作品タイトル不明
第19話 勇者の卵
「これは!?」
突然の出来事に、アレンが目を見開く。レックスから放たれる光は徐々にその強さを増し、そして目のくらむような強い光を放つとそれは消えてしまった。
皆が固まったままなにも言えずにいる中、当のレックスだけがきょろきょろと周りを見回す。しかし誰もがその視線を受けても、驚きの表情のまましばらく動くことができなかった。
そんな中で、エミリーが声を少しだけ震わせながら話し始める。
「神託がありました。レックスの最大レベルは七百五十。神の恩恵を受けし、勇者の卵です」
「嘘だろ……」
アレンの中にもしかして、という思いはあった。さらに言えばエミリーがこんなことで嘘をつくはずがないとも十分に知っている。それでもアレンの口からはその言葉しか出てこなかった。
「アレン」
レックスを抱き上げたマチルダが、不安そうにアレンを見つめる。その姿にアレンは一度大きく息を吐き、なんとか心を落ち着けるとぎゅっとマチルダとレックスをやさしく抱きしめた。
一般的に言えば勇者の卵である子どもが産まれるというのは喜ぶべきことである。しかし二人の様子はその真逆といってもよかった。
「アレン兄様、どうしたのですか?」
「そうそう。勇者の卵だよ。将来は国の騎士様でしょ」
二人の尋常ではない様子に、エミリーとレベッカが声をかける。空気を変えようとことさら明るくレベッカはしゃべっていたが、アレンたちの表情を変えることは出来なかった。
レベッカの言葉に同意するように、コルネリアは不思議そうに二人を見つめており、唯一ルトリシアだけが表情は変化させていないものの視線を落とし、口を強く引き結んでいた。
二人の問いかけにアレンは顔を上げ、苦い顔をしながら口を開く。
「普通はそう思うかもな。でもな、俺もマチルダも勇者の卵の実情を知っているんだ。幼いころから親と引き離され、訓練漬けの毎日。そこから零れ落ちれば放逐された上に勇者の卵としてふさわしい働きを、として危険な依頼を半ば強制的に受けさせられたりっていうな」
「もちろん全ての勇者の卵がそんな人生ではないのかもしれないわ。でも……」
そこまで言ってマチルダは口ごもる。冒険者ギルド内部の資料として、勇者の卵である冒険者のリストが存在しているのだ。
窓口業務の中でそれを見る機会がたびたびあったマチルダは知っていた。そのリストの名前が頻繁に入れ替わることを。そしてそれが何を示しているかも。
二人の沈痛な表情は、その言葉がまぎれもなく真実であると告げていた。
「そんな。私は兄様に、兄様に喜んでもらおうと。それなのに、私は……」
力なくぺたんと腰を落としたエミリーが顔を伏せて瞳をうるませる。それに慌てたのはレベッカとアレンだった。
「いや、別にエミ姉が悪いわけじゃないし。神様が決めたんだから仕方ないって」
「そうだぞ。それに勇者の卵なのが悪いんじゃなくて、そんなことをしている国が悪いだけだ」
「つまり国が滅びればいいと?」
「いや、違うからな。絶対にそんなことを願うなよ」
二人の励ましに顔を上げたエミリーが、口走った物騒な内容をアレンが慌てて首を振って否定する。
アレンの言葉を継いで話題を逸らせながらレベッカがエミリーを励ましていく。笑顔でありながらどこか必死さが漏れ伝わる二人の様子に、意味がわからないながらもコルネリアがそれを補助するべくお菓子やお茶の用意を素早く始めた。
少し離れたソファーに座らされ渡されたクッキーを小さな口でかじるエミリーに、隣に座ったレベッカが話しつづける。アレンはその様子を真剣な表情で眺めていた。
「ねぇ、アレン。どうしたの?」
「んっ、ああ。悪いな。レックスのことも大事なんだが、こっちは放っておくと何が起こるかわからねえから先に対処しねえと」
「エミリーさんが? もしかして暴れると手がつけられなくなるとか?」
「そうだったら、まだましなんだけどな……」
視線をエミリーの方へと向けたまま、アレンが言葉を返す。そして少しだけ声を落として話し始めた。
「嘘だと思われても仕方ないんだが、エミリーが泣くと大抵やばいことが起こるんだ。偶然って言われちまえばそうかもしれないんだが、少なくとも俺たち家族は確信を持っている」
今もなお必死でエミリーを励ましているレベッカにアレンが視線を向ける。マチルダも同様にレベッカを眺め、そして再びアレンへと視線を戻すとふぅ、と小さく息を吐いた。
「本当みたいね」
「そんなにすぐに信じていいのか?」
「レベッカちゃんがあんなに焦っているし、なによりアレンは私に嘘をつかないでしょ。レックスと私のことを気にかけて残ってくれているのはわかるけど、アレンもさっさと機嫌をとってきなさい」
そう言ってマチルダがアレンの肩をばしっと叩く。そのおかげで色々と踏ん切りのついたアレンは立ち上がって一歩踏み出す。
