作品タイトル不明
第5話 ポーション作り
翌日の午後、アレンはマチルダに宣言したとおり行動を開始していた。
アレンが住む屋敷は、元々は王国特級薬師のギデオンが使用していたものだ。
ギデオンは研究のため学術都市国家キュレムに移り住むにあたり、研究に関わる書物や道具などを持っていった。しかしギデオンが持っていったのは研究に必須の専門書や特注品などだけであり、その多くはこの屋敷に残されていた。
なぜなら最新の研究書や道具は最先端の研究を行うキュレムにあり、ならばそちらで新調してしまえばいいと、お金に余裕のあるギデオンが考えたからだ。
そういったこともあり、元々ギデオンが研究に使用していた道具の多くは、ギデオンが研究をしていた屋敷の1階の部屋に残されたままだった。それらは一般の薬師が使うには十分すぎるほどの種類であり、その品質も最高級のものである。
専門機器でコルネリアやルトリシアには取り扱いがわからないため、拭き掃除などの軽い清掃しか行われていないのにもかかわらず、ギデオンが使っていたころよりはるかに綺麗になったそこにアレンはコルネリアを連れ込んでいた。
「あの、ご主人様。私がいる必要はあるのでしょうか? 勉強不足で申し訳ありませんが私には調薬の知識がありません」
「いや、勉強不足ってことはないぞ。普通、メイドは調薬の知識なんか無いだろ」
「ルトリシアでしたら、多少心得があるかもしれません」
「マジか。すげえなルーばあさん」
コルネリアの話に驚きながらも、アレンが流れるようにポーション作りの準備を続ける。いくつもある器具の中から必要なものを選び、使いやすいように机の上を整理していく様子をコルネリアは少し首を傾げながら眺めていた。
「あの、ご主人様は冒険者なのですよね。冒険者の方は調薬の知識があるのでしょうか? 使い慣れていらっしゃるように思えるのですが」
「うーん、緊急時に薬草をそのまま食うっていうのが調薬って言えるのなら冒険者の必須知識だな。まあ俺はじいさんの作業風景を見たり、本で知識を得たからそれより多少詳しいぞ」
「ということは実際に作った経験は?」
「ないな」
笑いながら軽く返してきたアレンの姿に、思わず頭を抱えてため息をつきそうになったコルネリアだったがなんとか自制し、小さく首を横に振るに留めた。
はっきり言ってアレンのしようとしていることは無謀でしかない。ただ見ただけ、本を読んだだけでポーションが作製できるようになるのであれば、世の中には調薬士があふれかえっていることだろう。
そうではないからこそ調薬士は尊敬を集め、高給の職となっているのだから。
「差し出がましいようですが無謀ではないかと考えます。それに、そもそも薬士ギルドに所属しない人がポーションを作製してもいいのですか?」
「本によると個人で使用する分には問題ないらしいぞ。自己責任ってやつだな。売買するならば薬士ギルドに所属するか、薬士ギルドに卸すかどちらかだそうだ」
「ご主人様。お金はあるのですから、普通に購入すれば……」
「それじゃあ面白くないだろ。ほいっ、これで薬草をすりつぶしてくれ」
言葉を続けようとしたコルネリアに、アレンが強引に円状の石材に木の棒が突き刺さった道具を手渡す。そしてアレンが指差した先にはアレンが今朝、ライラックのダンジョンへ行って採取してきた薬草が根つきのままかごに載せられていた。
「見本で一度俺がやってみせるから真似してくれ」
そう言うとアレンは薬草を一束手に取り、さっと用意してあった樽にくぐらせて洗うと、その根をナイフで切り落としていく。
その手際は初めて作業していると思えないほどになめらかであり、どこか侮っていたコルネリアは気を入れなおすとその作業をしっかりと見つめ始めた。
続けてアレンは薬草を三つに切り分け、根付近の部分を石臼に入れるとそれをすりつぶしていく。そしてそれがある程度終わったところで中間部分を入れ同じように作業を続け、先端部分も同様に処理をしていった。
