軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九十四話 師匠との死闘。

「師匠! どうしてですか?」

「ヴェルは妙な事を言うね。私の今の立場を考えればわかるだろうに」

およそ十年ぶりに再会を果たした師匠であったが、俺は彼との戦いを強いられていた。

会食の時に顔を合せたターラントという魔法使いは『英霊召喚』という特殊な魔法を使い、既に鬼籍に入っている過去の偉人や達人を呼び出せるようだ。

最初ターラントは、導師のご先祖様である初代アームストロング伯爵を召喚するが、これは術者との相性が悪くすぐに別の人物に切り替える。

次に彼は、俺の師匠であるアルフレッド・レインフォードを召喚し、俺に容赦ない魔法攻撃を加えてきたのだ。

「(本物の師匠なのか?)」

『英霊召喚』の仕組みがわからない以上は、その答えが出せなかった。

もしかすると、ターラントが師匠に変装しているだけなのかもしれないのだ。

「さて、どれほど上達したのか見てあげよう」

師匠は、頭上にドッヂボール大の『氷弾』を数十個も浮かせると、それを次々と俺にぶつけてくる。

「くそっ!」

慌てて『魔法障壁』で防ぐが、その中に一つに罠が潜んでいた。

『氷弾』の貫通力にわざと強弱をつけ、その中の一つだけが『魔法障壁』を貫通して俺の顔に向かって飛んできたのだ。

俺は咄嗟に回避をするが、『氷弾』が頬を掠って切り傷ができる。

軽傷ではあったが、俺はショックを受けていた。

「(氷弾一個だけに魔力を篭めて、あとはダミーか! 魔力を節約しながら俺の強固な『魔法障壁』を少ない魔力で破る。こんな事が可能なのは……)」

こういう魔法の使い方と攻撃方法の組み立て方の上手さは、師匠でしかあり得なかった。

あとは、ブランタークさんが可能なくらいか。

いくら魔力が高くても、若い俺やカタリーナにはまだ到底できない芸当なのだ。

「ヴェル。君はただの変装だと思ったのかな?」

続けて、また数十個の岩弾が展開した『魔法障壁』に炸裂する。

同じくまた一つだけが『魔法障壁』を貫通し、今度は右肩に命中して激痛が走った。

『魔法障壁』を貫通した時に威力が落ち、装備しているローブのおかげで助かっている。

師匠からの攻撃を、師匠からの遺品であるローブが軽減してくれた。

何という皮肉であろうか?

「それよりも……」

師匠は続けて二回も同じ攻撃パターンを繰り返したのに、俺はそれを回避できなかった。

魔法自体はそれほど難しい事はしていないし、師匠の魔力量からいえばそれほど消耗もしていない。

なのに、俺は既に二か所も負傷している。

「魔法はイメージだよ。出会った頃よりも圧倒的に魔力は増えているけど、まだコントロールが足りないね。若いから仕方がないとも言えるけど、戦場ではそういう言い訳は通用しない。惜しいね。私がまた教えたくなってくるよ」

