軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第17話 妹たち

ぎゅっとその存在を確かめるように抱きしめ続けるエミリーを優しく見つめるアレンの傍に、レックスを抱いたマチルダが近づいてくる。

「アレン、もしかして……」

「ああ、妹のエミリーだ。普段は王都でシスターの修行をしているんだが、お祝いに駆けつけてくれたらしいな」

二人のやり取りにエミリーが少し名残惜しそうにしながらもその身をアレンから離し、マチルダへと向き直る。そして自らの胸の前で円を描くように手を動かすと、その手を自分の胸へと当てて少し頭を下げた。

「お初にお目にかかります、マチルダ様。エミリーと申します。未熟ではありますが、円環の主、ユエル様に仕えさせていただいております。この度はご結婚、そしてご出産おめでとうございます」

「エミリーさん、こちらこそわざわざ遠いところをありがとう。マチルダよ。そしてこの子はレックス」

「この子がアレン兄様の……初めまして、レックス。エミリー叔母さんですよ」

マチルダに向けていた楚々とした顔とは一変し、エミリーがとろける様な笑顔をレックスに向ける。その変わりように戸惑いを隠せないマチルダに声をかけようとしたアレンだったが、背後から聞こえてきた少しだけ争うような声に振り返った。

「だから、ここは安全だから大丈夫だって」

「しかし私もエミリー様を守るようにと……」

「どうした?」

レベッカと御者をしていた大男がもめているところに近づき、アレンが声をかける。二人の視線が同時にアレンへと向き、助かったとでも言わんばかりに二人ともが表情を和らげる。

確実に面倒事だ、と内心でため息を吐きながらも表情を取り繕っていたアレンに、大男が胸の前で円を描くように手を動かしてから話し始める。

「エミリー様のお兄様のアレン様ですね。私、教会に所属しておりますカイルと申します。この度はご結婚、ご出産おめでとうございます」

「ああ、ありがとう。アレンだ」

アレンの差し出した手をカイルが握る。その力強く、ごつごつとした感覚に少し戸惑いつつもアレンは隣で頬を膨らませているレベッカに視線を向けた。

「で、お前はなんでカイルさんと揉めてたんだ?」

「せっかく家族水入らずで過ごそうと思ったのに、カイルさんも残るって言うから」

「何度も申し上げますが、私は教会よりエミリー様の安全を守るようにと言われております。それを放棄することなどできようはずがありません」

二人の主張をアレンがうなずきながら聞く。たしかに心情としてはレベッカの言わんとすることもわかったが、カイルの主張も正しいことのように思えた。

それに家族水入らずといっても既に屋敷にはコルネリア、ルトリシアの二人がいるのだ。客室も十分あるし、カイル一人程度であれば泊めてもいいのではないかとアレンは考えたのだが、レベッカが意味ありげに視線を一瞬動かしたことに気づき、話そうとしていた言葉を止める。

レベッカが視線を向けた先、そこではエミリーとマチルダがレックスを囲みながら歓談していた。

「そうだな。本当に久しぶりに会ったんだし、家族水入らずがいいよな。悪いな、カイルさん。宿代は俺がもつから、好きな宿に泊まってくれ。もし教会に泊まるのであれば、この金は教会への寄進にでもしてくれていいから」

「しかし……」

「安心してくれ。なにかあれば必ずあんたに使いを出す。ライラックでもこの辺りの治安は良いほうだし、それに俺はいちおう金級冒険者だ。そこらの護衛より腕はいいぜ」

納得できず反論しようとするカイルの手に、アレンが財布から宿に泊まるには十分すぎるほどの金を取り出して握り締めさせる。そして満面の笑みを浮かべるレベッカに視線を合わせ、後で説明しろよ、と無言の内に伝えると、くるりと屋敷の方へ身をひるがえした。

そのまま去っていくかに普通なら見えたのだろう。しかし次の瞬間、アレンの手は力を込められ筋肉の盛り上がったカイルの腕へと添えられていた。

カイルの腕は堅く引き締まっており、敵意は感じず、構えもしていないものの、ほんの僅かな時間さえあればすぐに攻撃に移ることのできるような状態だった。

アレンがぽんぽんとその腕を軽く叩く。

「仕事は大事だし、あんたの気持ちも十分わかる。でも俺たちの気持ちも理解してくれると嬉しいけどな」

「……わかりました。あなたの実力は十分に見せていただきましたし、屋敷の造りもしっかりしていますからエミリー様の安全は確保されていると考えます。しかしなにかあれば必ず教会へとお知らせください」

怒りを我慢するために堅くなっていた筋肉を和らげてアレンに礼をすると、カイルはエミリーのもとに向かった。

「それではエミリー様。私は教会へと向かいます。久しぶりの家族の団欒をお楽しみください」

「道中ありがとう、カイル。敬虔なるあなたに、主の祝福のあらんことを」

エミリーがカイルの胸へと手を置き、にこやかに微笑む。神妙な顔でそれを受けたカイルは一度頭を下げ、そしてアレンとすれ違いざまに念を押すようにエミリーの護衛を頼むと門から出ていった。

