軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第79話 年末の買い物と伝統

「貴族の旦那、このクロマグロなんて最高ですぜ」

「確かに美味そうだ」

年末になったので、俺は仕事の合間を縫って一人、フィリップ公爵領北端の魚港に『瞬間移動』で飛んだ。

もうすぐ年末なので、必要な食材を買いに来たのだ。

昔はそれしか食べらなかったがゆえに、肉を中心とした西洋風の豪華な料理……バウマイスター騎士爵家では大して豪華な料理は出なかったけど……を食べていたが、今は自分の好きなものを食べる財力を得ることができた。

前世の記憶が残る俺としては、極寒の北の海で漁をするミズホ人漁師たちに心から感謝しつつ、現代日本で食べられていた年末の食材を、その有り余る財力を用いて買い集めているというわけだ。

俺は普段そんなに贅沢をしないし、このくらいの買い物はしないと世間にお金が回らないからな。

「北方産の魚介類は、現地で買った方が安いな」

「魔法の袋に入れて運ばないと悪くなってしまうので、輸送費の関係で遠方ほど高くなってしまうんです」

やはり北方産の魚介類は、ミズホ人漁師が沢山いるフィリップ公爵領北の漁港で買うのが一番だな。

まずは、高価なクロマグロだ。

クロマグロを専門に獲っている漁師から、三日ほど前に獲られた巨大クロマグロを勧められる。

船上で〆られ、しっかりと冷やされながら熟成中のクロマグロはとても美味しそうだ。

「しっかりと冷やしながら熟成しているから、あと数日楽しめますよ」

「それを貰おう」

丸ごと一匹購入してしまったが、バウマイスター辺境伯家にはミズホ人の料理人がいるので、上手くさばいてくれるから問題ない。

なにより食べる人数が多いので、量は多ければ多いほどいい。

余ったら魔法の袋に入れて、あとで食べることもできる。

早く、クロマグロの刺身を食べたいものだ。

「(やはり元日本人としては、年末年始はクロマグロだよなぁ)」

などと言いつつ、前世はお金がなくてキハダマグロばかり食べていたけど。

今は、好きな時にクロマグロが食べられるのがよかった。

「あとの魚介は、セットで頼む。チョイスは任せた」

「任されました! 最高の魚介を用意しますね」

タイ、ヒラメ、ウニ、クエ、イカ、ホタテ、カキなども、最高品質のものを用意してくれた。

カニは、以前倒した超巨大なカニはもう滅多に獲れなくなり、今は普通サイズのカニばかりとなっている。

すでに茹でられているので、殻を割って食べるだけでいいのが素晴らしい。

カニも大量に購入して魔法の袋に入れた。

「(イクラは、バウマイスター辺境伯領ではナンポウマスが獲れるから、ここで買う必要はない。大きなエビも南方が主産地で、大きなタコも同じだ。無理にここで買うことはないな)」