師匠は本物の可能性が強くなった。

死んだはずの弟子の復活で食い入るようにこちらを見ているブランタークさんに対し、嫌味なほど爽やかな笑みを浮かべながらそう言い放ったのだから。

「お久しぶりですね。お師さん」

「その呼び方は……」

「私が二十歳になるくらいまでは、ずっとそう呼んでいたではないですか」

「そんなバカな……。ターラントとかいう奴が、アルが俺を何と呼んでいたのかなど知るはずがない……」

ブランタークさんは、師匠が本物であると知って顔面を蒼白にさせていた。

「お師匠様……」

「カタリーナの嬢ちゃん。暫く済まない」

「いえ。お気持ちはお察しいたします。しかし、あの方は……」

「カタリーナの嬢ちゃん。気持ちはわかるが下手に助けに入るな。それすらあの男は利用するからな。それよりも……」

「はい。本陣の守りはお任せください」

「すまん」

「本当は、ヴェンデリンさんを助けたいのですが……」

「本当にすまない。アルに化けたターラントだけに関わっていられないんだ」

ターラントが師匠に化けた効果は絶大であった。

俺、ブランタークさん、導師を戦場から引き剥がしているからだ。

ここでカタリーナも抜けると、解放軍の本陣が危なくなる。

「ですが、これでヴェンデリンさんに何かがあればいくらお師匠様でも……」

「最悪、俺が犠牲になっても伯爵様は死なせない」

「わかりました」

カタリーナは納得して味方本陣の守りに専念し始める。

「とはいえ、アルが相手か……。一番厄介なタイプの魔法使いなのに」

俺達の決闘以外でも戦況は進んでいる。

テレーゼのいる本陣には大量に矢と魔法が襲い掛かるので、カタリーナは暫くは一人で対応する事を決意していた。

ただひたすら、『魔法障壁』を順次展開して反乱軍からの攻撃を防いでいる。

テレーゼ達やフィリップなどはこちらが気になるようであったが、他の場所では攻防戦が続いている。

こちらに声をかけずに、懸命に指揮を続けているようだ。

「こうなると、お師匠様からの特訓を受けていて幸運でしたわね」

以前の魔法の使い方では、大量の矢と魔法にいつか押されていたかもしれない。

あとはテレーゼの前なので口にしないが、結婚後に魔力も増えていて良かったという考えなのであろう。

ブランタークさんが抜けても、カタリーナは鉄壁の守りでテレーゼと本陣を守っていた。

「アル」

「『英霊召喚』などという魔法は聞いた事が無いですか? ええ、こんな魔法が使えるのはターラントだけです」

師匠はブランタークさんに話しかけながらも、俺への攻撃を止めない。

火炎魔法で俺の周囲だけを攻撃し、それを『魔法障壁』で防いでいると突然地面から尖った岩が大量に飛び出てくる。

慌ててかわしつつ、小型の『ウィンドカッター』で切り裂くが、一つ対処し損ねて右フトモモを切り裂いていた。

ズボンと一緒に皮膚と肉が裂けて激しく出血する。

本来であれば縫わなければいけない深さの傷であったが、先の二か所と合わせて急ぎ治癒魔法で治していた。

俺と師匠との戦いは、俺が圧倒的に不利であった。

魔法を教えて貰った頃の俺と今の俺とでは、魔力量も使える魔法の種類もまるで違う。

だから、実はもし師匠が本物だとしても勝てると慢心をしていた。

それなのに、実際に蓋を開ければこういう結果になっている。

今の師匠の魔力量は俺よりも遥かに低いが、それでも一般の魔法使い基準で言えば上級の上である。

一定以上の魔力があるのでそれを効率良く駆使し、俺の隙を上手く突いてダメージを与えてくる。

ブランタークさんと導師は、動揺しているのもあるが下手に俺達の勝負に割り込むと、それを利用されて致命的な結果をもたらすと考えているみたいだ。

外縁部の敵に遠距離攻撃をかけながら、二人の勝負に割って入る隙を突こうと観察を続けていた。

「このターラントという男は、生まれた時から極端に存在感が薄かったのです」

師匠なのかターラントなのかはわからないが、彼の一人語りは続く。

「親にもなかなか気が付いて貰えなかった。魔力があると知れば普通親は喜びます。それすらなくて、彼は家を出て冒険者になった」

冒険者になっても、ターラントは存在感が薄かったそうだ。

「いくら稼いでも、なぜか誰からも注目されませんでした。不思議な事ではありましたが、これが『英霊召喚』を習得する条件でもあったのです」

自分が無に近いから、過去に死んだ人間の魂を自分の体に簡単に降ろせるというわけだ。

「条件は、その対象が死んでいる事と、名前くらいは知っている事です。その人について詳しく知る必要はない。だから初代アームストロング伯爵を降ろせた。逆に生きている人はいくらその人の事を知っていても降ろせません。生きているから当たり前ですか」

「だから、さほど有名でも無いアルを降ろせたのか……」

「『英霊召喚』はあくまでも魔法名ですね。死んでいる人を下ろしてその能力を駆使させる。ターラントが私を選んだのは、歴史に残る偉大な魔法使いと実力に差が無く、ヴェル、お師さん、クリムトの動揺を誘えるからですね」

「ふんっ! 底意地の悪い!」

「最高の褒め言葉です」

説明を続けながらも、師匠の攻撃は続く。

基本は俺の目を晦ませてから、フェイントで嫌らしい一撃を加える。

それがわかっているのに、俺はそれを防げないで負傷し続けていた。

ローブは頑丈なので切れないが、その下のシャツやズボンは切り裂かれて血で染まっていた。

負傷は治癒魔法で治せるが、負傷ばかりしているので精神的な疲労感が強い。

出血量も徐々に増えていて、失った血は治癒魔法では回復しないので体が少し重くなってきた。

「意外としぶといな。私の予想以上に揉まれたのかな? だが……」

俺は肩で息をしているのに、師匠の方はブランタークさんに話しかけながら余裕の表情を浮かべていた。

「お師さん。ヴェルは成長していますね。唯一惜しいのは、これ以上成長する時間が無い事ですか」

「お前。自分の弟子を殺すつもりか!」

「殺します。仕方がありません。今、ターラントは引っ込んでいるのですが、主導権は彼にあるのですから、私は逆らえないのです。しかし惜しい。ここまで素晴らしい魔法使いに育っているのに」