ゴリゴリと薬草をすりつぶすアレンの表情は真剣であり、それを見つめるコルネリアもまたアレンの空気に釣られたのか視線を外すことなく観察を続けていた。
しばらく無言のまま作業が続けられ、そしてアレンが、ふぅ、と息を吐いて手に持っていた道具を置いた。
「こんな感じだな。で、このすりつぶした薬草にこのカップ一杯分の水を入れて、こっちの容器に入れてくれ。あっ、道具は毎回洗って乾かしてくれるか?」
「は、はい。わかりました」
「んじゃ、後は頼むな。俺は先の工程に入っちまうから」
片手を上げて気軽な調子でアレンはコルネリアに告げ、すりつぶした薬草を溶かした水の入ったコップを片手に別の器具へと向かって歩いていった。
その様子を唖然としながら見つめていたコルネリアだったが、ぶんぶんと首を横に振って気を取り直す。そしてアレンが行った作業を頭の中で反復しつつ、とりあえずは道具の洗浄を行うために動き始めた。
(やっぱ、飲み込みがはやいな)
自分の作業を行いつつ、アレンがチラリと隣で薬草をすりつぶしているコルネリアへと目をやる。
最初の頃はどこかぎこちなかったその動きも、数度繰り返すうちに慣れてきたのか堂にいったものになってきていた。ギデオンならば不合格をつけるかもしれないが、そんじょそこらの薬士よりもはるかに良いものが出来上がっていることからもそれがわかる。
(料理と似ているから大丈夫だとは思ったが、予想以上だ)
感心しながらもアレンは手を止めることなく作業を続けていく。
アレン自身、本当にポーションを作るのは初めてであるので、内心上手くできるかどうか不安ではあったのだが、多少魔力を注ぐ段階で入れすぎて失敗した初回を除けば、かなり高品質なポーションを作製できるようになっていた。
並んだ澄んだ青緑のポーションを眺め、小さくアレンが笑みを浮かべる。
(薬草しか使ってねえから売っても価格はそれなりになっちまうだろうが、家で使うには十分だよな。とは言っても怖いから一度は薬士ギルドに卸して確認してもらうか)
そんなことを頭の片隅で考えていたアレンだったが、視線を感じそちらへと目をやる。しかし視界に入ってきたコルネリアは薬草をすり潰す作業を続けており、アレンの方を見てはいなかった。
ほんのわずかに不規則になった薬草をすり潰す音を捉えているアレンにとって、コルネリアの行動は意味のないことではあったが。
アレンは小さく笑みを浮かべ、それを察せられないように作業に集中しているように視線を下へと向ける。
(さて、良い方に進んでくれるかね?)
少しだけ首をひねり作業を続けるアレンは、しばらくして再び感じた誰かの視線に心の中だけで笑ったのだった。
「それではおやすみなさいませ。ご主人様、奥様」
「ああ、今日は手伝ってもらって悪かったな。ゆっくり休んでくれ」
「おやすみなさい」
寝室にてアレンとマチルダに挨拶を済ませ、部屋を出たコルネリアが無人の廊下を歩いていく。日も落ち、灯りはあるものの全体的に薄暗い廊下だが、猫の獣人であり、夜目の利くコルネリアにとって支障はない。
いつもであれば仕事が終わった開放感から、どこか気の抜けてしまうコルネリアだったが、今は眉根を寄せ、難しい表情をしている。
その原因は他ならぬアレンだった。
(何を考えているんだろう?)
メイドとして多少なりとも経験を積んできたコルネリアにしても、アレンの行動は全く読めなかった。
無茶、無謀なことをしているようにみえてそれをこなしてしまう。しかもそれをメイドに手伝わせるのだ。普通に考えればありえないことだ。
(粉をかけようとしてくる雰囲気でもないし……)
いくら考え、いくら首をひねってもコルネリアには理解ができない。ただコルネリアのしっぽはどこか楽しげに左右に揺れており、しかし本人はそのことに気づかないまま歩き続けていたのだった。