軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百二十八話 兄と弟、弟と兄。

「お館様、本日はとある貴族の跡継ぎと会ってほしいのですが……」

奥さん達のお腹も大分大きくなってきた。

早く産まれないかなと毎日ワクワクしながら……同時に無事に産まれてほしいと心配しながら日々をすごしている。

とそこに、ローデリヒが姿を見せ、俺にある貴族と会ってほしいとお願いをした。

「跡継ぎなのか?」

「当主が病床にあるため、跡継ぎ息子が代理というわけです。実質、当主のようなものですな」

実質、当主となると、俺が直接顔を合せないと失礼に当たるというわけか。

格と面子の問題なのだけど、本当に貴族とは面倒なものだ。

「どこの家の人だ?」

「マッテゾン子爵家の跡取り息子です」

「そうか……」

まあ、聞いても誰だかわからないんだけど……。

俺は頭の中がまだ日本人に大きく偏っているからな。

むしろ貴族の名が、近衛とか、武者小路とか、今出川とかの方が覚えやすいかもしれない。

そういえば、ミズホにはサムライはいたけど、『○○でおじゃる』と話す、白塗りお歯黒公家さんはいなかったな。

いたら、笑ってしまって失礼になりそうだからいなくてよかったよ。

「三十分ほど、軽く世間話でもしていただけたら」

「そのくらいならいいけど、なぜそんな事を?」

「マッテゾン子爵領は、石細工で有名な産地なので……」

石細工の何が重要なのかというと、橋の欄干の先とか、街道の間隔を示す標識とか、そこに細かく細工した石製の彫像を載せるわけだ。

現代人の感覚だと『別にそんなのいらないじゃん。逆にない方が、費用の節約にならないか?』などと思ってしまうのだけど、この世界の常識ではないと格好がつかないらしい。

マッテゾン子爵領は岩山ばかりで農業生産は振るわないが、沢山ある石の細工で金を稼いでいる。

良質の石材と、それを細工する凄腕の職人達が有名らしい。

バウマイスター伯爵領でも、建材や石畳にする石材は豊富に採れる。

だけど、石材を細工する職人は不足しているからな。

加工する職人を引き抜くにも、限度があるというわけだ。

結局、引退したような年寄りの石工職人に若い未経験者をつけて気長に育てるしかない。

新入りが一人前になるまでは、マッテゾン子爵領からすべての石細工を購入しないといけないわけだ。

「マッテゾン子爵側にも、事情があるのですよ」

「事情?」

「はい、あそこは後継者争いで揉めていますから」

一応、今回顔を出す嫡男がマッテゾン子爵家の後継者に指名されているらしい。

ところが、彼には妾腹で一つ年上の異母兄がいるそうだ。

「妾腹なら、あくまでも後継者候補なだけだろう?」

この世界もそうだが、貴族の後継者は血筋が大切にされる。

よほど何かなければ、正妻が産んだ嫡男が跡継ぎになるのが当たり前なのだから。

ブロワ辺境伯家を見ればわかるけど、揉める時には揉めるけどね。

「というわけで、後継者争いの禍根を絶つために、跡継ぎがバウマイスター伯爵であるお館様と会って楽しくお話をする」

「箔付けなわけね……」

『実質、当主同士の会見でしょう?』というわけだ。

俺は、その跡継ぎさんに正当性を与える飾りという事になる。

「状況は理解した。それで、うちには石細工の割引きとか利益があるんだろうな?」

「ええ、それは勿論」

さすがは、ローデリヒ。

バウマイスター伯爵家のために、ちゃんと交渉して利益を取ってきたようだ。

無料で会ってあげるほど、俺も暇じゃないしね。

第一、俺よりもそういう事に厳しいローデリヒが許すはずもないし。

「正直なところ、例の跡継ぎは出来が悪いと評判なのです」

ちょっと出来が悪いくらいなら、それなりの家だと親族や家臣で当主をお飾りにして上手く運営してしまうと聞いている。

今回もそのケースなのであろう。

「病床の当主としては、そのバカな跡継ぎに実績をつけたいわけですな」

そんな親子の情を利用して、ローデリヒは上手く利益をふんだくったわけだ。

いやーーー、ローデリヒに任せておくと楽でいいわ。

お飾りのバカ殿最高だな。

「会見予定は二時間後です」

「わかった」

俺は早速会見に備えて準備を進めるのだが、ここで一つ問題が発生してしまうのであった。

「あなた、私と、イーナさん、ルイーゼさん、カタリーナさんの同席は無理ですよ」

「えっ? どうして?」

「お腹が大きいからです」

向こうの箔付けのための会見ではあったが、こういう時には奥さんも一緒に同席して双方の親密ぶりをアピールするケースが多い。

本当は、マッテゾン子爵の跡取りなんてどんな奴かも知らないけど。

だけど、会見への同席をエリーゼに断られてしまった。

イーナ、ルイーゼ、カタリーナも同様だ。

「ヴェル、お腹が大きくなった妻を夫は表に出さないものなのよ」

ここで、貴族の常識というよりも、この世界の常識が出てしまった。

妊婦さんを人前に出すのはよくないという、俺にはよくわからない慣習だ。

イーナが教えてくれたのだが、その理由は詳しくはわからないそうだ。

妊婦が不浄だという大昔からの言い伝えによるとか、妊婦さんを無理させると流産してしまう可能性が高いからだとか。

どんな理由にせよ、早くに妊娠してお腹が目立ち始めたエリーゼ達は同席できなかった。

「ヴィルマは?」

ヴィルマは、まださほどお腹の大きさが目立たない。

彼女なら同席できるはずだ。

「うーーーん、難しい」

「なぜだ?」

「実は、マッテゾン子爵の跡取りを知っている。会うと確実に揉める」

「揉めるのか?」

過去に何かあったのであろうか?

「私がまだ子供の頃、たまたま王都の屋敷にいたマッテゾン子爵の跡取りと揉めたから」

ヴィルマが子供の頃に、『無口で無愛想な気持ち悪い奴』だとからかわれたそうだ。

所詮はバカな男のガキだから、女の子をからかうのは誰にでもあるとも言えるし、単純に性格が悪い奴なのかもしれない。

うーーーん、判断が難しい。

「子供の頃のお話だから恨み事は言わないけど、顔を合わせるとトラブルになるかもしれない」

「そうだな……」

というか、そんな失礼な奴と俺は会見するのか?