「アルフレッド!」

ここで、今まで静かにしていた導師が突然大声をあげる。

親友との再会と、俺への容赦ない攻撃に爆発してしまったのであろう。

「クリムト。あなたが、体捌きなどを教えたので?」

「何か至らぬ点でもあったか?」

「いや。ヴェルはまだ若い。全て時間が解決可能な問題です。ですが、その時間はもう無いのです」

「時間が無い? 残念ながらここは戦場で、師匠と弟子の再会対決ゴッコが許される場所では無いのだがな。アルこそ、何か考え違いをしているのではないのか?」

「左様、ブランターク殿の言う通りであるな。色々と思う所はあるが、ここは三人でアルフレッドを再びあの世に送るべきであるか」

俺の苦戦を見て、ブランタークさんと導師も参戦を決意したようだ。

ただし、この二人が抜けた分、解放軍の魔法使い達は忙しさを余儀なくされていた。

そのくらいこの二人は圧倒的で、数が多い反乱軍との戦闘を支えていたというわけだ。

「(しかし、変だ?)」

俺は肩で息をしながら疑問を感じていた。

師匠が俺に一対一の勝負を挑んでも、ここは戦場なのですぐにブランタークさんと導師が助っ人に入ってくる事くらい理解しているはず。

それなのに、この余裕は何なのだと。

「いくらアルでも、三対一では苦しいよな」

「一対一の正々堂々の勝負を見守るのが人情であろうが、そうも言っていられないのである」

ブランタークさんと導師が師匠との距離を縮めると、それを見た師匠は突然大きな声で笑い始める。

「お師さんとクリムトこそ甘い。私が三対一で戦う理由がどこにあるのです? その前に、勝てるわけがありませんよ」

「では、降伏するか?」

「お師さん。それは絶対に出来ないのですよ。私は、ターラントの支配下にあるのですから。そして、解決策もターラントが準備してくれています」

そう言うのと同時に、師匠は懐から出した二つの物体を二人の前に放り投げる。

地面に落下したそれを見ると、拳大ほどの黒光りのする魔晶石に見た事もない幾何学的な文様が掘られた銀色の枠が付いた装飾品のように見える。

「魔道具? 見た事が無いがもしかして……」

「さすがはお師さん。正解です。これは、ターラントが私にこれ以上喋るなと言うルートから仕入れた物」

つまりは、ニュルンベルク公爵が地下遺跡から入手した古代魔法文明時代の遺産なのであろう。

「少し設定に時間がかかりますがね……」

師匠が目を瞑りながら何かの呪文を呟くと、二つの魔道具の形状が変化を始める。

徐々に人型になっていき、遂には師匠とまるで同じ恰好になっていた。

「これで三対三ですよ」

「そんな木偶に負けるか!」

「確かに木偶ですけどね。これが意外と性能が良いのですよ」

二体の木偶は、それぞれにブランタークさんと導師の前に立つ。

そして、躊躇う事無く二人に攻撃を開始していた。

「それに、別に勝つ必要など無いのです」

「俺を殺すまでに、二人を釘づけに出来ればいいから?」

「正解だよ。ヴェル」

木偶は、師匠の戦闘パターンと魔晶石に込められた魔力によって戦うコピー兵器のようだ。

今の師匠が木偶の方に意識を集中しているのは、自分のデータを木偶に反映させるのに時間がかかるからであろう。

「(木偶の操作はターラントがやっているのか? それでも、今は俺に目を向けていない)」

このまま師匠の行動を座視すると、こちらが不利になってしまう。

一対一の決闘などという綺麗事は捨てて、俺は密かに『ウィンドカッター』を師匠に向けて放っていた。

戦場で卑怯もクソも無いと言ったのは師匠自身である。

「良い判断だ、ヴェル。だが、私には効かないね」

師匠は木偶を操作しながらも、俺が放った『ウィンドカッター』を『ウィンドカッター』で相殺していた。

しかも、瞬時に自分に当たるとダメージになりそうな部分にだけ当てて相殺している。

この状況でも、自分の魔力を節約する事を止めない。

恐ろしいまでの冷静さだ。

「私はヴェルよりも魔力が少ないからね。節約は基本だよ」

自分と俺との魔力量の差を理解しつつ、自分は効率良く魔法を駆使して俺を追い込んでいる。

全く隙が無く、段々と打てる手が思い付かなくなってきた。

「ヴェル。見てごらん」

木偶の設定は完全に終わったようだ。

一体はブランタークと戦っている。

「ちっ! 今の俺では偽物でもアルには勝てん!」

師匠の木偶は、ブランタークさんを防戦一方にしていた。

魔力の量では負けていて、ブランタークさんに有利だと思われていた技術でも、既にほとんど差は無くなっている。

二人は様々な魔法を放ち合って相殺していたが、ブランタークさんの方が押されているのが現状だ。

「木偶だから何とか戦えている。これがもし本物のアルなら、俺はもう死んでいるな」

咄嗟の判断力や対応力が欠けている木偶だからこそ、ブランタークさんがこれまでの経験で何とか対応している。

前にブランタークさんが言っていた、もう魔法使いの力量では師匠に抜かれているという発言は事実であったようだ。

「お師さん。木偶を倒さないとヴェルの救援に来れませんよ」

「そうだな」

ここで激高して自分を見失わないのは、さすがはブランタークさんであろう。

ただ、徐々に呼吸が乱れて追い込まれているのも事実であった。

「こんな物を大量に使われたら俺達は負けるな」

「でしょう。ターラントの雇い主はこれを絶賛量産中ですとも。私の軍団が大陸を席巻するのです」

「ほほう」

師匠の軽口に、ブランタークさんは意味ありげな笑みを浮かべていた。

わざとふざけたような口調で師匠がそう言うという事は、木偶を発生させる魔道具はこれだけしかないという事なのであろう。

「さて。クリムトは頑張っているのかな?」

「ちっ! この手数の早さと魔法の威力と収束力は、アルフレッドの能力をコピーしているだけはあるのである!」

今度は導師の方に視線を送ると、そこでは導師が木偶から大量の魔法を連発されて防戦一方の状態であった。

「ヴェル。クリムトの魔法は常に激流だ。こういうタイプの魔法使いに、タイプの違う受け流すタイプの魔法使いが対応する。すると、どうなると思う?」

「戦況が膠着する?」

「そんな物語のような話は滅多に無いね。クリムトの攻勢を受け流せる者など滅多にいないさ。これに対抗するには、それよりも強力な攻撃で圧倒する」

