軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

再婚相手に注文をつける気はありません

「ねっ…………」

猫ちゃ~~~~ん!!!!

やって参りました、やってきました。

今度こそ猫ちゃんを堪能するために…… 猫の街(ニュンペー) へ!!

私は心が浮き足立つのを止められなかった。

あっちにも!

こっちにも!

猫ちゃんが……!!!!

そのシルエットを見る度に、心が踊り出す。

そして、大通りを過ぎたあたりで、以前ニュンペーを訪れた時のことを思い出した。

(以前は……そう。確か、このあたりでルーンケン卿と出会って、猫ちゃんを堪能する所ではなくなってしまったのよね……)

時間も限られていたし、猫ちゃんに触れるどころか寝る間も惜しいほどに奔走したというものだ。

私はさっそく、足元でごろにゃーんと転がる猫ちゃんの背中を撫でた。

「ぐるぐるぐるぐる……」

満足そうに喉を鳴らすこの、ああ、なんて愛おしいことかしら……。

私が撫でくりまわしていると、隣でサラサが苦笑した。

「ルーンケン卿は明朝、件のニュンペー湖入口でお待ちくださるとのことですわ」

「分かったわ……」

サラサの言葉に答えながらも私は目の前の──灰色の猫ちゃんに視線が釘付けだった。

人馴れしているようだし、甘えているみたいだし……少しだけ、少しだけなら……いいかしら?

そんな変質者に近いことを考えながら、私は以前のように浄化の魔法を猫ちゃんに施した。

そして、猫ちゃんを抱っこすると──その背中に、顔を埋めた。

「──」

ふわっ……。

それは、幸せな感触がした。

柔らかな、もふもふの感触。

日向ぼっこをしたのか、お日様の香り──とうもろこしのような匂いがする。

「ス──」

私は、そのまま大きく息を吸った。

猫ちゃんは機嫌がいいのか、ゴロゴロと喉を鳴らし続けている。

ああ。

私、今。

(めちゃくちゃ幸せ……………)

ルーンケン卿。

私、猫ちゃんがいればそれだけで幸せになれる気がしますの……。

猫吸いをしたまま動かない私に声をかけたのは、騎士のケヴィンだった。

今回のニュンペー観光は、以前と同じメンバーに同行を頼んでいる。

即ち、侍女のリリア、サラサ、メアリー、そして騎士のケヴィンとルークの、計五人だ。

「クレメンティーナ様、そろそろ。風が冷たくなってきました」

「……ええ。分かっているわ」

私は泣く泣く、灰色の猫ちゃんを下ろした。

ふたたび、禁足地へと戻したからなのか、ルーンケン卿が介入したからなのか、ニュンペーは以前より暑くなかった。

少し、気温が下がったようだ。

先日、三ヶ月ぶりの雨が降ったとのことだし、天候不良も解決の兆しが見えている。

私は猫ちゃんを見つめた。

猫ちゃんはつぶらな瞳で私を見ている。可愛い。連れて帰りたい……。そんな誘惑に駆られたが、それに打ち勝つと、私はその子の頭を撫でた。

「また明日ね。大好きよ」

そして立ち上がれば、いつの間にか、空は暗くなっていた。

到着が夕方だったので仕方ないが、もう少し猫ちゃんを堪能したかったわ……。

そう思いながら、私は侍女と騎士を連れて、以前世話になった宿へと向かったのだった。

翌日。

ルーンケン卿が待つニュンペー湖に向かうとそこには彼の護衛騎士と見られる男性がふたり立っていた。

ルーンケン卿はその奥──つまり、禁足地にて私を待っている、とのことだった。

禁足地のため、危険はないということで、騎士ふたりと侍女たちにはそこで待っていてもらうよう伝え、私はルーンケン卿の待つ湖の奥へと向かった。

ここに来るのは二回目。

以前と同じように、やはりこの場だけ、空気が違う……ような気がする。

(それも、精霊がいるからなのかしら……)

奥に向かうと、そこではルーンケン卿が腕捲りをし、湖に手を浸していた。

湖は、以前見たような濁りはなく、透明で透き通っている。

こんなにすぐに、水質改善とするとは思えない。神秘的なものが影響しているのかもしれない。

(精霊の心が反映している……のかしら?)

不思議に思いながら、私は足を進めた。

ルーンケン卿は私に気がつくと、立ち上がり、ジャケットのポケットから取りだしたハンカチで手を拭い始める。

「ごきげんよう、クレメンティーナ様」

「ごきごんよう、ルーンケン卿。……今のは、何を?」

「精霊たちとの対話を図っていました。……彼らは少しずつ回復していますが、やはり、以前ほどの元気はない。時間がかかりそうです」

そう答えるルーンケン卿の頭には、以前見た猫の髪留めがつけられていた。

にゃーん、とやはりどこからか猫の鳴き声が聞こえた気がした。

ざあ、と風が吹く。

夏の香りを含んだ、木々の香りがする。

私は、彼の隣に立つとそっと湖の中を覗き込んだ。

(……やっぱり、私には何も見えないわ)

ただ──時々、小石を投げ込んだ時のように、湖には波紋が広がる。

それが、精霊の動きなのかしら。

目には見えないものなのだけど、確実にそこにいる、らしい。

興味津々に見つめていると、ルーンケン卿に声をかけられた。

「休暇はいかがです?束の間の余暇ですが楽しめていますか?」

彼の言葉に、私は顔を上げた。

ルーンケン卿は、捲りあげた袖を下ろし、カフスボタンを留めている最中だった。

先程一瞬、彼が竜である証明の鱗が見えた。

「ええ、ありがとうございます。昨日は猫ちゃんと触れ合えましたのよ。ふわふわでしたわ。とても柔らかくて、いい匂いがして、あたたかくて……とにかく可愛らしかったですわ……」

思わず、言葉に熱が入る私に、ルーンケン卿が困ったように笑った。

その姿に、もう少し取り繕うべきだったかと思ったけれど、彼も彼で猫が好きなようだから、お互い様、というものでしょう。

今も彼は、猫ちゃんが刺繍されたシャツを着て、猫ちゃんの髪留めをつけているのだし。

私は、ルーンケン卿と対峙するように向かい合った。

そして、宣言するように言う。

「私、再婚相手に注文をつける気はありませんが……もし叶うなら、その方は猫好きがいいな、と思っておりましたの」