軽量なろうリーダー

冤罪で修道院に送られそうなので、逃亡する事にした

作者: ひよこ1号

本文

「どういう事なん……?」

夢から覚めた子爵令嬢のハルリンは呆然としながら呟いた。

彼女の夢が確かならば。

この世界は「君に贈る 小夜曲(セレナーデ) 」というゲームの世界によく似ていた。

だが、主人公である筈のハルリンは今、窮地に立たされている。

ハルリンは聖女として大切にされ、それ故貴族達の通う学園でも一目置かれていた。

天真爛漫な性格に、あどけない微笑みに心を癒され、または惑わされる男子は沢山いたのだが、その多くは当然幼い頃からの婚約者がいるのも鉄板ネタ。

聖女としての能力から、王子も何かとハルリンに関わって庇護し、その周囲も当然……な訳である。

特に高位令息だけにすり寄っていたわけではなく、色々な人々とそれなりに広く交流していた。

ていうか、この名前自体何とかならないもんかな。

前世の名前はうろ覚えだが、多分ハルカという名前だった。

だから、ゲーム内ではハルリン。

ハルリンて、お前。

だが、本物のハルリンは本物の主人公として良い子に育っていた。

両親も優しく、高位貴族の様な一線を引いた子育てはしていなかったので、幸せに過ごしていたのだ。

謎の義妹が現れるまでは。

そう、謎の義理の妹、ララエルが問題。

ゲーム内には登場しないこの謎の人物は、何処からやってきたのだろう?

表向きは、亡くなった叔父の娘を養女として引き取ったという事だから、血の繋がりすら怪しい。

他に転生者がいて、彼女を潜り込ませたのか、それともララエル自身が転生者なのか。

それはハルリンにも分からないが、ララエルが悪意まみれなのは知っている。

家でも外でも、彼女はハルリンがララエルを虐めているという悪評を立てたのだから。

その噂に乗ったのは、攻略対象の婚約者達である。

唯一、婚約者をハルリンに内定していた王子も、ララエルの嘘に段々騙されていき、今では虫けらを見るような目で見てくるに至った。

調べる位はしろよ、とも思うが、家の中でも同じようにララエルによる嘘で、ぎくしゃくとした雰囲気がある。

両親も、何だか腫れ物に触るようで、唯一幼い頃から仕えてくれていた侍女のミミルだけが味方だった。

この状況で味方でい続けるなんて、逆に凄いわ。

ハルリンは良い子だったので、何でこうなっているのか、どうしたらいいのか分からないまま困惑していた。

仲良くしようにも拒絶され、遠ざかれば嫌な噂を流され、その悪意がどうして自分に向けられるかも知らぬまま。

まあいいか。

二代目というか、元の元であるハルリン改の新ハルリンは、良い子ではない。

悪い子ではないけど、多分。

市井でもバリバリ生き抜ける強さはある。

今日が卒パという事は、断罪されるのはこれからで。

逃亡したら優しくしてくれた両親にも申し訳ないから、参加しようと思ったのだが、その前に挨拶に伺う。

修道院送りと決まっているらしいのは耳にしていた。

「お父様お母様、ご挨拶に参りました」

「ハルリン……」

二人とも涙目で名前を呼ぶのだが、名前を呼ばれると噴きそうになる。

その名前、恥ずかしい。

黒歴史を一々見せられているようで。

だが、笑ってはいけない。

「今日でお二人と一緒にいられるのは最後と存じております。至らぬ娘で申し訳ございませんでした。けれど、一つだけ信じてください。わたくしは聖女としてではなく、お二人の娘として、恥じる行いは何一つしていない事を。ですが、その事を証明できる力がございませんでした。どうか、末永くご健勝であるようお祈り申し上げます」

「……分かった。お前を信じているよ」

父の言葉に母も頷く。

それが嘘だとしても、ハルリンは微笑んで頷いた。

これで、良い子だった過去のハルリンも、きっと安らかに眠りに就くだろう。

まあ、私なんですけどね。

いや、現在私は憑依しているだけなのかな?

