作品タイトル不明
第21話 夜の酒場にて
星明りが照らす中、薄暗い夜の街をアレンが歩いていく。
街の中心に近づくにしたがって魔導具の街灯がぽつぽつと増えはじめ、出歩く人々の姿も多くなっていくが、その数は昼のライラックとは比較にならないほど少ない。
国内の他の街と比べても治安の悪くないライラックではあるのだが、やはり闇にまぎれる事が可能な夜という時間帯はなにかとトラブルに巻き込まれる事も多く、基本的に一般人が出歩く事は少ないのだ。
出歩いているのは自分は絶対に大丈夫だと根拠のない自信を持つ者や、なにかあったところで何も失うものがないと考えるような者、そして襲われても対処できるだけの力があると考えている者などに限られる。
その中で一番多いのは最後の、力があると考えている者であり、その中には当然冒険者も含まれていた。
というより、夜に出歩くような者は仕事を終え酒場に繰り出す冒険者が圧倒的に多かった。門が閉まる午後9時以降に営業しているのは基本的にそういった酒場のみであることからもそれがうかがえた。
アレンの目的地もそういった酒場の1つであり、その中でも比較的高級な部類に入る場所だった。
トレント材で作られた年季の入った扉を開き、わざと光量を落として落ち着いた大人の雰囲気を出している店内へとアレンが入る。
そしてゆっくりとした足取りで、しかし一切迷うことなく店の奥へと歩いていった。
出入り口からでは見えない奥に設置された特別な席に目的の人物たちが座っているのを見つけたアレンは、そこへと近づいていく。
テーブルに5つ用意された席の中で1つだけ空いている席へと手をかけ、アレンが小さく笑った。
「ここにいるって事は疑いが晴れたみたいだな」
声をかけてきたアレンへ座っていた4人の視線が集まる。そこにいたのはナジーム、パーシー、トリン、ピートという金級パーティ『ライオネル』のリーダーであるライオネルを除いた4人だった。
いつもであればライオネルに同調してアレンをはやし立てたりする彼らだが、今はそんな様子もなく穏やかな表情でアレンを見つめていた。
「立っているのもなんですから、アレンさんもお座りください。今日はライオネルのおごりですのでどれだけ高いお酒を注文していただいても構いませんよ」
「おっ、マジか。っていうか当の本人がいないが、やっぱいつも通り?」
神官であるトリンの勧めにしたがい、アレンがその空いていた席へと腰を下ろす。
そしてここにいないライオネルのことを尋ねると、4人全員が苦笑した。
「ライは酒に弱いからね。でも今日は飲まずにはいられなかったみたいだよ」
「助けた者に裏切られたのだからな。ライの性格では仕方ないだろう。トリンも怪我を負わされたからなおさらだ」
斥候兼弓士のピートの言葉に、魔法使いのパーシーが同意し、そして言葉を付け加える。
アレンは怪我という単語に反応し、トリンへと視線をやった。
「怪我の状態は?」
「はい、足首をひねったくらいでしたので既に治療は終わっています。すみません、油断してしまいました」
「トリンは悪くねえだろ。悪いのはトリンを押しのけてまで逃げようとしやがったあいつらだ」
申し訳なさそうに謝るトリンに、剣士のナジームが裏切った相手に対する怒りをその顔に滲ませる。
とは言えその怒りも本人が目の前にいる訳でもない今の状況では長続きすることなく、ふぅ、と息を吐くとナジームは表情を戻した。
「それより、アレン。お前の証言助かったぜ」
「んっ? あぁ、あの9階層で聞いた話のことか。別に証言ってほど具体的には伝えてないぞ。お前らが帰ってきたら自分たちで身の潔白を証明するだろうと思ったし。妹も戻ってきてるから面倒は避けたかったからな」
「それでもだよ。あいつ全然諦めなくて、俺たちも困ってたんだがマチルダさんが何か囁いたら途端に大人しくなってよ」
「悪いね、アレン。マチルダさんに少々強引に聞かせてもらったよ。何度も断られたんだけど、僕たちもそれを知る必要があると思ったからね」
申し訳なさそうな顔をしながら、それでもパンパンと力強くアレンの肩をナジームが荒く叩き、その隣でピートがからのグラスへと琥珀色に輝く高級酒を注ぎながら謝る。
「いや、別に良い。それよりマチルダには悪い事をしたな」
「私たちからも謝罪の品を贈るつもりだが、アレンもフォローを頼む。アレンには悪いが、マチルダさんの決断のおかげで助かったのは本当だ。つい2時間ほど前までずっと抵抗を続けていたからな」
「マジか。想像以上にヤバイ奴だな、あいつ」
パーシーの言葉に、アレンが目を丸くして驚く。アレンがギルドへと向かったのは午後3時ごろ。現在は午後9時過ぎであるため、アレンがギルドから出ていって4時間以上抵抗していたということになるからだ。
そりゃあマチルダもなんとかしようと思うわ、とアレンは苦笑いし、そしてアレンのお願いを守ろうとしてくれたマチルダへなにかをしなければなと心に決めた。
そんなアレンの目の前に酒の入ったグラスが置かれる。琥珀色に染まったグラスを手に取り、それを差し出してきたピートへとアレンが視線を向けて笑うとそれを一気に飲み干した。