実際に、導師と戦っている木偶は師匠と同じレベルで大量の魔法を連続して放っていた。

これには導師も防戦一方で対応するしかない。

下手に攻勢に入ろうとすると、大量の魔法を叩き付けられていくら導師でもズタズタにされてしまうはずだ。

「いや、しかし……」

師匠の魔力量では、今の魔力が増大した導師に勝てるはずもない。

いくら初手で圧倒しても、魔力が尽きてしまえばあとは負けるだけなのではと思ってしまう。

「そんな心配はいらないさ。私がヴェルを殺すまでのわずかな時間、お師さんとクリムトが手を出せなければ良いのだから」

いくら師匠の能力をコピーしたとはいえ、所詮は木偶。

だから足止めだけに使って、俺を殺すのは自身がやる、という事のようだ。

「えらく評価されていますね」

「まだそんな事を言う余裕があるんだね。助っ人は自分の身を守るので精一杯だ。さて、ヴェルはどう戦うのかな?」

木偶の設定が終わり、再び全ての意識を俺に集中する師匠。

その整った顔を見た俺は、心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚えるのであった。

「駄目だ! 俺では木偶でもアルに勝てない! 導師!」

「ふぬぅーーー! 少しでも防御に手を抜くと、某でも一瞬であの世行きである!」

ブランタークさんと導師は、師匠の戦闘データと魔道具に付属していた魔晶石の魔力量によって防戦一方であった。

「なかなか致命的なダメージを与えられないね」

そして俺は、師匠の攻撃を受け続けて体中から出血している。

致命傷はどうにか避けているが、必ずダメージを受けてそれが俺の体力を削っていく。

こちらも攻撃を仕掛けるが、それは綺麗にかわされてしまう。

「ヴェル。ちゃんと相手の攻撃パターンを見てから魔法を放たないと、無意味に魔力を消費するだけだ」

「……」

「ここまで良く頑張ったね。では、そろそろ終わりにしようか」

師匠がそう言うのと同時に、俺の視界からその姿が消えてしまう。

そして、次の瞬間に俺は後ろに気配を感じていた。

「バカな!」

慌てて『魔法障壁』を強化するが、その前に師匠は俺に致命的な一撃を加えていた。

俺の腹から、火炎の刀身が突き出ていたのだ。

彼は魔法剣の柄など持っていない。自分の手からイメ―ジだけで炎の刀身を出していた。

「ヴェル。魔法はイメージとコントロールだよ」

昔に、師匠が十本の指先全てから『火種』を出し、それを数字の形にしたのを思い出す。

0から10までの数字の炎を、カウントダウンしながら順番に指先に再現したのだ。

俺も出来なくはないが、まだ数字の炎を出すのに時間がかかっている状態だ。

「そんな……、早い……。それに師匠は、『瞬間移動』は使えないはず……」

その前に、あの装置の影響で移動系の魔法は使えないはず。

だが、実際に俺は腹を貫かれて、徐々に意識が遠のいている状態であった。

「私は極めて短距離での『移動』しか出来ないのでね。もう一つの手品のタネについては秘密という事で」

「ぐほっ……」

腹を焼き貫かれた俺は、口から血を吐きながらその場に倒れてしまう。

「バウマイスター伯爵!」

「クリムト。人の心配をしている場合ではないと思うけど」

「アルフレッドぉーーー!」

導師が俺の救援に入ろうとするが、彼も師匠の木偶が放つ大量の魔法の前に防戦一方であった。

助けになど入れるはずもない。

「戦争だから、私というかターラントが準備を怠るはずもない。少し考えが甘かったのでは?」

「クソっ……」

師匠の意識が導師に向いている間にどうにか少しだけ身を起こすが、体中に焼けるような激痛が走り、大量の出血で体が重かった。

これでも脳内にアドレナリンが放出されて痛みは和らいでいるはず。

おかげで、気絶はしないで済んでいた。

地面が俺の血で染まっている。

幸いにして急所や内臓は逸れているようだが、出血が酷くて意識が遠のいていく。

「治癒魔法もそれなりに練習したようだね。体は重いようだけど」

何とか治癒魔法で傷を塞ぐが、大量の血を失ったのでとにかく体が重い。

魔力はまだ十分に残っている。

それなのに、師匠にはまるで手が届かない。

魔力が多い俺の方が圧倒的に有利なはずなのに、実際には師匠の巧みな技術で一方的に打ちのめされている。

次第に絶望感に襲われてくる。

師匠が大き過ぎて、俺には永遠に勝てないような気がしてきたのだ。

「アル……」

いつも頼りにしているブランタークさんですら、師匠の木偶に押されてピンチに陥っている。

今の彼は、自分が殺されないようにするのが精一杯だ。

導師も同様で、ただ師匠の木偶が放つ大量の魔法を防いでいる。

「アルフレッド!」

「ちゃんと防がないと、後方の味方が大量に死ぬね」

「貴様ぁーーー!」

「言っただろう、クリムト。これは戦争だと」

師匠とターラントは、俺を殺すばかりでなく冷静に解放軍の戦力の要であるブランタークさんと導師の動きを封じている。

もし二人が逃走を図ると、後方の味方陣地が木偶の魔法で蹂躙されるという寸法だ。

これに気が付いた二人は、余計にこの場から動くわけにはいかなかった。

「師匠は……。偉大な魔法使いであり、優秀な参謀の才能も秘めている?」

「さあ? どうなのかね?」

あとは、魔力量だけでは測れない師匠の驚異的な強さであろうか?

決して自分の力だけに奢らず、どんな物でも利用して俺の命を狙っているのだから。

「お師さん。クリムト。このような再会で非常に申し訳がないね」

「本当にクソったれだな!」

「久々に会ったら、嫌な奴になっていたのである!」

ブランタークさんと導師の動揺が俺にでもわかる。

やはり、師匠はこの二人にとって重要人物なのであろう。

俺も勿論そうだが、この中で一番付き合いが短い。

俺が知らない、色々な友情や思い出があるのかもしれない。

「三人も優秀な魔法使いがいて、私相手にこれでは情けなくなるね」

師匠の言葉で、俺達はますます気持ちが沈んでしまう。

特に俺は出血による体の重さもあり、このまま負けを認めてしまいそうになっていた。

「師匠……」

「諦めて素直に私に殺されるのかな? それも賢い選択ではあるよ。さっきも言ったが、あの世で私が魔法を教えてあげよう」

「……」

もし本当にあの世という物があるのなら、それでも良いのではないか?

