作品タイトル不明
第27話 受付嬢としての悩み
「そんな感じで六十六階層以降に出てくるモンスターは時と場合によりそうだ。デュラハンなんかは二回出てきたからある程度は決まっているかもしれないがな」
「うーん、それはなかなか厳しい階層ね。出るモンスターが決まっていれば相性のいい冒険者を選ぶってこともできるんだけど」
「特化型で組んでるパーティにはちょっと厳しいかもな。ミスリル級くらいになるとある程度はカバーできるとは思うが」
六十六階層以降の闘技場の階層の攻略をひととおり終え、ダンジョンから屋敷に帰ってきたアレンはその内容をマチルダに報告していた。
真剣な表情でアレンの話を聞き終えたマチルダは眉根を寄せて難しい顔で考え込む。現状冒険者ギルドを休職中のマチルダにとってそこまで考える必要の無いことではあるのだが、案内の言葉一つで冒険者の生き死にに関わることもある受付嬢として勤めてきた職業病のようなものだった。
目をキラキラさせながらマチルダの隣で話を静かに聞いていたレックスをアレンが抱き上げて膝に乗せる。
日々重くなっていく膝の感触に幸せを感じているアレンを、レックスが見上げた。
「とーさま。とっかがたってなに?」
「んっ、そうだなぁ。基本的に冒険者はパーティを組むんだが、冒険者にも得意な分野があるわけだ。近接攻撃が得意な剣士や槍士、遠距離攻撃する弓士や魔法使い、回復させる神官って感じにな。それを組み合わせることでバランスのとれたパーティが出来る」
「けんし、ばっかりとか、まほうつかい、ばっかりのパーティはないの?」
「あるぞ。だが高ランクのパーティはたいていバランスが取れている。その方が色々な場面で対応ができるからな」
まだ幼いながらにアレンの話を理解している様子のレックスに、柔らかく微笑みかけながらアレンが言葉を続ける。
「パーティの中で役割を与えられ、それを専門にこなすよう突きつめた冒険者を特化型っていうんだ。その役割に全てを注げるからステータスもそれに応じた形で上がるし、技術も向上する。逆にいえば弱点もできるわけだが、それを補うことのできる仲間がいれば問題ないからな」
「じゃくてんって、まほーつかいが、ちかよられたらやられちゃうみたいな?」
「そうだな。逆に俺みたいに全般をこなす冒険者もいることにはいるんだが、中途半端になりがちだ。人生は短いし、時間は有限だ。冒険者として上を目指すなら才能のある分野の特化型になるのが賢い選択だろうな」
「とーさまが、ちゅうとはんぱ……」
信じられないといわんばかりの顔で見上げてくるレックスにアレンは笑い、その頭を優しく撫でる。
息子からの信頼を自分が得ていることが嬉しくはあったが、アレンの考えは変わらない。普通の冒険者であれば全てを修めようとすればまず間違いなく中途半端になる。それは以前のアレンが身をもって知っていた。
今のアレンがあるのは、たまたま運が良かっただけ。
ギルド職員にならなければ、初心者ダンジョンの改変が起きなければ、レベルダウンの罠とレベルアップの罠を見つけなければ、ステータスの上がる法則を見つけなければ、イセリアと出会わなければ、そしてその他にも。
なにかが違っていれば、運命は大きく変わっていたはずだ。そう考えると今この瞬間も奇跡のようなものだよな、とガラにもないことを思いついたアレンが自嘲する。
そしてそれをごまかすようにレックスを抱きしめると、座っていたソファーの背に体を預けた。
「レックスはまだまだこれからだ。色々試していけばいい」
「うん」
胸の中で笑うレックスに微笑を向け、未だに考えを巡らせ続けるマチルダの姿に愛おしさを覚えながら、アレンは家族団らんの時間を堪能していた。
ちょっと気分転換のために歩いてくると言って出て行ったマチルダを見送ったアレンは、レックスが遊ぶ様子を部屋で眺めていた。
レックスは赤ん坊の頃から魔法が好きで、アレンと一緒にいるとよく魔法を見せてくれとせがまれるのだが、珍しくそんなことをいわずに熱心に紙に絵を書いていた。
初めて見るレックスの絵をアレンが興味津々で覗き込んでいると、徐々にだがその全貌が明らかになっていく。
小さい手にはペンが大きすぎるのか、ときおりグネグネと曲がったりしてはいたが、騎士が着るような立派な甲冑がそこには描かれていた。
「うまいもんだな。レックスは騎士になりたいのか?」
騎士になりたいのなら弟のエリックにでも稽古をつけてもらうべきかなどと早すぎる未来を頭に描くアレンに、レックスは絵を描き続けたままふるふると首を横に振ってみせた。
