軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第2話 ネラの冒険者登録

ドラゴンダンジョンのスタンピードを抑えた功績により、アレンは変装後のネラという立場でライラックの領民権を得ていた。それはつまり1人の人間としてネラという存在が正式に認められたということである。

領民権を持つメリットは少なくない。今までのように防壁を飛び越えて街を出入りする必要はなくなるし、家を買って住んだり、商売を始めたりなどといった身元が保証されなければ出来ない諸々のことが出来るようになるからだ。

領民権を持つと人頭税などの各種税金が発生するというデメリットも存在するわけであるが、二重生活を楽しもうとしているアレンにとってはネラとして身元が保証されるということは非常にありがたいことだった。

もちろんアレンが領民権を欲したのは、ネラとして豪邸を買って優雅な生活を送るためなどという理由ではない。

4人の弟妹と暮らしていた時であればより良い生活をさせてやりたいという気持ちになったのかもしれないが、全員が独立し、1人の生活となった現在ではそこそこの生活ができれば良いとアレンは本気で思っていた。

衣食住のうちアレンにとって最重要である食については、外食をしたり、そこで調理技術を見て盗んで上がった腕のおかげで十分に満足していたし、住の自宅については、外見はぼろいままだが内部はトレントの素材を使用してまるで新築のようにリフォーム済みである。衣はそもそもアレンの興味の対象外だ。

ならばなぜ領民権を望んだかと言えば、それはアレンが現在持っているアレンとネラ、それぞれの冒険者証を手に入れるためだった。

アレンがネラの格好をして冒険者ギルドへと行き、領民権を持つことの証明である領民証を受け取ったその時のことである。

「えっ? 冒険者に登録したい……ですか?」

アレンが差し出した「冒険者登録をしたい」という文字が書かれた紙を見てマチルダが驚きを隠せずに固まるのを、珍しいな、などとのん気に考えながらアレンは眺めていた。

マチルダの驚きの声を聞いたギルド職員や冒険者たちがひそひそと話し始める中、すぐにいつも通りの調子を表面上取り戻したマチルダがにこりと笑みを浮かべる。

「ギルド長に話を通してきますので少々お待ちいただけますか?」

その問いにアレンが首を縦に振ると、マチルダは「ありがとうございます」と礼を言い、そして早足でギルド長室へと向かって歩いていった。

(さて、ギルド長に話が行くのは予想通りだがどうなることやら。しかし……居心地悪いな)

ネラが冒険者登録をするということを周囲の冒険者やギルド職員たちがひそひそと話し、それらが送るちらちらとした視線を感じながら、1人残されたアレンはネラの仮面の下で苦笑いを浮かべる。

そんな中でしばらく待っていると、そう時を置かずしてマチルダが戻ってきた。

「ギルド長が直接お話をさせていただきたいそうです。構わないでしょうか?」

マチルダの言葉にアレンは再びこくりと縦に首を振り、そしてギルド長室へ案内を始めたマチルダの後を追って歩き始めた。

冒険者ギルドのギルド長室は2階の奥に存在している。

あくまで執務室であるため華美な装飾品や絵画などといったものはなく、優美な細剣やモンスターの巨大な牙などの冒険者らしい物が壁に掛けられているのが装飾と言えばそうなのかもしれない、そんな部屋だ。

書類の積まれた木製の広い執務机の前に置かれたテーブルと、それを挟んで向かい合うように置かれたソファーのそばに立っていた冒険者ギルドのギルド長であるオルランドが、入ってきたアレンに視線を向ける。

「君がネラだな。私は冒険者ギルド長のオルランドという。まあ座りたまえ」

オルランドに促され、アレンがオルランドと反対側のソファーへと腰を下ろす。そのふんわりと包み込むような座り心地に内心びくっとしながらも、なんとかそれを表に出すことなくアレンは平静を装った。

高そうなソファーだな、なんてことを考えているアレンの対面にオルランドが座る。

冒険者時代には疾風と呼ばれていたオルランドだが、引退しギルド長となった現在ではぶくぶくと太っており、その重みにソファーが悲鳴をあげたかのように、みしっという音を立てた。

(ソファー、壊れるんじゃねえか?)

そんな場違いな心配を始めるアレンの目の前にお茶が置かれる。アレンが視線を上げるとマチルダが笑顔を見せて返し、そしてオルランドの前にもお茶を置くと一礼をして部屋を出ていった。

部屋にはアレンとオルランドの2人だけになり、それを待っていたかのようにオルランドが口を開く。

「冒険者になりたいという話を聞いた。間違いないかね?」

少しだけ身を乗り出すようにしながらオルランドが問いかける。それに対してアレンは無言のまま首を縦に振ることで答えた。

アレンのその様子にしゃべる気がないことを察したオルランドが一瞬表情をしかめかけ、それを隠すようにお茶を口に運ぶ。対面でじっとその様子を観察しているアレンにはバレバレであったが。