ちょっと問題なんじゃないかと思いつつ、俺はヴィルマの頭を撫でてあげた。

「一抹の不安が……そいつが大人になっていたらいいな……」

「なっていないから、バカだと評判になっている」

「ですよねぇ……」

ヴィルマの言い方はかなり辛辣だけど、間違ってはいない。

俺は少し不安になってしまう。

「となると、あとは……」

「妾はそんな不愉快そうな奴と顔を合わせないで済んでよかったの」

テレーゼは、当然無理として……。

「旦那、もしそいつが失礼な奴だとして、あたいだとすぐに言い返しそうだから無理に決まっているじゃん」

カチヤ、いくら顔を出したくないからって、すぐにキレてしまうからという理由はずるいと思うぞ。

「となると、私ですか?」

「一番無難な人選かな?」

リサは一番年上で場数を踏んでいるし、あのメイクと衣装がなければ暴走の危険もない。

貴族の妻として、上手く対応してくれるであろう。

「というか、どうしてそんな心配をしなければいけないのかね?」

「ううっ……いくら必要な事とはいえ、申し訳ありません」

ローデリヒとしても、もし向こうに斜め上の対応をされ、石細工の仕入れがストップしたらという考えから俺との面会を組んだのであろうが、段々と不安になってきたらしい。

「リサさんが出席するのなら、私がメイド役で傍にいれば少しは薄まるかしら?」

アマーリエ義姉さん、その薄まるという言い方はよく理解できるわ。

女性が多い方が、安全かもしれない。

「そうですね、お願いします」

「でも……何か嫌な予感がするわね」

俺もそれは感じたが、それはやはり現実のものとなってしまうのであった。

「初めまして、次期マッテゾン子爵に指名されたアルバンと申します」

「(指名された? ああ、病床の父親からか……)バウマイスター伯爵です」

会見の時間となり、俺はマッテゾン子爵の跡取りである長男と顔を合わせた。

年齢は二十前後だと思う。

見た目は如何にも貴族のボンボンという感じだが、今のところは別におかしな点もなかった。

社交辞令に則り、俺と普通に挨拶をしただけだ。

「どうぞ、お座りください」

「ありがとうございます」

互いに挨拶をしてから、俺達は椅子に座る。

俺は同席者のリサを紹介し、彼女も俺の隣の席に座った。

もう一方のアルバンは奥さんを連れてこなかった。

何でも父親の病気が思わしくなく、一か月後に正式に家督を継ぐそうで、その時に婚約者と式をあげるらしい。

当主就任と婚姻を同時に行って、領民や家臣にアピールするというわけだ。

「粗茶ですが、どうぞ」

アマーリエ義姉さんが謙遜で言っているが、実はヘルムート兄さんから仕入れている森林マテ茶なので高級品だ。

王都のバウマイスター家は人手が増えた分、森林マテ茶の木の警備を厚く行えるようになり、自然と木が増えて茶葉の収穫量が上がったと聞いている。

その一部をうちで仕入れ、重要な客に出しているというわけだ。

「いいマテ茶ですね。森林マテ茶ですか」

リサの補佐も兼ねて傍にいるメイド服姿のアマーリエ義姉さんが全員分のマテ茶を注ぐと、アルバンは茶の香りだけで森林マテ茶だと見抜いた。

いい家の子供なので、高級食材を見抜く能力があるのかもしれない。

「ところで、そちらの方は?」

「ああ、御付きの者です。気にされらずに」

アルバンは、一人の若者を付き人として連れてきた。

最初はただの執事や従者かと思ったが、この若い男性、顔がアルバンに少し似ている。

もしかしなくても、噂になっている妾腹の異母兄なのであろう。

「(性格、悪っ!)」

他に従者の当てなどいくらでもあるだろうに、わざと異母兄を指名したのは、俺と自分の会見をまざまざと見せつけ、家督を諦めろよと言うためであろう。

でも待てよ。

そうだとすると、この異母兄は実は野心溢れる若者だとか?

詳しい事情はよくわからないが、何にせよ予定されていた会見が始まった。

「いつも、我がバウマイスター伯爵家に石細工を融通してもらい、感謝しています」

「バウマイスター伯爵領への出荷で、我が領も好景気なのです。こちらこそ、感謝しております」

それもそうか。

道や橋がどんどん出来ているのだから、その分石細工は必要だものな。

「奥方達にも、お子が次々と産まれるようで」

「はい、無事に産まれるのか、多少の不安はありますね」

「私もじきに婚約者と結婚します。子供ができると、バウマイスター伯爵殿と同じ気持ちになるかもしれませんね」

「(あれ?)」

思わず、声に出してしまいそうになった。

バカだと評判のはずのアルバンだけど、話をしてみると別に普通だよな。

なぜ、バカだなんて噂が立つんだ?

「バウマイスター伯爵家はバウマイスター伯爵殿が自力で打ち立てた新興の貴族家、お子は多い方がいいですな」

「まあ、それなりには」

「とは申せ、奥方を増やすとなると寄親であるブライヒレーダー辺境伯殿とのバランスもあるというわけですか」

「はあ……」

バカだと聞いていたけど、このアルバンという若者、ちゃんとうちの事を調べているようだな。

自分で調べさせた保証もないわけだけど、ちゃんと相手の情報を掴んでいるのは事実だ。

「となると、この場合は非公式の愛人ですな。正式な妻や妾としてカウントせず、子供だけ産ませればいいのです」

「はあ……」

まあ、最近よく聞く話だよな。

ローデリヒが全部話を止めているけど、こんな話はいくらでも持ち込まれているそうだ。

しかし、自分はまだ未婚の癖に随分と積極的ではないか。

それに、ローデリヒに言わせると今の俺に愛人は悪手だという。

『愛人とはいっても貴族家の血筋に繋がる娘ですから、子供が生まれればその子の縁戚だからと利益供与を堂々と求めてきますしね。それなら、最初から認知した方がマシです。非公式でいいなんて、一種の詐欺ですよ』

