軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幕間十三 胡散臭い不動産屋。

「屋敷ですか?」

「ええ。さすがに、無いと拙いかと……」

王都での生活が始まってから約一年。

ブライヒレーダー辺境伯が借りてくれた家から、俺はルイーゼと共にアームストロング導師との地獄の特訓を。

そればかりだと、魔法の訓練なのか武術の訓練なのかわからないので、追加でブランタークさんからも魔法の指導を受けている。

いや、敢えて言わせて貰うと。

本来魔法の特訓とは、ブランタークさんから受けているような物を言うのが普通なのだ。

おかげで彼は、俺の面倒を見るために王都に居る事が多くなった。

用事でブライヒブルクに戻る時には、俺の瞬間移動の魔法が使えるので何の問題も無いそうだ。

エルは、王宮に出向いてワーレンさんから剣の指導を。

イーナも、ワーレンさんの紹介で高名な騎士から槍の特訓を受けていた。

それで、何を言いたいのかと言えば、休日以外は家に寝に帰るだけなので、このブライヒレーダー辺境伯様から借りている屋敷だけで十分だと思うのだ。

家に帰ると、エリーゼが料理を作って待っていて。

休日には、俺はエリーゼと一緒にデートに出かける。

でも、それだけだと不満が出るので、交代でイーナとルイーゼともデートに出かけている。

あとは、導師との特訓で疲れた帰りに、ルイーゼとお菓子を買い食いしたり、買い物に出かけたり。

イーナと待ち合わせて本屋に行ったり、同じく服やアクセサリーなどを見に行ったり。

普通に、十三歳の青春というやつを送れていると思う。

所謂、リア充というやつだ。

前世ではそういう事はあったのかと聞かれると、それは言わぬが華というやつであったが。

とにかく、普段の生活を考えるに。

成人するまで、屋敷などいらないと思うのだ。

ところが、ルートガーさんの考えは違うらしい。

「ヴェンデリン殿は、法衣とはいえ男爵。男爵が、長期間借り住まいというのも問題かと」

「そういう物なのですか?」

「そういう物なのです」

そこは年長者からの忠告という事で、俺は男爵に相応しい屋敷を探す事にする。

あとは、その屋敷を維持する使用人などの確保であろうか。

幸いにして、一番の問題である資金には問題ないのだが。

正直、余計な仕事が増えて面倒なだけの気もするのだ。

「不動産屋に、全然ツテがないな。エルは?」

「あると思うか?」

元は俺と同じような立場のエルに、当然不動産屋の知り合いは存在しなかった。

「屋敷を維持する使用人は、後でも構わないと思います」

夕食後、リビングで屋敷を購入する話をすると。

食後のお茶を淹れながら、エリーゼが話に加わって来る。

彼女は婚約者なので、一緒に家を見に行って貰うつもりだったから好都合だ。

「ヴェンデリン様が、家を購入される場合。新築というのも難しいので、中古物件という事になります」

「新築だと駄目なの?」

「新築の屋敷を建てる土地が無いのです」

ルイーゼの問いに、エリーゼが答える。

王国の統治が長らく続き、その間に貴族の数も増えている。

現在の王都造成の際に、事前に貴族の邸宅が置かれるエリアは広めに確保されてはいたが、やはり年々不足しているのも事実であった。

「男爵ですと、ギリギリ上級貴族街に屋敷を置くのが普通です」

エーリッヒ兄さんが継ぐブラント家などは、準男爵や騎士爵が主に住む下級貴族街にあり。

一方、ブライヒレーダー辺境伯の王都屋敷は、勿論上級貴族街にある。