どっちにしても身体を牛耳っているのは新生ハルリンだ。

記憶は前世はあまり思い出せないし、現世もぼんやりと、薄皮一枚で隔てられた感じで。

もう時間もないから対処のしようがないが、出来る事はやっておく。

「ミミル、お願いがあるの」

「何でもお申しつけください、お嬢様」

じっと真剣な目を向けてくるミミルも、あの義妹からすれば目の上のたんこぶだ。

きっとハルリンが居なくなった後は紹介状も無く解雇されるだろう。

「この部屋の物を売って、お金に換えて欲しいの。きっと貴女はわたくしのせいで追い出されてしまうから、それを最後のお給金にして頂戴。その様に手紙を残すわ」

「お嬢様……いいえ、修道院にはミミルも付いて行きます」

「ふふ。有難う、その気持ちだけでじゅうぶんよ。それとね、お父様とお母様にも手紙を残したいから、わたくしが出て行ってから渡してね」

「お嬢様……」

仲間がいたら、確かに心強いけど、ミミルにはちゃんと幸せになって欲しい。

だから、巻き込むわけにはいかないのだ。

「そうそう。もし、今後国に異変が起こったら、すぐに国外に逃げてね」

「それはどういう……まさか、聖女の……?」

「そう。言い伝え。この国の聖女が国から出ると禍が起きるという言い伝え。本当かどうか分からないけれど、わたくしの身に何か起こったら……ね?」

そう言えば、ミミルは恐ろしそうな顔をして頷いた。

同様の手紙を両親にも残すつもりだ。

信じるかどうかは別として。

ハルリンはミミルの手伝いで、ドレスに着替える。

持ち運びしやすい宝飾品を手に取って、半分だけ持って行く。

薄桃色の銀の髪はハーフアップにして、今後売りさばく予定の櫛で飾った。

さっさと終わらせて自由になろう。

学園へ向かう馬車にはハルリン一人だ。

義妹のララエルは、王子が迎えに寄越した馬車で既に会場に向かっている。

ハルリンがのこのこ卒パに現れるのも織り込み済みだろう。

王子の 同行(エスコート) なしは当然だが、周囲の目は好奇と嫌悪に満ちている。

心配してくれる友人も居たのだが、ハルリンは良い子だったので、自分と距離を置くようにと忠告して身を引いた。

だから、今日、ここでハルリンの助けとなる人物はいない。

「ハルリン・セルヴィア子爵令嬢、話がある。前に出よ」

声を上げたのは、宰相の子息で攻略対象その②。

一段高い舞台にいるのは、王子とその腕にしがみ付く義妹のララエル。

元々婚約はしていないのだから、破棄ではない。

ただの断罪だろうが、どうも腑に落ちないまま、前に進み出る。

家の中での事に口出しするのは、義妹を婚約者にする為だろうか?

元平民だし、出自も分からないけれど。

まあいい、先に仕掛けよう。

「わたくしからも申し上げたい事がございます。わたくしは、聖女ではありません」

一瞬、ハルリンの言葉に会場が静まり返り、ざわわっとどよめきが広がった。

「どういう事だ、ハルリン……」

信じられない、というような顔で王子が聞いてくる。

うーん。だって、義妹が聖女って事にして妻にする算段だったのでは?

知らんけど。

「教会がそう神託を受けただけの事。皆さまは幾らわたくしが弁明をしても、わたくしが虐めをしていたという事を信じましたでしょう?そのような者が聖女である筈がないではありませんか」

「そんな、でも、いや、しかし……」

突然断罪する側から突き付けられたからか、王子も側近もうろたえている。

それを見たララエルは、攻勢に出た。

「やっと認めますのね、お義姉様」

「ええ。貴女が聖女ですものね、ララエルお嬢様」

「ララエルお嬢様……?」

ハルリンの呼びかけに会場がざわめき、王子達が怪訝な顔をした。

「何だその呼び名は……?義理とはいえ、妹だろう…?」

昔仲良くしていた攻略対象その③が聞いてくる。

「ええ、ですが、わたくしは今日追放されて、平民になるのだから、そう呼ぶようにとララエルお嬢様に言われておりまして……」

「そんな……!嘘よ!こいつ!嘘ついてる!」

嘘ですよーん。

だが、どちらの言い分を信じるか。

言葉を荒げて人を指さしたララエルの化けの皮がほんの少し剥がれた。

ハルリンは困ったように続ける。

「追放されるわたくしが、何故今更そんな嘘をつきましょうか?今後は殿下のお側に召して頂き、幸せになりたいのでしたら、その様に乱暴な言葉遣いをしては叱られてしまいますわ」

ねえ聞いた?

