軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

因果が逆

執務の時に見る『早く回答を出してくれ』と静かに急かす眼差しではない。

ただ、落ち着いた瞳で私を見ている。目を見開いた私は、何か言わなければと口を開いた。

だけど、それが音になるより早く、彼が言う。

「陛下がいらっしゃる前に、答えをお聞かせください」

「……あなたに?」

「答えが出たのなら、私に言わずとも結構です。ただ、恐らくあなたは──私の問いに、答えを持たないだろう、と思いましたので」

「…………」

彼の言葉は的確だった。

だからこそ、私は黙り込む。

沈黙がその場に落ちたが、それは決して、気まずいものではなかった。落ち着いた空気は、私に考える時間を与えているようでもあった。

少しして、空気の流れを変えるように、ルーンケン卿が口を開く。

「先程の話ですが、天候不良は三ヶ月前から。奥の禁足地を解放したのも、三ヶ月前……」

突然話を戻すので戸惑うが、私は何とか平常心を装って、答えた。

(そうだわ、まずはこの問題を解決しないと)

そうしないと陛下が来てしまう。

陛下が来れば、様々な問題もくっついてくることだろう。主に、ベルネット伯爵の自己保身の動き、だとか。それに付随してベロニカ問題まで転がり込んできたら、目も当てられない。

私は思考を切りかえて、言葉を返す。

「……偶然とは思えませんわね」

三ヶ月、雨が降っていないのだ。

農作物にも大きな影響があるだろう。

私は、思考を整理するように言葉を続けた。

「精霊は竜のお使いだと言われておりますわ。そして、建国記にある竜は、水竜だとされている……」

とはいえ、本当に精霊はいるのか、私は半信半疑である。

だって、今まで竜は幻想の括りとしていたのだ。

昨日、ルーンケン卿に強く断言されてしまったので彼の手前、疑うような発言はできないものの──

(非現実的すぎるわ……)

魔法がある世界で非現実的も何も、と思いそうなところだけど、そもそも魔法はその構成自体、科学や物理に近いところがある。

それは存在自体があやふやな精霊とは全く別の、現実的なもの。

私はそこで、今、ニュンペーで起きている異変をリストアップした。

一つ目に、気温上昇。

二つ目に、天候不良。

三つ目に、禁足地の解放。

そして隠蔽された所得。

(どれを取っても面倒な問題だわ……)

頭が痛くなる、というものである。

私はひとまず、気温上昇と天候不良について何らかの解決策がないかと思考をめぐらせ──口を開いた。

「……魔法で、雨を降らせることは不可能ではありません」

しかしそこまで言って、根本的な解決にはなり得ないことに気が付く。

「……が、対症療法にしかなりませんわね」

前世で言う、焼け石に水ってやつよね……。

私の言葉に、ルーンケン卿も同意見だったのだろう。彼は静かに、私に言った。

「禁足地に向かいましょう。門番に話を聞き、中に入ります」

「入るのですか?」

意外だ。

精霊の存在を信じているなら、入らないと思っていた。

私の言葉に、ルーンケン卿が頷いて答えた。

「ええ。領収書を貰い、動かぬ証拠にします」

(なんて抜け目がないの……)

あっさり言った彼に戦々恐々、敵に回したら面倒なタイプだわ……と思いつつ、私は彼の後を追った。

「入場料は5ポンドです」

「5っ……」

5ポンド!?

驚きに言葉を失っている私の横で、ルーンケン卿が静かに支払いを済ませている。

上級使用人の年収が約50ポンドであることを踏まえれば、それがいかに法外な価格かは推して知るべし、というものでしょう。

金銭を手渡された門番は慇懃にそれを確認すると、あっさり私たちを中に通した。

中に踏み入ると、清涼な空気に包まれる。

門番に聞こえないくらいの距離を保ってから、私はルーンケン卿に尋ねた。

「支払わせてしまってごめんなさい。後で支払うわ」

「構いません。どうせ経費で落とします」

まあそうでしょうけど。

禁足地──精霊の水浴び場と謳われたこの場所は、ひんやりと涼しかった。ともすれば、洞窟の中にいるかのような感覚。

そのまま、黙って歩を進める。

後ろから、騎士ふたりがついてくるのを確認しながら、私は静かにルーンケン卿に言った。

「それにしても5ポンドなんて、吹っかけますわね」

「それくらいの価値があると踏んだのでしょう。実際、ここを解放してからベルネット伯爵の懐はずいぶん潤ったようだ」

「……不思議な場所ですわね、ここ」

足を踏み入れてすぐ、冷たい空気に包まれた。

ニュンペーの気温は上昇し、この外は暑いというのに、なぜここだけ。それが不思議でならない。

やはり──精霊がいるのだろうか。

目に見えないものは信じない主義なので、やはり半信半疑にはなってしまうけれど。

それでもこの清涼な空気感は、神社のそれと少し似ている気がした。

ふたりして黙々と足を進めると、最奥には、水浴び場と思われる湖があった。

その湖面は──

「濁っている、わね……」

「……おかしいですね。精霊の水浴び場である湖は透明感溢れる、美しい場所として知られています」

「この三ヶ月、雨は降らず、土砂崩れが起きたわけでもないのに……」

湖の濁り具合は、泥や苔の他に、微生物の死体なんかも混ざっているのか、お世辞にも綺麗とは言えない。むしろ、呪われた──

そうか、とその時になって気がつく。

「精霊の怒り、というのは」

「そうですね。この湖にも現れているのかもしれません」

あっさり、ルーンケン卿が首肯した。

「以前訪ねた時は、もっと美しい場所でしたから」

「……ここに来たことが?」

そういえばルーンケン卿はニュンペーの常連観光客だった。とはいえ、ここは解放されてまだ日が浅い。

財務大臣であり、公爵当主といえど、そう簡単にこの場に立ち入ることはできないだろう。

そう思って尋ねると、ルーンケン卿はやはり、静かに答えた。

「文献で見聞きしました」

「そう……」

私とルーンケン卿はひとまず、動かぬ証拠を入手したことで、現地調査は切りあげることにした。

(せっかくニュンペーに来たのだもの。早く猫ちゃんを堪能したいのに……)

ここに来てまで仕事とは、ツイているのか、ツイていないのか。

宿に戻った私は、ベッドに倒れ込むとそのまま、泥のように眠りに落ちた。気力、体力ともに疲弊していたらしい。

眠りに落ちる直前、ふと、思う。

(あの湖はきっと、以前はとても美しかったのでしょう)

精霊の水浴び場と呼ばれていたくらいなのだから。

だけど今、あの湖は酷く汚れている。

その時、思った。

(……もしかして、因果が逆なのではない?)

精霊がいると仮定しての話にはなるけれど。

精霊が怒ったから、湖が汚れたのではなく──湖が汚れたから、精霊が怒ったのだとしたら……。

それなら、対応のしようもあるのではないかしら。

そんなことを考えながらも、私はサラサとメアリーのオイルマッサージを受けつつ、寝落ちしてしまったのだった。

そして──その頃、王城では異変が起きた。

ベロニカが、行方不明になったのである。