俺はバウマイスター辺境伯なので、地産地消を心掛けないと。

それに大きなエビやイクラは、バウマイスター辺境伯領産の方が美味しいからな。

あとは、以前俺も漁師たちと一緒になって作ったカラスミや、味付けカズノコ、子持ち昆布なども購入していく。

すでに子沢山な俺がカズノコを食べたところでなにか変わるわけでないが、単純に好きだから買ったまでだ。

「毎度あり!」

「次は、ミズホだな」

必要な魚介類は購入し終えたので、次はミズホ公爵領内にある高級料亭へと向かう。

「バウマイスター辺境伯様、お待ちしておりました」

「注文の品を頼む」

料亭の玄関で出迎えてくれた店主に、事前に注文していたお節料理を持ってくるように頼んだ。

俺も前世の知識を活用して、以前は作れる限りお節料理を作っていたのだが、やはり所詮は素人。

今では、ミズホ公爵領内にある老舗の高級料亭が作るお節料理を購入するようになっていた。

俺は忙しいし、なにより自作よりも圧倒的に美味しいからだ。

「お待たせしました」

「おおっ! 今年も豪華だ!」

店主にお代を支払ってから、いくつものお重に入った大量のお節料理を魔法の袋に仕舞う。

この料亭のお節料理が本当に美味しいのだ。

お節料理を購入すると、今度は市場へと向かった。

そこではお餅や、ミズホのお菓子などを購入していく。

年末年始は屋敷を尋ねてくる人が多いので、すべて大量購入が基本だ。

「お酒も必要だな」

俺はそんなに飲まないけど、飲む人が多いのでミズホ酒を中心に購入していく。

お酒が飲めない人向けに、ミズホ茶も大量に購入した。

ジュースの類は、果物が沢山採れる魔の森を抱えるバウマイスター辺境伯領の方が品数も品質も上だが、ミズホ公爵領でしか採れない果物のジュースを買うのも忘れないようにしないと。

「そうだ! 年越し蕎麦を買わないと」

普段はフジバヤシ商店からの購入で問題ないのだが、せっかくの年越し蕎麦ということで、ここ数年はミズホ公爵領内にある老舗蕎麦屋の生蕎麦とツユを購入するようになっていた。

その拘りも、俺が貴族だからこそというわけだ。

「ええと……。ミズホ公爵領での買い物はこんなものかな」

次は『瞬間移動』でフィリップ公爵領の領都に飛び、盛んに育てられている毛長豚を使ったソーセージ、ハム、ローストポーク、燻製叉焼、煮豚、角煮などを購入していく。

実は、ローストポーク、燻製叉焼、煮豚は、俺からテレーゼ経由でアルフォンスに伝わり、フィリップ公爵領で盛んに作られるようになったものだ。

なお角煮は、いつの間にかミズホ公爵領で作られ、フィリップ公爵領にも広まっていた。

「ローストビーフは、バウマイスター辺境伯領産の牛を使ったやつがあるからいいか。次は……」

またも『瞬間移動』で帝都へと飛び、帝都名物のジェラートを購入する。

色々と飲み食いしたあと、別腹のデザートも必要だからだ。

「帝都のジェラートも種類が増えたよなぁ」

魔の森産の果物やコーヒーを使ったジェラートを売るお店が増え、帝都の住民たちにも人気となっていた。

他にも、帝都名物のお菓子なども購入しておく。

「王都にも寄るかな」

買い物を始めると、不思議とあれもこれも欲しくなっていき、王都でも大量に買い物をしてしまった。

どうせ食べきれなくても魔法の袋に仕舞っておけば悪くならないし、冒険者として活動する時に食べてしまうから問題ない。

導師なんて、それを目当てに俺たちと魔の森で狩猟をすることが増えたくらいだ。

「あとは……」

俺はバウマイスター辺境伯なので、しっかりと地元にもお金を回さないと。

バウルブルクでもしっかりと買い物をして……前世から不思議に思っていたんだけど、年末ってどうしてこんなに大量に買い物をしてしまうのだろう?

お店にも人が多いしな。

「ドライフルーツのお店が増えたよなぁ……」

魔の森では様々な巨大な果物が採取できるが、巨大なので輸送に手間がかかった。

なにより果物の種類によっては、魔法の袋に入れないとすぐに悪くなってしまう。

冷蔵輸送もまだ難しい状態なので、ドライフルーツにして輸送、販売することを俺は思いつき、今ではバウルブルクのあちこちにドライフルーツを売るお店ができていた。

保存の効くドライフルーツは冒険者の食事やデザートにも最適で、バウマイスター辺境伯領の名産品の一つにドライフルーツが出るくらい成長を続けていた。

「これも買っておくか。全種類を買っておこう」

「お館様、いつもありがとうございます」

俺も少しはお酒を飲むのだが、蒸留酒の水割り、ソーダ水割とドライフルーツの組み合わせが好きだったりしたからだ。

「ただいまぁ」

買い物を終えた俺が屋敷に戻ると、エリーゼたちは年末と新年の準備をしているところであった。

「ヴェル、お帰り」

「また沢山買い物をしてきたの?」

「当然」

と、ドヤ顔でルイーゼとイーナに答える俺。

この年末の買い物は、すでにこの世界に慣れた俺が前世を思い出す数少ない行事の一つなのだから。

「ヘルムート王国貴族であるヴェンデリンが、フィリップ公爵領やミズホ公爵領まで出かけて食材を買いに行くのだから、他のヘルムート王国貴族は不思議がっているであろうな」