甘い話には罠があるというわけだ。

というか、俺には全然甘くない話だ。

子供が魔法使いになるかもしれず、いやアーネストが堂々と事実を教えてくれたんだ。

その押しつけられた愛人の子供が魔法使いだとバレたら、ますます面倒な事になってしまう。

「いえ、今の妻の数で十分だと思うのです」

みんな若いのだし、一人三人くらい産めば十分だろう。

『平成大家族のドキュメント番組』でもあるまいし、そんな子供がいたら顔と名前を覚えるのも困難になってしまう。

「そう仰らずに、実はお勧めの娘が二人いるのですよ」

ああ、何でこいつがバカなのか理解できた。

こいつはすぐに見てわかるバカじゃなく、無能な働き者に属する人物なんだ。

俺と会見し、少し仲良く話せばミッション達成なのに、無駄に欲をかいて余計な事をしてしまう。

こういう人物は、一見バカではないので扱いに困ってしまう。

「いえ、そのようなお話は……」

「そんな事は仰らずに。後腐れもなく、若く体も丈夫な娘ですよ。ちょっと血筋は悪いので、普段はメイドとしてでもお使いください」

自分の策が上手く決まったと悦に入りながら話をするアルバンであったが、それよりも俺は、後ろに控えるアルバンの異母兄の顔が大きく変化したのを見逃さなかった。

アルバンのアホは気がついていないが、異母兄は彼を視線で射殺せそうな表情で見つめている。

「……」

すぐ俺の視線に気がついて表情を元に戻したけど、つまりその娘二人とはアルバンの異母妹、アルバンの異母兄の実妹達なんだろうな。

なるほど、母親違いで邪魔な妹達を俺に押しつけつつ、俺が愛人にしたり子供が産まれたら縁戚面して利益を取る作戦か。

でも、俺でも気がつくレベルのつたない策だからなぁ……。

それを会心の策だと思っているから、こいつはヴィルマがいうところのバカ息子なんだろう。

「もしかすると、それはアルバン殿の妹殿達なのでは? そのような方々を愛人では失礼に当たりますよ」

アルバンがなぜ知っているとビックリしているけど、お前の顔を見ると全部わかってしまうんだよ。

お前、愛人の話をした時に、後ろに控える異母兄の方に『ざまあみろ!』という感じの視線を向けたじゃないか。

というか、俺をマッテゾン子爵家の後継者争いに巻き込まないでくれ。

「確かに妹達ですが、母親の身分が低いのですよ。それでも若いですから、まだ沢山子供が産めるでしょう。そこにいる二人の代わりに使ってやってください」

「代わりに?」

「年増では、バウマイスター伯爵殿のお子も産めないでしょうから」

こいつ、一度しくじって動揺すると建て直しに苦戦するようだな。

最初のシナリオで無難に終わらせればよかったのに、能力もないのに独自の作戦に走るから失敗するんだよ。

もうすぐ三十になるリサと、俺がほぼ妻扱いしているアマーリエ義姉さんは年増だから若いのに変えればいい。

何でそんな事を本人の前で言うのかね?

リサは序列は低いけど、妻としてこの席にいる。

アマーリエ義姉さんも公式な立場では奥さんじゃないけど、俺が実質そうだと認めているのに、本人を前に悪口を言うとは、この男はバカなのか?

後ろの異母兄が『信じられない!』と言った表情をしているぞ。

どうやら、彼の方はうちの事情を詳しく掴んでいるようだ。

ああ、アルバンの方も知ってはいるのか。

「アルバン殿、あなたは何をしに来たのですか?」

「それは勿論、私とバウマイスター伯爵殿の仲を深めるためです」

こいつ、本気で言っているのか?

本気で言っているんだろうな……。

どうやらまともに見えたのは最初だけで、すぐにボロが出てしまったようだ。

「とてもそうは思えないのですが……なぜだか理由はわかりますか?」

「バウマイスター伯爵殿、我らは似た者同士じゃないですか」

おい、それは俺の質問の答えになっていないぞ。

というか、俺は別に有能じゃないけど、お前よりはマシな人間だと思うがな。

「似た者同士?」

「そうです、貴殿は邪魔な兄を排除してバウマイスター伯爵になった。私も、後ろにいる異母兄デニスの代わりにマッテゾン子爵となるのです。弟の身ではありますが、これも高貴な血を継いだ者の義務。領内にはデニスを推す者もいますが、私はそのような圧力には屈しません!」

何か、選挙演説みたいになってきたな。

それよりも、俺は兄を殺してバウマイスター伯爵になったというわけか。

結果的には間違っていないし、兄殺しの汚名も仕方がない。

でもな、俺はお前と同類だと思われるのが勘弁ならないんだ。

段々と頭に血が昇ってくるが、不意に両肩をポンと軽く叩かれた。

俺に落ち着くようにと、リサとアマーリエ義姉さんが止めてくれたのだ。

このまま魔法で吹き飛ばしてやろうかと思ったが、さすがにそれは不味いというわけか。

「ひゃっ!」

下手な演説というか宣言を終えたアルバンは、喉が渇いたので少し醒めた冷めたマテ茶を飲もうとした。

ところが、突然奇妙な声をあげてカップを落としてしまう。

「(リサ、やったな)」

ブリザードのリサに相応しく、彼女は密かにアルバンのカップに入ったマテ茶を凍る直前、限界ギリギリまで冷やしたのであろう。

彼は、自分が思っていた温さのマテ茶でなかったから驚いてしまったというわけだ。

このような微妙な魔法コントロールは、ベテランであるリサの独壇場であった。

魔法の効果範囲をカップの中に入ったマテ茶のみとし、俺に魔法を使った気配を感じさせないのだから。

「お客様、大丈夫ですか? すぐに新しいマテ茶を淹れますね」

アマーリエ義姉さんが、急ぎ倒れたカップと溢したマテ茶を片付け、新しいカップにマテ茶を注ぎ直す。

「メイド! このマテ茶は暖かいのか?」

「はい、淹れ立てですので」

「そうか!」

限りなく零度に近いマテ茶にビックリさせられたアルバンは、口を温めようと急ぎカップを口につける。

「熱っ!」

ところが、今度は冷えた口に淹れたてのマテ茶を入れてしまった。

いつもより熱く感じてしまい、慌てたアルバンは再びカップを落としてしまう。

「熱いぞ!」

「淹れ立てですから」

アルバンからの抗議に冷静に答えるアマーリエ義姉さんであったが、実は時間が経過して、ポットの中のマテ茶は飲みやすい温度にまで下がっていた。

再び淹れたての温度まで上げたのは、勿論リサである。

アマーリエ義姉さんはリサの細かいイタズラに気がつき、だからすぐに新しいマテ茶を注いだわけだ。

「もうすぐマッテゾン子爵になる私に失礼ではないか!」

「淹れたてで熱いので、少し冷ましてからの方がいいと言おうとしたのですが、申し訳ありません」

アマーリエ義姉さんは、急ぎアルバンに謝った。

だが、いくら貴族でも茶が熱いくらいでメイドを叱るのは器が小さい。

第一、グラグラと煮立っているマテ茶を出したわけではないのだ。

そのくらい、自分で確認しろよというレベルの話だ。

「お前の事は知っているぞ! アホな夫がバウマイスター伯爵殿の殺害を目論んで自滅し、お詫びのために愛人をしているらしいな! ふんっ! 兄なんてそんなものだ! とにかくだ! 年増はバウマイスター伯爵殿の傍にいるな!」