そしてマチルダの方を振り返ると、わずかに笑みを浮かべて謝罪し、改めてエミリーのもとへと向かっていった。
残されたマチルダは胸の内で不安げな表情を浮かべているレックスに気づき、笑顔を向ける。せめてこの子の前だけでは笑顔のままでいようと心に強く秘めながらマチルダは状況が落ち着くのをじっと待っていた。
「大変お騒がせいたしました」
深々と頭を下げてマチルダたちにエミリーが謝罪する。その顔は羞恥のせいか赤く染まっており、着ている純白の衣装のせいもあり、それがより強調されている。
その背後ではアレンとレベッカがこっそりとお互いの健闘を讃えあっていたが、その表情には疲れが見え隠れしていた。
「で、話を戻してレックスの件だ」
聖女見習いに頭を下げられるという滅多にない体験に、どう反応してよいのか困っていたマチルダたちを救うためか、話題を早く戻すためか、アレンが前に出ると話を仕切り始める。
そしてそれに乗っかるように話し始めたのはレベッカだった。
「勇者の卵だって教会に報告されたら終わりなんだから、エミ姉にレックスは普通の子どもでしたって報告してもらうってのは……やっぱり駄目だよね」
言葉の途中からエミリーの表情が曇っていくのを察したレベッカが、あっさりと自分の意見を翻す。
アレン自身もそれが一番問題なく済む方法だろうとは考えていた。しかしエミリーの性格からして神を裏切るようなことはできないとも思っていた。
「ごめんなさい、アレン兄様。神託を偽ることは私にはできません」
「気にすんな。本来であれば神から言葉をかけられるってのは喜ばしいことだろ」
葛藤し、心を揺らすエミリーの頭をアレンが優しく撫でる。少しだけ硬さの取れたエミリーの表情を眺めながらアレンが頭をめぐらす。
(勇者の卵ってことが知られたら終わりだ。さすがに国を相手に逆らうってのは無理だし。いや、全力で戦えばひょっとして……いやいや、それなら逃げた方がマシだよな)
アレンはなんとか解決方法がないか考え続けるが、すぐに良い案が浮かぶはずがない。そしてそれは皆も同じだった。
しばらく沈黙の時間が続き、そして大きくアレンが息を吐く。
「とりあえずどうするか決めるにしても時間が必要だな。なあ、エミリー。悪いがここで祝福したことは秘密にしてくれるか。嘘をつく訳じゃなくて、黙っているだけだ。どうだ?」
「それは……」
「お願い、エミリーさん。レックスが三歳になるまでに必ず祝福を受けさせるから。もし今報告されてしまったらレックスはすぐに連れて行かれてしまうかもしれないの。それは嫌」
いつの間にか眠ってしまい、今はルトリシアに抱かれて揺られているレックスへと視線少し向け、マチルダが瞳を潤ませながらエミリーに懇願する。
その心情が痛いほどわかるエミリーは目を閉じてじっと考えると、小さくうなずいて微笑み返した。
「わかりました。私はアレン兄様とマチルダ姉様の結婚とレックスの誕生を個人的に祝うためにここに来ただけです」
「ありがとう、エミリーさん」
マチルダの瞳から一粒の涙がこぼれる。しかしそれを拭きもせず、マチルダはエミリーと握手を交わしていた。
エミリーの説得ができたことで時間は稼げたとほっと胸を撫で下ろしたアレンだったが、ふと気づいて後ろを振り返る。
「コルネリア、ルーばあさん。悪いがここで起こったことは秘密にしてくれ。頼む」
アレンが頭を下げ、そしてアレンのしていることに気づいたマチルダが、そしてエミリーやレベッカまでもが頭を下げる。
主人や客人に頭を下げられて戸惑いを隠せないコルネリアとは違い、ルトリシアはレックスを抱いたまま澄ました表情を保っていた。
「メイドというものは主人が見られたくないものは、見えないものでございます。そうですよね、コルネリア」
「は、はい! 私はなにも見ていません。お祝いに来てくださった妹様方をおもてなししていただけです」
「ありがとう」
冗談など一切感じさせない二人の返事に、アレンが感謝を伝える。皆の顔に少しだけ笑みが戻っていた。
ほんの僅かに緩んだ空気の中で、アレンは考え続けていた。あくまで今の対応は時間稼ぎでしかない。時が来て、勇者の卵であることが知られてしまえば、レックスはアレンたちと別れさせられ、過酷な道を歩むことになってしまう。
アレンとしてはどうしてもそれを防ぎたい。しかしどうすれば良いのか皆目見当がつかなかった。
三年弱という月日は長いようで短い。それを防ぐ方法を調べるにしてもどこから手をつければよいのかさえわからないのだ。決して楽観視できる状況ではなかった。
アレンが悩み続ける中、ルトリシアがなにげなくぽつりとこぼした。
「ただの独り言ですが、勇者の卵となった子どもが全員国に連れて行かれるというわけではありません。本当に特殊な例に限りますが、そのまま親元で育てられることもあります」