気持ちが完全に諦めに傾こうとした瞬間、後方から若い女性の声が聞こえてくる。

「あなた! いけません!」

「エリーゼ?」

それは、城壁の上から叫ぶエリーゼの声であった。

普段の可愛らしく大人しい声からは想像もつかないほど、凛とした声で俺の耳から入って脳天を刺激する。

「声に『聖』魔法が混じっている?」

師匠の意識は、一瞬にしてエリーゼへと向かっていた。

「『聖』系統の『英霊召喚』とはいえ、死者を呼び出しているのには違いがありません! 死者がのたまう死の呼びかけに騙されないでください!」

エリーゼの声には、『聖』魔法が織り込まれているらしい。

次第に今まで重かった気持ちが晴れやかになっていく。

体の方も、徐々にではあるが元に戻りつつあった。

「やはり! 死者の攻撃は、生者に極度の疲労感を与える物もあるのです。あなた!」

エリーゼは、フルスイングで俺に向けてドッジボール大の青白い魔力玉を飛ばしてくる。

いつものおしとやかなエリーゼでは考えられないほどアクティブな動きであった。

「くっ! あの女性は治癒魔法を飛ばせるのか!」

師匠は舌打ちをすると、俺から少し距離を置いた。

その直後に青白い治癒魔法の玉が俺に当たり、体の重さなどがスっと消えていく。

他にも、僅かに残っていた傷や治しきれていなかった部分も元に戻っていく。

やはり治癒魔法では、エリーゼの方に一日の長があるようだ。

「師匠が引いた? そうか!」

師匠は既に死んでいるので、『聖』系統の魔法を食らうとあの世に戻されてしまうのであろう。

なので、それを阻止すべく中のターラントが師匠を引かせた。

「(待てよ。師匠はターラントの体を利用してここにいるわけで、それでも優先権はターラントにあるから、咄嗟の時にはターラントの意思が優先されるのか)」

俺は、何とかこれを利用できないかと頭の中で考えていた。

そして、一つの考えに至る。

「師匠。二度目で申し訳ありませんが、天にお帰りください」

「女性の助太刀を得ておいて、偉そうな事を言うね」

「女性に煽てられると弱い性質なので。それに、これが必ず一騎討ちでないと駄目な理由は?」

「無いね。そう、これは戦争で騎士様の一騎打ちゴッコではない。お師さんとクリムトの動きを木偶が封じている間に決着をつけよう」

師匠は、再び俺に向けて魔法を放ち始める。

先ほどはエリーゼが助けてくれたが、今からは俺が一人で何とかするしかない。

再びフェイントを混ぜた魔法で負傷していくが、さすがに負傷にも慣れてきたようだ。

体の重さも無く、怪我の痛みにも慣れた。

何とか踏ん張りながらチャンスを待ち続ける。

「私の攻撃に慣れてきたようだね。でも、私は君を殺さないといけない。私がそれを望んでいなくても、今の私はターラントの支配下にある存在なんだ。せめてもの情けだ。あの世で一緒に魔法を練習しよう」