段々と支離滅裂になってきたな。

なかなか自分の計画どおりに行かず、貴族のボンボンが我慢ができずにキレてしまったのであろう。

「バウマイスター伯爵殿、この二人の代わりに新しい愛人を囲いましょう!」

直前まで激怒していたにも関わらず、俺にはにこやかな表情で、さっきの愛人話を続ける。

後ろの異母兄は、呆れ果てて天井を見上げていた。

処置なしと思ったのかもしれない。

確かに、こんな弟がいたらどう扱っていいものか悩んでしまう。

デニスが止めないのかと思ったが、多分それをすると火に油を注いでしまうのであろう。

アルバンは堪忍が足りなそうだしな。

「うーーーん、ハッキリ言わないとわからないかな?」

「ハッキリとですか? つまり、妹達を受け入れるわけですね?」

何をどう考えると、そんな結論になるのであろうか?

俺は、こいつの根拠のない自信の源泉が気になってしまう。

「そんなわけがあるか! 人の奥さんにケチつけやがって! お前は縁切りだ! 二度とうちに来るな!」

「なっ! そんな事を言っていいのか? 工事に使う石細工を売ってやらないぞ!」

「うるせえ! そんな飾りがなくても橋は落ちねえよ! 街道も普通に歩けるわ! 一昨日来やがれ! このアホ息子が!」

「この野郎! 後悔させてやるからな!」

ちょっと貴族の跡取りと会見するだけのはずが、その相手と完全な喧嘩別れに終わってしまう。

俺もすぐにキレてしまったのは悪いかもしれないけど、長い人生を生きていると、こんな事もあるよね。

それに、向こうが悪いのだから。

「なっ……完全に手切れですか……」

「ローデリヒ、ある意味面白い奴を紹介してくれてありがとう」

「……」

俺が事の顛末をみんなに伝えると、まずはローデリヒが絶句した。

俺への苦情というよりも、想定を上回るアルバンのバカさ加減に言葉も出ないようだ。

「そんなわけで、石細工はもう売ってくれないって」

「それは困りましたな」

「そうか?」

俺は思うのだけど、別に橋の欄干や街道の標識の先に石細工が付いていなくても、誰も困らないはず。

それがないと橋が落ちてしまう、魔法的な効果とかがあれば話は別だけど。

勿論、この世界でそんな石細工は存在しない。

大昔ならあったかもしれないけど。

「拙者もそうは思うのですが……」

ローデリヒをして、この世界の常識から脱するのは困難なようだ。

うちほどの大物貴族ともなると、建設した橋や街道の標識に綺麗な石細工がついていないとおかしいという常識に縛られている。

「とにかくだ、リサやアマーリエ義姉さんの代わりに、あいつの妹二人を愛人にしろなんて平気で言う奴だ。二度と付き合いはゴメンだね」

人が貴族の柵で苦労しているのに、新たなキング・オブ・バカの相手は御免蒙るというわけだ。

「そもそも、そんなお話を受け入れられるはずもないのですが……」

もし俺がその条件を呑んだら、次々と同じ提案をしてくる貴族が出てくるだろう。

ローデリヒは、改めてアルバンのバカさ加減に呆れるばかりだ。

「石細工をどうしましょうか?」

「他から買えないのか?」

確かに綺麗な石細工だけど、マッテゾン子爵領にしか生産地がないわけでもあるまい。

向こうから売らないと言われた以上は、他から買うしかないのだから。

「あるにはあるのですが、そんなに大量に売ってもらえませんよ」

理由は、王国領では常にどこかで工事が続けられているからだ。

既存の街道標識や橋の修理もある。

数十年、数百年も経てば、石細工も壊れたり風化してしまうものだからだ。

「今の王国はバウマイスター伯爵領開発の影響で経済が上向いております。この機会にと、領内で新しい街道や橋の建設を計画している貴族も多いのです」

他の石細工を作る貴族領も、そう簡単に生産量は増やせない。

いきなりの増産は難しいというわけだ。

「少量仕入れて、あとはその内に石細工をつけます、で誤魔化そう」

うん、日本人的ないいアイデアである。

そんな意味もない石細工は廃止と言うと、俺は石細工職人から仕事を奪う悪人になってしまうからだ。

石細工以外が完成したら未完成でも開通させて、あとは石細工が来てから設置という案で行こう。

「予め言っておくけど、俺は絶対に向こうと妥協しないからな」

俺が妻に迎えたリサとアマーリエ義姉さんを年増扱いで、人の過去の傷までえぐり出しやがって。

それで、自分も俺と同じだと言えるアルバンの性根が凄いと思う。

「ここで一時的に妥協しても、これから何十年もあの男と付き合うと考えると嫌になる。典型的な貴族のバカ息子だな」

俺も貴族だからそんな事は言いたくないのだけど、あいつは色々と酷すぎると感じてしまったのだ。

二度と顔を合わせるつもりもない。

「そうですね……ここで下手に妥協すると、あの手のタイプはますますつけ上がりますし……」

自分の方が上だなんて勘違いでもされたら、これから何十年も上から目線で対応してくるだろうしな。

長い目で見たら、マッテゾン子爵家とは断絶した方がうちの利益になるだろう。

「お館様の仰るとおりですな。何とか他領からの仕入れに切り替えて対応します」

ローデリヒは、マッテゾン子爵家との関係修復を俺に強要しなかった。

噂でバカだとは知っていたが、アルバンがここまでバカだと見抜けなかった自分に責任があると思っているのであろう。

「しょうがないさ、なあ? エリーゼ」

「はい」

あそこまで酷いのは、滅多に存在しないからな。

『貴族の』バカ息子だから目立つのであって、子供がバカな割合に身分は関係ない。

確率で言えば、貴族の息子は教育でマシになるのがいて、むしろ平民よりも少なくなるのだから。

ただし貴族なので、少数のバカが悪目立ちするだけである。