同じ貴族の間でも、そういう住み分けがされているのだ。

「でも、土地が無いんでしょう?」

「土地は無いのですが、屋敷はあるのです」

没落したり、財政的に厳しいので、同じ上級貴族街でも下級貴族街寄りの小さな屋敷に引っ越す貴族に、逆に羽振りが良いので王城寄りの大きな屋敷へと移る貴族と。

その辺の栄枯盛衰は、良くある事らしい。

そのためかは知らなかったが、屋敷自体は余っていて定期的に不動産屋などを介して売買が成されているそうだ。

「適当な中古物件を買い、そこを住めるように改築してから人を雇うと」

「はい。売買が行われているとはいえ、数年は空き家という屋敷も多いので、改装や掃除なども必要ですから」

「困ったな。不動産屋にツテがないな。エリーゼ、ホーエンハイム枢機卿に頼めるかな?」

「はい、お伝えしておきます」

あのホーエンハイム枢機卿の推薦で来た不動産屋が、俺にボッタクリなどかますはずもない。

そう考えてエリーゼに紹介を頼んだのだが、予想を遙かに超えるとんでもない不動産屋と、俺達は出会ってしまう事になるのであった。

「始めまして、リンネンハイム不動産のオーガス・リネンハイムと申しますです。はい」

「バウマイスター男爵だ」

「竜殺しの英雄様ですね。ホーエンハイム枢機卿から、是非に良い屋敷を紹介せよと命じられまして。はい」

「よろしく(胡散臭ぇ……)」

翌日の休息日の朝、俺達は屋敷を訪れた不動産屋と挨拶をする。

何でも、リンネンハイム不動産は、主に貴族の土地と屋敷の売買を仲介する王都有数の不動産屋らしい。

あとは、良く新しい教会の土地を準備する事もあるとかで、その縁でホーエンハイム枢機卿と知り合いのようであった。

「(胡散臭いなぁ……)」

「(胡散臭いわね……)」

「(胡散臭ぇ!)」

何も言わずとも、四人の心の声は一致しているはずだ。

リンネンハイム不動産のオーナーであるオーガス・リネンハイム氏であったが、この世界では特注品しかないので高価な金縁の眼鏡をかけ。

服装は、赤いラメ入りのスーツ姿に銀色の蝶ネクタイと。

前世では、こんな詐欺会社の社長が居たような記憶を、俺は思い出していた。

「(エリーゼ)」

「(あの……、こんな胡散臭い格好の人ですけど、ちゃんと実績はあって……)」

こんな怪しい格好の人を前に、懸命にフォローをするエリーゼ。

俺は、やはり彼女は優しい良い娘なのだなと改めて思うのであった。

「まずは、このお屋敷です」

胡散臭いリネンハイム氏の案内で、一軒目の屋敷へと案内される俺達五人であったが、まず一軒目から嫌な予感しかしなかった。

広さとか、屋敷の間取り以前に。

屋敷の塀の外まで、禍々しい黒い霧のような物が滲み出ていたからだ。

「思いっきり、瑕疵物件のような……」

「はいっ! この屋敷を所持していた伯爵様ですけど、あまりお性格が宜しくなかったようで、家臣の方に惨殺されまして」

「いきなり、酷い前歴だな……」

それ以降、斬り殺された伯爵の霊が現れ、その伯爵の霊が周囲の浮遊霊を集めて屋敷を占拠した。

例外である領域外に出る魔物アンデッド、レイスの親玉になってしまったそうだ。

「なんで、浄化しないんだ?」

「代金が高いからですね」

その家臣から惨殺された伯爵は、性格が悪いだけでなく経済観念も悪かったらしい。

浪費癖があるために嵩んだ借金を返すべく、伯爵の死後に家族が売りに出したのだが、購入希望者が屋敷を見に来るとレイスとなった伯爵が妨害に現れ、遂には誰も購入を希望しなくなったそうだ。

