軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

このひと、何言ってるのかしら

「クレメンティーナ!良かった、探していたんだ」

ニュンペー湖を出てすぐ、そのひとはいた。

思わず、足を止めてしまう。

(どっ……どうしてこのひとがここにいるのよ!?)

ニュンペーに訪れるのは知っていた。

だけど想定よりずっと早い。

王城からの使者とそう変わらず到着するなんて、本来有り得ないことだ。

内心、戸惑いと混乱で暴風雨だったが、感情を隠すことには慣れている。平常心を装って、そのひと──陛下に尋ねた。

「陛下、どうしてここに?」

「きみに会いにきた。話をしよう?クレメンティーナ」

私はあなたと話すことは無いです。

NOを突きつけたかったが、仮にも相手は一国の主だ。

(何?この猫なで声……)

いつもの『ハッ(嘲笑)』という冷笑はどこいったの。今更上辺だけの優しさを見せられところで、警戒心しか抱けない。

陛下は、瞳を細めて微笑むと、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。まるで、ダンスでもしているかのようだ。その相手はいないけれど。

「ごめんね、クレメンティーナ」

「は……?」

「きみは寂しかったんだね」

「…………」

私は今、自分がどんな顔をしているのか分からなかった。だけど表情筋は動いていないので、おそらく無表情、それか表情が抜け落ちたような、そんな顔をしているのだと思う。

(このひと、何言ってるのかしら……)

まるで、口喧嘩をした挙句、私が家を飛び出したかのような言い方だけど。

彼の心境の変化は急展開すぎて、理解が追いつかない。沈黙する私を見て、どう思ったのか分からないけれど、陛下は緩く微笑んだまま、ジャケットのポケットに手を差し込んだ。

そして、そこから出てきたのは。

「──」

思わず、悲鳴をあげなかった私を誰か褒めて欲しい。

彼がその手に持っていたのは、私の髪の毛──あの日、私が切り落とした髪束だった。

唖然とする私に、陛下が困ったように笑う。照れているようだが、今、照れる要素は何も無いと思う。

「もらっておいたんだ。これが、きみの気持ちだと思ったから」

「何の、話を、されているのです?」

「きみは素直になれない、という話だよ」

「──」

気分は、宇宙人と交信を試みている人間のそれだ。

(というか……)

私の髪、持ってたの!?

……なぜ!?どうして!?

一瞬、呪いにでも使うのかと思ったが、陛下のはにかんだ様子からその可能性はなさそうだ。

……だとしたら、なぜ。またしてもその疑問にいきついて、だけどそれ以上に。

(気持ち悪……!!!!)

心底、気色が悪かった。吐きそうである。

心の中は氷河期真っ只中。

同じ空気を吸いたくないレベルで、体が彼に拒絶反応を起こしていた。

だって、髪よ、髪!!

普通、ひとの髪を持ち歩くかしら!?

それも、離縁予定の妻の髪よ!?

今まで蔑ろにした、妻の、髪を!!

持ち歩く!?

(考えられないわ……!!)

彼の思考回路が意味わからなすぎて、思わず数歩後ずさった。

(嫌がらせ?)

だとしたら大成功である。

人間は意味のわからない行動をされると恐怖を感じる生き物らしい、とどこかで得た知識を思い出す。

いや、そうではなくて。

現実逃避し始めた思考を何とか正す。

(お願いだからこれ以上近づかないでちょうだい……)

願いにも近い切実な祈りを捧げながら、私は陛下を強く見つめた。

それは、睨みつけた、と言っても過言ではない。

私は怖々、彼に尋ねた。

「……陛下はどうしてここに?」

二度目の質問だ。

それに、陛下は目を細め、笑った。

「きみがいるから、というのは答えにならないかな」

「なりませんわ。陛下が城を不在にするなど、とんでもないことです。貴族院はなんと?」

声は、幸いにも震えなかった。

私は、このひとが怖い。

この、意味不明な行動をする彼が。

陛下は、私の言葉を笑い飛ばした。

「はっ、貴族院?そんなものどうとでもなる。この国の王は、僕だよ」

そうかもしれないけれど、レヴィアタンだって一枚岩ではない。

貴族院の承諾なしに動くのは、王であろうともリスクが伴う。

陛下はまだ若いのだから、尚更だ。

(……相変わらず話が通じない)

気分は、いつ爆発するか分からない爆弾を前にしているかのよう。

警戒心を緩めず、私は彼に言った。

「城にお戻りください」

あと、私の髪は捨ててくださいませ。

本当に、心から、気持ち悪いので。

陛下は首を傾げた。

「その時は、クレメンティーナ。きみも、一緒だ」

何言ってるの?本当に。

「……私は長期休暇中です。正式に申請し、受諾されたものです。ですが陛下は──」

「僕からもひとつ、いいかな」

「っ……!!」

その時、空いていた距離を、一息に詰められた

思わず身構える──暇もなく、手首を掴まれる。そのまま、引き寄せられて彼の胸元にぶつかる。

その距離の近さに、ゾッと鳥肌が立った。

顔を上げると、爛々とした紫紺の目が、私を見ていた。