「ですが、一応説明に行った方がいいですね」

「説明?」

「はい」

というわけで翌日、俺は王都へと『瞬間移動』で飛んだ。

今日のお供はアマーリエ義姉さんであった。

リサは妊娠しているから『瞬間移動』は駄目なんだよな。

「王都は久しぶりね」

俺と今日はメイド服姿じゃないアマーリエ義姉さんは、王城に出向いてゲーペル商務卿と面会した。

彼は、最近商務卿を前任者と交代したばかりだ。

四十前後の小太りな男性で、商店街の会長のような雰囲気を持つ男性であった。

「というわけです」

「またか……あの若造は……」

ゲーペル商務卿に事情を説明すると、彼は舌打ちをしながらアルバンへの愚痴を溢す。

「またですか?」

「まただ。あの若造、どれほど自分が偉いと思っているのかは知らんが、バウマイスター伯爵殿以前にも、何回か同じ問題を起こしているのさ」

相手を怒らせるような事を言い、揉めると『お前の領地には石細工は売らない』と言って激怒し、席を立ってしまう。

ゲーペル商務卿の下には、何件かそんな情報が入ってきているそうだ。

「マッテゾン子爵領の石細工は、技術力が圧倒的に優れているからな。農地が少ないから、沢山ある石でを工して食うしかなかったわけだが……」

マッテゾン子爵領は、昔は飢饉になると必ず飢え死にする者が出るほど貧しい領地だった。

それが富裕な領地になったのは、代々のマッテゾン子爵が懸命に石細工職人を育て、保護してきたからだ。

決してアルバンの手柄でも何でもないと、ゲーペル商務卿は説明する。

「だから、デニスに継がせればよかったんだ! あのアホではどうにもならん!」

デニスって、あの時にアルバンの後ろにいた異母兄だよな。

あの兄貴の方が評価は高いのか。

「お詳しいのですね」

「私は商務閥の重鎮だからな。それよりも、問題はマッテゾン子爵領の事だ」

いくら技術があるとはいえ、肝心の新マッテゾン子爵がこの調子では石細工を買う客がいなくなってしまう。

石細工業が死ねば、マッテゾン子爵領は以前の貧乏領地に戻ってしまうのだ。

「飢饉になって、周辺の領地に流民が押し寄せでもしたら目も当てられん。大体、石細工は食料とは違って生活必需品じゃないんだぞ!」

なぜ、橋の欄干や街道の標識に石細工を載せるのか?

それは、王国や大物貴族が考えた経済のためのものだからだ。

いらないと言って付けなければ、そこに需要と金の流れが発生しない。

王国や大物貴族が費用を増してでも石細工を橋や街道に使い、それで石細工職人が生活できるようにする。

無駄だからといって削ってしまっていいものではないが、向こうが殿様商売で嫌われれば、客がいなくなっても仕方がないという話になってしまうというわけだ。

「バウマイスター伯爵領の開発は王国の肝入りだ。石細工は橋や街道の完成時に付いていればいいが、いつ完成したかなんてバウマイスター伯爵殿次第。気長に待って、他の領地から輸入したものを取りつければいい。こんな事を続けていると、マッテゾン子爵領の石細工職人は仕事を失うぞ!」

そう、無理にマッテゾン子爵領から石細工を買わなくても、他の領地から入ってくるのを気長に待てばいいのだ。

完成してはいないが一応使える橋や街道が沢山あっても、それは大規模開発中であるバウマイスター伯爵領内だから問題にならない。

石細工がなくても、他が完成していれば何も問題はないからな。

「バウマイスター伯爵殿が必ず石細工を付けると約束した以上は、私からは何も言えん。それよりも、マッテゾン子爵領の事だな」

「寄子なのですか?」

「だったらどんなに楽か……圧力をかけてデニスを次期当主にできるからな。他の手を考えるしかあるまい……」

会見は短時間で終わり、ゲーペル商務卿は考え事をしながら俺達の下を去った。

アルバンに対し、何らかの処置を取らなければいけないと思っているのであろう。

「アマーリエ義姉さん、行きますか?」

「ええ」

次は、エーリッヒ兄さんと彼の屋敷で会う約束なのだが、仕事を終えた彼が帰宅するまでにはまだ時間があった。

そこで、久しぶりに二人だけで喫茶店に入ってみる。

服装を庶民向けのものに着替え、俺がバウマイスター伯爵だとバレないようにしてだ。

「マテ茶とケーキのセットで」

「私も同じものでいいわ」

俺とアマーリエ義姉さんは、すぐにウェイトレスを呼んで注文する。

「私達って、周囲から見るとどういう風に見えるのかしら?」

どうなのだろう?

別に日本だと、このくらいの年齢差のカップルや夫婦もいなくはないよな。

この世界だと……弟と姉が妥当な線だな、やっぱり。

「弟と姉、もしくは、私が大貴族の正妻だとしたら、若いツバメとか?」

子供を産んで役割を終えた大貴族の夫人などで、若い男性を囲う人も一定数いると聞く。

たまに、年配の貴族女性が若いイケメンの男性を連れているのがそれだ。

ホストに嵌るようなものなのだろうな。

夫である貴族も若い他の奥さんや愛人しか相手にしないケースが多いから、子供さえ産まなければ夫公認なんて人も多いらしい。

俺の周りにはいないけどね。

特にエリーゼの実家は教会関連だから、そんな事をしていたら非難されてしまう。

「アマーリエ義姉さん、そこまでの年齢差はないですよ」

「それもそうか、なら普通に弟と姉よね」

そんな感じだよな。

思えば、実の兄であるクルトよりもアマーリエ義姉さんとの会話の方が多かったのだから。

「ヴェル君、気にしては駄目よ」

「いや、俺は別に……」

アマーリエ義姉さんが、優しく諭すように俺に言う。

「ならいいけど、所詮は他人の無責任な意見だものね」

「ええ……」

アマーリエ義姉さんは、俺がアルバンの暴言を気にしているのではないかと心配してくれたようだ。

俺は気にしているのだろうか?