購入者は屋敷が欲しいのであって、レイスなどいらないので当然とも言える。

「浄化を聖魔法が使える魔法使いに頼むと、最低でも三十万セントは取られますからね」

浄化するアンデッドの数や強さによっても違うそうだが、相場はそのくらいらしい。

今、幽霊屋敷の中で雑霊達を率いているレイスの浄化料金としては、決して高くはなかった。

「購入希望者を脅している内に、段々と凶暴化してしまいましてね。周囲の悪霊なども、少し前までは合流していましたし」

「今だと、人の命を奪う可能性があると?」

「はい」

「おいおい、大丈夫なのかよ……」

エルが心配そうに屋敷に視線を送るが、今のところは塀に封印が施されているので外に出る心配はないようだ。

良く見ると、この封印は教会が施したみたいでお札に教会のマークが書かれていた。

「最後まで、面倒を見れば良いのに……」

「教会がですか? それは、厳しいかと」

代金はかからないが、同額のお布施を要求されるとかで、結局金が無いと浄化はしてくれないらしい。

それに、教会に居る高位の聖魔法使い達は、エリーゼを見ればわかる通りに忙しい。

大半の魔力を、教会を訪れる病人や怪我人の治療などに使ってしまうか。

どうせ大した寄付金が取れないのなら、評判と名声のために貧しい人の依頼を優先してしまうからだ。

勿論、ちゃんと寄付金を出す金持ち達も、更に優先するのは当たり前であったが。

「大浪費癖を諌める家臣を斬ろうとして、逆に斬られた伯爵様のレイスですからね。封印のおかげで、もう外部に迷惑はかからないし。無理に浄化しても、教会が世間から絶賛されるわけもないですしね」

その伯爵の評判を見るに、確かに浄化しても世間の絶賛は受けないであろう。

浄化でなく、退治して消滅でもさせれば、世間からは絶賛されるかもしれなかったが。

「本音……、偽らざる本音……」

「あと、この伯爵様のレイス。相当に頑固なようで、前に教会の聖魔法使いが失敗しているんですよね」

「それで、余計に強くなったんですね……」

「正解です! さすがは、聖女様」

エリーゼの言う通りで、悪霊を浄化しようとして失敗すると、抗生物質に打ち勝ったウイルスのように、聖魔法に耐性が付いて強くなってしまうのだそうだ。

「一度失敗したけど、それを公にするのは恥なので。とりあえず、封印だけして帰りましたよという事にした?」

「大正解です! さすがは、バウマイスター男爵様」

「いや、そんなんで褒められても……」

というか、このリネンハイム氏は、俺にこんな物件を勧めてどうしようと言うのであろうか?

「ねえ、肝心の伯爵家の家族はどうなの?」

ルイーゼは、屋敷を売りたい伯爵家の情況を質問する。

「確かに、そうだよな。その伯爵の家族はバカか? 金を借りてでも浄化して、それから売れば良いのに」

「借金が多過ぎて、誰も貸してくれないんですね」

あとは、浄化が100%必ず成功する保証が無いという点もある。

実際に、隠してはいるが教会も一回失敗しているのだから。

それに、失敗しても前金で半分は費用がかかってしまうので、躊躇したというのが真相なのであろう。

あとはそんな博打で、前当主の大借金のせいで商人達のブラックリストに載っている伯爵家に、金を貸す商人が居なかったそうだ。

貴族なので、借金で爵位や領地を奪われる事は滅多にない。

だが、家が傾いているのも事実で。

仕方なく家族は、土地と屋敷を塩漬けしたまま、辛うじて上級貴族街にある小さな屋敷へと移って行ったそうだ。

「商人とて、戻って来るかどうかわからない金など貸しませんから」

当然であろう。

どうせ、金を借りた貴族の方が身分が上なので、借り逃げして返さないという選択肢も有り得るのだから。

当然訴えれば金は戻って来るのだが、相手が貴族だと面倒事が多いらしい。

利息で儲かるどころか、裁判の手間と費用を考えると。

駄目な貴族には貸さない方がマシという結論に至るのは、これはもう当然とも言えた。

そういう貴族に頼まれても、あまり恨まれないように上手く断る。

こういう能力も、政商クラスになるには必須なのだそうだ。

前に、アルテリオさんがそう言っていた。

「屋敷の中を見ようにも、封印されていて入れないじゃないか」

「評価額は、一千万セント以下という事は無いです。はい」

「屋敷は立派だものな。土地も広いし」

しかし、その屋敷の屋根にはレイスによって集められた亡霊達の集会所になっていた。

封印されて、外に出られなくなって屋根の上で暇を潰しているようだ。

その見た目はシュールで少し笑えたが、実際には厄介な事この上なかった。

この世界において、幽霊とはそう珍しい物ではない。

前世において、霊感がゼロであった俺にでも良く見えるのだから確かなのであろう。

その分邪魔なので、浄霊が出来る魔法使いや聖職者が重宝されるわけなのだが。

「でもよ。法衣男爵の屋敷にしては、立派過ぎないか?」

エルの懸念は、最もであった。

いくら竜殺しの英雄の屋敷でも、男爵が過分な屋敷に住めば文句を言う輩も出て来る。

暇な奴だなとは俺も思うのだが、そういう事に拘る貴族は実は多かった。

「では、他の屋敷に行くか」

「えーーーっ、せっかくだから見て行きましょうよ」

「そのために、俺が浄化するってか。そんな手には、乗せられませんよ」

「やはり、駄目でしたか」

冗談なのか、本気なのか?