そんなことは知らないオルランドはカップを置いて小さく息を吐き、そして再び口を開いた。

「冒険者ギルドとしては強者が入ってくれるのは歓迎すべき事態なのだが、なぜ今になって、と聞いても良いかね? 今までは勧誘しても断っていたと聞いているが」

その質問にアレンは懐から1枚の紙をとりだす。聞かれるだろうと思って事前に用意しておいたものだ。

机に置かれたその紙をオルランドが読むのを眺めながら、やっぱり聞かれたかとアレンは考えていた。

オルランドが言ったようにネラとして活動していた時、アレンは幾度となく冒険者ギルドへの勧誘を受けていた。ダンジョンに入るときや、魔石などの売却金額を受け取る時など折に触れてだ。

その時は冒険者ギルドへと所属するつもりのなかったので、正直に言えばうざったいとアレンは思っていたのだが、そうされる理由が理解できない訳ではなかった。

モンスターと戦う依頼が多い冒険者ギルドにとって、強者というのは喉から手が出るほど欲しい人材なのだ。

冒険者ギルドの収入源は色々とある。領主から得られるダンジョンなどの維持管理費に始まり、ギルドの1階に設置された酒場の売り上げ、提携する宿や商店などからの斡旋料といったものまで幅広い。

しかしそのメインの収益となるのは依頼者と冒険者を繋ぐ中間マージンや冒険者たちが納品してきたモンスターの素材などの販売手数料だった。

冒険者が得る報酬はギルドの取り分や税金を引いた後の金額であり、依頼者が冒険者ギルドへと払った金額や素材の売却金額が全て報酬として支払われるわけではないのだ。

一見するとギルドが中間に入ることで無駄にお金がかかっているようにも見えるが、ギルドが中間に入ることで依頼者や素材の購入者としては余計なトラブルが避けられるし、冒険者にしても納税などの面倒な事務手続きをギルドが代行してくれるというメリットがある。

そもそも依頼者と冒険者をマッチングする場ということだけでも両者にとって大きなメリットとも言えるのであるが。

それはさておき、ギルドの主な収入源を考えれば強者をギルドが求める理由は明白だろう。

強いモンスターを倒すなどといった難しい依頼であればあるほど依頼料は高くなるし、そのモンスターから得られる希少な素材は高く売れる。

つまりギルドの得る収入も大きくなるのだ。そしてそんな依頼を処理できる冒険者ギルドの価値も高まるということまで付随して。

そこまで深く考えていた訳ではないが、長年冒険者をしていたアレンには冒険者ギルドが強者を求めている事はわかっていた。

だからこそ面倒だとは思いつつも邪険にするようなことはせずに、あっさりと毎回断っていたのだ。自分が強者と思われているという優越感を多少覚えていたということもあるが。

アレンの差し出した紙に書かれた文字を読んでいたオルランドが視線を上げ、アレンを見つめる。

心の奥をのぞくようなその視線にさらされながらも、アレンは全く動揺していなかった。そこに書かれているのは紛れもないアレンの本心なのだから。

「要は自分の実力を試したい、ということか」

長々と書いた理由を簡潔にまとめられ、少しもにょっとした気持ちになりながらもアレンが首を縦に振る。

アレンがネラとして冒険者登録をするのは、レベルダウンとレベルアップの罠を利用すれば強大な強さを得られるかもしれないとわかった時に思い浮かんだ、冒険者らしく冒険をしたいという想いに従ったからだった。

ダンジョンの中でも最難関と呼び声高いドラゴンダンジョンのスタンピードを体験したアレンは実感していた。

自分の実力が、自分の想像以上のものであることを。もはや普通のダンジョンでは冒険者らしく冒険することなど出来ないと。

もちろんドラゴンダンジョン以外にも難関と呼ばれるダンジョンは存在する。しかしそれらには入場制限がついていることがほとんどだ。

それをクリアするためには冒険者となりランクを上げるという以外に方法がなかった。

だからこそネラとして冒険者になることにアレンは決めた。

ネラとしてであれば無茶なことが出来る。冒険者としてのランクもすぐに上げられるだろうという目算がアレンにはあったし、ランクが上がる事によって起こる弊害もあるが、それについてもどうにかなるだろうと考えていた。

1人の人間としてネラは認められたのだから、最悪の場合は全責任をネラに被せてしまうことも出来るとイセリアにそれとなくアドバイスされたことも大きいかもしれない。

オルランドがアレンの反応にため息を吐き、そして立ち上がって自分の執務机の引き出しから1枚の紙を取り出す。そしてそれにさらさらと自分のサインを記入すると、再びアレンの目の前のソファーへと座ってその紙をアレンの前のテーブルへと置いた。

アレンがその紙へと目をやり、そして固まる。そこにオルランドのサインと共に書かれていたのは……

『ライラック冒険者ギルド長の権限により、ネラをミスリル級冒険者として認める』

そんな信じられない文言だった。