アルバンの奴は、俺と自分が同じだと言って仲良くなろうとしたけど、色々と違いすぎて同調できなかった。

俺は結果的に兄を排除した。

アルバンも、異母兄を排除しようとしてるのか?

でも、全然前提条件が違うんだけどな。

落ち込むほど気にしているわけではないが、言われてしまったせいで心の片隅に引っかかっている。

そんな感じだと思うのだ。

「つい色々と考えてしまうけど、きっと考えても何も解決しないのよ。全部過去の事だから」

「そうですね」

アマーリエ義姉さんの言うとおりだ。

アルバンの暴言のせいで過去の事まで色々と考えてしまうけど、考えても何かが変わるわけじゃないんだよな。

既に終わった事なので、もう結末を書き直したりはできないのだから。

「だから、気にしては駄目よ」

「はい」

アマーリエ義姉さんにそう言われて、楽になったような気がする。

すると、段々とあのアルバンとかいうバカに仕返してやりたくなった。

あいつ、アマーリエ義姉さんの事を年増扱いしたからな。

「ああ、でも……」

「何?」

「俺は、アマーリエ義姉さんとカール、オスカーにしか悪いと思っていないかも……」

何となくそんな感じはしたのだけど、実際に口にすると俺は酷い事を言っているのかもしれない。

「私達に?」

「結果的に、一つの家族を壊してしまいましたから」

今、アマーリエ義姉さんが母子で別れて暮らしているのは、俺が原因なのだから。

「そんな風に思っていたんだ……でも、気にしなくていいわよ」

「どうしてですか?」

「実の子でも、カールとオスカーが心の底でどう思っているのかはわからない。表面上はあなたを慕っていてもね。でも、私は酷い女で、この生活を気に入っているのよ」

「気に入っているのですか……」

「周囲は酷い女だと思うかもしれないけど、私は今の生活が気に入っているの。だから、気にしないで」

「はい」

アマーリエ義姉さんにそう言われて、俺はまた少し救われたような気がした。

「アマーリエ義姉さん、そろそろ行きましょうか?」

「そうね」

俺達は喫茶店を出てから、今度は王都のあるお店へと向かう。

実は、エリーゼ達にあるものを取ってきてくれと頼まれたのだ。

「妊婦用の下着ですか……アマーリエ義姉さんがいなかったら、恥ずかしくて取りに行けない……」

俺しか取りに行けないとはいえ、下着屋にはあまり入りたくないな……。

アマーリエ義姉さんがいるから、格好がつくのだけは救いだ。

「そう恥ずかしがる事はないぞ。バウマイスター伯爵殿」

「えっ!」

王都でも有名な高級下着店に入ると、そこにはあの魔導ギルドの研究部門のトップ、ルーカス・ゲッツ・ベッケンバウアー氏の姿があった。

彼は魔法陣でイーナとルイーゼの下着を召喚した変態である……ああ、魔法で召喚したのは俺か……。

「そういえば、前に実家は下着屋だと言っていましたね」

妙に下着にも詳しかったからな。

「そうだ、ここはワシの兄貴が継いでいたのだ」

「それで、今日はなぜここに?」

「手伝いだよ」

この下着屋は、ベッケンバウアー氏の兄が継いでいた。

過去形なのは、つい先日そのお兄さんが急死してしまったらしい。

さらに彼には子供がおらず、跡取りはベッケンバウアー氏の次男が養子として入っていた。

「急遽新しいオーナーが跡を継いだのはいいが、まだ若造で色々と問題が発生しておってな。ワシや妻も、お休みの日に手伝っておるのだ」

「そうなんですか……」

この人、下着への知識には素晴らしいものがあるのだけど、少し変態だからなぁ……。

「奥方達がご注文した妊婦用の下着であろう? 出来上がっておるぞ」

というかこの人、よく俺の奥さん達が注文した品まで把握しているよな。

「注文した数が多いからな。たまたま覚えていただけだよ」

そう言ってから、ベッケンバウアー氏は俺に完成した下着を確認するようにと一枚一枚広げて見せてくれた。

さすがはというべきであろうか?