リネンハイム氏は、俺が無料で屋敷の浄化をすると思っていたのであろうか?

ガックリと、肩を落としていた。

「では、相場の三十万セントで」

すぐに、立ち直っていたが。

「仕事かよ! って、俺は見習い冒険者なんだけど」

「ホーエンハイム枢機卿様から、バウマイスター男爵は、教会の名誉司祭であると聞いておりますです。はい」

「初耳だぞ……」

この場合、兼任先が教会なので冒険者ギルドからは文句は出ないらしい。

そういえば、冒険者でも治癒や浄化を使える神官をメンバーに加えているパーティーは存在していた。

魔法使い自体が希少なので、数はとても少なかったが。

あと、名誉司祭の件であったが、本洗礼を受けるとそういう扱いらしい。

名誉付きなので、本洗礼を受ける王族や貴族や大商人に、司祭としての義務は一切無いそうだが。

やれと言われても出来ないし、教会側も頼む事は無いのが普通であった。

俺はなぜか浄化を頼まれていて、ただ理不尽さを感じていた。

「俺、エリア浄化の経験がないけど」

俺が今までに使った聖浄化魔法は、師匠を成仏させた光線魔法と、骨古代竜を退治した放出魔法のみである。

決められたエリア内で、効果を発揮する浄化魔法は経験がなかったのだ。

「それでしたら、聖女様に教えて貰えば宜しいかと」

しかし、このリネンハイム氏は何を聞いても答えが早い。

きっと、ホーエンハイム枢機卿に事前に言われているのであろう。

瑕疵物件に俺を案内し、そこを浄化させて誰がどんな利益を得るのか?

そういう部類の話なのであろうが、試しに相手の思惑に乗ってみる事にする。

一回くらいなら、これも練習であろう。

「それも、そうか」

「いえ! いけません!」

ところが意外にも、エリーゼは厳しい口調で俺にエリア浄化魔法を教えるのを拒んでいた。

「少し練習して、いきなり本番なんて危険すぎます! それに、御爺様も御爺様です! お屋敷を紹介して貰うだけの話なのに、なぜ悪霊に取り付かれた物件の浄化をヴェンデリン様がしないといけないのですか!」

「聖女様?」

エリーゼが激高するシーンなど、俺達は初めてであった。

ホーエンハイム家の聖女という評判からは想像もつかないエリーゼの怒りっぷりに、胡散臭いリネンハイム氏も驚いているようであった。

「ヴェンデリン様は、とてつもない魔力を持つ魔法使いですが、何でも完璧にすぐに出来るというわけではないのです。特に、こういう浄化などは経験者と共に見習いを経てから。それが、常識です」

「聖女様……」

いくら魔力があっても、強力な魔法が使えても。

相手は普通の魔物とは違う、実体が無いアンデッドなので、憑り付かれたりして危険な事もあるのだと。

エリーゼは、珍しく強い口調で説明をしていた。

「あのですね……」

「ホーエンハイム枢機卿は、こう仰った。『バウマイスター男爵殿に相応しい良い屋敷を紹介せよ。お前が仲介していたり、買い叩いた瑕疵物件の浄化を頼んでも良いが、当然屋敷は無料だよな?』と」

