作品タイトル不明
第42話 これはこれで楽しい二重生活
ドラゴンダンジョンのスタンピードが収束し、そしてアレンの生活は一変していた。と言うのも……
「くっそー、あのギルド長。小っさいことを根に持ちやがって。結局被害も出なかったし自分の首も飛ばなかったんだからさっさと忘れろや」
ぐちぐちと文句を言いながらも3頭で囲むように襲ってきたアッシュウルフをアレンが切り捨てる。
「おぉー、鮮やかな手並みだな。さすが元鉄級冒険者」
「元っていうな、元って!」
「いや、だって元だろ。それとも元ギルド職員の方が良いか?」
「置いてくぞ、ニック」
ここはライラックのダンジョンの8階層。アレンの後ろにはからかうように言葉をかけてきたニックを始めとして、アレンの見覚えのある者が数名ついて来ていた。それは孤児院の修復を手伝ってくれたニックの同僚の職人たちだった。
最初はダンジョン内独特の雰囲気に脅えていた彼らだったが、アレンとニックの普段どおりのやり取りに今はだいぶその緊張は消え、笑う余裕すら出てきていた。
「ほれっ、2人ともさっさと行かんか。こっちはさっさと依頼をこなしてもっとレベルを上げんといかんのだぞ」
まだやりとりを続けようとした2人に対して、最後尾を歩いていたドワーフのドルバンがぴしゃりとしかりつける。全身を金属製の鎧に身を包み、自分の背丈より長いポールアックスを構えた姿は、はっきり言ってアレンよりもはるかにベテランの雰囲気を醸し出していた。
「うん、やっぱ師匠が冒険者って違和感がすげえな」
「と言うかあの人って鍛冶師なんだよな。それにしては……」
その時、ちょうど頭上から襲い掛かってきた麻痺毒を持つパラスパイダーをドルバンがなんてことのないように一閃する。
麻痺毒が撒き散らされないように片足だけを切り落として方向を変え、そして地面に落ちたパラスパイダーはそのままポールアックスによって叩き潰された。
鮮やかな手並みを見せたドルバンだったが、それを特に誇るようなこともなくポールアックスについた体液をぼろ布で軽くぬぐいながら歩き続ける。
「あれ、鍛冶師じゃねえだろ」
「昔、鍛冶師なら自分の造る武器を一通り扱えてやっと一人前とか言ってたぞ」
「ドワーフの鍛冶師、半端ねえな」
「おい、足が止まってるぞ!」
「「はい!!」」
こそこそと話をしていたアレンとニックに、再びドルバンから叱責が飛ぶ。その中に明確な怒りが含まれていることを察した2人はまるで鏡に映っているかのように同じ仕草で背を伸ばしながら返事をし、そして目的の9階層に向けて少し早足で歩き始めた。
「ってことがあった訳だよ」
「ふふっ、大変だったみたいね」
ライラックのダンジョンにてドルバンとパーティを組んで行った、ニックを始めとした職人たちのパワーレベリングの依頼についてアレンがマチルダに愚痴を言いながら報告を終える。
本来ならここはスライムダンジョンのレベルアップの罠の受付ではあるのだが、常時申し込む人がいるわけでもないので通常の依頼の報告についてもすることは可能なのだ。まあ冒険者の中でも知っている者はそこまで多くないが。
アレンの愚痴をニコニコとした笑顔で聞いていたマチルダが、他のギルド職員から渡された依頼報酬の入った袋をアレンの目の前に置く。
「はい、報酬の2万ゼニー」
「やっぱおかしいだろ。この金額!」
依頼書通りの金額ではあるのだが、それは朝から夜まで1日拘束された上に、ライラックのダンジョンの9階層まで素人を連れていくという依頼内容に見合った金額ではない。そのことを十分に知っているアレンは思わず声をあげた。
しかも2万ゼニーはアレンとドルバンの2人に対する報酬金額なのだ。実質は今日1日働いて1万ゼニーしかアレンは得ていない。