高級酒特有のアルコールが喉を通る心地よい感触を、そして鼻から抜けていく芳醇な香りの余韻をアレンが楽しむ。
「でも、それからが大変だったんだけどね。あいつのパーティメンバーがその直後にギルドに来てさ、名前は忘れたけど背の高い仲間がそいつをたこ殴り。若い女は大泣きしちゃうし、もう1人の男はそれをなだめるだけで役に立たないし」
「んっ、どういうことだ?」
いまいち状況がつかめなかったアレンが聞き返す。
あの大柄の男が嘘の主張をわめいていた事は強く記憶に残っていたが、そういえば他の仲間はいなかったかもしれないなと今更ながらに思い出していた。
もし仲間がいたのならば、そちらにも冒険者たちの敵意が向いていただろうからアレンも気づいたはずだ。それがないと言う事はいなかったということだろうとアレンは考えた。
そんな事を考えているアレンに、パーシーが状況の説明を始める。
「どうも俺たちをはめようとしたのは、先に報告に来ていた男の独断だったらしい。他の者は自分たちがしたことを黙っているだけのつもりだったようだ」
「あいつ本当に馬鹿だな」
「2人仲間が亡くなったらしいですから、その身内などに得たお金で補償をしたいと考えたのかもしれません。身勝手で浅ましい考えだとは思いますし神の教えにも背いていますが、気持ちが全く理解できないという訳ではありません。仲間を失うのは辛い事ですから」
ちらっとアレンへと視線をやりながら言ったトリンの言葉に、アレンがほんの少し首を傾げて苦笑する。
トリンは昔から神官という職業柄かもしれないが、人の善意を過大に見ているところがあった。今回の件についても、アレンにはあの男が金を欲したのは自分たちのためであるとしか考えられなかった。
もしかしたらトリンの言うように、一部は死んだ仲間の身内に払うつもりがあったのかもしれないが、それが主な動機ではないだろうとアレンは思っている。
とは言えそれを直接トリンに言うような無駄な事はしないが。
一通り話を聞いたことで、知りたい事を知ることのできたアレンはトリンによって再び注がれた酒をもう一杯飲み干し、そして立ち上がる。
「とりあえず、お前らの疑いは晴れたってことで良いな。んじゃ、俺の用件は終わったから帰るわ」
そう言って背を向けようとしたアレンにピートが声をかける。
「ねえ、アレン。君の弟や妹もいなくなったんだから昔みたいにパーティを組まない? きっとライも本当はそれを望んでいるんだと思うんだ」
視線を戻したアレンに向けて、そう言ったピートが真剣な表情で小さくうなずく。そして他の3人も同様にうなずいていた。
目の前の4人がライオネルとパーティを組むきっかけになったのは、アレンが新人だったライオネルの依頼を受けて、冒険者としての基礎を教えていた頃にあったちょっとした出来事のせいだった。
それからしばらくは6人でパーティを組んでいたのだ。ある事情によりアレンがパーティを離れ、そしてその結果関係はこじれていってしまったのだが。
少しの間アレンはそのことについて考え、そして首を横に振った。
「今更だしな。それに外にガス抜きできる対象がいた方が良いだろ、あいつの場合」
「アレンはそれで良いのか?」
「まあな。それにあいつにむかついてるのは本当だし。半端者、半端者って、人が気にしてる事ばっかり言いやがって。あー、なんか思い出したらむかついてきた。そういえば今日はあいつのおごりだったよな」
アレンがテーブルの上に用意された開いていないワインなどを数本かっさらっていく。その全てが1本で10万ゼニー以上するような高級なものだ。
「じゃ、レベッカの土産にさせてもらうな。あと最後に言っておくが、お前らライに甘すぎ。あの馬鹿に嫌なものを見せたくないのかもしれないが、今回みたいな事が起こるってことも考えとけよ」
そう言い残してアレンは高級酒を両手に酒場を出ていった。その後姿がドアの向こうに消えていくのを見送った4人は、顔を見合わせ苦笑した。
「アレンも相当馬鹿だと思うけどな」
「僕たちにライに同調しておけって言っておいて、本当に傷ついてたりするし。損な性格してるよね」
「そうだな。しかしアレンの言う事にも一理ある。今回のような突発的な事故に備えてある程度の経験を積ませるのも手ではないか?」
「清らかな心のままでライオネルにはいてほしい気もしますが、仕方ないでしょうか?」
4人の話は続いていく。彼らがライオネルにそういったものが近づかないようにしていることを本人であるライオネルは知らない。知られないように4人で協力して動いているのだから、当然かもしれないが。
彼らは真っ直ぐなライオネルが好きだった。ライオネルに命を救われたその日からずっと彼を支え続け、そしてそれに足るように努力を続けてきたのだ。
それは行き詰まり始めてきた今の状況を打開するために、レベルアップの罠を使って多少なりともステータスを上げようと自ら申し出たことからもそれがわかる。
とは言えその案はライオネル自身に拒否されてしまったが、それほど彼らは本気だった。
彼らはこれからもライオネルを支え続ける。自分たちの英雄の活躍をその目に焼き付けるために。そのためになにをなすべきか、それを彼らは夜がふけるまで話し合い続けたのだった。