作品タイトル不明
第29話 攻略に必要なのは
ネラの着替え問題を解決するために向かったスラムにてテッサと衝撃の出会いを果たしエリクサーを手に入れることを依頼されたアレンだったが、それについてはひとまず頭の片隅に置くに留めようと心の整理をつけていた。
もちろんテッサやリサナノーラを助けたいという思いは強い。なにせ彼女たちが昔アレンを雇ってくれたおかげで家族を養う生活費を稼げたし、その時に教わった技術はそれ以降のアレンの冒険者生活の中でかけがえのない財産になったからだ。
しかしアレンも長年冒険者として生きてきた経験がある。ダンジョンの宝箱でなにが得られるのかなど選べず、全ては運で決まってしまうことを重々承知していた。
宝箱がある場所自体も基本的にはランダムであるため、それを狙うことすら難しいのだ。そんな状況の中で、そのことを優先するあまりに自らの安全を脅かしては意味がないと判断していた。
(リサナノーラは助けてやりたいが、こっちにはこっちの事情がある。攻略して実績を積みつつ運良く手に入れられれば御の字、そのくらいの気構えでいくしかねえよな)
そんな風に自分に言い聞かせながらも、マスクに隠されたアレンの顔は渋いままだった。
一応薬学の権威であるギデオンに、リサナノーラのような状態を治せるポーションなどないか手紙でも送ろうかなどと考えつつ、アレンは夜のスラムを適当に歩いていく。
スラムに程近い場所に住むアレンであったが、スラム内部についてはそこまで詳しくない。今後着替えのために訪れることを考えるとその地理を覚えることは必須である。ネラの変装を冒険者に依頼するにしても、そのあたりの情報がなにもないでは無理だからだ。
適当に着替えに適しているだろうポイントを探しながらアレンが歩いていく。ときおり住人からの視線は感じるもののネラの姿をしたアレンを襲う者はおらず、離れた場所から恐々と覗く程度だった。
一晩中スラムを徘徊し、スラムの大まかな地図を頭の中で作り上げたアレンは朝日に照らされながら街の中心へと戻ってきていた。
既に人々は活動を開始しており、赤と黒の奇抜な衣装をつけたうえに、シルクハットに仮面という目立ちすぎるネラの姿に視線が突き刺さる。しかしその多くはスラムとは違い好奇の視線ではあったが。
そんな中でアレンはそれなりに高級な衣料品店に向かい、自分の格好と似せた服を大量に注文した。
最初は突然やって来たネラに驚いていた店主の男だったが、プロ意識の成せる技か、それともアレンが取り出したオーガキングの素材売却で得た大量の金貨を見たおかげか滞りなく採寸を終え、力強くお任せくださいという店主の言葉と共に商談は成立した。
出来上がるまで二週間と告げられ、結構な量があるのに大丈夫なのかと少し心配になりつつも店を去ったアレンは、その足で冒険者ギルドへと向かう。
依頼が張り出される朝のピークの時間はとっくに過ぎているためそこまで人が多くないギルドを進み、アレンはいつも並ぶ受注の窓口ではなく仕事の依頼の窓口へ向かう。
依頼の窓口の受付嬢が少しだけ顔をひきつらせながら、それでも笑顔で接客する様子に僅かに苦笑しながらアレンはネラと同じ衣装を着てスラムへ行くという依頼の手続きを始めた。
そして……
「それでは衣装と地図などの準備が整い次第、掲示板への張り出しと該当の方々への指名依頼を行わせていただきます。しかし期間が無制限ですし、指名依頼された方々は実力者も多いのでかなりの費用が継続して発生してしまいますが本当によろしいのですか?」
少し心配そうに尋ねる受付嬢にアレンはこくりとうなずいて返した。
ネラに偽装する依頼について、アレンは普通の冒険者が受けられるものとは別に鉄級以上の冒険者に行うことのできる指名依頼をしていた。スラムで見かけた冒険者や実力の高い冒険者の中でアレンの体型に良く似た者をアレンなりに選んだわけだが、その中にはもちろんアレン自身も含まれていた。