下着の扱いは上手なのだが、やはり変態ジジイにしか見えない。

人間、第一印象が重要というわけだ。

「以上だな。あとは、そちらの奥方の分も買って行くのであろう?」

「はい」

変態だけど、ベッケンバウアー氏は商売が上手だ。

他の奥さんの分の下着を購入して、アマーリエ義姉さんの分だけなしというのは不公平だものな。

「えっ……私はいいわよ」

「いいじゃないですか。今日のお礼ですよ」

あとで、その下着姿を見る俺にも得があるので誰も損はしない。

俺はベッケンバウアー氏にお勧めの下着を訪ねた尋ねた。

「試着等があるので、ワシよりもワシの妻に任せよう。おーーーい!」

「はあーーーい。バウマイスター伯爵様でいらっしゃいますね。いつもありがとうございます」

俺も試着姿を見るわけにはいかないので、あとはベッケンバウアー氏の奥さんが対応してくれた。

試着室があるので、そこで俺達に見えないようにアマーリエ義姉さんに色々な下着を着せてくれたのだ。

「少し大胆じゃありませんか?」

「このくらい派手な方が、旦那様も喜びますわよ」

「布地が少ないのですが……」

「奥様、これが今の王都の流行なんです。色も今年は黒が流行しています」

「黒ですか? 私は白が好きなんですけど……」

「同じ色ばかりだと、旦那様も飽きてしまいますよ」

話を聞くだけでも楽しみ……じゃなかった。

随分と大胆な下着を勧められているようだ。

「バウマイスター伯爵様、大体こんな感じになりましたが」

「いいですね、勘定をお願いします」

「はい、毎度ありがとうございます」

どんな下着かはあとのお楽しみという事にして、俺はベッケンバウアー氏の奥さんに下着の代金を支払った。

「バウマイスター伯爵様、もっと沢山奥さんを貰って下着を買いに来てくださいね」

そして、ベッケンバウアー氏の奥さんの発言に目を丸くさせる。

さすがにそれはないと思いたかった。

「バウマイスター伯爵殿、お買い上げ感謝する」

「それはいいのですけど、例の魔法陣ってどうなりました?」

俺の魔力で色々なものを転送させたあの魔法陣の研究が進んだのかを、俺はベッケンバウアー氏に尋ねた。

というか、あんたの本業はそっちじゃないか。

「ああいう魔法陣の改良は、天文学的な試行回数を繰り返さないと駄目だからな。全然進んでおらんわ」

研究が進んでいないのに、ベッケンバウアー氏はそれを気にする様子もない。

その状態で下着屋の手伝いとは、この人はかなりいい性格をしていると思う。

「それよりもだ、奥方殿、今日の下着は加齢による胸やお尻のタレを補正してくれる機能があるのです。是非ご活用を……」

「まだそこまで垂れていません!」

「あんたは、なんで一言多いのよ!」

またもベッケンバウアー氏が余計なひと言を言ってしまい、アマーリエ義姉さんと奥さんからダブルビンタを食らっていた。

やはり、この人が下着屋を継がないで正解のようであった。

「ヴェル、待っていたよ。アマーリエ義姉さんもお久しぶりですね」

下着屋を出ると、ちょうどエーリッヒ兄さんの終業の時刻となった。

彼の屋敷に向かうと、玄関先で俺達を出迎えてくれる。

「エーリッヒ様も立派になられましたね」

「そうですかね? 本人は実感がないのですけど」

アマーリエ義姉さんはバウマイスター家の籍を抜けていないので、エーリッヒ兄さんから見てもいまだに義姉であった。

女性受けではチートな才能を持つエーリッヒ兄さんなので、久しぶりでもアマーリエ義姉さんと楽しそうに話をしている。

そう、エーリッヒ兄さんは本物のリア充なのだ

二人は仲良く会話を続けていた。

「アマーリエ義姉さん、またバカが出たと聞きましたが……」

「はい」

エーリッヒ兄さんの言うバカとは、勿論アルバンの事だ。

「エーリッヒ兄さん、なぜ俺の下にはバカな貴族が集まるのでしょうか?」

「ヴェル、それに対する正式な返答がほしいのかい?」

「いいえ、ただの愚痴です」

バカの相手をさせられた後には必ず思うだけだ。

なぜ俺を目指してやってくるのかと。

「愚痴かぁ……念のために言っておくけど、私とヴェルの下を訪ねる貴族でバカな奴の確率に変わりはないよ」

「確率ですか?」

「そう、今のヴェルには私の百倍以上の客が押し寄せているからね。例えば十人一人の割合でバカがいた場合、私のところには一人バカが来て、ヴェルのところには百人が来るというわけさ」

大半はローデリヒ達が弾いていると思うけど、それでもたまに混じるからな。

「マッテゾン子爵家の次男はバカで有名だからね。長男の方はよくできた人だと評判だね」

アルバンの後ろにいたデニスという青年、やはり優秀な人らしい。

「でも、血筋が悪いのでは? アルバン本人が下賤な血だと言っていましたよ」

「別にそこまで悪くないよ」

あとは、エーリッヒ兄さんが夕食を準備してくれたので、それを食べながらの話になった。

「今のマッテゾン子爵は、ホーラッド男爵家から正妻を迎え入れたのさ」

ところが、その正妻が三十近くになっても子供ができなかった。

この時代だと、当たり前のように側室が迎え入れられる。

「王都の貧乏騎士の八女、それがデニス殿と二人の妹達の母親さ」

「八女という部分にシンパシーを感じますね……」

俺は八男だからな。

こういう場合、その側室が産んだ嫡男を正妻の養子に入れるなどする。

ところが側室がデニスを産んでからすぐ、今まで子供ができなかった正妻に子供できてしまったらしい。

「うわっ、面倒な話」

当然正妻としては、自分が腹を痛めて産んだ子供に跡を継いでほしいわけだ。

その瞬間から、マッテゾン子爵家は御家騒動に巻き込まれる事となる。

家臣や領民達も、アルバン派とデニス派に分かれてしまった。

「八女でも騎士の娘なら、青い血なので下賤扱いされるのはおかしいのでは?」

「そうだね、でも血筋くらいしかアルバンには有利な点がないんだ」

こうして一歳違いの兄弟が誕生したわけだが、兄のデニスは何をしても優秀なのに、弟のアルバンはご察しのとおりだ。

次第に、デニスの方が跡取りに相応しいという意見が増えてくる。

これにアルバンの母親である正妻と一部家臣が反発し、当主の病気と重なって大きな問題になっているというわけだ。

「どこにでもありそうな御家騒動ですか……」

「アルバンは、自分が優位に立つためにデニスを下賤の血だと批判するようになったわけだね。それしか手がないとも言えるけど」

能力は、完全にデニスの方が上だからだ。

自分が正妻の子だという部分しか、有利な点がないのが辛い。

「なるほど、大変ですね」

「ヴェルはやっぱり放置するかい?」

「向こうから石細工を売ってやらないと言われましたからね」

「そうだね、ヴェルの方から歩み寄ると舐められる可能性があるね。やめた方がいい」

マッテゾン子爵家の話についてはそれで終わり、あとは楽しく世間話をしながら夕食を取ってバウルブルクの屋敷へと戻った。

こういう時には、『瞬間移動』はとても便利である。

自分の屋敷に戻るとエリーゼ達に頼まれた妊婦用の下着を渡し、その日はアマーリエ義姉さんが購入した下着をちゃんと確認してから……その先もあるけど……就寝するのであった。

「ヴェル君、お客様よ」

そして翌日、再びメイド服姿のアマーリエ義姉さんが俺に来客を教えてくれた。

「アマーリエ義姉さん、別に今日はメイド服姿でなくてもいいのでは?」

「何か、気に入ってしまったのよ」

アマーリエ義姉さんが着ているメイド服は、帝国内戦中に試作した現代風のものだ。

バウマイスター伯爵家で採用する時にはスカートの丈を長めにしたけど、従来のものよりも可愛いデザインになっている。

「それよりも、客って誰です?」

「例のマッテゾン子爵家の長男さんよ」

あれからアルバンは激怒して領地に戻ってしまったそうだが、長男の方は残っていたらしい。

しかし、俺に何の用事なのだろうか?