今この子が言った事!とばかりに困ったように付け加える。

周囲の目も冷ややかにララエルに注がれた。

転生者の記憶チートを使っているからか、アドリブに弱いのかもしれないな。

だが、もうそんな事はどうでもいいし、攻略対象共にも興味はない。

私も仕上げに入ろう。

「とはいえ、わたくしにも人心を乱した罪はございますれば、このままこの国に留まる訳にも参りません。どうか、皆様、ご無事で」

「待て、ハルリン!国外追放はしない。……修道院でいいんだ」

は?

……はぁぁ?

つまり国外に出したらヤバいかもって事は分かっているのか、どうなのか。

慌てた様に王子が訂正した。

だが、この言葉に逆らっても閉じ込められるだけだろう。

それならば、乗ってやるしかない。

「承りました。殿下の恩情に感謝申し上げます」

あからさまにほっとした顔の面々に淑女の礼を執って、さっさと会場を後にする。

部屋の外には護送用の騎士が既に待機していた。

「皆様、短い旅路になりますが、よろしくお願いいたします」

微笑んで挨拶をすれば、騎士達はお互いに顔を見合わせた。

やべー女を運ぶお仕事だと思って来たら、普通の女の子だったのだから驚くよね。

馬車は罪人用かと思ったが、普通の旅馬車だったので、街で買い物を許して貰う。

「これから修道院へ参りますでしょう?ですから、このドレスを売って、古着を買って着替えて参ります」

まるでこれから楽しいピクニックでも行くような雰囲気に、騎士達は不思議そうな顔をしたが、許可は下りた。

店では同情を誘いまくって、旅の道具一式も買う。

艶々の赤い靴も買った。

この靴には色々と活躍してもらうからだ。

ついでに宝石も換金して、美味しそうな食べ物とお酒も購入した。

騎士なら飲むやろ、という心遣いである。

「皆様の分のお食事も買って参りましたので、どうぞ、お召し上がりくださいね」

無言で、騎士達は頭を下げる。

気の毒そうな目を向けながらも言葉を交わさないのは、その様に命令されているからだろう。

でも、それでいい。

お互いに言葉を交わせば情が芽生えてしまう。

聖女である確信は無くても、可能性があるなら殺されはしない。

この国から出るだけでなく、寿命以外で命を失ってもまた災厄は訪れるのだから。

馬車に一日乗った。

それだけでお尻が痛い。

適当なクッションもないし、悪路ではないにしろ揺れも中々厳しいのだ。

そろそろいいかな?

歩く方がマシな気がしてきたし。

それに、早々にララエルが聖女じゃないとバレれば私が追われてしまう。

山道の途中で、馬を休ませている間、私は「お花を摘みに…」と伝えて、頬を赤らめた。

トイレだから付いてくるなの意である。

彼らも育ちは悪くないので、そのまま森に放牧された。

ハルリンはずんずん森を抜けて、崖を見つけると下を覗き込んだ。

おぉ…いい具合に川が流れてる。

そして、懐からあらかじめ用意しておいた、遺書を取り出して、買ったばかりの赤い靴を崖の手前に揃えて置く。

手紙はその靴の下に見えるように差し入れた。

がっつり歩く用の革靴に履き替えて、崖沿いに馬車で進んで来た道を遡る。

靴の傍には新しい靴跡も付けない。

専門の狩人などが見れば分かってしまうかもしれないが、なるべく痕跡を残さないように下草のあるところを何度か跳躍してから、普通に歩き始めた。

あとは、どれだけ遠くへ行けるか。

女だとバレたら旅路が危険になるから、適当に離れた所で髪をざっくりとナイフで切り落とす。

切り落とした髪は一部を残して、崖の上から川底へと捨てた。

何となく、本当に「ハルリン」は此処で死んだのだという気持ちになる。

そしてまた、歩き始めた。

不安が無い訳ではないけれど、死んだらそれまでだ。

でもきっと、この国にいる限りは神様が守って下さる、と勝手に信じる事にした。

一か月後、ハルリンは隣国に居た。

海沿いの国で、旅の途中何だかんだありつつ、漸く辿り着いたのだ。

国を出られたのは数日前である。

路銀にはまだ余裕はあるが、この辺りで一旦腰を落ち着けて仕事に就こうと思い、通訳と書類仕事が出来る人間を探す商会に雇用して貰った。

平民として雇われ、楽しく働いて、手狭な住処に気儘な一人暮らしを始めて一週間。

王国の悲報が届いた。

何かと災害が起きていたらしいが、王都での伝染病が決定打になったようだ。

最近、王国から流れてくる人が増えたね、などと職場でも話題になっていたのだけれど。

それでも、伝染病はこの国にとっても大問題なので、もうすぐ国境も封鎖されるという。

ミミルやお父様お母様は逃げられたかな?