「あの、値引きは約束……」

「エリーゼ、何軒か浄化したら、無料で屋敷をくれるってよ」

リネンハイム氏が何か言おうとするが、俺はそれを押しのけてエリーゼに屋敷は無料で貰えると伝える。

「まあ、それでしたら内助の功です。ヴェンデリン様に、正しいエリア浄化をお教えする良い機会ですし」

「あの、値引き……」

「このまま、帰っても良いか?」

「無料で……、ご提供させていただきます」

ここで、俺やホーエンハイム家の聖女を敵に回す愚は避けたかったのであろう。

彼は素直に、屋敷の無料提供を約束する。

頭の中では冷静に、どの物件を浄化させると一番利益が出るかを計算しているのであろうが。

「ちなみに、男爵邸の相場は?」

「四百万セントくらいが平均かと」

「受けて、四件だな」

「そんなご無体な……」

とは言いつつも、まずはこの伯爵邸が浄化目標らしい。

きっと、普通の物件になって売れると、リネンハイム氏が物凄く儲かる仕組みになっているのであろう。

「エリーゼ、俺も手伝うから」

「では、まず最初に聖障壁の魔法を……」

この聖障壁の魔法は、アンデットや悪霊の浄化を行う時には必須の魔法であるらしい。

己を聖属性の魔力の壁で囲み、エリア浄化を唱えている最中にアンデッドの攻撃を防ぐのだそうだ。

普通の魔法障壁とは違い、相手がアンデッドなので物理防御力よりも魔法防御力の方がメインの魔法であった。

「アンデッド初期の悪霊及びにレイスなどは、実体が無い残存意志と魔力の結合体ですから」

一見、物理攻撃のような一撃でも、実際には魔力の塊で殴られているのだそうだ。

よって、その攻撃を防ぐのなら、聖障壁が絶対的に有効という結論になる。

「ヴェンデリン様は、聖障壁を展開してください。私が、エリア浄化を唱えますから」

俺は、エリーゼと共に問題の伯爵邸へと侵入する。

張り巡らされた結界は、これはあくまでも結界内の霊的な物を外に出さないためのもので、こちらから人間が入るのは問題ないようだ。

ただ、侵入者の気配に悪霊達は敏感であった。

すぐにこちらを見付けて、体当たりなどで攻撃を仕掛けてくる。

「シネイ!」

「シャッキンガワルインダーーー!」

「パイオツノデカイ、ナーオンツレトカ! コロス!」

生前なのか、今の心情なのか?