「初代だから、俺がバウマイスター辺境伯家の伝統的な年末年始の過ごし方を決めるのさ」

「ヴェンデリンは初代だからな。自由に決める権利があるぞ。フィリップ公爵領の毛豚のハムやソーセージもメニューに入れてくれるのはありがたいの。逆に、ヴェンデリンが妾に教えてくれたローストポ-ク、燻製叉焼、煮豚などはフィリップ公爵家にも伝わっておるが」

アルフォンスは美味しければすぐに受け入れるし、材料がフィリップ公爵領産の毛長豚なので地産地消の観点からも特に問題はないはずだ。

「年末年始は、自由に飲み食いしたいからさ」

「まあ確かに、ヴェンデリンは生誕祭では修行僧のような食生活になるからの」

「……俺は生誕祭を改革したいのに……」

なぜかエリーゼにまったく歯が立たず、毎年生誕祭の時は教会で神官の長い説話を聞いて、固い黒パンと薄味の野菜スープしか口にできない生活に変化がなかった。

「テレーゼも参加してくれていいのですよ?」

「妾は毎年、その日は忙しいのでな」

テレーゼも含めたエリーゼ以外の妻たちは生誕祭に参加したくないので、必ずその日に予定を入れてしまうようになった。

エリーゼは俺が参加していれば満足なので、無理に他の人たちを誘わない……見方を変えると、俺を生贄にして生誕祭に参加しないようにしているとも……。

「今年の生誕祭もいつもどおりだったから、年末年始はバウマイスター辺境伯家独自の過ごし方や料理を楽しむつもりだ」

「ヴェンデリンは、ミズホの料理や文化が好きだからの」

ミズホ風というか、前世の現代日本風だろうが、それをテレーゼに教えるわけにいかないし、同じようなものだから問題ないだろう。

年末は肉料理を中心とした料理とデザート、そして年越し蕎麦を。

新年は、お節料理と豪華な海鮮料理、デザートを楽しむ。

お茶、ジュース、お酒はご自由にというのが、バウマイスター辺境伯家の伝統になりつつあった。

「おおっ、お戻りになられていたのですね、お館様」

「ちゃんと買い物をしてきたぞ」

フリードリヒたちにも年末年始の準備を手伝わせながら、バウマイスター辺境伯家の伝統……俺が勝手に決めたものだけど……を教えていると、そこにローデリヒが俺に話しかけてきた。

「ところで年末の買い物ですが、なにもお館様自身がする必要ないのでは? 家臣に任せれば……」

「いや、年末の買い物は当主がやる! これも伝統だから!」

「無茶を言いますわね……」

カタリーナが俺の言い分に呆れていたが、人の楽しみを奪わないでほしい。

もし年末の買い物を家臣に任せるようになったら、絶対にローデリヒが俺の仕事を増やすに決まっているのだから。

「それにだ。ミズホ公爵領やフィリップ公爵領、帝都、王都に買い物に行けるのは、『瞬間移動』が使える俺だけだから」

「なにも無理にそんな遠方まで買い物に行かなくても、アルテリオに任せるとか」

「俺は直にその目で、最高の食材を見極めているから」

特に魚介類は、下手な人に任せると質の悪い物を送られてくるかもしれない。

価格だって、ボッタくられる可能性が高かった。

「古い魚介類を渡されて、フリードリヒたちがお腹を壊しでもしたら大変だ。だから年末の買い物は俺の仕事なんだ。将来は、フリードリヒに任せるからな。頼んだぞ、フリードリヒ」

「はい」

「そもそも、バウマイスター辺境伯家の当主が年末の買い物に行かないでくださいよ……」

「たとえ第三者がおかしいと思っても、これがバウマイスター辺境伯家の新しい伝統になるから」

その後本当に、代々のバウマイスター家当主は『瞬間移動』と魔法の袋を用い、年末に一人で買い物に行くことが伝統になってしまった。

世間の人たちが思っているほど、古い伝統が生まれた理由なんて大層なものではない。

それが証明された瞬間であった。