作品タイトル不明
第40話 新しい家族
レックスのための魔法の練習場はなかなか完成せず、探索の合間の休息を利用して徐々にその姿が露になっていった。
いや、魔法の練習自体はすぐに出来る体制が整っていたのですでにレックスは魔法の練習をしているのだが、よりよい施設にしようとアレンが動いた結果、当初の規模と比べ物にならないほど立派なものが三か月かけて作り上げられていったのだ。
まず魔法の練習場の地上部分。当初は落下防止のための壁だけがあったそこには純白の壁に覆われた小さな家が建っていた。
日当たりの良いテラスには机や椅子が並び、お茶をしながらゆったりとくつろぐのに丁度よい柔らかい雰囲気の空間が出来上がっている。その準備がしやすいように小さいキッチンもついており、人ひとりくらいであれば普通に生活できるほど設備が整っていた。
そして奥にある階段を降りると地下にある魔法の練習場に到着するのだが、魔道具の灯りによって当初の二倍以上に広くなった空間は十分に明るく照らされている。
滑らかなトレント材の床の上にレックスは立ち、同じくトレント材で出来たカウンターから差し出された身の丈以上ある古めかしい杖に手を添えて先を見据える。
「ほい」
「『ウインドカッター!!』」
アレンが流した魔力に反応して起き上がった三つの黒い的を、レックスのウインドカッターが的確に捉える。
その様子をアレンはうんうんと首を縦に振りながら満足げに眺めていた。
「レックスはやっぱり風系の魔法が一番得意だな。ちゃんと的の真ん中に当てられていたぞ」
「ありがとうございます、とうさま」
「風系の魔法は目に見えにくい。他の魔法に比べると少し威力が低いのがネックだが、不意打ちできるってのは大きな利点だ。まあモンスターによっては察知してくる奴も普通にいるけどな」
レックスの顔に一筋の汗が流れる。その表情は少し複雑そうなものだった。
実際、アレンに向けてウインドカッターを放つという練習をレックスはしたことがあったが、かすりもしなかったのだ。
様々な思いがレックスの中に渦巻いているが、とりあえず練習を頑張ろうと前を向いたその時、二人の背後にあった扉がコンコンとノックされ、許可を出したアレンの声に応えるようにゆっくりとその扉が開く。
「アレン様、レックス坊ちゃま。マチルダ様の陣痛が始まりました」
姿を現したコルネリアが慌てず平静を装ってそう告げる。しかしせわしなく動く尻尾はその心の中を隠しきれてはいなかった。しかしそんなことに気づく余裕はアレンにもレックスにもなかった。
「は、はやくないですか?」
あわあわと手を振り、アレンとコルネリアに視線を交互にやりながらレックスが問いかける。
「いや、10日くらいのずれは普通にあるらしいから大丈夫だ」
レックスを落ち着かせるようにアレンはそう答えたが、二人の背後では漏れ出したアレンの魔力に反応して魔法の的がせわしなく動いていた。
そんな二人にコルネリアは目を配り、先ほど自分が通ってきた屋敷に続く地下通路へと誘う。
「マチルダ様にはルトリシアがついております。私はこのまま医者を呼んでまいりますのでお二人はマチルダ様のところへ」
「はい」
「頼んだ」
コルネリアの言葉に反応した二人は即座に通路に向かって駆け出し、足のまだまだ遅いレックスをアレンが抱き上げて風のように走り去っていく。
二人の後姿を見送ったコルネリアは、先ほどまでの落ち着いた様子が嘘だったかのようにメイド服のスカートを翻しながら二人とは別方向に走り出したのだった。
屋敷に戻った二人は一目散にマチルダのいる部屋に向かった。ベッドに寝転ぶマチルダを見たレックスはおろおろと歩き回り、しきりに大丈夫かと問いかけては自分の顔を青くしていた。
そんなレックスの姿を、前回は自分もあんなんだったのかな、などと考えるほど余裕の出てきたアレンに、マチルダが痛みに少し顔をしかめながら笑顔で話しかける。
「アレン。レックスを落ち着かせてあげて。まだまだ先は長いんだし、このままじゃあ私よりもレックスが疲れちゃうわ」
