作品タイトル不明
第19話 イセリアの違和感
モンスターと対峙しながら剣を構えるイセリアの姿を物陰からそっとアレンは眺める。モンスターと戦っている場合、他の冒険者は余計な手出しをしないというのが基本ルールだからだ。
戦っている者の気を散らしてピンチを招くのを防ぐというのが建前であるが、実際はトラブルの回避のためということは誰もが理解していた。
(外見はトレントだな。見た感じ強さもそこまでじゃないような気がするが)
トレントの姿をしたモンスターとイセリアが戦う姿を観察しながらアレンは考える。命の危険があったり、何かしら特殊な事情がありそうであればルールを無視してでも助けに入ろうと思っていたアレンだったが、イセリアの様子を見ると多少息はあがっているものの怪我を負っていることもなかった。
「はっ!」
トレントの姿をしたモンスターが枝で打ち払おうとしてきたのを回避しながら、イセリアは剣を振るい逆にその枝を地面へと落としてみせた。
その攻防に比較的余裕がありそうだと安心したアレンだったが、眺め続けるにしたがって違和感を覚えるようになった。それは……
(戦い方が素人くさいな。動きとかから判断すると以前の俺以上のステータスがありそうなんだが)
そんなことを考えながらアレンは首を傾げる。アレンの見立てではイセリアの素早さや力などは1000を超えていた。以前のアレンより上の、一線で活躍する熟練冒険者とそん色ない水準だ。
それだけのステータスがあればトレントを倒す事など造作も無いはずなのに、未だイセリアはトレントに対して決定的なダメージさえ与える事が出来ていなかった。
(訓練? って訳じゃなさそうだしな)
しばらくして枝が全て落ち、何も出来なくなったトレントがその動きを止める。一向に攻撃してこないトレントの姿に首を傾げながら、イセリアは慎重にその距離を詰め始めた。
多少の疲労感は見られるものの、まだまだ余裕そうなイセリアの姿にアレンはその場を離れる事に決めた。これ以上見守る必要がなくなったからだ。
(それにしても変な奴だな)
ニックのもとへと急いで戻りながらイセリアの事について考えていたアレンだったが、金属を打ちつけるような規則的な音がはっきりと聞こえてきた事でその速度を緩める。
そして普通に歩いて戻ったアレンの目に入ったのは、立派なダイニングテーブルと椅子のセットだった。
「なに作ってんだよ」
「んっ、戻ったのか。長いクソだったな。大量だったか?」
「いや、違えし。それより、それ」
驚いた顔でアレンが指差した先を追ったニックが、ニヤリと笑みを浮かべる。
「待ち時間があんまり長いから作ってみた。トレント材を使用してるから耐久性はばっちりだぞ。アレンにやるよ」
「いや、それはありがたいんだが……午後からこれを持ち運ぶのか? まだレベル上げするんだろ」
「あっ!」
今気づいたとばかりにニックは口を開けて固まり、そして見つめるアレンの視線に気づいて何のことは無いといった表情をとりつくろった。
「大丈夫だ。アレンなら持ち運べる。俺はそう信じている」
「信じているって忘れてただけだろ」
「お前のクソが長すぎるのが悪いんだよ!」
「だから違えっての!」
2人の不毛な言い合いはそれからしばらく続くのだった。
結局ステータスに物を言わせて午後はダイニングテーブルと椅子を持ち運びながらアレンは探索をし、そして無事にニックのレベル上げを終えた。ライラックの街の門の閉まる時間にギリギリ間に合うくらいまで戦ったおかげもあり、最終的にニックのレベルは45まで上がった。
冒険者であれば下の上、もしくは中の下。いわゆる初心者から抜け出て中堅へと向かう途上程度のレベルになる。
ステータスの器用さなどは既に300を超えており、最後に倒したトレントで力加減を試したニックも満足そうに笑みを浮かべるほどレベル上げ前との差は歴然としていた。
「ありがとな、アレン。これで明日からの仕事もはかどりそうだ」
「おう、じゃあな。奥さんと娘さんによろしく伝えてくれ」
「娘は……」
「いや、それはもういいから」
ダイニングセットを持ち運びながら戻ってきたせいで門番に訝しげに見られながら街に入り、そしてそれぞれの自宅へと向かう分かれ道で2人は笑顔でそんな言葉を交わした。
そしてアレンは家へと戻り、運んできたダイニングテーブルと椅子を今まで使っていたボロボロのものと取り替える。
「ふぅ」
座っても嫌な音を立てることなく、ぐらぐらと揺れる事もないその椅子に笑みを浮かべながらアレンは大きく息を吐いた。
ステータスも上がり、ライラックのダンジョンの低階層のモンスターに後れを取るなどありえないとアレンもわかっているのだが、それでも一般人であるニックを連れてダンジョンに入るのだからと気を張っていたのだ。
「ニックとダンジョンに行くのも案外楽しかったな」
そんな感想をひとりごちながらアレンが笑みを浮かべる。心を許せる友人と、報酬など金の事を気にすることなく探索するダンジョンは思いのほか楽しかったのだ。また行こうと誘われれば行っても良いなと思うくらいに。
しかし、とアレンは考えを切り替える。アレンが気になったのは9階層で見たイセリアの姿だった。ステータスは高いのに、モンスターとの戦いは素人。そんな歪さがアレンの心のどこかに引っかかっていた。
しばらくそのことに考えをめぐらせていたアレンだったが、ぶんぶんと頭を振ってそれを振り払う。
「あー、やめやめ。他人の事情に首を突っ込んでも良いことなんてないしな。それより俺自身の冒険の事だ。そろそろ注文していたアレも来るはずだし」
アレンは冒険者ギルドへと依頼していたアレについて思い浮かべ、そしてニヤリと笑みを浮かべる。
オーガキングの魔石と角、3回分を売却した代金の1700万ゼニーほとんどを使った、アレンの一世一代の買い物である。
それが来ればアレンの冒険は今までよりもはるかに効率的になる。そのことに顔を緩めていたアレンだったが、ヒューと入ってきた隙間風に少し体を震わせ、その表情をいつものものに戻した。
「うーん、そろそろ家の補修もしねえとな。せっかく覚えたんだし」
自分の座る新品の椅子と目の前のダイニングテーブルと対照的に、年季が入りボロボロな室内を見回しながらアレンが呟く。
「そろそろ4回目の買取代金も入ってくるし、防犯上から考えても修繕しちまうか。幸い金も多少は残っているし」
そうすることに決めたアレンは立ち上がり台所へと向かう。
外食する時に店の主人が料理を作る様を眺めて上がった料理の腕を存分に発揮し、すぐに出来上がった夕食に、アレンは満足げに舌鼓をうつのだった。