ぼんやり考えながら歩いていると、「お嬢様!?」と聞き慣れた声がした。

振り返れば、旅装姿のミミルがいる。

「ミミル!良かった。無事だったのね」

「……お嬢様こそ……本当に死んでしまわれたんじゃないかって、心配してました……!」

抱きしめたミミルがぼろぼろと泣き始める。

殺されるかもしれないけれど、逃げる為に死を偽装する気ではいた。

だから両親にも、ミミルにもそう伝えてあったのだ。

「お父様とお母様は?」

「お二人はすぐに領地に戻られて……何か起こったらすぐに領民と逃げると仰ってました。領地に近い北方へ向かったと思います」

「そう、良かった。……ああ、折角だからわたくしの家に来て、話を聞かせて?」

「はい」

ずっと平民と偽って生きて来たけれど、ミミルに会って貴族としての話し方が無意識に出てしまう。

ミミルは私の誘いに涙を拭って笑顔を向けた。

懐かしい、見慣れた笑顔にほっと胸が温かくなっていく。

この日初めて、私は新しい私の城へと初めての客人を迎え入れた。

「お嬢様は、王子とララエルの指示で殺されたのだと、噂が流れておりました。それに、教会ではララエルは聖女じゃないと判断されましたよ。全く、当たり前です!」

思い出したのかミミルは頬をぷくっと膨らませて怒った。

リスみたいで可愛いな、とハルリンは和む。

「ですから、教会は最初の災害が起きた時に国が亡ぶと言って、宗主国に信者と向かいましたね。教会は勝手に聖女を僻地へ送ろうとして、結果的に命を奪った事への慰謝料を王家に要求して、それを旅費にしたらしいです。私もその辺で、此処に向かって旅をしてきたので、後の事は知りませんが……お嬢様は港町に行きたい、と仰っていたので……」