『実力があり、スラムの事情にもある程度通じていると考えた者を選んでいる。金は十分あるし、これからも稼げるだろうから心配はない。実際には半数程度になるだろうしな』
「たしかにそうかもしれませんね。余計なおせっかいでした。申し訳ありません」
『いや、無茶な依頼をしているのはこちらだ。気遣い感謝する』
そう書いたアレンに、受付嬢が柔らかく微笑む。
最初は間近で見るネラに対してどこか恐れの感情があった受付嬢だったが、やり取りをする間にその人の良さに触れ、今ではすっかり恐れの感情など消えてしまっていた。
むしろ自分が仕事をしやすいように気遣いしてくれるし、格好はまともだが横柄な態度をとる依頼主よりはるかに良い客だと考えるようになっていたのだ。
「それでは正式な依頼書を作製させていただきますのでしばらくお待ちください」
そう言って席を立った受付嬢を見送り、アレンは小さく息を吐く。
一応これで本格的にネラとして活動する前の準備は全て終わったことになる。実際にうまくいくかどうかはまだわからないが、その時はその時で考えるしかないだろうとアレンは思っていた。
指名依頼する対象が多いため、戻ってくるのにまだまだ時間がかかりそうな受付嬢を待ちながら、アレンの思考はすでにダンジョンの攻略へと向いていた。
(とりあえず様子を見ながら地図がある階層を攻略していくか。ある程度事前に情報は調べられても実際に行ってみないとわからないことも多いだろうし。そういやミスリル級なら資料室の別室にも入れるからそっちの資料もあたらないとな)
ちらりとアレンが二階へと視線をやる。
ギルドの二階には資料室があり、ダンジョンやモンスターについて書かれた書物や記録などが並んでいる。冒険者ならば誰でも自由に利用でき、知識の集積とも言えるそれらの情報を無償で得ることができるのだ。まあ利用者はそこまで多くないのだが。
そんな資料室であるが、別室が存在していた。そこには通常鍵がかけられ、高位の冒険者が申請を出した時にのみ使用が許されている。
アレン自身まだ入ったことはないため何の情報が得られるかはわからないが、その取り扱いからして実力のない冒険者がそれを見たときに無謀なことをしてしまうくらい有益なものがあるのだろうと推測していた。
(とりあえず衣装ができるまでの二週間は情報収集や事前準備にあてるとして……やっぱり問題は人手不足なんだよなぁ)
アレンが眉根を寄せて首を傾げる。
通常ダンジョンの攻略はパーティで行うものだ。新しい階層ともなれば、複数のパーティで手を組むことも珍しくない。神経を使い、精神を削っていくダンジョン探索において休息も満足にとれない単独で攻略するなど狂気のさただからだ。
これまでネラとしてダンジョンを攻略してきてある程度の階層であれば問題なく進めるだろうとアレンは予想していた。
しかし記録に残る限りライラックのダンジョンの最深部は七十階層であり、最後に攻略された時からすでに数度の改変が起きていることを考えるとさらに深くなっている可能性もあった。攻略を進めるにあたって、単独ではいつか壁にぶちあたる、そのことは簡単に予想がついた。
(正体を隠しているから下手に仲間やサポートの冒険者を雇うこともできないし、せめて事情に通じたイセリアがここにいてくれれば……)
そんなことを考えていたアレンの肩をとんとんと誰かが叩く。ネラに話しかけようとするなんて珍しい奴もいるもんだ、と思いながら振り返ったアレンが目を見開く。
「お久しぶりです、ネラ様。こんなところにいるなんて珍しいですね」
にこりと笑顔を見せるイセリアを眺め、それはこっちのセリフだとアレンは心の中でつっこんでいた。