「時間はあるし、少しくらいは話を聞くか」

石細工の仕入れの件もある。

一応、話くらいは聞いておくべきであろう。

「デニスと申します」

「バウマイスター伯爵だ、時間がない。手短に話をしてくれ」

話くらいは聞くつもりだが、他の予定もあるのでそう長々と話は聞いていられない。

それに、こちらが強気に出ないと駄目なので、俺は早く話せと彼を急かした。

「バウマイスター伯爵様、再び我がマッテゾン子爵領の石細工を購入していただきたく」

「お前はバカか?」

俺は、このデニスという男が今回の問題の本質を掴んでいるのか不安になってしまった。

別にうちは購入してもいいのに、向こうが売らないと言ってきたのだから。

「俺よりも、先にアルバンの方を説得してこいよ」

「それは……」

できないんだろうな。

アルバンからすれば、このデニスは血筋の悪い一応年上の兄弟くらいの認識しかない。

下手に諫言などすると、余計に状況が悪くなってしまうというわけだ。

「何とか、バウマイスター伯爵様に御助力をいただきたく……」

「どうして俺が?」

そちらが会見を望み、勝手にわけのわからん提案をして俺を怒らせ、挙句に石細工は売らないと言われたのだ。

こちらが何を協力するというのだ。

「こちらの妻の序列に口を出し、挙句に妹達を愛人として押し込もうとしたよな?」

「それは……」

「その時点で既に手切れなんだよ。石細工は他の領地から買うし、多少石細工の設置が遅れても王宮は何も言わないってさ。じゃあ、そういう事で」

これ以上話を聞いても無駄だ。

向こうに妥協する理由がないので、俺は急ぎ席を立った。

「待ってください! このままだと、我がマッテゾン子爵領の石細工業は……」

「俺のせいじゃないだろう」

それに、バウマイスター伯爵家との取引がなくなっても、他にいくらでも顧客がいるじゃないか。

アルバンのせいで、それも徐々に減っているようだけど……。

「そこを何とか……」

「デニス殿、あんたは基本的に間違っている。間違っている人に手は貸せないな。貸しても無駄だから」

「バウマイスター伯爵様、それはどういう?」

「デニス殿は優秀らしいが、自分の身が汚れるのは嫌らしいな」

そう、デニスが今しなければいけない事は、家臣や領民有志と協力してアルバンを廃嫡し、自分が新しい当主になって俺と関係改善をする事だ。

ところが、デニスはそれをしたくないらしい。

「デニス殿は、駄目な弟領主を支える優秀な兄という世間の評価を捨てたくないんだろう?」

「……」

もしここで弟を廃嫡すると、いくら駄目な弟でも本来の嫡男を追い落とした怖い兄だと非難する者が必ず出てくる。

デニスは、そういう評価を受けるのが嫌なのであろう。

「デニス殿に残された道は二つ。弟を追い落として次期当主になるか、領地を出る事だね」

「領地を出るですか?」

「これからも弟の補佐ができると思っているのなら、甘いんじゃないか? いくら上手く補佐しても、アルバンはデニス殿に憎悪を燃やすだけだ」

アルバンは、デニスが自分を追い落とそうとしていると危険視している。

このままだと、デニスの暗殺を目論むかもしれなかった。

「アルバンとデニス殿、どちらが家臣の支持が多い?」

「……」

「沈黙ということは、デニス殿の方だと俺は思うからな」

「……」

デニスは反論しなかったので、家臣の支持も彼の方が厚いのであろう。

「なら、心を鬼にしてアルバンを廃嫡するしかないな。もしこのまま彼が次期領主として活動すると、デニス殿の妹達はもっと苦境に追いやられるぞ」

マッテゾン子爵家が困窮すればするほど、妹達は条件の悪い家に送り出されるであろう。

何しろ、アルバンは異母妹達も好きではない。

道具として使うのに、何の躊躇いもないのだから。

「覚悟を決めるしかないな。少なくとも、俺はアルバンと交渉する気にはならない」

「アルバン様とは交渉しないですか……」

「悪いけど、顔を見るのも嫌」

「……わかりました。妹達のためにも泥を被りましょう」

覚悟を決めたデニスは、俺の下を辞して領地へと戻っていく。

そして一週間後、魔導携帯通信機にブライヒレーダー辺境伯から通信が入った。

『アルバンが廃嫡ですか』

『元から駄目な跡取りだと評判でしたからね。家臣や領民有志が兄の方を次期当主にしろと、病床の現当主に迫ったそうですよ』

『現当主は、受け入れたのですか?』

『アルバンが色々と問題を起こしていましたからね。あっさりと受け入れたようです』

『そうですか』

さらに一週間後、無事に病床の父親から当主の座を受け継いだデニスが挨拶に訪れた。

「アルバンとその母親は、教会行きにしました」

情けをかけて領地に残すと、また何かしでかすかもしれない。

デニスは、二人を教会に送り込んでいた。

「これでよろしいですか?」

「ええ」

普通に会見をするだけだったはずなのに、えらく時間がかかったものだ。

「つきましては、暫くは石細工の値引きを。こちらも生活もあるので、大幅には値引きできませんが……」

「それはありがたい」

会見は無事に進むが、最後にデニスは一通の手紙を俺に渡した。

今も病床にある前マッテゾン子爵からのものだ。

「なになに……『デニスの背中を押していただき感謝いたします』か……」

「父にアルバンの廃嫡を迫った時、『ようやく決心したか』と言われました」

何の事はない。

デニスの父親も、アルバンは次期当主に相応しくないと思っていたようだ。

正妻の子供だしいい補佐があれば……そう思っていたのに、予想以上に彼が酷いのでデニスに継いでほしいと願うようになったというわけだ。

「父は、安心して死ねると」

こうして、会見は無事に終了した。

私室に戻ると、そこにマテ茶を持ったアマーリエ義姉さんが姿を見せた。

「ヴェル君は優しいわね」

「そうですか? 結構厳しい事を言いましたけど」

実の弟を追い落とせだものな。

とても優しいとは思えないはず。

「結果的には上手くいったじゃない。私が勝手にそう思っているだけだから、ヴェル君がそう思っていなくてもいいのよ」

「俺は優しいですかね?」

「ええ、優しいわよ」

アマーリエ義姉さんからそんな風に言われてしまうと、段々とそんな感じがしてくるような気がするな。

これも、俺がもうすぐ父親になるからかな?

「エリーゼさん達、もうすぐね」

「楽しみですね」

「そうね」

俺は、アマーリエ義姉さんとマテ茶を飲みながら話を続ける。

エリーゼの出産予定日まで、既に二か月を切っていた。