軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

精霊の住まう街

「…………」

無言で髪留めを外すルーンケン卿。

だけどそのシャツのポケットにも猫が刺繍されている(猫がこんにちは!するようなデザインである)ので、あまり意味が無い。

私は首を傾げ、彼に言った。

「休暇中なのですよね。確か、長期休暇を取っているとお聞きしましたが」

そう。

私が長期休暇を取得するにあたり、【大臣の中にも長期休暇を取っているひとだっているし】と言ったひとが、まさにこのルーンケン卿なのである。

ルーンケン卿は静かに頷いて答えた。

「……そうですね。縁があり、ニュンペーに足を運んでいました」

意地でも猫好きとは認めたくないらしい。

(彼なりの矜恃なのかなんなのか分からないけれど……まあ、彼らしいっちゃ彼らしいわね)

そして、猫好きかどうかはこの場においてさほど重要ではないので、私も深くは聞かなかった。

すると、今度はルーンケン卿が私に尋ねてくる。

「王妃陛……失礼しました。クレメンティーナ様。その髪は一体──」

ルーンケン卿は、言いにくそうにしながらも尋ねてきた。

それにほんの少し、驚く。彼にもそういった繊細な気遣いができるのか、と失礼ながらもそう思ったからだ。

だけど、こんなにバッサリと切ったのだ。

気になるのも当然というものだろう。

私は頷いてから端的に答えた。

「切りました。諸々、鬱陶しかったので」

それだけ言うと彼は「ああ」と納得したような声を出した。それで納得するのね!?

(もっと細かく聞かれるかと思ったから、意外だわ……)

それ以上、その話をする必要は無いと判断したのか、こちらの方が重要案件だと思ったのか。

ルーンケン卿はため息交じりに言った。

「……視察は本当です。ここ最近のニュンペーの報告に違和感を覚えましたから」

「違和感、ですか?」

「クレメンティーナ様はここに来たのは初めてですか?」

彼の言葉に、私は頷いて答えた。

すると、ルーンケン卿は私から視線を外し、遠く──牧場の向こう、大通りの方を見ながら言った。

「……以前、この地を私が訪ねた時より、暑くなっているのです」

「それは、季節が関係しているのではなくて?」

私の言葉に、ルーンケン卿は首を横に振った。

「ニュンペーは、季節に囚われず常に涼しい土地として有名な場所です。本来、暑くなるはずがありません。例え、夏であってもそれは変わらない」

「では、なにか理由があると?それに……先程言っていた、あなたの感じた違和感、とは?」

次々に尋ねると、ルーンケン卿は頷いてからケヴィンが持ってきたアイスティーに口をつけた。

喉を潤すと彼はまた、話し出した。

「……ニュンペーからの報告で、数字の合わない箇所があります」

「それは──」

「ニュンペー地方の支出計算書です。チラホラ、支出が合っていない箇所がある。しかし、それは私に報告されることなく、承認されていました」

驚きに息を呑む。目を見開く私に、ルーンケン卿は頷いて答えた。

「この件は、確たる証拠が見つかったらあなた、ないし貴族院に報告をあげる予定でした。現状では、正確な報告がなされていないことしか分かっていません」

彼の言葉に、私は少し考えた。

それから、彼に尋ねる。

「…………ルーンケン卿は、長期休暇ではなかったのですか?」

「長期休暇中ですよ。これは、趣味も兼ねています」

なるほど、 仕事中毒(ワーカーホリック) 。

私が内心頷いていると、彼は話を続ける。

「で、足を運んでみれば、以前来た時よりも随分気温が高くなっている。体感で6度くらい、でしょうか」

(やけに具体的ね……)

温度計を持ち歩いてるの?

彼の具体的な数字にやや引きながら、私はそれはそれとして、彼の言葉を整理した。

支出のおかしい報告書。

正確な報告がされていない現状。

そして、なぜか気温の高くなっている、ニュンペー地方。

ひとつめとふたつめの関連性はあれど、三つ目がどうかまでは分からない。

私がそう考えていると、ルーンケン卿が言葉を続けた。

「ですから、住民の方に聞き込みをしていたのです」

「成果はいかがです?」

尋ねると首を横に振られる。

「調査途中で、トラブルが発生しましたので」

「ああ……」

トラブル、つまり私とぶつかったことだろう。

そういえば、猫ちゃんの咥えていたお魚さんならぬ、生肉がぶつかってきたのだった。

胸元を見ると、赤い肉汁がついていて口元が引きつった。

ルーンケン卿が僅かに眉を寄せる。

「……服を汚してしまいましたね、申し訳ありません。後ほど弁償します」

「構いませんわ。こういうトラブルもままあることでしょうし」

そう、例えばアイスクリーム片手に走っている子供とぶつかって、アイスがべちゃり、とかね!

私はふと、先程見た猫たちの様子を思い浮かべる。やけに道端に落ちてる猫ちゃんが多いな、と思ったのだけど。

もしかして、あれは。

「……道端で、猫ちゃんが伸びていたのは?」

「例年より暑いからかと」

なんてこと。

私はこの地は初めましてなので知らなかったのだけど、ルーンケン卿は何回か足を運んでいたのだろう。

彼は慣れたように頷いて見せた。

「この地に住まう猫たちは、暑さに耐性がありませんから」

「この気温は今後も上昇するのかしら……」

ふと気になったことを口にすると、ルーンケン卿が眉を寄せる。それから、トントン、と指でテーブルを叩いた。

彼も悩んでいるらしい。ややしてから、彼が答える。

「……現状では、なんとも。ですが、その可能性は高いです」

「支出報告書の数字が合わないのもおかしいし、それを 財務大臣(あなた) に報告してないのもおかしい。さらには、気温上昇、ね。ニュンペーは観光地なのだし、報告にあがってきてもおかしくないのだけど」

「それも含めて、隠蔽したかった?」

私の言葉を引き継ぐように彼がいい、私は頷いた。

「その可能性はありそうですね」

それから、私たちは今後の予定を話し合った。

ルーンケン卿はこの後も聞き取り調査を進めるという。

私は一度宿に戻り、侍女たちと話し合ってから、改めて彼に連絡することを伝え、その場は解散となった。