カイルがするりと御者台へと登ると、スムーズに馬車が動き出す。それを見送っていたアレンがぽつりと洩らした。

「なんというか、真面目が服を着ているような奴だな。教会の関係者だし当然かもしれんが」

「いやー、カイルさんはそのなかでもとびきりだね。で、レン兄。愛しの妹への熱い抱擁は?」

わざとらしく両手を広げて、さあどうぞとでも言わんばかりのレベッカにアレンは呆れた視線を送り、その額を軽く指で弾く。声にならない悲鳴をあげながら頭を抱えるレベッカに向けてアレンは笑った。

「おかえり、レベッカ」

「くぅー……ただいま。ところでレン兄、私の頭って割れてない?」

赤くなった額をレベッカは見せ付けてきたが、アレンは肩をすくめるだけでそれを流した。そしてくるりと振り返るとマチルダたちのもとへと歩いていく。

「あっ、ちょっと待ってよ」

後ろから駆け寄り、自身の腕を抱えるようにとったレベッカの頭をアレンが撫でる。そんな二人のやり取りをマチルダとエミリーは穏やかな顔で眺めていた。

「おぉー、人の住める家になってる!」

「こらっ、レベッカ!」

案内された屋敷のホールに入るなりぐるりと周りを見渡し、あけすけな言葉を発したレベッカをエミリーがたしなめる。しかし現在屋敷で生活しているアレンを始めとした四人は苦笑するだけだった。

「そういやレベッカはここに来たことがあったな」

「うん、ギデオンさんが住んでいた時に。あのころは屋敷が泣いていたよね」

うんうん、と腕を組んでうなずきながらしたり顔をするレベッカの様子に、エミリーがアレンをうかがうように見つめる。それに笑って返しながらアレンが補足を始めた。

「ここの前の住人が、ちょっと変わった薬士のじいさんでな。研究以外どうでもいいって感じだったんだよ。だからレベッカの感想は間違っちゃいないな」

「はぁ、そうなのですか」

「で、出産にあたって俺たちが利用することになったんで整えてもらったってわけだ。あっ、そういえば正式な挨拶がまだだったよな」

アレンが皆の中心に立ち、それぞれを紹介しはじめる。

「まず俺の奥さんのマチルダ。今は休職中だが冒険者ギルドの職員だ。で、抱かれている赤ん坊がレックス。なかなか頭がいいぞ。魔法を見るのが好きみたいだし」

「マチルダよ。改めてよろしくね」

「あうー」

マチルダの挨拶にあわせるように愛らしく言葉を発したレックスの姿に、ほんわかとした空気が流れる。人一倍顔をにやけさせていたアレンだったが、マチルダに視線で促されると、こほんとひとつ咳払いをして言葉を続けた。

「で、こっちの二人が妹のエミリーとレベッカだ。事前に伝えておいたがエミリーは王都でシスターの修行中で、レベッカはドゥラレにある商店の主……でいいよな?」

「ええっと、アレン兄様。私は……」

「ちょっとレン兄。どういうこと!?」

「えっ、だってお前。店をほっぽりだしてどっか行っちまったし」

「違いますー。ちゃんと店はアイクさんとデレオネに任せてあるもん。あっ、レン兄知ってた? アイクさん、冒険者辞めて店の専属になるって。というかデレオネと正式に結婚するらしいよ」

「はぁ!? あのアイクが?」

目を見開いて驚きながら脱線して行きそうになるアレンを、マチルダが腕をこづいて止める。

旧知の冒険者であり、それなりに仲の良かったアイクの突然の結婚話をもっと詳しく聞きだしたいと心惹かれながらも、アレンはぐっとそれを押さえつける。

なぜならその視線の先で、ずっと二人が紹介されるのを待って控えているのが見えていたからだ。

「最後にこの屋敷の維持や俺たちの世話をしてくれているメイドのコルネリアと、相談役兼世話役のルトリシアだ。二人ともすごく優秀だから安心してくれ」

「コルネリアと申します。ご滞在中になにかありましたらお申し付けください」

「ルトリシアと申します。メイドという立場ではありませんがお二人の滞在が楽しいものであるように努力させていただきますね」

二人が鏡写しのように、同時に綺麗な礼をエミリーとレベッカにする。にこやかにそれに応じるエミリーと、感心したかのような顔を一瞬だけ見せたレベッカの姿に、らしいな、とアレンは小さく笑っていた。

そして自己紹介も終わったことだし、ここで立ちっぱなしというのもなんだとアレンがエミリーたちを案内しようとしたその時だった。

「あの、アレン兄様。レックスの祝福はまだ受けていませんよね?」

「んっ? そうだな」

アレンの回答に、レベッカと顔を見合わせたエミリーがほっと胸をなでおろす。その不思議な反応に、したり顔をしているレベッカに問いかけるような視線をアレンが送った。

しかしレベッカはそれに気づいていながらにやにやと笑うだけでなにも返さない。その仕草だけでアレンの胸の内はざわざわとし、嫌な予感が大きくなっていくのを感じていた。

どうしようか、と悩むアレンを、顔を上げたエミリーがキラキラとした瞳で見つめる。

「あの、私にレックスの祝福をさせていただけませんか?」