「それがありがたいですが、まだ最低でも七十年は先です」

日本人としては二十五歳という短命だったので、この世界で俺は早死にするつもりなどなかった。

「贅沢だね。ヴェルは」

このままでは埒が明かないと、今度は俺の方が先制した。

大量のソフトボール大の火の玉を作って次々とぶつけていく。

その数は数百に及ぶが、師匠はそれを『魔法障壁』ではなくて短距離の『瞬間移動』でかわしていた。

だが、どこに逃げても次々と火の玉を追尾させていく。

残念な事に師匠には一発も当たらないが、俺はその戦法を止めなかった。

「どこを狙っているんだい?」

「あなたの立場ですよ」

師匠に当たらなかった火の球は、後方に着弾して多くの兵士達を焼き払っていた。

それを見ても、師匠は顔色一つ変えていない。

多分、ターラントの方でもどうでもいいと思っているのであろう。

なぜなら、彼はニュルンベルク公爵の子飼いで、前衛の捨て駒部隊など全滅しても構わないと思っているからだ。

「さすがに、少し犠牲が多いかな」

だが、増え続ける犠牲に心境の変化が出たようだ。

師匠はかわせばいいが、兵士達はそうもいかない。

『魔法障壁』が使える魔法使いは全ての部隊に配置されているわけでも無いし、野戦陣地の攻撃に集中しているので、咄嗟の流れ弾に対応できるはずがない。

師匠というよりも中のターラントが、攻撃担当が減ると大変だと思ったのであろう。

今度は、俺のファイヤーボールに小さな氷弾をぶつけて相殺するようになっていた。

「ちっ!」

「師匠。魔力の無駄遣いですね」

「尊い味方のためさ」

などと師匠は言っているが、間違いなく魔力の消費配分を横入りしたターラントに駄目にされて激怒しているはずだ。

それを顔に出さないのはさすがは師匠であったが、心なしか少し焦っているようにも見える。

ようやく、師匠を倒す足がかりを掴めた。

俺は師匠よりも圧倒的に多い魔力を使って、更に攻撃の手数を増やしていく。

「(やはり、魔力の使用配分を妨害されて動揺している)」

師匠は最小限の魔力で味方への魔法攻撃を防いでいたが、それでも彼の魔力量ではすぐに頭打ちになってしまう。

「(俺が唯一師匠に勝てる物は魔力。ならば、それを利用して勝てばいい)」

ようやく攻勢に出た俺は、何とか逆転可能な作戦をようやく考え付く。

そしてそれを実行するために、師匠に心理的な誘導をかけた。

「忘れていましたよ。師匠。今、何が一番大切なのかを」

「是非に教えて欲しいな。ヴェル」

「久しぶりに再会を果たした師匠に情けなく動揺しながら、物語のように一騎討ちをするのではなく、この戦いに勝てば良い」

「正解だね」

師匠は、昔の癖で俺の問いに素直に答えてくれる。

これも隙といえば隙かもしれない。

「そういうわけですので、お覚悟を」

そのためにも、今はとにかく大量の火の球を放ち続ける。

当たらなくても後方にいる敵にぶつかるように調整を行い、その合計が数千を軽く超えたところで遂に師匠にも数発が命中していた。

『魔法障壁』によって弾かれるが、『瞬間移動』のパターンを読まれた師匠には動揺を与えたはずだ。

「ヴェル。非効率な魔力の使い方だね」

「ええ。ですが、このままです」

ようやく百発に数発は命中するようになっていた。

やはり『魔法障壁』によって弾かれるが、その度に師匠の魔力は減っていく。

それ以上に俺の魔力も減るので非常に効率の悪い魔力の削り方であったが、それでも計算では先に師匠の方が魔力が尽きる。

いくら師匠でも、魔力が尽きればただの人だ。

「ヴェル……。君の魔力は……」

「約十一年です。魔力はまだ伸び続けていますよ」

「クリムト! ヴェルは!」

「恐ろしい男であろう。某の魔力も増えているが、もう追い付けぬよ」

大量の火の玉を飛ばしながら、俺は別口で極大火炎魔法の発射準備を終えていた。

上空に直径十メートルほどの巨大な火の玉が誕生し、それに他に小さな火の玉が合流していく。

狙いは師匠ではない。

前線部隊を督戦して良い気になっている、ニュルンベルク公爵が指揮する本隊の場所である。

そこに、超巨大な火の玉をぶつけるのだ。

「ニュルンベルク公爵の傍にいる魔法使いが防げるといいですね!」

距離は何キロも離れていたが、そこまで高速で飛ばす魔力は残っている。

師匠と昔を懐かしんで一対一で戦うよりも、あの男を殺してしまった方が早く内乱は終わる。

その考えに至ったのは、俺がやはり貴族だからなのであろう。

「ターラント。主君の傍を離れて不幸だったな」

俺は師匠がいる方向にではなく、ニュルンベルク公爵に向けて極大の火の玉を放っていた。

「やらせん!」

すると、咄嗟に師匠がそれを止めに入る。

『魔法障壁』と『氷玉』を発生させて、俺の火の玉を打ち消そうとしたのだ。

徐々に火の玉が小さくなるが、そこに俺は追加で火の玉を加えていく。

師匠はまた『氷玉』を作って火を消していくが、目に見えて師匠の魔力は減っていた。

「やはり、純粋な師匠ではないな」

もし百パーセント本物の師匠ならば、火の玉の阻止などしない。

この行動は、ターラントの支配力の方が強いからこそ起こり得る現象であった。

「ターラントは飼い主の安全が第一。師匠は、ニュルンベルク公爵の命などどうでもいいからな」

暫く火の玉を挟んで押し合いが続いていたが、ここで師匠が強引に巨大な『氷玉』を発生させて火の玉を完全に消していた。

師匠が安堵の溜息をつくが、これは師匠ではない。

ターラントがニュルンベルク公爵に害が無くて安心しただけだ。

「(師匠。魔力も残り少ないですね)」

これはチャンスであった。

もし魔晶石などで魔力を回復させられると、また面倒な事になってしまう。

どうせ、技巧を凝らして戦おうとしても怪我ばかりするのだ。

ならば……と、魔法の袋から魔力剣の柄を取り出して一気に師匠との距離を詰める。

師匠はやはり予備の魔晶石で魔力を回復させようとしていた。

だが、その隙を突かれて懐に入れたので、急ぎ自分も手から『魔力剣』の魔法を出して俺にその火炎の刃を向ける。

「覚悟!」

俺が咄嗟に氷の刃を出した魔力剣は、師匠の心臓の部分に突き刺さる。

ほぼ同時に師匠が出した火炎の刃は、俺の右肩口に突き刺さって貫通していた。

再び右肩に焼けるような激痛が走るが、心臓を突かれた師匠の方が負けなのは誰の目から見ても明らかであった。

「ヴェル。お見事」

「師匠!」

心臓を突かれて、既にターラントは即死状態のはずだ。

師匠が喋れるのは、彼の本体が『英霊召喚』で呼ばれた魂だからであろう。

「大きくなったね。強くもなった」

「いえ。正当な方法では俺は勝てずに……」

「それでいいんだ。魔法なんて道具に過ぎないのだから、どんな使い方でも勝てばいい。私はターラントに逆らえないから、本気でヴェルを殺しにいった。ヴェルがそれを見抜いて敵本陣を狙って極大魔法を放ったから、ターラントはいつもの癖で守りに入ってしまった。それを考えて実行したヴェルの勝ちだよ」

「師匠……」

「ターラントが私に任せたままだったら、ヴェルを殺していたかもしれないね。だが、あの男は咄嗟に体のコントロールを奪って主人を庇う動きをした。それで余計な魔力を削られてしまったから私はヴェルに負けたんだ」

十年ぶりに会えたのに、俺はまた彼を強引に成仏させようとしている。

それを思うと、自分の酷さに涙が出てくるのだ。

「アルフレッド!」

「アル!」

「やあ。お師さんにクリムトか。今のうちに謝っておきます。すいません」

「いいんだ。もうそんな事は」

勝負がついたとわかると、導師とブランタークさんも駆け寄ってくる。

二人を翻弄していた二体の木偶は、操作をする師匠が倒されたのと同時に元の魔道具に戻っていた。

そして使用限界が来たのか?

ボロボロになって崩れ去ってしまった。

「発掘品で、経年劣化による品質低下もあったのかな?」

「お前はいつも冷静だな」

「相変わらずの博識よ」

「私はただあの世から呼ばれただけさ。ターラントと知識が同化して一部の情報を得たに過ぎないのさ」

横たわる師匠に、右肩口の出血を手で抑える俺と、ブランタークさんと導師が囲む。

「今だ! あの三人を殺せ!」

「邪魔だ!」

「引っ込んでいるのである!」

ターラントの死で、彼の存在感の無さが消えたからなのか?