「そうね、会えて嬉しい。好きなだけ此処にいてね」

過去のハルリンは逃げ出したかったのに、優しくて真面目だったゆえに逃げられなかった。

自分の不幸や不自由を秤にかけても、罪のない人々の命を盾にされては動けなかったのだ。

だからこそ、義妹は偽の聖女を名乗る事が出来た。

「ハルリンなら逃げ出さない」と分かっていたから。

だが、残念。

私の登場だ。

本当に神の寵愛があるかどうか、言い伝えは真実なのか分からなかったけれど、それでも卒業パーティーでは焦っただろう。

今までのハルリンとは違うのだから。

もし、何か起きたとしても大丈夫なように修道院に閉じ込めようと思っていたに違いない。

姿も見えない神は、だから、逃がす為に記憶を与えたのかもしれないと感じる。

それか若しくは、あの日の朝、神にとっての寵愛の対象であるハルリンは死んだのか。

私、神に愛されるような人間じゃないからね……。

自分の辿り着いた答えに、ハルリンは苦笑を漏らした。

皆が気づかなかっただけで、小さな異変はあの追放劇の日から起こり続けていたのだろう。

伝染病やら決定的な事件となったのが、越境した時期だ。

「お嬢様……ご迷惑なのでは……」

「いいえ、ミミル。わたくし今お仕事をしているのよ。二人で暮らしていくくらいのお金はあるから安心して?その分家事をしてくれたら助かるわ」

ハルリンの提案にミミルはぱああと笑顔になって、自分の胸をドンと叩いた。

「家事ならばお任せください!お買い物も料理も頑張ります」

「まあ、頼もしいわ」

次の日、街で号外が配られた。

王国の滅亡秒読み。

偽聖女の逃亡。

「あら、まあ」

どうやら伝染病を封じ込めるために、王都を焼き払うらしい。

幼い頃ハルリンに命を救われた帝国の皇太子が王国を亡ぼす先陣を切るという。

彼にも修道院に閉じ込められるという話は届いていただろうが、まさか死ぬとは思っていなかったのだろう。

まあ、助けに来るのが遅かったんだから仕方ないよね。

ご都合主義も、強制力とやらが無ければララエルみたいな人間に崩されてしまうのは仕方ない。

本当に善良な主人公では太刀打ちできない物もある。

周囲に全てから守ってくれるスパダリもいなかったのだ。

ていうか、ララエルは何処に行ったんだろう。

頼むからこっちこないでね。

ハルリンはそう思いつつ、号外を畳んで鞄に仕舞うと、職場へと急いだ。

数週間後、ミミルと買い物をしている最中に、キンキンした高い声で呼びかけられて、ハルリンは振り向いた。

「お義姉様!やっぱり生きてたんじゃない!」

「本当に、君なのか……?ハルリン」

どうやら隣国の神は願いを聞き届けてくれなかったらしい。

ハルリンは知らんふりで買い物を続けようとしたが、ふとある事を思い出した。

ララエルと、攻略対象④に至ってはもう名前も思い出せない。

「ええ、聖女ではなかったでしょう?わたくし。皆様ララエルの言葉を信じておりましたものね?」

「くっ、それは……」

言い訳も思いつかないまま、④は顔を歪める。

まあいい、とハルリンはため息を吐いた。

そして、ミミルを家に返すと二人を食事が出来る店に連れて行く。

奥まったテーブルを指定して、座った途端ララエルが身を乗り出した。

「今からでも国に戻りなさいよ!大変なのよ!」

「大変になるって分かってて、かき乱したんでしょう?ならば、その責任は貴女が取りなさい」

ララエルは言葉に詰まってテーブルを見る。

「だって、こんな事になるなんて思わなかったんだもの。私がヒロインになったっていいじゃない」

「そう。ヒロインならヒロインらしく、人々を助ければいいんじゃないかしら?」

ハルリンの言葉に、④はララエルをじっと見るが、ララエルは首を激しく横に振った。

「だって、聖女の力なんてないもの!それに聖女がいなくなると、こんな事になるなんてゲームに無かった!」

ああ、やっぱり転生者か。

納得しつつハルリンは、首を傾げた。

「この国の歴史と聖女の文献を見れば、何が起こるかは書いてありましてよ?貴女の言うゲームとやらが何を指すのか知りませんけれど、きちんと勉強をしていれば分かっていたのに、貴女はそれをしなかった。貴女が大勢の人々を殺したの」