本能の叫び声をあげつつ、悪霊達は攻撃を続ける。

だがその攻撃は、俺が展開している聖障壁によって全て防がれていた。

聖障壁の魔法自体は、普通の魔法障壁とそう出し方が変わらないので苦労なく習得できたようだ。

「単独での浄化って、危険なのか……」

「はい、魔法の同時展開が使える人なら大丈夫ですけど」

「あっ、俺は三つまで使える」

「凄いですね。あの、エリア浄化を使います」

俺が展開する聖障壁の中でエリーゼが祈りを捧げ始めると、次第に彼女の体が白い光のような物で包まれ始める。

そして、十数秒後。

その光は、結界内にある屋敷の土地全てに広がっていく。

屋敷の敷地内限定で、エリーゼの聖浄化魔法が展開されたのだ。

「ホワァ……」

前を見ると、俺達を攻撃しようと親玉である豚……。

じゃなくて、前伯爵のレイスがこちらに迫っていたのだが。

彼は浄化の光を浴びて、その表情をトロけさせていた。

「キモチイイ……」

「コノママ、テンニノボルヨウナキブンダァ……」

「カラダガ、カルクナッテイクゥーーー」

前伯爵のレイスに従っていた悪霊達も、エリーゼの浄化魔法を受けてトロケそうな表情を浮かべ始める。

「他の悪霊達もか……」

「はい。いかなる理由があっても、彼らは元は人間なのです。自ら、神の世界へと上る手伝いをする。これが浄化だと、私は考えます」

エリーゼの浄化は、悪霊達を気持ち良く天に送る魔法のようだ。

まあ、こんなに可愛い女の娘がかけてくれる浄化魔法なら、豚じゃなくて前伯爵も気持ち良く天国へと向かうであろう。

「(あの伯爵、地獄行きかもしれんけど……)エリーゼは、凄いなぁ」

治癒魔法に、あの性質の悪かった悪霊達を一気に昇天させる浄化魔法と。

なるほど、エリーゼはホーエンハイム家の聖女と呼ばれるに相応しい女性のようだ。

「さて、次は俺だな」

「次はですね。ある有名な元侯爵屋敷なのですが……」

魔力量の関係で、残り三件は俺が浄化をする事になった。

物凄く参考になる見本があったので、きっと上手く行くであろう。

先ほどと同じく、万が一の時のためにエリーゼに聖障壁をかけて貰いながら、俺達二人は同じく瑕疵物件である元侯爵邸の敷地へと侵入する。

先ほどと同じく多数の悪霊が襲いかかるが、それらは全てエリーゼの聖障壁によって防がれ、その間に俺の準備していたエリア浄化が発動していた。

「何か、光が強くないか?」

「眩しい。ヴェル、ちゃんと魔力量を調整した?」

外にいるエルとイーナから苦情の声があがるが、俺はそんなに魔力を込めた記憶はない。

それに、威力が弱過ぎて悪霊に耐性をつけるよりはマシなはずだ。

実際、悪霊達は俺の浄化魔法でもがき苦しんでいた。

「イヤダ! ジゴクハイヤダ!」

「カラダガ、キエテイク!」

「タスケテ!」

「あれ? おかしいな?」

昔に師匠を成仏させた時には、師匠は俺の聖魔法を心地良いと褒めていたのに、この悪霊達はなぜかモガキ苦しみながら消えて行ってしまうのだ。

「エリーゼ、これは?」

「あの……、ヴェンデリン様のエリア浄化の威力が強いのだと……」

「問題は無いんでしょう?」

「はい、威力が弱過ぎるよりは……」

師匠は語り死人になって、余計に対魔能力が増していた。

だからこそ、当時は俺の全力であった聖浄化魔法を心地良いと言って成仏したのだと。

エリーゼは、そのように理由を解説していた。

例えるなら、アームストロング導師の凝っている肩を鉄ハンマーで叩いても、彼なら『気持ち良い』と言うのと同じなのだと。

「ヴェンデリン様のお師匠様は、噂通りに相当に優れた魔法使いであったようですね」

だからこそ、俺の強い浄化魔法でも心地良いと感じながら成仏して行った。

逆に悪霊達にとっては、容赦なく自分達を地獄へと送る業火のような魔法であったと。

「まあ、効果はあるんだし問題はなくね?」

「ええと、無いですね……」

あるとすれば、悪霊達が苦しみながら強制的に成仏させられるシーンを見ている、俺以外の人間の精神状態にあるのかもしれなかったが。

エリーゼも、どこか困ったような表情をしていた。

「何か、ヴェルの方が悪役みたい……」

「ふっ、俺は悪党には容赦しないのさ」

その後、残り二軒の評価額の高い貴族屋敷も浄化を行い、そのお礼に男爵に相応しい屋敷を得る事となる。

しかし、この二軒も相当に酷い屋敷であった。

『さる侯爵様のお屋敷なのですけど、数年前に書斎で愛妾の方に惨殺されましてね』

実際、書斎の壁には血しぶきの跡が生々しく残っている。

ただ、この屋敷はみんなで入っても悪霊の妨害が無かった。

この屋敷の悪霊には少し知恵が残っていて、屋敷の購入者が実際に住むようになってから脅しに入るのだそうだ。

『嫌らしい精神だな』

確かに、エルの言う通りであった。

屋敷ごと浄化して、地獄行きが相応しいレベルだ。

『うへぇ……。血しぶきくらい掃除しなよ』

あと、一つ気になる事があった。

せっかく購入しないと脅しに来ないのだから、せめてその血しぶきの跡は掃除した方が良いと、俺はリネンハイム氏に文句を言う。