一部敵部隊がこちらに押し寄せてくるが、それらは導師が火の蛇でブランタークさんは『ウィンドカッター』で切り裂いて虐殺していた。

更に……。

「例えそこが戦場でも、それは無粋よ」

「大切なお話があるから侵入禁止だよ」

「近付けさせない」

イーナは槍の投擲、ルイーゼは投石、ヴィルマは容赦の無い狙撃で敵軍の接近を防ぎ始める。

「今だ! 討ち取れ!」

それでもまだ押し寄せる部隊があったが、それらは全て轟音と共に地面に倒れ伏していた。

「帝国の野蛮人は、人の心を解せぬのか?」

ミズホ上級伯爵が命じた魔砲隊による射撃で、彼らは血に染まって地面に倒れ伏す。

彼は、俺達と師匠のと別れの時間のために貴重な魔砲を連発してくれたのだ。

「これは、反乱軍とやらの負けだね」

「まだ戦力比で不利だがな」

「可愛そうに、私も切り札の一つだったのに失敗しましたからね」

「自分の事を、良くそこまで冷静に言えるな」

「もう死んでいますから」

三度目の死が近いのに、地面に寝かされた師匠はブランタークさんと仲良く話を続けていた。

今は普通に話が出来るが、本体であるターラントは即死しているのでもうすぐ再びあの世に召されてしまうようだ。

「クリムト。ヴェルに教えてくれたのかい?」

「さわりだけであるがな」

「そうか。感謝するよ。本当は一杯奢ってやりたいけど、もう時間が無い」

「残念であるな」

導師の声が、いつもよりも暗いような気がしていた。

久しぶりに親友に会えたのに、もうすぐ別れなければいけないからであろう。

「あなた!」

更にそこに、俺を助けてくれたエリーゼが数名の王国軍人の護衛と共に姿を見せる。

護衛は、野戦陣地を出るのでフィリップが付けてくれたのであろう。

「エリーゼ。ここは危ないぞ」

「あなた。物凄い怪我ではありませんか」

エリーゼから指摘されて、俺は右肩を貫かれていたのを思い出す。

不思議な物で、気が付くと同時に右肩に激痛が走っていた。

「すぐに治します」

エリーゼの治癒魔法により、俺の肩の傷は数秒で治っていた。

元々精度は完璧なのに魔力も増えているので、今のエリーゼは間違いなく大陸有数の治癒魔法使いであろう。

「素晴らしい治癒魔法だ。これほどの達人はそうはいない」

その様子を見ていた師匠が、エリーゼの腕前をベタ褒めしていた。

「しかも美人だ。治して貰う方も嬉しい」

ついでに、ジョークも忘れない。

師匠はイケメンなので、こういう発言をしても厭らしさを感じないので得かもしれない。

「ありがとうございます。ヴェンデリン様の妻のエリーゼです」

「ヴェル。綺麗な奥さんだね」

「自慢の奥さんですよ」

「少しヴェルに嫉妬したのと、私も結婚くらいしておくんだったね」

師匠は俺とエリーゼを交互に見ながら、穏やかな笑みを浮かべていた。

「そうであるな。アルフレッドよ。ブランターク殿まで今は結婚しているのであるから」

「お師さんがか。それが一番驚いたね」

師匠から見ても、究極の独身主義者であったブランタークさんの結婚は驚愕の事実であったようだ。

「お前も、あの世で結婚しろ」

「それもいいかな? あの世には、歴史に残る美女もいますから」

「お前はモテるんだから、上手く口説け」

「頑張ってみましょう」

死者と、その知己や友人達で和やかに話をする。

周囲は過酷な戦場なのに奇妙な光景だと俺は思っていた。

それでも、俺は師匠に会えて心から嬉しかったのだ。

「ヴェル。大分怪我をさせて済まなかったね」

「いえ。その気になれば、俺を殺す事も出来たのでは?」

特に、あの背後からの一撃だ。

師匠はターラントの支配に懸命に逆らいながら、機会を待っていたのであろう。

「今の私とヴェルにそこまでの実力差は無いよ。こういう戦闘方法は初回だからヴェルに通用したんだ。次からはヴェルも魔力を大量に用いて防御を行うから、私もそこまで優位に立てない。それに、ヴェルは必ず致命傷を避けていた。無意識にやっているから、クリムトのおかげなのかな?」