不思議に思いながら眺めるアレンの目の前で甲冑の体部分が完成する。続いてその頭が描かれたその時、アレンはレックスが何を描いていたのかを理解した。
「デュラハンか」
「うん。せいかーい。とーさまのおはなしをきいて、こんなかんじかなーって」
一度アレンを見上げ、再び絵に戻っていったレックスを眺めながらアレンは感心していた。
たしかに先ほどマチルダに出てくるモンスターの話をした時、レックスも隣で聞いていた。わかりやすく話したつもりではあったがあくまで口頭でしかないのに、レックスの描いた絵はかなり正確にデュラハンの特徴を捉えていたのだ。
(レックスにはこっちの方の才能があるのかもな)
半ば親ばかモードになりつつレックスを見守っていたアレンだったが、しばらくしてレックスのペンがピタリと止まる。
立っているデュラハンの隣に何度かペンを走らせてなにかを描こうとしているのは確かなのだが、それが具体的な形になることはなかった。
「どうした?」
「うまが、わかんない」
「あー、たしかにレックスはじっくり馬を見たことがなかったよな」
そんなことを言って笑いながらも、アレンはどこかで引っかかるものを感じていた。しかしそれがなにか、具体的には思いつかず、まあいいかと考えを後回しにした。
「貸してみな」
レックスにペンを借り、アレンが騎士の隣に黒馬を描いていく。まるでデュラハンと一体であるかのよう躍動するその動きを、その荒々しさを頭の中に思い出しながら。
出来上がっていく艶さえ感じられるような勇猛な黒馬の絵にレックスが息を飲む。それを横目でちらりと眺めながら、アレンは内心の驚きを隠すように苦笑した。
(絵にもステータスが関係してくるのか)
アレンは絵を描いたことなどほとんどない。小さい頃に弟妹にせがまれて適当な絵を描いたことはあるが、その出来はお察しな結果だった。
しかし今、脳裏に浮かぶ姿をそのまま描くことができるようになっていたのだ。傍目に見てもその絵は本物と見間違わんばかりに精巧なものであり、素人の描いたものだとは思えなかった。
「よし、こんな感じだな」
胸中に様々な思いを抱きつつ、アレンが絵を完成させる。横に並んだデュラハンと黒馬。絵の完成度で言えば明らかに黒馬の方が高かったが、それでもアレンにはレックスの絵の方が好ましく感じた。
「とーさま、すごい」
「俺はレックスの絵の方が好きだけどな」
尊敬の目で見つめてきたレックスにアレンがそう返すと、不思議そうにレックスは首を傾げる。マチルダにそっくりなその姿にアレンは微笑んだ。
「ねえ、もっといろんなモンスターかいて」
「いいぞ」
レックスの要望にこたえて、アレンが次々にモンスターを描いていく。先日戦ったモンスターを描き、どんな風に攻撃してきたかなどをレックスが想像しやすいように小さな絵で補足したりしながら。
ひととおり闘技場のモンスターを描き終えたアレンが、喜ぶレックスの姿に調子に乗り、定番のゴブリンなども描いていこうとしたところで部屋の扉が開く。
入ってきたのは、出て行くときよりいくぶんかマシな顔になったマチルダだった。
「お帰り。ちょっとはすっきりできたか?」
「レックスを任せちゃって悪かったわね。考えても仕方ないことだとはわかっているんだけど」
「いいんじゃねえか。そういう受付嬢がギルドにいてくれるからこそ、俺たちは安心して命をかけられるんだし」
アレンの言葉に、マチルダの顔がほころぶ。
送り出した冒険者が帰ってこない。それは冒険者ギルドで受付嬢をしていれば経験してしまうことだ。心の中で折り合いをつけてはいるものの、そうそう簡単にわりきれるものでもない。
少しでもその可能性を減らそうとする受付嬢の努力を、アレンがしっかりと見てくれていた。それがマチルダの心を軽くした。
自然な笑みを浮かべるマチルダに、立ち上がったレックスがとたとたと近づいていく。そして満面の笑みを浮かべてマチルダに紙を差し出した。
「かーさま。とーさま、すごくえが、うまいんだよ」
「そうなの。アレンにそんな特技があったなんて知らな……」
笑顔で紙を受け取ったマチルダが、その表情を固まらせる。きしむような動きでアレンに視線を向け、本当にアレンが描いたの? と無言のまま問いかけてくるマチルダに、アレンは首を縦に振った。
それを確認したマチルダはとても複雑そうな表情を少しの間浮かべ、そして少しぎこちない笑みをレックスに向けると
「そうね」
とだけ返したのだった。