作品タイトル不明
143.抑止力が必要だから囮になるわ
ルヴィ兄様は、エック兄様を連れて顔を見せた。私もシンプルなドレスに着替えて出迎える。皇族であっても、普段着はさほど豪華ではない。物語のお姫様と違うのよ。生活するのに邪魔な装飾品やフリル、レースは排除されるわ。
裾丈も足首くらいまで。袖のレースやフリルは控えめに、襟はレースが多めかしらね。首飾りをしないから、その分だけ華やかさを足す。ドレスからの引き算で普段着は作られた。豪華すぎるドレスは、晩餐や夜会のため。お茶会のドレスも飾りすぎると嫌われるわ。
王侯貴族は一度袖を通した服を着ない。物語にそんな一節があると聞いて、笑ってしまった。だって、絹のドレス一着にいくらかかると思っているの? 私が夜会で着るドレスを新しく設えたら、子爵家の領地経営の経費、半年分を越えるわ。もちろん装飾品は別で。
それを毎日のように着替えて好き勝手していたら、国庫が破綻する。代わりに宝飾品やドレスを売る商人が豪邸を建てるでしょう。
シンプルなロングワンピースは、深紅にクリーム色のレースを合わせていた。襟のレースを付け替えるだけでも、印象が変わる。そういった使い方をするので、ドレスよりレース襟や付け袖のほうが多いくらいよ。
「体調はどうだい? トリア」
「顔色はよさそうですが、無理をしないでください」
二人にお礼を言って向かい合わせに座る。ソファーの間に置かれたローテーブルへ、お茶が置かれた。ここでエリーゼは部屋を出る。兄二人に同行した侍従や騎士も退室した。これで私達三人だけ。
「トリアを狙う不届き者がいると報告を受けました。対処はこちらで……」
「いえ。私を囮にして確保しましょう」
柔らかな桃色に染めた爪で、唇の近くをなぞる。意味ありげな仕草に、二人は顔を見合わせた。
「だが、危険だぞ」
「安全な囮など聞いたことがありませんわ。承知の上で、提案しています」
彼らを事前に捕まえても、まだ罪を犯していない。予定していた証拠があればいいが、もし見つからなければ? 周囲の貴族の反対で釈放せざるを得なくなる。用心深くなれば、捕まえる次のチャンスは遠ざかるはず。
「私は戦えるけれど、コルネリアやマルグリットはどうかしら?」
アデリナは意図的に外した。どう見ても、襲われる側じゃないわ。万が一言葉巧みに口説いても、彼女は聞いていないでしょうし。危険なのは、断っても纏わりつく高位貴族の子弟だった。爵位を振り翳して退けられる伯爵以下は、騎士でも排除が可能だった。
「それは……」
エック兄様が考え込む。頭の中で様々な対策を浮かべては、自ら穴を見つけて否定する。繰り返せば、危険を無視できないはずよ。ルヴィ兄様は皇帝陛下という立場がある。だから安全ではないの。他国の来賓が話しかけ、僅かに目を離した隙に……ありそうなケースね。
エック兄様だって宰相だわ。自国の貴族に相談を持ち掛けられたら、コルネリアから離れる可能性があった。彼女の家族が常に隣にいればいいけれど、お花摘みの帰りを待ち伏せされたら? いくつか例を挙げて説明し、私は言い切った。
「彼女達は皇族の妻になるのよ。貴族が近づくたびに怯えていられる立場ではないわ。でも応じていれば危険が増える。だったら……見せしめで貴族の言動を縛ればいい」
にこりと笑う。誰かが失敗して、一族を巻き添えに没落したらどうかしら? きっと恐ろしさに身動きできなくなる。まとめて邪魔な家を消し去る機会と捉えましょう。
「クラウスに相談はしましたか?」
「これからよ」
だって彼は絶対に反対するもの。堂々と言い切ったら、兄二人はまた視線を合わせて溜め息を吐いた。