「某にも、良い修行相手であったぞ」

「あはは……。それは災難だったね」

「酷い言い方であるな」

「君は時に極端すぎるのだよ」

師匠も、過去に導師の鍛錬に付き合って酷い目に遭ったのかもしれない。

乾いた笑顔を浮かべていた。

「さて。もう時間だね」

師匠の体から青白い光が立ち昇っていき、徐々に師匠の顔が薄まってターラントの顔に戻っていく。

「この男の付けているペンダントは使える。ヴェルにあげよう。人の物なのに偉そうに言っておくけどね」

「師匠!」

「お師さんも、クリムトも、エリーゼさんもお元気で。ヴェル。大きくなった君に会えて良かったよ」

最後にそう言い残すと、師匠の顔は完全に消えてターラントの死体に戻っていた。

やはり心臓を突かれたので即死状態であったようだ。

全く呼吸をしておらず、既に息はなかった。

「師匠。俺は泣きませんよ。ただ、あなたの死を弄んだニュルンベルクに一撃を与える」

師匠の言う通りに、ターラントは青い宝石の付いたペンダントを首にかけていた。

どういう効果なのかは簡単に予想がつく。

移動魔法の阻害をキャンセルする装置なのであろう。

自分の首にかけて早速『飛翔』で浮かんでみる。

「完璧じゃないんだな」

試作品なのか不完全品なのか。

上空二十メートルほどまで浮かぶと、そこで止まってしまう。

師匠の言う通りに、ある程度決められた範囲内でしか『移動』できないのであろう。

どうやら師匠の魔法特性の話ではなく、この魔道具の効果の限界でもあったようだ。

「それでも、今はこれで十分だ」

両軍の戦いが続いている上空で、俺は再び極大火弾魔法の準備を開始する。

俺の更に上空に巨大な火の玉が徐々に生成され、それを見た敵軍から魔法や矢が飛んでくる。

『魔法障壁』で防ぐが、先ほどの師匠の攻撃に比べれば何の工夫も無い普通の魔法でしかない。

全てそのまま弾いていた。

「(目標は……)」

俺は、双眼鏡でこの火の玉を飛ばす場所を探し始める。

ニュルンベルク公爵がいると思われる本陣では、先ほど師匠に消された巨大火の玉に警戒したのであろう。

複数の魔法使いによって、強固な『魔法障壁』が張られているのが確認できた。

「(残念ながら、そこじゃないよ)」

先に本陣を狙った魔法で、あの聡いニュルンベルク公爵の事だ。

俺からの暗殺に警戒して、とっくに対策を施しているであろう。

既に、影武者に入れ替わっている可能性があった。

「(標的はあんたじゃない! これだけの大軍の弱点となる……)見付けた!」

かなり遠方に、それはあった。

反乱軍十五万人に補給を行うために、食糧などの物資が山積みにされた臨時の一大補給所が。

ここにも魔法使いが守っている可能性があるが、実力や人数は本陣ほどではないはずだ。

全ての拠点に優秀な魔法使いを大量に配置できるほど、どちらの陣営にも余裕などないのだから。

「まさか、現地調達もできない」

ソビット大荒地周辺に、十万を超える軍勢に食料を補給可能な拠点などない。

つまり、この食料を焼いてしまえば反乱軍の行動に大きな掣肘を加える事が可能であった。

帝都などから補給は来るであろうが、敵に大きな手間をかけさせる事は出来る。

「師匠の弔いだ。食事でも抜けニュルンベルク公爵!」

俺は、推定二キロ後方にある反乱軍の補給所に向けて火の玉を放つ。

着弾寸前に一人の魔法使いが『魔法障壁』を張って防いでくるが、俺は予備の魔晶石を使って魔力を補充しながら『ブースト』をかけていく。

威力が増した火の玉を、補給所を守る魔法使いは懸命に『魔法障壁』で防ぎ続ける。

応援が欲しいところであろうが、本陣の魔法使い達にはどうでも出来ない。

なぜなら、『移動』系の魔法を封じてしまったのは自分達であったからだ。

遂に『魔法障壁』は粉砕され、その魔法使いごと補給所は焼かれて積み上げていた物資が火炎に包まれる。

最近では雨も少なく乾燥しているので、火の回りは相当に早いようだ。

後方にいる反乱軍の間に、見てわかるほど動揺が広がっていた。

「成功だ!」

あとは、城壁に戻って防戦を続けるだけである。

後方の様子がわからない前衛部隊は変わらず攻めていたが、徐々に後方の動揺が伝染して勢いが落ちていく。

次第に補給所の火事が草原にも広がってそれに気が付く反乱軍兵の数が増え、遂には後退命令が下されたようだ。

補給所の鎮火に失敗した後方部隊から順に撤退していく。

そして、前衛部隊はそのまま殿としてこちらの追撃を防ぐ事になる。

「減らせる時に減らさないとな」

「抜刀隊準備!」

「バウマイスター伯爵。エルヴィンを連れていくぞ」

テレーゼの命を受けたアルフォンス、ミズホ上級伯爵、フィリップなどは追撃を即断していた。

なぜなら、今こちらに背中を見せて敗走している時こそ、反乱軍に打撃を与えるチャンスだからだ。

「俺も行きます」

「付き合おう」

「某も、魔法ばかり防いでいて消化不良である!」

「馬を借りて急ぎましょう」

「伯爵様。あの魔道具はどうなんだ?」

「あはは。これも完成品ではないようですよ」

師匠が連続使用し、最後に俺も使った『移動』魔法阻害キャンセラーのペンダントは青い宝石の部分が割れて使えなくなっていた。

そこで、急ぎ馬を借りて追撃を行う事にする。

「ひいっ! バウマイスター伯爵!」

「ここで死ぬか。武器を捨てて降伏するかだ」

「降伏する! 命は助けてくれ!」

俺達三人は、三百名ほどの王国軍組を連れて追撃を開始する。

だが、殿は元々捨て駒部隊で士気も低く、加えてニュルンベルク公爵の督戦部隊も撤退したので大半が呆気なく降伏していた。

先に出たエル達は、その督戦部隊を中心に斬り込みをかけているようだ。

前方では、激しい剣撃の音が聞こえてくる。

「武器を地面に捨て、両手を頭に抱えてそのまま! 後方から捕虜を管理する部隊がすぐに来る。変心して戦いを挑んだら、容赦なく骨まで焼く」

「しません! 言う通りにします!」

「ニュルンベルク公爵にそこまで義理は無い!」

師匠との戦闘で大量に出した火の玉に、補給所を全て焼き払った俺に武勇自慢の傭兵や貴族でも大半が震え上がって降伏を受け入れていた。

「アルの件で頭にきていたんだが、思った以上に楽だな」

「みんな。バウマイスター伯爵の火炎魔法で焼かれたくないのが心情なのである。降伏でも相手の戦力は殺げるのだから、このまま追撃は続行である!」

結局夕方まで追撃を行い、俺達だけで一万人近い捕虜を得たはずである。

ただ敵も然る物、ニュルンベルク公爵子飼いの部隊はあまり犠牲を出さずに撤退に成功し、まだまだ戦況は安心できるような状態にはなっていなかった。

それでも、勝ちは勝ちである。

野戦陣地に、解放軍の歓喜の声がコダマするのであった。