「了解。レックス、今はかあさまを休ませてやれ。これから体力勝負になるからな」
「でも……」
「じゃあ俺は厨房にいるからなにかあったら呼んでくれ。ルトリシア。マチルダを頼んだ」
「かしこまりました」
マチルダから離れたくなさそうなレックスを抱き上げ、マチルダのそばに控えているルトリシアに後を任せる。
綺麗なお辞儀で返したルトリシアと、苦笑するマチルダに見送られアレンとレックスは部屋を後にした。そしてレックスを抱き上げたままアレンは歩き続ける。
「とうさまは、かあさまがしんぱいではないのですか?」
「そりゃあ心配だぞ。レックスが生まれたときなんて、おろおろしっぱなしだったしな。でもな、心配だけじゃあ力にはなれないってのを俺は教えてもらったからな」
少し責めるようなレックスの言葉だったが、アレンはそれを気にした様子もなく笑い歩き続けた。
ほどなくして厨房にたどり着いたアレンは、不思議そうに辺りを見回すレックスに真剣な表情で語りかける。
「出産は長い時間かかるし、体力勝負だ。そのために重要なのは食べられるときに食べておくこと。そう考えると冒険者に似てるかもな」
「ということは、とうさまがここにきたのは……」
「ああ。料理を作るぞ。とりあえず何が食べられるかわからないから色々な種類を少量ずつだ。レックスも手伝ってくれるか?」
「はい!」
勢いこんだ返事をするレックスの頭を撫で、アレンが料理を作り始める。
実際まだ三歳にも満たないレックスに刃物は持たせられないし、手伝いといっても本当に細々したものしかない。それでもレックスは一生懸命にそれをこなし、アレンもその頑張りに応えるように料理を次々と完成させていった。
「とりあえずこのくらいで十分だろ」
「かあさまは、たべてくれるでしょうか?」
「レックスが初めて手伝った料理なんだ。きっと大丈夫さ。もし駄目でも俺が全部食べるから安心しろ」
様々な料理を載せたワゴンを押しながら二人が笑みを浮かべて歩いていく。
先ほどまでの心配で潰されそうな青い顔から子どもらしい笑顔に変わったレックスの様子にアレンは安心し、先ほどのマチルダの姿からみても料理は問題なく食べられるだろうと考えていた。
そしてマチルダの部屋にもうすぐで着く、といったところでその扉が大きく開かれる。それと同時に聞こえてきたのは赤ん坊の大きな泣き声だった。
「「えっ!?」」
思わず動きを止めた二人の視線の先で、扉から出てきたコルネリアが少しばつが悪そうに顔を歪める。しかしすぐにその表情を消すと、二人ににっこりと笑いかけた。
「おめでとうございます。元気な女の子です。マチルダ様もお元気で、すでにポーションも飲んでおります。ささっ、こちらへどうぞ」
そういって部屋の中に招くコルネリアを眺めていたアレンだったが、視線を感じ隣へ顔を向ける。
そこにはプーっと頬を膨らませたレックスがアレンを睨みつけていた。
「じかんがかかるのではなかったのですか?」
「いや、まあ……時と場合によるみたいだな」
「とうさまのうそつき!」
そう言い残し、レックスは部屋の中に向かって駆けていってしまった。その後姿を見送るアレンの哀愁漂う姿に心が痛んだのか、コルネリアが口を開く。
「申し訳ありません。お医者様に診断していただいたらすぐにでも生まれそうとのことで、お二人を呼びに行けませんでした」
「そうか」
「出産は時と場合によって全く違うのですね。知識としては知っていたのですが改めて今回のことで実感しました。ええっと、ですから、その……」
「あー、悪いな。気にしないでくれ。母子ともに無事ならそれでいいんだから」
二人で押してきたワゴンを、アレンは一人で廊下の隅に止め、そして少しだけ重い足取りで部屋の中に入っていった。
それを眉を下げて見送ったコルネリアだったが、血の染みた服を着替えて戻ってきたときに見た、赤ちゃんを囲んで柔らかに微笑みあう家族の姿に彼女は静かに微笑んだのだった。