していると」

「あとは、旦那様がパウル殿の独立した騎士爵家の創設を必ずや。パウル殿も一門に入りますな」

イーナに続けて、今まで静かにしていたエドガー軍務卿の家臣が説明を付け加える。

「それで、ヴェルはブライヒレーダー辺境伯様の寄り子で、エーリッヒさんはルックナー財務卿の寄り子。パウルさんとヘルムートさんは、エドガー軍務卿の寄り子か。面倒くさいね」

「面倒だけど、貴族ってこんな物だと思う事にする」

ルイーゼからの指摘に、俺は半分涙目で答えていた。

「うーーーん。ヴェルを良く見ると、様々な 柵(しがらみ) で雁字搦めのような……」

「ううっ、早く冒険者として働きたい……」

以上でお見合いの付き添いは終了していたが、最後にフリーデさんからとんでもない発言が飛び出していた。

「今年は三年に一度の、王国主催武芸大会です。ヴェンデリン殿も一度は出場しませんと……」

何でも、エドガー軍務卿から絶対にと言われているそうだ。

「あの、その大会って魔法は?」

「使えません」

「一回戦負けだな」

大会は、一週間後らしい。

なので、時間があったら最後の足掻きくらいはしてみようと心に誓うのであった。

それと、この後にエドガー軍務卿に夕食に招待されたのだが、特に面白い事も無かった。

パウル兄さんとヘルムート兄さんは、相手が雲の上の人なのでガチガチに緊張していて。

エーリッヒ兄さんは、所作は自然であったが内心では物凄く緊張しているようであったし。

俺はなぜか普通に振舞えていたが、それは普段からあの人を相手にしているせいであろう。

「(さすがは、大物貴族の食事だね。美味しいや)」

何食わぬ顔でデザートのお替りまで要求するルイーゼを見て、修行以外でも少しはアームストロング導師も役に立っているのだなと、改めて実感するのであった。