「そんな……酷い事を言うな、ハルリン……!」

この期に及んでララエルを庇う④にハルリンは冷笑を向けた。

「何を他人事で語ってらっしゃるの。貴方も同罪でしょう。聖女の追放に加担したのですから」

「いや、僕はただ……その、騙されていただけで」

「そう?騙されていたら人を殺したことは無かったことになるのかしら?散々傷つけておいて、その罪さえも誰かに転嫁なさるなんて、卑怯なのね」

散々、ハルリンは信じて欲しいと懇願していた。

嫌がらせなどしていないと。

全てを嘘だと決めつけて信じなかったのは、彼らの方だ。

可哀想な、ハルリン。

いや、名前を思い浮かべるだけで未だに黒歴史に胸が疼くわ。

「でもいいわ、まともな食事もしていなかったのでしょう?此処はわたくしがお支払いするからお食事なさってて。わたくしは用があるから一旦席を外しますわね」

食事、と聞けば二人が生唾を呑み込んだ。

酷い旅をしてきた人間にとって、出来立ての美味しいご飯は立派な釣り餌だ。

ハルリンは二人が料理を食べている間に、制服を着ていない騎士を手配して貰って、食事中の二人を捕縛した。

ぎゃあぎゃあと抵抗していたけれど、外にいた制服の騎士達もなだれ込み、一気に押さえ込まれて連れて行かれる。

「私は聖女じゃないわ!あの女よ!あの女が聖女なの!」

「やっぱり君は、騙してたんだな!ララエル!」

醜い争いを横目に退出し、ハルリンは騎士団の本部で報奨金を受け取った。

逃亡犯と、逃亡幇助をした犯人である。

お金を出すのは帝国だから、かなり良い金額になった。

ちらりと、ララエルを見た騎士がハルリンを見つめる。

「貴女が聖女だとあの者は言っているが?」

「さあ?嘘を吐く方の言葉を信用出来ますか?……それに聖女様は彼女達に冤罪をかけられて自死されたと聞いてます」

「……そうだな、失礼した」

騎士は思い出す様な顔をして頷き、短く謝罪を口にする。

ああ、でも面倒ね、ララエル。

王国に戻されて、助命嘆願を引き換えに私の居場所を帝国の皇太子にバラされたら面倒だわ。

バラされなくても、居場所が知られるのは時間の問題だから、すぐ逃げないとね。

「最期にお話しさせてください。伝えたい事があるんです」

「良いだろう、手配する」

騎士は会釈をして去って行き、暫くして牢へと通された。

粗末な牢に繋がれたララエルは、ハルリンを目にすると騒ぎ始める。

「騙したのね!」

「ええ、貴女がやったみたいにね」

「あんた、ハルリンじゃないでしょ!」

「どうかな?このゲームの記憶はあるけど、思い出したのは卒パの日だからね」

ハルリンの返事に、「は?」とララエルが固まった。

いや、貴女が言ったんでしょ、ハルリンじゃないって。

ご名答ですよ。

「それに、ゲーム内でもさらっと聖女が死んだら滅びるって出て来てたし、きちんと書いてあるのに読めない方が悪くない?どうでもいいと思ってるから、頭に入らなかっただけでしょ?でも、いなくなると困るって何となく思ってたよね?だから修道院送りにしたんでしょ?」

はくはくと言葉にならないようにララエルが口を開けたり閉じたりを無意味に繰り返す。

「ねぇ、転生チートで主人公出し抜いた気分はどう?逆ハー狙ったの?沢山の人巻き込んで。ねえ、それで、上手くいったとして、貴女みたいな人に王妃が務まるの?説明書も読めないのに?国家の機密なんて扱えるの?読み飛ばしてましたじゃ済まないんだよ?」

「え、……だって、そんな事…」

「ゲームに無かった、から?人生は続いて行くのに、何言ってんの?楽しい学園生活満喫出来て良かったじゃない。あとは責任取るだけだよ。ここでバッドエンドにするか、ここからハードモードを攻略するか、貴女次第だと思うけどね」

え、え……とララエルは震えながら縋る様に見上げてくる。

だが、残念。

陥れた相手が助けてくれるわけないでしょ。

良い子の 女主人公(ヒロイン) じゃないんだから。

「王都で一週間生き延びたら、国に戻ってあげても良いよ」

「ほ、本当?」

「うん。その代わり、私の居場所は言わないでね」

「分かった、言わない……言わないから、お願い、助けて」

まあ、苛烈な皇太子がそこまで悠長に待つかは知らんけど。

「折角だから、落としてみなよ、皇太子。あれって隠しキャラじゃない?」

そう言って首を傾げれば、旅の最中に切った髪が肩でさらりと揺れる。

攻略対象や、皇太子が愛した優しい子は死んだ。

此処にいるのは別の人間で、優しくて天真爛漫だったあの子じゃない。

「隠し…キャラ……そうか、そうかもしれない」

「頑張って」

落とせたら落とせたで、いいんじゃないかな。

時間稼ぎにはなる。

ハルリンはミミルを連れて、再び旅に出た。

住処に訪ねて来た人がいたら、と大家にも伝言を託す。

「わたくしの事を思うならば、探さないでください」

皇太子は必ずここまで辿り着くだろうから、諦めてくれればいいな、と思いながら。

旅に出てから助ける為に手紙を送った友人達も、もしかしたらハルリンを探しているかもしれない。

だが、もう、彼らと顔を合わせたいとは思わないのだ。

慣れ親しんだ狭い部屋を離れるのは、王都を離れるよりも寂しかった。

でも、居場所はまた作ればいい。

辿る事が出来ないように、陸路で旅をしてから海路に切り替える。

旅先で、偽の聖女や聖女の追放に加担した王侯貴族達が揃って処刑となった噂を耳にした。

もう、あの国に戻る事は無いだろう。

安住の地は何処にするかまだ決めていないけれど、隣にはずっと信じて支えてくれたミミルが居る。

それだけで充分だ。