「木級の冒険者としては普通か少し上くらいね」
「わかってて言ってるだろ。なんでこんな依頼が木級に振られるんだよ。しかも自分で選んだわけじゃなくて半強制だぞ、半強制。あのハゲ……」
「言葉を続けたまえ。ハゲがどうかしたのかね。いやはや、木級としては十分な報酬を得ているはずだし、依頼の後にもかかわらず受付で文句を言う元気があるとは……まだまだ特別な依頼を受けたいという私に対するアピールかね?」
にこやかな笑みの背後にプレッシャーを放つ黒い影を背負いながら、冒険者ギルドのギルド長であるオルランドが2人の会話に割り込む。アレンは引きつった笑みを浮かべ、オルランドに見えないようにあちゃー、とマチルダが顔を一瞬しかめる。
しかしさすがに経験豊富なマチルダは、自らに被害が及ばないようにさっと普段どおりの顔へと戻った。その様子を目の当たりにしたアレンが裏切り者という目でマチルダを見つめるが、そ知らぬ顔でマチルダはやりすごす。
「いやいや、木級は木級らしい仕事を、って話してただけですって」
「ふむ。ならば薬草採取の依頼があったな。確か依頼人が品質にこだわりを持っていて採取方法から鮮度の指定までされているものが。マチルダ君」
「はい、こちらの依頼ですね」
「マチルダー!」
さっと、該当の依頼書を取り出したマチルダに、思わずアレンが声を上げる。そんなアレンに対して、マチルダは真剣な表情で胸の前で腕を組み、そしてキラキラとした瞳でアレンに告げた。
「アレン、あなたなら出来るわ。私、あなたを信じているもの」
「お前、自分に被害が及ばないようにって考えてるだけだろ!」
「さて、期限は1週間だ。満足のいく薬草を得られると良いな。失敗すればランクアップが遠のくだけだ。気にするな」
「気にするわ! くっそー、覚えてやがれよ」
依頼書をひったくるようにして出て行ったアレンをオルランドとマチルダは見送り、そして互いに顔を見合わせて笑うのだった。若干、マチルダの笑顔は引きつっていたのかもしれないが。
数週間後、ドラゴンダンジョンの3階層にネラの姿をしたアレンと共にいたのは……
「ネラ様。なんだか疲れていらっしゃるようですが」
「おう。ちょっとギルドの依頼で色々あってな」
仮面で表情すら見えないはずなのにそれを察したイセリアが心配そうにアレンを見つめる。既にこの階層のマッピングについては終えているため、そこまで警戒する必要はないのだが心配するせいで注意力が散漫になっては意味がないと、アレンは息を吐き少し気合を入れなおした。
「冒険者の心得、ダンジョン内では油断するな。まあ心配かけた俺が言う事じゃねえけどな」
「いえ、勉強になります」
アレンとイセリアがそんな言葉を交わしながらダンジョンを進んでいく。
アレンの秘密を守る見返りとしてイセリアが求めた冒険者としての常識を教える、その約束を果たすために。
正体をばらされるのはまずい、ということも確かなのだが、実はアレンには別の思惑もあった。
(もっと奥に進むとなったらどっちにしろ1人じゃ無理だしな)
いつか自分の実力に見合った階層へと行けるように。その時の相棒候補者として申し分ないポテンシャルを秘めたイセリアという存在を育てようと。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでも」
目ざとく視線に気づいたイセリアの言葉にアレンが首を横に振って応える。イセリアは少しだけ首をかしげ、そして得心したように首を縦に振るとニコリと笑った。
「いつか竜の試練を受けに行きましょうね」
良い笑顔でそんな事を言うイセリアに向かって、アレンは仮面の下で満面の笑みを浮かべながら返した。
「ぜってー、嫌だ」
アレンの楽しい二重生活は始まったばかりだ。