『男爵様。私とて、王都一の高級物件専門の不動産屋。管理物件の掃除は確実に行っておりますです。はい』

『じゃあ、これは?』

『何度掃除しても、また血しぶきの跡が出て来るんです』

『怖っ!』

『相場は八百五十万セントですから、無料ではちょっと……』

『いや! いらん、いらん!』

悪霊の姿はほとんど無かったが、怪奇現象連発ですぐに購入者が出て行く元侯爵の屋敷。

これも、なぜか浄化で普通の物件に戻っていた。

悪霊達の断末魔の声が聞けなくて、非常に残念とも言えたのだが。

『ワカイオトコォーーー!』

『なぜに、俺がぁーーー!』

『なあ、アレは?』

そして、いよいよ最後の一軒となる。

エルを追いかけ回しているのは、この屋敷の持ち主であった伯爵様の妹君の霊であり。

彼女は運悪く、生涯独身であったそうだ。

その未練から、屋敷に霊となって居残っているらしい。

浄化に来た男性の聖魔法使いに興奮して襲いかかり、女性の聖魔法使いだと意地と根性で浄化に耐え切ってしまう。

今では、王都でもっとも浄化が難しいとされている霊の一人であった。

今はなぜか、エルを気に入って追い掛け回しているようであったが。

彼が剣で容赦なく切り裂いても、相手は悪霊なのでまるで効果がなく。

悪霊の方も、『ゲンキガアッテ、ステキ!』とエルを余計に追い回しているようだ。

『エルが結婚してあげれば、成仏するかも』

『そんなバカな話があるかぁーーー! ヴェルが結婚してやれーーー!』

必死に逃げ回りつつも、エルは俺の発言をちゃんと聞いていたようだ。

俺に、憎まれ口を叩いていた。

『嘘だよ。来世で良縁があらん事を』

確かに、人を傷付けるタイプの悪霊ではなかったが、その執念が恐ろしいほどの対聖能力を身に付けさせたらしい。

早く浄化した方が良い悪霊ではあった。

『オトコノジョウカァーーー』

伯爵妹の未婚霊は、師匠と同じく俺の浄化魔法で気持ち良さそうに成仏してしまう。

しかし、この対魔能力。

彼女が生前に、魔法使いでなかった事が悔やまれるくらいだ。

『別に、男の聖魔法なら誰でも良かったのでは?』

『いえ、普通の男性聖魔法使いですと、効果がないどころか』

そのまま抱き付いてキスをしようとしたり、その魔法使いが最高出力で放った浄化に余裕で耐えて投げキッスをしたりと。

今まで数名に、最悪なトラウマを植え付けたらしい。

『物件自体の質はともかく、瑕疵の内容が酷い』

『はい、酷いゆえに解決すると儲かるわけです。はい』

『この四軒の浄化で、男爵に相応しい屋敷。実は、儲かっている?』

『いえ! これは、私の一方的なサービスでして』

『(嘘臭いなぁ……)』

この半日ほどリネンハイム氏と居て気が付いた事は、やはりこの人はとてつもなく胡散臭いという事実であった。

「おんや? 坊主は、この屋敷を買うのか?」

「ええ。正確には、浄化のお礼に貰うですけど」

浄化のお礼でリネンハイム氏から貰う予定の屋敷は、ブライヒレーダー辺境伯様の王都屋敷の隣であり、屋敷を見ているとブランタークさんが声をかけてきていた。

「坊主、早速ホーエンハイム枢機卿に利用されたってか?」

「エリーゼからは聖障壁とエリア浄化を教えて貰えたし、四件の浄化で男爵に相応しい屋敷を貰えた。こんな所でしょうね」

「まだまだ甘いな。坊主はよ」

それと、エリーゼがやっぱり良い娘なのが再確認できて良かったという件もあった。

「上級貴族街には、碌でもない理由で瑕疵物件化している屋敷も多いからな。報酬の支払いとか、所有者関連が複雑で浄化もされないで放置されている屋敷も多いし」

「その物件を再生して売ると?」

「駄目元の物件が多いから、不動産屋のリネンハイムの奴が取り分が多い仕組みになっているんだな。あいつが、一セントだって損を切るわけないだろうが」

ブランタークさんは、リネンハイム氏の事を知っているようだ。

なら、もっと早く教えて欲しかったところであった。

「お館様に相談しないから、胡散臭いのを紹介されるんだよ」

「本当、胡散臭そうな人だった……」

今回はそれに加え、ホーエンハイム枢機卿が少しだけ手を差し伸べたという事のようだ。

骨古代竜すら浄化した俺が、エリーゼから指導を受けて実地で瑕疵物件を浄化する。

そのお礼に屋敷を貰い、上級貴族向けに少しはためになる事をしたと思わせる。

あとは、名誉司祭である俺の功績は、所属している教会の功績という事なのであろう。

というか、普通に屋敷くらい買えるから、普通の不動産屋を紹介して欲しい。

「良い屋敷ですね」

「夜中に、この屋敷の主に殺されたメイドのレイスが出るけどな。このレイス、自分を殺した男爵をバラバラに切り裂いてな。男爵以外は、脅すだけで襲わないんだけど」

「こんな事だろうとは思ったよ!」

俺はもう一軒、追加で浄化をする羽目になったのであった。

いくら浄化したとはいえ、良くこんな物件に平気で住めるなと思わないでもなかったのだが、なぜか浄化をするとそういう事が気にならなくなるのだ。

「本当、浄化って不思議」

俺は、ようやく屋敷を手に入れたのであった。